西住しほの朝は早い   作:九段下

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西住しほの悩みは長い

少し、困ったことになった。

 

うーん、悪いことではなくて、むしろ嬉しいことなんだけれど、それでも困ったことには変わりなく。私、西住しほは書類を片付けながら頭を悩ませていた。

 

今私の頭を独占しているのは、下の娘のみほの事である。みほが中学生の頃から感じてはいたけど、あの子に西住流、というか黒森峰は似合わない気がするのだ。

 

みほは優しい子で、元々は活発で自分の意思をしっかりと持った子だった。まほと一緒に子供の頃から戦車に親しんでいたし、戦車道も楽しんでやっていた。けれど、今のあの子は西住流と黒森峰の戦車道に自分を当てはめることに必死になってる。

 

それ自体は、まぁなんというか西住流の師範としては嬉しいのだけれど、母親としてはちょっと嬉しくない。西住流は戦車道の大家で、私も西住流を16年やっている身だし、西住流に対する思い入れは強い。西住流は戦車道を学ぶためにはとても良い環境だとは思っている。

 

けれど、それは西住流を習おう、っていう人に向けているからこその所感なんだ。戦車道は淑女を育てる武道ではあるけれど、やはり勝負事には違いない。だから自分が犠牲になってでも勝ちたい子が集まる流派として、西住流がある。正道を突き詰めて勝利を得る。それは、多感な思春期の子供たちに自信を持たせてあげられる手段としては優れていると思う。

 

でも、みほは自分で西住流を選んだわけじゃない。

 

戦車道の才能はあって、本人も戦車道を好きでいてくれている。

でもみほは優しいから、西住流の子が自分が犠牲になる事を受け入れていてもみほがそれを受け入れられない。それは、きっと将来あの子を悲しませることになる。

 

困ったなぁ。他の流派の人に頼もうにも、絶対に西住の名前があの子を追いかけてしまう。じゃあ流派のないところ、って考えると今度はタンカストロンみたいなほぼ個人競技になる。あの子は中隊規模(16両前後)の指揮官としての才能がズバ抜けているから、できれば才能に合った所で楽しんで欲しいのが親心。

 

タンカストロンみたいなスピーディな戦車戦も出来るんだろうけど、そんな個人の技量がものを言う競技であの子についていける子、ってなると本当の手練れになる。そんな子が各流派に染まっていないわけはない。

 

八方塞がり。もう一からクラブチーム作るしかないんじゃないかな、って所まで考えてた時。

 

タケさんが秋山さん一家がお見えになったと伝えてくれた。

 

 

とりあえず応接間に向かって、古いライバルさんの顔を見に行こう。

 

「お久しぶりです。こんな遠くまで来ていただいて、ありがとうございます。優花里ちゃんも、元気だった?」

 

「はい!お久しぶりです、西住のおば様!おば様こそお元気そうで良かったです!」

 

いい加減慣れるべきなんだろうけど、おばさま扱いは心にくる。いや、2人も高校生の子供がいてなに言っているんだと言われればそれまでなんだけれど、それでもくるものがあるなぁ。

 

それにしても懐かしい。好子とは社会人戦車道の頃まで親交があったんだけれど、最後に会ったのはいつだっけ。昔は主人が亡くなってから毎年来てくれてたんだけど、お互いに忙しくなって段々と疎遠になっちゃったんだよね。お互いの子供の学校行事が大変だったり、私が西住流の中でちょいちょい重要になっちゃったりして。

 

少し席を移動して親と子供でグループ分けする。優花里ちゃんも、まほとみほに食いついて離れないし、丁度いい。若い子は若い子の話題があるだろうし、子供の話に大人は入っちゃいけない。

 

そうして改めて目の前に座った好子だけど、お母さんオーラが凄いことになってた。私が言うのも変だけど、人妻ってこんな感じなのか。社会人チーム戦でやり合ってた時は食いついたら絶対に離れない戦い方から餓狼秋山なんて呼ばれてたのに、今の姿からは全く想像できない。なにを食べたらそんなに変わるんだ。

 

餓狼といえば、シュルツェンすら付けなかったあのIV号戦車はどこに行ったんだろうか。きっと、あの学園艦のどこかで新しい主人を待っているんだろうな。

何度も西住流を背負う私を追い詰め、私にとっても高い壁になっていたIV号戦車。あの時代の戦車道の一翼を担った名車は、きっと暴れ足りていなくて、また戦える日を待っている。

そんな予感が頭から離れない私も、目の前の秋山好子と、IV号戦車にトラウマを植え付けられた1人なんだろう。

 

 

「さて、じゃあ改めて。久しぶりね、こんな田舎まで来てもらってありがとう。暑かったでしょ。」

 

嫌な記憶をお腹の中に封印して、目の前の親友に話しかける。好子の笑顔は素敵で、ついこちらも笑顔になる。2人してへにゃりとした笑顔を浮かべることになった。

 

「学園艦に住んでるんですもの、どんな天気でも慣れちゃうわよ。熊本もいいところね、優花里がどうしても西住流を見たいって言うものだから、久しぶりに来ちゃった。

それに聞いたわ。今度家元になるんだって?内定、おめでとう。」

 

驚いた。公然の秘密になっていた私の家元就任だけど、時期まで決まったのはそんなに前のことじゃない。戦車道から離れていた好子が簡単に手に入るような情報じゃないんだけど、地獄耳も相変わらずかぁ。

思わずため息が出る。

 

「相変わらずの地獄耳ね。ええ、来年の夏頃になると思う。まほの高校戦車道大会が終わったら少し余裕もできるし、その時期まで待ってもらっていたの。

ああ、タケさん、この前いただいた芋羊羹ありますか?お出しして欲しいの。大洗のお芋も美味しいけど、熊本のだって負けてないんですから。」

 

「そっか。今年はみほちゃんも黒森峰に入るんでしょう?みほちゃんもお姉ちゃんがいる学校なら安心ね。安藤さんの娘さんもアンツィオの戦車道を立て直したらしいし、今年は盛り上がりそうねぇ。」

みほ、かぁ。

 

「多分そうなるわ。みほも西住流を修めてるし、私もお世話になった高校だもの。あの子は優しいからちょっと心配もあるんだけどね。」

 

口が滑った。こんな事お客さんに言うべきじゃなかった。慌てて言葉を重ねる。

 

「優花里ちゃんはどうするの?大洗は今戦車道してないんでしょう?他の学園艦に行くの?」

 

「大洗女子に行くんだって。他のところ行って良いっていうのに、大洗が好きだから良いって。いい子なのよ。」

 

子供の戦車道が悩なのは同じだったか。

 

『大洗の戦車道復活すれば良いのにね(ぇ)』

 

その時の私は忘れていたんだ。本当に大洗女子戦車道は復活することを。

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