モテたい。とにかくモテたい。いつの頃からか、そんな意識だけが常に脳みそを支配していた。だけどそれも大しておかしなことではないと思うし、モテたいという欲望が俺のアイデンティティになる日は一生来ないだろう。
俺、山本聡のスペックを紹介しよう。17歳の高校二年生、趣味はアニメ鑑賞とネット徘徊(主に動画サイトとまとめサイト、それとSNS)。学力としての偏差値と顔面偏差値は自他ともに認める中の下。自慢できることは特に無しだ。
典型的なインドアタイプだがゲームが特別上手いわけでもなく、本を大量に読んでいるわけでもなく、アニメや漫画の知識が豊富でその気になれば熱く深く語れる……というわけでもない。何をしても中途半端、にわか。それが山本聡という人間なのである。
そんな俺がなぜモテたいと思っているのか。身の程を知った方が良いのではないかという声が、全国の女性のみなさん並びに母親と親戚のみなさんから聞こえてくるけれど、モテたいと思う理由に「俺が男だから」以外の理由がはたして必要なのだろうか。
仕方ないじゃない、一回くらい女の子とイチャイチャしてみたいじゃない、それくらい全ての男子が一度は考えることでしょう!? それを俺が言えば身の程を知れという話になって、イケメンが言えば女子の方から寄ってくるなんておかしいじゃないか! 顔が良くてスポーツ万能だったり勉強ができたり誰にも負けないと言えるような得意分野の一つ二つを持っていることがそんなに偉いのかよ!
……うん、偉いね。わかるよ、だいぶ偉いよ。だってもし俺が女に生まれていたら、俺みたいな男とイケメンどっち選ぶと言われれば間違いなくイケメンを選ぶからね。これはもう仕方がない。
それはわかっているのだけれど、それで夢を捨てられるほど達観した精神も持っていない。それでこそミスター中途半端な俺、器用でもない貧乏山本聡なのである。あぁ、空から俺のことが大好きな美少女降ってこないかなぁ……。
「ちょっと失礼そこの男子ぃー!」
いかにも美少女っぽい声が聞こえてきて我に返る。そうだ、俺は今wiiリモコンの電池が切れたので買い出しに出てきているのだった。このクソ暑い真夏に外へ出る理由がいかにも女子と無縁だが、今はそんなことどうでもいい。
「よけてよけて危ないよー!」
また美少女っぽい声が聞こえてくる。美少女っぽいということは声優っぽい声ということなのだけど、美少女も声優も俺に話しかけてくるわけがないので、ここで振り返ってしまうと恥ずかしい思いをすることになる。さすがにそんな罠にかかるほど馬鹿な俺ではない。
……が、よくよく考えてみると、なんだか声が空から聞こえてきたように感じなくなくもなかった気が、
「うおっ!?」
突然視界が黒い布に覆われる。それと同時に重力が数倍にも強まった感覚に襲われ、俺はそれに抵抗する暇もなく背中から地面に倒れこんだ。
「あーもう……」
布が視界から取り除かれ、降り注ぐ太陽光のいかにも目に悪そうな紫外線が俺の眼球を襲った。まぶしい!
「なんで空から声がしてるのにぬぼーっと突っ立ってるかなぁ」
なにやらすぐ隣でかわいらしい声がする。さきほどまで聞こえていた声と同じものだ。
まさか、まさかとは思いつつ立ち上がり首をめぐらす。もしかして、ついに俺の願望叶って美少女が降ってきたんじゃ……。
「お、生きてた生きてた。よかったぁ」
俺の顔を見るなりそんなセリフをぬかした彼女は、なんと本当にまぎれもない美少女だった。ピンク色の髪に魔女が羽織るローブのような黒い衣装をまとっていて、それはもうアニメっぽかった。
「本物の死神にはなりたくないからねー。で、キミ、だいじょうぶ?」
大して心配している風でもない表情で社交辞令的に言う美少女を前にして、俺の思考はいったんストップする。宝くじを億単位で当てた一般人もこんな感じになるのだろう。
そして、彼女の口から出た「死神」という言葉につられてか、思考停止した俺の目は無意識に彼女の持っている「物」に引かれていった。
「えぇ……」
彼女が握っているのは、彼女自身と同じかそれ以上に大きいサイズの鎌。黒いローブと相まって、ピンクの髪とかわいらしい容姿を除けば彼女は魔女ではなく死神に見える。
あのー神様、彼女、俺が想像してた美少女と違うみたいなんですけど……?
「いやいや悪いねぇ急にお邪魔しちゃって」
聞くと天涯孤独無一文の身らしいので、とりあえずその死神少女を家に招き入れた。
そういう言い方をすると俺が善人っぽく映るかもしれないが、要するに丁度よい理由を見つけてこれが最初で最後のチャンスとばかりに女の子を家に招き入れただけなのである。俺が高校生ではなくいい歳したおっさんならこれだけで捕まっていたかもしれないが、未成年ならまだ許されるだろう。たぶん、きっと、おそらく……。
とにかく、どこへ行ったのかは知らないが俺が家を出た時には居た母親が出かけたらしく不在なので、これはなかなかに好都合な展開である。
「いえいえ、困っている人を見たら放っておけない質でね!」
自分の口からはうわべの言葉にさらに化粧させたようなセリフが出てくる。このご時世そんな聖人みたいな人間がいるものかよ。妙な格好に思い切り銃刀法違反になる刃物を所持しているとはいえ、放っておかないのは相手が美少女だからだよ!
「それはそれは今時珍しい聖人のようなお方で。お言葉に甘えさせてもらうよ」
彼女が勝手に「男子高校生と謎の美少女が一つ屋根の下で暮らすことに!?」みたいな展開を思わせることを言っているけど、別に今日から彼女の面倒を我が家でみてあげようという話になったわけではない。
まあ立ち話もなんですしお茶くらいなら出せますよ、という意味のことしか俺は言っていない。どう曲解しても居候を認める言葉にはなっていないだろう。
「あの、お茶くらい出せると言った割にこれしかなかったんですけど」
「おお上等上等」
飲み物はともかく茶菓子がポテチしかなかったのだが、死神少女は妙に大きな態度でこれを容認した。上等って言葉使う女子なんて少なくとも同じクラスでは見たことない。
「えーそれで、キミの名前はなんて言うんだっけ。山田くん?」
「山本です」
「似たようなものじゃんか」
「全国の山田さんと山本さんに謝ってください」
なんて言うんだっけ、と彼女は言うけれどそもそもお互いにまだ自己紹介もしていない。家へ上がる前に目ざとく表札を見ていれば苗字くらい把握できただろうけど、田中という名前はどちらかというと当てずっぽうで言ったように思える。リアルな鬼ごっこで狩られる対象にされるほどメジャーな名前だし。
「ごめんねー全国の山田さんと山本さん。……で、じゃあ今度はあたしの自己紹介ね」
ポテチを複数枚口に放り込んだかと思うと彼女はおもむろに立ち上がる。そしてお茶を飲んで喉を潤し、大きく息を吸い込んだ。
「あたしの名前はデイズ、人呼んで死神JKデイズちゃん!! ……です」
戦隊ヒーローみたいな決めポーズをキメて、彼女は大声でそう言ったのだった。ご近所に響き渡っていないことを祈るばかりである。
ああ神様、やっぱり俺が思ってた美少女と違うんですけど。頭おかしい人っぽいんですけど。
「……ええと、デイズさん?」
「呼び捨てでいいよ」
そういう問題じゃない。美少女を呼び捨てにできる機会はたしかに二度と来なさそうだけれど、そこで「わぁいデイズぅー!」と喜んで呼んでいる場合じゃない。非常に惜しいけれども、彼女とはあまり深い付き合いをしない方が我が身のためになりそうだ……。
「山本くん? どうしたの歯をくいしばって血涙でも流しそうな顔をして」
「え? ああ、いやなんでもないですよ」
そんな顔をするほど内心が漏れ出ていたのか。いやだけど確かに、やっぱりこの状況は惜しすぎる。空から美少女なんて奇跡が起こった時点で一生分の運を使い果たしたのはわかるけれど……。
でも、彼女が普通に今時のかわいい服を着て鎌なんて持っていなければ、俺は「俺の人生始まったぜえええええ!」と舞い上がれたのに! 神は絶望的なほどに意地が悪い!
「その敬語やめてよーあたしがやりにくい。タメ口でいいから、ほらやってみて」
JKと名乗るくらいなので彼女は俺と歳が近い……はず。相手が美少女すぎると見た目年齢を当てはめることが困難になるが、ともかく同い年だと仮定するのならば、敬語を使うことに異議を唱えるのもわからなくはない。初対面の相手なのだから、敬語を使うことが間違いだというわけでもないだろうけど。
「え、じ、じゃあ……デイズ?」
「おーそうそう、いい感じ」
満足げにニコっと笑う彼女の顔が、なぜか必要以上かつ物理的に俺に近かった。思わず目をそらしてしまう。ここで恥ずかしげもなく美少女の顔を拝む精神力があれば、せめて俺もいっぱしの女好きを名乗れたのかもしれないけど。良い意味でも悪い意味でも中途半端の没個性、そんな山本聡十七歳は相変わらずである。
何者にもなれない俺と、何者なのか得体のしれないデイズ。父親は仕事、母親は買い物か何かで不在なこの一つ屋根の下。何か物語が起こって然るべきとさえ思えるような状況だけれど、ラブコメが始まるとも断言できないところが非常に不安である。
「ただいまー」
玄関の開く音がして母親が帰ってきた。もしかすると玄関に見知らぬ靴があることに気が付いて、俺に何か言ってくるかもしれない。そうするとデイズのことをどう説明したものか困るが……。
と、心配する俺をよそに、母は黙々と買い物袋を冷蔵庫のそばへと運んでいるらしい。ガサガサ、ドサッという音のみが聞こえてくる。
デイズをここぞとばかりに招き入れたのは俺の部屋で二階だ。母はまだ何にも気づいていないのかもしれない。
「挨拶した方がいいかな」
デイズが立ち上がり、なぜか壁に立てかけてあった鎌を握る。
「いや待て待て待て、なんで鎌を持つ」
「え、いやだってこれあたしのアイデンティティだし」
「銃刀法違反がアイデンティティってやばいだろ」
というかよく考えれば彼女はその大きな鎌を持って俺に向かって振ってきたわけで、もしかしなくても俺は一度生命の危機に晒されていたわけで。死神を名乗るだけあってえげつないアイデンティティを自称する美少女である。
とりあえず鎌は押し入れの中に隠しておくことにして、まずは俺だけで階段を下りることにする。デイズには部屋で待っていてもらわないと、急に知らない人が家に上がり込んでいたとなれば母も驚くだろう。
「お母さーん、俺今日友達呼んでるんだけどさ」
「あらそうなの。じゃあこれ持って行って」
母は棒アイスを二本渡してくれた。これで特に問題ないだろうと部屋に戻ろうとする。
「あれ、でもそういえばあんた友達って」
「な、なに」
なんだよ、俺にだって友達くらいいるぞ。それは母も知っているはずじゃないか。それとも、すでに玄関の靴のことには気づいていたのか……?
「玄関にあんたの靴以外なかったけど?」
「え……?」
あわてて確認しに行く。確かに玄関には俺の靴と、今帰ってきた母の靴しか置いてない。けれども、デイズが靴を持って家に上がる場面なんか間違いなく見ていない。どうなっているんだ……。
「ちょ、ちょっと本人に確認してくる」
「確認ってあんた」
母の言葉を最後まで聞かずに階段を駆け上がる。部屋の扉を開ける時、もしかしてデイズは忽然と姿を消しているのではないか。そんな気がした。
「あ、ちょっと、デイズさ……デイズ!」
居た。茶を飲み干しポテチを食べ尽くして手持無沙汰な風にコップを照明へ掲げていた。
「なに、どうしたのあせっちゃって」
「あの、玄関にあなたの靴がないんですけど、どういうことですか」
敬語やめてって言ってるじゃーん、と言いつつコップを机に置きデイズが立ち上がる。そして彼女は真下を指さした。
「……? ……あっ!」
言葉を失った。素人には見破れないトリックなのか、それとも死神とやらの力なのか。デイズは裸足で、床から数センチほど浮いていた。彼女はずっと浮遊していたのだ。
「ね? 靴なんていらないんだよ」
そう言ってデイズはさらに高く浮かび上がり天井付近を飛び回って見せる。彼女が空から降ってきた時点でそうだったのだが、非日常的存在に遭遇したのだということをいよいよ実感してくる。
「す、すごい……」
「でしょ。なんたって死神JKデイズちゃんだからね。そこらへんの小娘とは格が違うのさ格が。はっはっはっはっ! ……あぐぅっ!?」
明るく、そして自慢げな高笑いと共に天井を飛び回るデイズは、調子に乗りすぎたのかそのまま後頭部を天井に強打した。
「いっ……うぅ……」
宙に舞ったまま頭を押さえうずくまる美少女なんて、たとえ完璧超人のイケメンだろうとも一生見ることはないだろう。俺は今日という日に、今までの冴えない生活を抜け出して自分が勝ち組に属した気がした。
「ちょっと聡、なんかすごい音したけど」
「あっ」
ガチャリという音を聞いた時にはもう遅い。母親特有のノックも無しに部屋の扉を開ける能力により、浮遊する美少女の目撃者が増えてしまった。
「え……」
言葉を失う母。これはまずい、やっかいなことになった。
目撃者が増えたことが問題なのではない。俺のように、デイズの存在を喜ぶ非モテ男子高校生ならまだしも、常識人である大人が彼女のことを見てしまったらどうなるか。良いことが起こるとは思えない。
「んー? あっ」
デイズ自身も見られていることに気が付いた。今までは不自然でない程度の高さに浮遊していたということは、彼女だって自分の能力が見せびらかすような物ではないことを自覚しているのだ。「やべっ」と顔に書いたかのような表情を見せたことからもそれは明らかである。
「さ、聡……。これは……?」
「母さん! これはあれだ、あれなんだよ、アレ!」
なんとか母を誤魔化そうとするが上手い言葉が出てこない。まさかここからエスパー少女が見つかったという大騒ぎに繋がってしまうのだろうか。すると俺はデイズと一緒に逃避行を続けることになり、その道中でなんかいろいろいい感じのことがあったり……。いやいやそんなこと考えてる場合じゃない!
と、母の顔が恐怖に染まった。トン、という音もした。何事かと思いデイズの方を振り返り見ると、トンという音は押し入れの戸を開けた時の物だったのだと知る。
宙に浮き大きな鎌を振りかぶったデイズが、鬼気迫った顔をしている。その表情から、彼女にとって今の状況がどれだけまずい状態なのかを理解させられた。させられたが、
「待てっ!」
止めないわけにはいかない。両手を広げて母の前に立ちふさがる……が、デイズは俺のことを器用に躱して身をひるがえす。
背後で刃の振り抜かれる風圧を感じた。
「……嘘だろ?」
自分の体から血の気が引くのを感じる。今振り返れば、血に染まった母親の姿が見えるのかと思うと体を動かすことができない。
ふう、と深く。デイズの吐いた息の音が聞こえる。
「あぶなかったー」
「危なかったって、おまえ……」
空から降ってきた美少女は、俺の妄想するような都合のよいものではなかった。死神を名乗る美少女は、俺の思ったような存在ではなかった。非日常に巻き込まれるということを、日常を捨てるということの意味を、初めて正しく知った気がする。
「あんた、なに怖い顔してるの」
あれ、母の声が聞こえる。意を決して振り向くと、傷一つなく母が立っていた。
「あれ?」
「なによ間抜けな声出して。……あれ、そういえば私ここに何しに来たんだっけ。晩御飯の準備しないと……」
母は一階のキッチンへ向かって一目散に去っていった。自分でも間抜けな顔、というか茫然とした顔をしていることがわかる。
「山本くん、この鎌は物体を切る物じゃないのさ」
理解が追い付いていない俺に、浮かんだままのデイズが親切に説明してくれる。
「このデイズちゃん専用の鎌はね、物体以外のものを断ち切るための物なんだよ。今は山本くんのお母さんから、あたしという存在への違和感を断ち切ったわけ」
「よ、よくわからないけどそんなとんでもアイテムがあるのか」
「そりゃあるでしょ、だってあたしだよ?」
空中に浮かびながら言われると説得感がある。彼女ならどんなアイテム、どんな能力を持っていても不思議ではないのかもしれない。いや、不思議ではないのだ。そういうことにしておこう。
「俺はてっきり親が殺されたのかと」
「あんな至近距離で本当の鎌で人を切っていたら、もう山本くん今頃血飛沫まみれだよ」
おそろしいことを言わないでほしいけど、確かにその通りだ。そんなバイオレンスな光景を見ることにならなくて本当によかった。
「それで山本くん、あたしからちょっとお願いがあるんだけどいいかな……?」
「え、なんですか。……じゃない、なに?」
それから数分後、俺はデイズと共に空を飛ぶことになる。
歩きなれたはずの街も空から見下ろすと見知らぬ模型のようで、ここから落ちればその模型が段々と現実味を増していって、最終的にはそこに叩き付けられてしまうのだと思うと怖くて仕方がない。
「あ、あの、デイズ!? ものすごく怖いんだけど!?」
「だいじょうぶだよー、あたしの力で浮いてるんだから絶対落ちないって。……そう、あたしの機嫌を損ねない限りは」
「こわすぎる!」
現在、なぜか俺はデイズと一緒に空を飛んでいる。しかもデイズが俺に抱き着く形で、というスペシャルなオプション付きである。
お願いがあると言ったデイズは、俺と一緒に空を飛ぶことを望んだ。なぜそんなことがしたいのかは訊いても教えてくれなかったのでわからないけれど、彼女が、
「お願い聞いてくれたら、あとであたしも山本くんのお願い聞いてあげる。……できる限りでだけどね?」
と言うものだから、それはもう二つ返事でオーケーしてしまった。たぶんその時の俺の顔はキモいなんてものじゃなかったと思うけど、そのあたりには触れないでいてほしい。
で、いざ飛んでみると街が模型に見えるほどの高さにまで上昇したわけである。せいぜい鳥が飛ぶ程度の高さだろうと勝手に思っていたので正直死ぬほどびびっている。
何が怖いって、俺が飛んでいられるのはデイズに触れている間だけなのだという。つまりうっかり一瞬でも彼女から離れてしまえば、俺はあっさり死んでしまうのだ。
だからこの時だけは、同い歳の女子に思いきり抱き着いてしまっても罪にはならないと思う。世界中の人が罪だと言っても俺が認めない。
「ねえデイズ、これ本当に落ちないんだよね!?」
「平気だって言ってるじゃんもう。しつこいなぁ」
「ご、ごめんなさい!」
デイズは今や俺の命を握っているも同然。まさかとは思うが万が一、機嫌を損ねれば即死という状況にあれば誰だってびびる。同い歳の女子が相手だろうと震えあがる。その女子が背丈と同じくらいの大きな鎌を背負っているのだからなおのこと怖い。
「山本くんは高いところ苦手なんだね」
「そりゃ誰でもそうだろこんな高さ! スカイツリーより高い場所なんて大抵の日本人は登らないんだよ!」
「軟弱者の集まりジャパンだねぇ。……よし、退屈だし質問返答会でも始めようか」
「な、なにそれ」
質問返答会とやらが何かよりも、大空を飛んでおいて退屈と言うならなぜこんなことをやっているのかが一番知りたいのだけど、あれこれ抗議して機嫌を損ねられても困るので一応黙っておく。
「山本くんの質問に、あたしが暇つぶしになんでも答える会」
「へ、へぇ。なるほど」
「今、「それ空飛びながらやる必要ある?」って思ったでしょ」
「思ってないです! 断じてそのようなことは思っておりません!」
嫌なところで勘の良さを発揮しないでほしい。それとも今のも死神を名乗る彼女の能力なのだろうか。というか、デイズって死神なのだろうか? 名乗りはしているけど、身なり以外には死神らしさがない。
「はい、じゃあほら質問ください」
「え、えーと。じゃあ、デイズが何者なのか教えて」
せっかくなので聞いてみることにした。特に明確な答えを期待しているわけではないけれど、ただ会話の糸口を探すがごとく「ご趣味はなんでしょうか」なんて聞くよりは有意義だろう。
「何者か、ねぇ。そうだなー、魔法少女みたいなものだと思ってもらえればいいかな」
「魔法少女なのに武器が鎌なの……?」
かわいらしさの欠片もない魔法少女だ。やはり世の中男どもの妄想のような都合のよい存在などいないのか。
「魔法少女だから武器が鎌なんだよ。かわいいでしょ?」
「えっ」
思わず本音の「えっ」が出てしまった。女子の言う「かわいい」は時々わからない時があるけれど、今回のわからなさ加減もかなり難解だ。
「えー、伝わらない? この刃の部分の丸みとかかわいいでしょ」
言いつつデイズが鎌の刃の峰の方をなでる。なでているということは片手が俺から離れているということで、俺はいっそう強くデイズに抱き着く。これをラッキーだと思えるような根性が俺にはない。
「いや、命を刈り奪る形にしか見えないんですけど」
「そっかー、男の子には伝わらないか」
女の子にも伝わらないと思います。
「で、でもさ。丸みのある武器って他にも斧とか、海賊が使うような刃が反ってる剣とかいろいろあるじゃん? その中からなんで鎌?」
彼女本人を除けば今後の人生もう二度と関わることもないであろう美少女が、せっかくなんでも質問に答えると言ってくれているのに。ものすごくどうでもいい方向に話が進んでいる。俺は今とてつもなく幸運の無駄遣いをしているんじゃないかと思えてくる。
俺が今回の件で得る教訓は、どんな幸運も一歩間違うと死ぬ状況では生かせないということだ。きっとこの教訓も今後の人生で二度と役には立たないだろう。
「剣はいくら反っててもやっぱり剣だからジャンルとしてかわいくないし、斧は野蛮な感じがする」
「なるほど」
何がなるほどなのかは俺自身さっぱりわからない。とりあえずデイズが鎌大好きなのはわかった。
鎌についての質問はこれで一段落ついたので、次は何を聞こうかと悩む。なんでも答えるとは言っていたけれど、煩悩の限りを尽くせば紐なしバンジーをやらされるのは目に見えているし、どうしたものか……。
「あっ」
デイズが下を見て何かに気づく。
「え、なに?」
「お出ましだ、行くよ!」
「え、なにが? どういうこと?」
なんの説明もなく、何を理解することもないまま。デイズは俺を抱きしめて急降下し始めた。
「えええええええええ!? ちょ、なになになに!? 俺なんかまずいこと言った!?」
命乞いをする時間も与えられず落ちていく。しかし冷静に考えれば、機嫌を損ねて落とされるのならデイズが一緒に落ちる必要もないし、この落下には何か理由があるはずである。というかそう考えないと希望がない。
若干辞世の句を考え始める頃、落下していたデイズは真横に急な方向転換を決めた。俺は強烈なGに襲われる。
「ぐぇっ……ちょっデイズさん……」
死んじゃう死んじゃう、とは思うもののデイズがスピードを緩めてくれる素振りはない。どうやらどこか目的地へ向かっているようだけれど、常に全速力のジェットコースターに乗っているようで苦しい。何より安全が保障されている気がしなくて気が気じゃない。
そしてある時デイズは急停止する。なんとか生き延びた、生きてることに感謝。
「現れたなデザイアめ!」
「でざいあ……?」
何を求めてここまで飛んできたのかと思い、あまりの速度に耐えられず瞑っていた目を開ける。するとそこでは、黒い体をした巨人が暴れまわっていた。
「はぁっ!? なにこれ!?」
十メートル近くあると思われる巨人が街で暴れまわり、近隣の人たちが逃げまどっている。アニメや映画ではちょくちょく見る光景だけれど、それが今自分の目の前にある現実となると、デイズのことも含めてもしや俺は未だ眠っていて夢を見ているのではないかと思えてくる。
試しに頬をつねってみるとちゃんと痛かったけれど、それでなんの確信が得られて何に納得できようものか。非現実は非現実、受け入れ難い物は受け入れ難い。非日常要素は美少女だけでいいのに。
「あれは人の欲望が化け物となった「デザイア」だよ。あたしの使命は、あれを倒して平和を取り戻すことなの」
「倒すの!? あんなでかいのを!?」
様々な能力を持っているらしいとはいえ、見た目は人間の少女であるデイズが十メートル級の巨人を倒せるのだろうか。口ぶり的に今回が初めてというわけではなさそうだけれど、彼女が巨人に勝つ姿がいまいち想像できない。
それとどうでもいいけど、どちらかといえば魔法少女というよりプリキュアっぽい使命を背負っているのだなとは思った。がんばえー! ぷいきゅあー!
「うん。じゃあ行ってくるから、山本くんは安全なところに離れててね」
そう言って、ピンク髪担当のプリキュアは自慢の飛行能力で巨人に向かっていった。取り残された俺はまたも呆然として立ち尽くすしかない。
巨人がデイズの存在に気付いたあたりで俺も我に返ったけれど、彼女にすべてを任せてこの場を去り避難すること、もとい彼女を置いてここから逃げることはできなかった。それはなにか、男としてやってはいけないことのように思えたからだ。なに、中途半端な人間らしく、危なくなってから逃げればいいだけのことじゃないか。
俺なんかよりもデイズの方がきっと何倍も強いのだろうけど、とにかく俺はその場から彼女を見守ることにした。
「ちょっとそこのデザイア! 名前は!?」
えぇ……、と困惑の声を思わず漏らしてしまう。明らかに理性や知性の類を持ち合わせていなさそうな奴に名前訊くのか……。というか、名前を知ったところでどうするつもりなんだ。名乗りあってから戦う騎士道精神的な何かか?
しかし、意外にも巨人はデイズの方を振り返ると、一度暴れることをやめた。もしかすると言葉が通じるのかもしれない。目と口からは塗りつぶしたような白い光を放っていていかにも怪物っぽい巨人だけれど、デイズは俺と違って見た目で決めつけるようなことをしないすごい人だったんだ!
「ナ……マエ……?」
「そう、あなたの名前。おしえて?」
巨人が喋った! もしかして、倒すと言ってはいたけれど彼女の基本方針は和解なのか。
「オレノ……ナマエ……。ヤマモト・デザイア・サトシ……」
「ふむふむ、ヤマモト・デザイア・サトシくんね。男の子だよね?」
「オトコ……」
巨人はうなずいた。
……いやいやいやいや、ちょっと待て、なんか話がおかしな方向に傾いてきているぞ。思っていたのと違うんじゃないか。なんか俺の名前出てるし。
「ヤマモトくんはどうしてここで暴れてるの?」
「ドウシテ……。ワカラナイ、オレは、デザイア。だから、暴れル」
「なるほどねー」
俺の目には、宙に浮かんで巨人と話す少女と、その少女相手にカウンセリングを受けている巨人の姿が見える。巨人の日本語もだんだん流暢になってきたし、夢ならそろそろ覚めてもいい頃だと思うのだけれど。
「ちょっと待っててね」
デイズが俺に向かって飛んでくる。
「やあ、意外と近場にいてくれて助かったよ。どうやらあのデザイアはキミのものらしくてね」
「いや、あの、そもそもデザイアってなに」
確かに名前は俺に関係がありそうだったけれども、あれを俺のものと言われても困る。ペットとして変えるような大きさじゃないし、何も身に覚えがないのに街を壊した責任とか持てませんよ。
「デザイアっていうのは、人の欲望が怪物の姿になって生まれる物の総称のこと。今回は人型の巨人だけど、元になっている欲望によって形は様々ある」
「え、じゃああれは俺の欲望の化身みたいなものなのか」
「その通り。山本くんの理解が早くて助かるよ」
俺の欲望。というと、あの巨人もモテたいと思っているのだろうか。しかしその願いが叶わないことを悟り、街を破壊することで八つ当たりをしているとか、そういうことなのだろうか。……だとすると急に親近感が湧いてくる。
「で、今からあのデザイアをやっつけるんだけど、さすがに体格差がありすぎるからあたしも楽じゃないんだ。できれば欲望の持ち主である山本くんに、あいつの弱点とかを教えてもらいたいんだけど」
「そんなこと言われても、自分の欲望の弱点が何かなんてわからない」
見ていた限りだと、美少女に話しかけられた時点で八つ当たりを中断するあたり、デイズの存在そのものが弱点と言えないような気がしなくもないけれど。それが何かの参考になるのかと考えると微妙なところだ。
「だったら何か、どういう欲望だよーっていうのだけでも教えてもらえると助かるんだけど」
「どういうって……」
それは異性相手には言いづらいぞ……。不可抗力とはいえ、この美少女なかなかえげつないことをするな。
しかし俺が欲望を口に出せずにいる間に、長々と待たされているデザイアの巨人が機嫌を損ね始める。あのままではまた街を破壊しかねない。
「その、あれだよ。女子にモテたいとか、そういうやつ」
俺のつまらない自尊心を保とうとするばかりに街が壊されるのなら、さすがに言わないわけにはいかない。
そしてこのカミングアウトを受けて、デイズはにっと笑った親指を立てた。
「なるほど、おっけい! まかせなさい!」
デイズが再び巨人のもとへ飛んでいく。いったい今の情報をどう利用する気なのかは知らないが、きっと上手くやってくれるのだと信じる。もう俺にできることはそれだけだ。
「ヤマモトくーん、お待たせ! 君は異性にモテたい欲望から生まれたデザイアだったんだね」
聞いていてちょっと、いやかなり恥ずかしい。街の平和のために我慢だ。
「ソウ……オレは、モテたい……! 女の子と手をつないだり、デートしたり、アワヨクバ……フヘヘ」
「なるほど」
いけない! デザイアくんのカウンセリングが悪い方向へ向かっている! 何より聞いてる俺がもうこの場から逃げ出したい! ああ、これが一件落着したらデイズにどんな顔して会えばいいのやら。
「デモ……モウ高望みはシナイ。別にセックスしたいとまでは言わないカラ……せめて手をつなぐだけデモ……」
やめてデザイアくん! よりリアルな欲望を暴露していくのはもうやめて!
「なるほどねー。……でもねヤマモトくん、悪事を働いたキミを見逃して、なおかつ欲望を叶えさせるなんてことはできないよ」
「ナッ……!?」
巨人がうろたえている。それはまあここまで話を聞いてくれた相手に、結局のところ葬られることが決定したのなら、うろたえてしまう気持ちもわかる。俺だって、俺だってそんなことされたらショックを受けるかもしれない。
もしもあれが俺だったら……。そう思うと、なんだか街の平和なんかよりも、もっと大切なことがあるように思えてきた。あの巨人を葬って街が平和になるのなら、葬られた巨人は誰が救うというのだろう。俺の欲望は、いったい誰が救うというのだ。
「ナンデ……ナンデ……!」
巨人がその太い腕で横に薙ぐ。デイズは浮かんでいた状態から急降下することでその攻撃を躱し、その隙に背中に携えた大鎌を巨人の足にくらわせようと振りかぶった。
「待てっ!」
俺は、そんなデイズに掴み掛かっていた。
「なっ、えぇ!? ちょ、山本くんなにしてるの」
「その巨人は、俺の欲望はやらせない!」
俺が押さえている間に巨人が次の攻撃を繰り出すべく足を振り上げた。踏みつぶすつもりだ。
「くっ、邪魔しないで!」
少女とは思えぬ力で俺を易々と振り払いデイズは上空へ逃げる。振り払われた俺は、払い飛ばされたおかげで巨人に踏みつぶされることはなくとも、かなりの風圧と迫力を受ける。
踏まれていれば確実に死んでいた。圧倒的な力に否応なしに恐怖を植え付けられるが、ここで諦めれば俺の欲望はきっと消されてしまう。何も叶うことがないまま、消されてしまう。
「ちょっと山本くん、キミどっちの味方なの!」
「俺は、俺の味方だ!」
「はぁ……。いるんだよね、キミみたいな人。そのセリフ全然かっこよくないからねー」
俺と喋りながら、デイズは巨人の攻撃をふわふわと舞ってかわし続ける。単純な力比べなら巨人の圧勝でも、戦いのセンスはデイズの方が圧倒的に優れているらしい。それはそうだ、俺の欲望の化身が、器用であるはずがない。
「デイズ! だいたいなんでお前、どうせ和解する気もないのにデザイアと会話なんてしたんだ!」
「情報収集だよ。普通に切りかかっても効かない相手だって時にはいるんだから」
「理由があれば人の心を、欲望を弄んでもいいのか!」
「街を破壊して、人に迷惑をかけるような欲望に対してあれこれ考えてられないよ」
巨人の攻撃はかすりもしない。しかし一撃目を躱され反撃を受けかけたことで学習したのか、大振りな攻撃は控えているようでデイズも反撃のタイミングを掴めずにいる。
俺は一市民としてデイズを応援するべきなのだ。それはわかっている、頭ではわかっている。だけど、今の俺ではどうしても、彼女を味方することはできそうもない。
「ふざけんな!」
投げた石がデイズの鎌に当たって金属音を響かせた。
「山本くん。キミ、本当に救えないな!」
「なんとでも言え!」
本気でデイズに石をぶつけるつもりだったのかというと、そういうわけでもなかった。結果として石が彼女に当たるとしても、俺はただ、彼女への抗議として石を投げる。巨人の味方したいわけじゃない、デイズの敵になるつもりもない。けれど、俺は石を投げずにはいられなかった。
基本的に上空を飛ぶデイズだけれど、時々巨人の攻撃を躱すために低空へ降りてくると俺からの石が飛んでくる。戦い慣れしているらしい彼女は巨人の攻撃と同時に石もついでのように躱すけれど、わずらわしくなってきたのか段々と上空にとどまる時間が増えてきた。
「はあ……。仕方がない、これじゃキリがないね」
ぽつりと何か呟くと、デイズは今までよりもさらに高い場所へと飛び上がった。巨人は手が届かなくなったと見るや自分が壊した街の瓦礫を投擲しようとする。
「ああー!! いいかい、よく聞いてよ!?」
突然デイズが遥か空の上で叫ぶ。俺も巨人も反射的にその声に意識を向けてしまう。
「ヤマモト・デザイア・サトシくん! 十秒間だけキミが動きを止めてくれるのなら、そのあとあたしはキミの言うことをなんでも聞いてあげよう!」
ご近所中に響き渡るような大声で、そんなことをデイズは叫んだ。あの細い体のどこからそんな大声が出せるのかは謎だけれど、その内容自体は俺も聞き覚えがある。
お願いを聞いてくれたら、お返しに今度はこっちがお願いを聞いてあげよう。そのような会話のあと、俺は鳥よりも高く空を飛ぶはめになった。あの少女に命を預けることになった。
「おいデザイアやめろ、罠だ!!」
俺の叫びもむなしく、巨人は背筋を伸ばして動かなくなった。ああ、さすが俺の欲望、馬鹿なやつ。
「いやいや、悪いねぇ」
黒いローブをまとった少女が、背丈と同じくらい大きな鎌を持って空から降ってくる。巨人の首を目がけて降ってくる。太陽に映し出されたそのシルエットは、確かに死神に見えた。
大鎌が巨人の首を通過する。次の瞬間、巨人は泡となって空へ上り、やがてはじけて消えていった。
「デザイア・ヤマモトくんの存在をこの世から断ち切った」
「ヤマモト・デザイア・サトシィィィィィィィィィィ!!」
膝を折って倒れるように座り込む。さよなら、俺の欲望の化身。デイズが勝つことはなんとなくわかっていたけれど、それにしても無様な最期。それでこそ俺の欲望だ。でも俺なんかより強靭で強かったお前のことは決して忘れない。
唯一俺の味方……いや、仲間だったようなデザイアと呼ばれる巨人が負けてしまった光景を見て俺は叫んだ。その叫びに呼応するかのように、破壊されたはずの街が次々と元通りに直っていく。
「な、なんだこれ。どうなってるんだ」
「デザイアを倒すと、デザイアがこの世に与えた影響はすべてなかったことになるんだよ。もちろん人の記憶からも消える。欲望の持ち主本人とあたし以外の人から、だけどね。でもそうじゃないと、とっくに世界は大騒ぎになっているはずでしょ。デザイアってたくさんいるんだから」
たくさんいるというのには納得だ。人の欲望から生まれる化け物だというなら、人が生きる限りは無限に生まれるだろう。だとするとデイズは、可能な限り終わりなく戦うのだろうか。
……俺は、あまりにも身勝手になりすぎた。終わってから思うのでは遅すぎるけれど、俺のような人間がいるから、きっと化け物はいなくならないのだ。
「ところで山本くん」
「ごめん、悪かった……!」
巨人が消えたショックに座り込んだまま立ち上がらずに、俺はデイズに頭を下げて謝った。土下座に限りなく近い形になっていたはずだ。
「謝って許してもらおうってわけじゃないけど、でも、ごめん……!」
「え? いいよいいよ。人間ってけっこうそういうもんだし。山本くんだけじゃないから、そんな気にしないで頭あげてよ」
こんな時だけ、デイズは俺が妄想するような都合のよい答えを返してくれた。それがまた。たまらなく申し訳なかった。
人間ってそういうものだから。彼女にそう言わせてしまう人間の一人に、俺も属してしまったのだ。それは虐げられて然るべき人間であるはずなのに。
「それより助かったよ。ほら、山本くんがどんな欲望なのかを教えてえくれたから、戦う時役に立ったでしょ?」
「それは、まあ、そうかもしれないけど……」
そうかもしれないけど、正直見ていて気分のいい物ではなかったです。デイズを軽蔑しているんじゃなくて、自分の愚かさを見せつけられているようだったから……。
「うん。……それとね、あたしも山本くんに謝らないといけないことがあるんだ」
「えっ、なんで?」
彼女は俺に何もしていない。そりゃ多少恐怖の飛行体験に付き合わされたりはしたけれど、別に恨むようなことじゃない。
それにもし彼女が歴戦のデザイア狩り的な存在で、この街のどこかにいつか俺のデザイアが現れることを知っていたのなら。それが現れるのを待つ間、暇つぶしのお共に俺を選んでくれただけで光栄じゃないか。
「こうしてあたしのお願いに付き合ってもらっておいて本当に悪いんだけど、あたし、デザイアを倒したらすぐに次の人のところへ飛ばなきゃいけないんだよね」
「あ、次の人って、デザイアを出してしまうような欲望を持った人のこと?」
「そうそう。魔法少女もブラック企業じゃないから休みはあるんだけど、今度の休みはそっちに飛んでからもらうことになっててさ」
何やら彼女の活動が企業的もしくは組織的なものであることをにおわせる発言だけれど、そこを掘り下げたいとは思わない。そんな、行かないで! と言える立場に俺はないのだから、何を聞いても意味はない。
「そうなんだ、大変だね」
「うん。だから時間がなくて、山本くんのお願いは聞いてあげられない。ごめんね」
「いいよ全然。大体、さっきのデザイアと戦って、俺の願いなんか聞きたくもないでしょ」
自虐的なことを言っておいて、これではデイズが言葉を返しづらいかと気づき反省する。したところで、一度言ってしまったことは取り消せないけれど。
「はっはっはっ! あたしはそんなに器の小さいやつじゃないよ。なんてったって死神JKデイズちゃんだから」
俺の部屋で飛び回っていた時のような、底抜けに明るくて、ちょっと自信家っぽいところが鼻につく笑い声だった。俺は、その笑い声が好きになってしまったかもしれない。
「それじゃあね」
「うん。……さよなら」
ふわりとデイズの体が宙に浮く。あっという間に俺の頭よりも高くに飛び上がって、そのまま見えなくなるまで上空に……、
「あっ!」
降りてきた。忘れ物をしたか、ガスの元栓を閉め忘れたり家の鍵を閉め忘れたりしたうちの母親のような調子の声だった。
「そうだそうだ、山本くんline交換しようよ」
「え、line? 魔法少女ってlineやってるの?」
「そりゃやってるよ。便宜上は魔法少女と言うこともあるけど、あたしはあくまで死神JKデイズちゃんだからね。JKでlineやってない人なんて絶滅危惧種だよ」
「そ、そうなんだ」
それを言うなら鎌を持ち歩く女子高生も絶滅危惧種だと思うのだけれど、もはや細かいことは気にするまい。
「それじゃあ適当に絡んできてね。あたしたち、離れていてもズッ友だよ!」
そう言ってデイズは今度こそ空の彼方に消えていった。
いろいろあったけれど今日が俺の人生の中で、初めて異性のメル友ができた日となったのであった。