混沌に飛び込んだキュアミラクルはゾっと身を震わせた。
暗い。
寒い。
そして夢のように朧気で現実感がなかった。
無言の圧迫感だけがあり、まるで自分という存在が少しずつバラバラになっていく気がした。
この感覚は孤独感に似ている。
……孤独は知っている。
十三歳の春休み。私は偶然もう一つの世界を知った。そこは魔法がある世界で、知らない人たちが住んでいた……私にとって大切な人も。
そして十四歳の冬。二つの世界は離れ離れになった。
あの素敵な魔法界に行けないなんて、私は半身を引き裂かれる思いだった。
それからずっとずっと私は自分の半分を探していた。それこそ私にとっての孤独だった。
「ミラクル!」
鈴の音を鳴らしたようなマジカルの声が私を呼ぶ。
「気を引き締めた方がいいわよ、何があるか分からないから」
「うん。大丈夫だよ、マジカル。少し暗いなって思っただけ」
もう私は孤独じゃない。
上も下もなく、光もない深淵の闇。
今まさに他の世界を食わんとする混沌の内部は、確かに無限に続くのではないかと思わせるものがあった。
だが全てが混じり合うはずの混沌の中でグランマザー・ルカは声を震わせた。
「なぜだ……なぜ私はまだ存在している……?」
混沌の中で自我を保つなど不可能なはずだ。何かが保存されるということは混沌という事象に反している。
「……我が身は混沌と化し、全てが朧げに揺蕩うのではなかったのか?」
グランマザー・ルカはそう自問する。しかし混沌の中には確かに自分が存在していた。
そして暗闇に目を凝らすと、両手を組んで眠る小さなマザー、キュアフェリーチェの姿も見える。
それもまたありえないことだ。
「なぜだ。混沌にならぬ……」
やがて一筋の光とともに、キュアメモリーとキュアソーサリーが姿を現した。
二人はこちらに気が付くと不安そうな視線を向ける。
「……マザー?」
「これは一体どういうことですの? 私たちは混沌に溶け合うのではないのですか?」
「私にも分からぬ……プリズムフラワーの影響か、そこで眠るマザー・コトハが何かをしているのか……何かが混沌化を妨害しておる」
その時、三人の目を晦ませる稲光が闇の中を奔った。
少し遅れて耳をつんざめく大声が響き渡る。
「キュアップラパパ!」
「混沌よ! はーちゃんを返しなさい!」
「ぬ」
思わずマザーは顔をしかめた。
混沌に飛び込んできた者の正体は聞かぬでも分かる。やはり、あの二人はこの程度では諦めないということか。
「いまマザー・コトハを奪い返されるわけにはいかぬ。メモリー、ソーサリー。追い返せ」
「はっ!」
「死地に飛び込んできたということは、いよいよあの二人も覚悟を決めたということだ。ゆめ油断することのないよう用心せよ」
ミラクルとマジカルは混沌の中に飛び込んだ。
いくらプリキュアといえど恐ろしくないはずがない。
中に入った瞬間にその存在が消えてしまうかもしれないのだ。
……でももう大丈夫。
私はここにいる。そしてリコとモフルンもいる。誰も消えていない。
はーちゃんもきっといる。
「キュアップラパパ!」
「混沌よ! はーちゃんを返しなさい!」
ミラクルとマジカルは闇を裂いて突き進む。どれほど深き闇でも一緒ならば乗り越えられると信じて。
「そうはさせるか、ラパーパのプリキュア!」
「何度やっても同じことですわよ、ここから先は行かせません!」
怒涛の勢いで進むミラクルとマジカルの前に立ち塞がったメモリーとソーサリーは先ほどと同じように手を結び片腕を上げる。
「プリズムフラワー!」
「もう一度私たちに永遠を超えた力を!」
混沌の闇の中で二人の頭上に輝くプリズムフラワーの光は、太陽のようにキュアメモリーとキュアソーサリーを照らす。
二人のプリキュアは、再び激しい稲光を纏いキュアミラクルとキュアマジカルに向き直る。
「ロンズデーライトスタイルですわ!」
「悪いね、最初っから飛ばさせと貰うよ!」
メモリーとソーサリーは莫大な力が自分の中に漲っているのを感じていた。プリズムフラワーの輝きを纏ったプリキュアに敵はいない。
例え相手があの魔法つかいプリキュアであっても例外ではないのだ。
「……!」
絶体絶命のピンチに、ミラクルは険しい顔をしながら蛇に睨まれたカエルのように動けず、マジカルは無言で自分たちと相手を見比べていた。そして何かを思いついた。
「……それ、いいわね」
マジカルはぽつりとそう言って右手を上げた
「こうかしら? プリズムフラワー、私にも力を!」
「えっ?」
「し、しまった!」
「はあっ!?」
マジカルの予想外の行動に三者が唖然とする中、頭上に輝くプリズムフラワーからキュアマジカルに神々しい光が流れ込む。
「さ、さすがリコ!」
「ホラ、みらいもやって」
思わず素の自分を出しながらミラクルはマジカルに続く。相手のプリキュアに使えて、自分たちが使えない道理はない。
「はあああああっ! 魔法つかいプリキュア!」
「ロンズデーライトスタイル!」
プリズムフラワーの力を身に受けた二人は、真夏の太陽の如く輝く……プリズムフラワーの輝きを纏ったプリキュアに敵はいない。
例え相手が誰であっても。
「ま、まだ同じ条件になっただけですわ!」
「その通り。お前たち二人をマザーの所へは行かせない!」
「……『お前たち二人』ねえ。本当にそれで大丈夫かな」
マジカルは誰にも聞こえない小さな声でそういうと、一瞬だけキュアメモリーとキュアソーサリーの背後に目をやった。
「ウルサイ! 行くぞ!」
そう叫ぶとキュアメモリーは電光石火のスピードで飛び出した。
しかし、今度はミラクルにもその姿がはっきり見える。
直後、雷が落ちたかのようにドォォォォォンという凄まじい衝撃が鳴り響いた。
「お、お前っ……!」
メモリーは目を見開いた。全力で放った蹴りがキュアミラクルに完全に受け止められている。
めりっとメモリーの足首を掴むミラクルの手に力が入った。
「私は絶対に諦めない!」
ミラクルはメモリーの足首を掴んだまま力任せに放り投げた。慌ててソーサリーが、投げられたメモリーを体で受け止めてキャッチする。
キッとミラクルを睨みつけると、二人は声を揃えて吼えた。
「それは私たちもですわ! マザーの為に!
「そしてこの世から全ての悲しみを消す為に! 永遠の混沌を!」
「キュアメモリー、キュアソーサリー。私も少しは悲しみっていうものがどういうものか知っているわ……寂しくって心細くて胸がジクジクする……大切な人がいなくなるって事は辛いわ、本当にね」
「ミラクル……」
マジカルが心配そうに顔を向ける。ミラクルは続けた。
「でも、でもね……その悲しみは出会えたからこその悲しみ。なかったことになんてしたいと思ったことは一度もない!」
その瞬間カッとプリズムフラワーが輝きを増した。
「う、うおお……」
「なんですの、この力は」
凄まじい輝きが四人を包み込み、さらに四方の闇を払いのけていく。
「モフーー!」
混沌の中に地面はない。そんなわけでモフルンは泳ぐようにしてはーちゃんがいる場所を目指していた。
事前にリコが立てた作戦はこうだ。ミラクルとマジカルが敵の注意を引き付ける。その隙にモフルンがはーちゃんを助け出す。
作戦はドンピシャ。メモリーとソーサリーはミラクルとマジカルの相手にすっかり夢中で、小さなぬいぐるみのモフルンのことなど気にも留めていなかった。
ここまでは作戦通り……。しかし大変なのはここからだ。早くはーちゃん……キュアフェリーチェを見つけなければいけない。
作戦の成否は自分にかかっている、そう思うとモフルンは体の中の綿が引き締まる思いだった。
「頑張るモフ! はーちゃん、どこにいるモフ?」
この辺りのはずだが……とモフルンはキョロキョロと辺りを見渡した。
光源が殆どないので周囲は非常に見づらい。
しかしモフルンは視覚というより嗅覚を使って、しばらくの探索の後ついに目当てものを見つけた。
「あったモフ! リンクルスマホンモフー!」
モフルンは戦利品を高々と掲げた。ここからはーちゃんの甘い匂いが漂ってくる。きっとこの中にはーちゃんがいるはず――。
「妖精? いや、違うな」
「!」
背後で聞こえた声にモフルンはギクッと全身を震わせた。
決して大きな声ではなかったが、その巨大な力が伝わってくる。まるで彼方で嘶く遠雷のように。
恐る恐る背後を振り向くと、半ば闇と同化している老女が額に皺を寄せてこちらを眺めていた。
「お前は何者だ?」
「モ、モフルンはモフルンモフ」
「……キュアミラクルのぬいぐるみ……人形に命を吹き込むとは面白い魔法を使う……だが、なぜだ? 私やプリキュアのみならず、お前のようなものさえ混沌の中で個を保っているとは?」
「モフ?」
「私はグランマザー・ルカ。この世に最初に生まれた命。そして今は終わりなき混沌……それがなぜ人形一つ飲み込めぬ……お前は本当にただの玩具なのか?」
モフルンが逃げようとあがこうとした時はもう遅かった。
音もなく忍び寄る蛇のようにグランマザー・ルカの腕が伸びると、あっという間にモフルンは捕まってしまう。
「モフー!」
「見せてみよ、お前が何者なのか」
モフルンはぎゅっとリンクルスマホンを抱きしめた。
その中のキュアフェリーチェに助けを求めているのではなく、キュアフェリーチェを守る為にだ。
「はーちゃんは渡さないモフ!」
「……」
グランマザー・ルカは心の奥底さえ見通す両目をカッと見開き、モフルンという存在を覗き込んだ。
そこに見えたのは。幼いキュアミラクル……いや朝日奈みらいと共に眠るモフルンだ。そしてみらいは次第に成長していく。
首がすわると、みらいはモフルンを相手にままごとを始めた。出かける時はモフルンを抱いて持ち歩いていた。
「……」
幼稚園で男子に泣かされたみらいを慰めたのはモフルンだった。みらいが小学校に上がってもモフルンは学習机の上でみらいを見守り続けていた。
あの運命の日。みらいはいつものようにモフルンをバスケットに入れ、桜並木の散歩道を歩いていた。
そして慌ただしい、だが輝ける魔法の日々が過ぎ去っても、モフルンはみらいの傍にいた。二人はいつも一緒だった。
「……」
グランマザー・ルカは見開いていた目を細めると深く息を吐いた。
「そうか。お前は……人形でありながら、キュアミラクルの姉妹なのか。そしてお前を動かしている魔法は……」
グランマザーは少し言いよどみ、短く息を吸った。
「想い出の、魔法か……」
その言葉が鍵であったかのように、モフルンの手の中にあったリンクルスマホンが淡い光を帯びたかと思うと、秘本はパラパラとひとりでに開いた。
驚いたモフルンが思わず大きな声で叫ぶ。
「はーちゃん!」
モフルンと対照的に気だるげな声がそれに答えた。
「う~~ん……あーモフルン、おはよう……ふぁ~よく寝た~」
リンクルスマホンから現れたはーちゃんは眠たそうに瞼をこすって背筋をぐっと伸ばすと、グランマザー・ルカに向き直る。
「見たでしょうルカ。モフルンは魔法で動き出す前からモフルンだったんだよ。二人はねぇ、ずーっと一緒で、モフルンもみらいもお互いにお話ししたいなってずっと思ってたから、奇跡が起きたんだよ」
「……願いを言葉に、言葉は魔法に、そして魔法は奇跡を呼ぶ、か」
「そうだよ。それが魔法なの。もう分ってるでしょうルカ。あなたが混沌になりきれないのは、私たちが何かしてるわけじゃないよ。それはあなたの問題」
グランマザー・ルカは、はーちゃんから突き付けられた言葉に愕然とした。
しかし、心の一部では確かにその通りだと思った。
「……バカな。私自身が混沌となることを拒絶しているというのか!」
「私よりあなたの方が魔法に詳しいと思うけど。心の底からそう思っていないと魔法も叶わないし奇跡も起きないよ」
「この私はどの道消える身だ。混沌に堕ちることは恐れない」
「でも、思い出を裁断しちゃうことは望んでいないんでしょ?」
「……」
「ホラ、そうやってすぐ顔に出る。あなたは混沌になれない」
グランマザーはしばし苦虫を噛みつぶしたような顔をして目を瞑っていたが、やがてがっくりと肩を落として頷いた。
「その通りだ。思い出は捨てられぬ……私は混沌になりたくない」
グランマザーの胸にいくつもの過去の思い出が去来していた。
彼女は永劫に近い時を生きた。その後ろには無数の記憶と共に膨大な過去への道が続いている。
まるで白昼夢を見ているかのように、グランマザーはふらつく足取りでめくるめく過去への道を踏み出した。
思い出の旅路を始めると、すぐに何かがしなやかに動くのが見えた。
それは巨大な蛇だった。重さは何トンもあるだろうに信じられないくらい静かに素早く動く。
大蛇はこちらの動きを探るように舌をチロチロと出している。
「全ての蛇の祖ククルス。私の枝に絡みつき、いつも目を光らせていた静かな捕食者」
大蛇はグランマザーにかしずくように頭を下げた。その頭をなででやると、つるつるした鱗の隅々まで精力が漲っている。これが過去の幻影にすぎないとは信じられない。
「そなたの抜け殻は今も私の枝に残っているぞ……」
その時ドンとグランマザーの胸に何かがぶつかった。
それは小鳥くらいの大きさの生き物で、体つきは少しミツバチに似ているが羽根は蝶のようにも見える。
「あわわわ……すみませーん!」
不思議な生き物は慌ただしく謝ると一目散にどこかへ行ってしまった。
「トゥトゥか。世界に初めて生まれた妖精。どこまで蜜を採りにいったやら、しばらく……しばらく……顔を見せんな」
グランマザーはさらに歩みを進めた。
木の扉があって中に入ると、一人の男が机にかじりついて、一心不乱に何かを描いている。
男の顔にも、男が描いているものにも見覚えがあった。これは建物の設計図だ。それもただの建物ではない。史上最大の天にも届く巨大な建築物だ。
「我が神官ゾロア。『塔』を建てようと声を上げた最初の男。そうだったな、あれほど巨大な塔も、お前の夢想と熱狂から始まったのだったな」
グランマザーはゾロアの設計に空調と防災に関する注文を加え、部屋を後にした。
次に現れたのは美しい顔をした若い男だ。男は両腕に愛人を抱き、その顔には完璧に人工的な彫刻のような笑顔が張り付いている。
「タンホイザー。私の前ですら傲慢も好色も隠そうとしないとはいい度胸だな」
男はわざとらしく気取った態度で礼をすると、自分の作り上げた商品のプレゼンを始めた。
「さあさあ! 今日ご覧に頂くのは、願った場所にたった一歩で行けるという摩訶不思議な扉! 本日これより、昨日までの移動手段は全て過去のものとなります!」
「……だが一方で確かにお前は天才だった。魔法の扉……タンホイザーの門を作ったのだからな」
慇懃無礼な科学者を後にすると、ふくよかな女が美味しい、美味しいとクリームパフェを食べていた。
本当に美味しそうに食べるのでこちらまで自然と笑顔になってしまう。
「ティーナ。お前は本当に美味そうに食べるな。私の知る限り最も甘味を愛した女だ……それは何個目だ?」
「七杯です!」
「今日はその辺にしておけ」
「ルカ様がそう仰るのであれば、あと三杯で止めます!」
思い出は穏やかな日々ばかりではなかった。
宇宙の果てより混沌が現れ、星々を食らい始めたのだ。だが暗黒の日々の中ついに立ち向かうものが現れた。
花の冠を頭に乗せた、自分と同じ世界の守護者。その名はマザー・ラパーパ。
彼女とデウスマストは激しい戦いの末相打ちとなって共に消えてしまった。
「ラパーパよ……あの恐ろしいデウスマストにさえ、最後まで屈することはなかったお前こそ生き残るべきだったな……」
そして最後に、ただ消えていくのを待つばかりとなった世界に、最後の命が生まれた。
少し考えたらずの猪突猛進な所があり、だがどこまでも突き進む力強さのあるキュアメモリー。
理論先行で少し頭でっかち、しかしどっしり腰を据えて考えることを厭わないキュアソーサリー。
「キュアメモリーとキュアソーサリー。我が世界最後の子。この私に最後に残ったもの……」
二人のプリキュアが生まれた時、自分にまだこれほどの力が残っていたとは、驚きだった。だが今なら分かる。
「私の、想い出と魔法……私はそれが残ることを望んだのだな……もう一度奇跡を起こすほど……私の願いはもう叶っていた……」
その時白い光が混沌の中を満たし、全ての闇を払いのけた。
次の瞬間には混沌の闇が消えていた。
「ここは?」
「よく分からないけど戻ってきたのね、私たち」
四人のプリキュアも、はーちゃんも、モフルンもポカンとした顔で、生まれたばかりの世界の上に立っていた。
急に明るい所に放り出されたグランマザー・ルカは立ち眩みがして体を傾けた。キュアメモリーとキュアソーサリー慌ててそれを支える。
「大丈夫だ、大丈夫……」
グランマザー・ルカはミラクルとマジカルの方に向き直ると、身体を支えられながら深々と頭を下げた。
「そなたたちから大事なものを奪い、すまなかった。そして私の過ちを止めてくれてありがとう、魔法つかいプリキュア」
ミラクルとマジカルはどうしたものかと顔を見合わせた。
「う、うん? なんだか、話がよく分からないんだけど……」
「っていうか、あの~どちら様なんでしょうか?」
すかさずそこではーちゃんが割って入り、二人にグランマザーのことを説明する。
「えっじゃあラパーパ様の先輩、みたいな?」
ミラクルがそういうとグランマザー・ルカは自嘲するような笑みを浮かべた。
「いうなれば。だが、それがこのザマだ。星々を繋ぐ光を奪い、キュアフェリーチェを襲い……私などよりラパーパの方がよほど立派だった」
「マザー!」
「でもそれにはわけが……」
庇おうとするメモリーとソーサリーをグランマザー・ルカは手を挙げて制止した。
「やめよ。いかなる理由があったとしても、してはならぬこともあるのだ……しかし、それは全て私の意志。ラパーパのプリキュアたちよ、どうかこの二人のことは許してくれ」
マジカルが優しく言った
「……ううん。グランマザー様、私たちははーちゃんが帰ってきてプリズムフラワーが元に戻ればそれでいいのよ」
「胸がギュっと苦しくなってどうしたらいいか分からなくなること、私にもあるし」
「はー! グランマザーさえよければ、ここにずっといてもいいんだよ?」
「キュアフェリーチェ……マザー・コトハよ、ありがたい申し出だが、それはできない。いかに消えかかっているとはいえ、私には私の世界がある。帰る所はそこなのだ」
はーちゃんが消えた時のように、グランマザー・ルカとキュアメモリー、キュアソーサリーの姿がすっと薄くなり始めていた。
「世話になった。プリズムフラワーは私が責任をもって戻しておく。それで全てが元通りになろう……最後に一つだけ言っておく。私にはもはや過去しかないが、お前たちには未来がある。後悔のない生き方を……」
「……行っちゃったね」
「うん、なんだか嵐みたいな一日だったわ」
「モフ」
みらい、リコそしてモフルンはしんみりと顔を見合わせた。
「……で、ここどこ? 帰って校長先生に報告しないといけないんだけど」
「ちょっとリコ! 魔法の扉消えちゃってるよ! どうしよう!?」
「はーちゃん、なんとかならないモフ?」
「はー! グランマザーがプリズムフラワーを元に戻したらすぐに魔法界に送るから、ちょっと待っててね」
「あのはーちゃん、ちょっとってどのくらいなのかしら?」
「さあ? それは分からないなー。まあゆっくりしていってよ。どうせ仕事はお休みなんでしょう?」
「休みは三日しかないの! 学校が!」
「大学が!」
「はー、大丈夫、大丈夫。ここは毎日日曜日だよー、あははははは!」
無垢な原野に、無邪気な少女の笑いが響く。途方に暮れたこの日の出来事も、いつか楽しい想い出となるだろう。彼女にたちには未来があるのだから。
エピローグ
キュアメモリーとキュアソーサリーは涙を拭きながら、魔法の扉を開き、生まれた世界を後にした。
「我が世界の灯を絶やすわけにはいかぬ」
「灯とはなんですか?」
「まさに、お前たち自身だ。この世界から旅立ち、新たな世界を築くがよい」
目を閉じると、そう言って姿を消したグランマザー・ルカの姿が浮かぶ。
だがキュアメモリーの心の中は悲しみのばかりではなかった。今までと違う、全く新しい世界に行くのはちょっとワクワクする。そういえばラパーパの世界に行くのも少しワクワクした。
「どこかの世界にはサファイヤの海ってのがあるらしい」
メモリーが大真面目にそういうとソーサリーは呆れながら否定した。
「ありえませんわ、そんなこと」
「ホントだって! 本で見たんだ!」
「あなたに文字が読めたとは驚きですわ」
「ちょっとは読めるよ! それによると、ダイヤモンドラインっていうダイヤでできた道があってだな」
「ハイハイ」
世界は秘密が茂る不思議の国だ。
夢の宝石となる世界を求め、冒険と探検の旅が今始まる……。
了