ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか 作:ザイグ
1覚醒と猛牛
——気が付いたらミノタウルスだった。
何を言ってるんだこいつ、と言いたいだろうが僕は頭がイカれているわけでも、正気を失っているわけでもない。
目が覚めたら何処か薄暗い洞窟の中に居たんだ。
訳も分からず彷徨い、階段を登ったりすると数人の人間に出くわした。薄暗い中で心細かった僕は彼らの元に駆け寄った。すると
「なんでミノタウルスが12階層に⁉︎ ここは上層だぞ!」
「知るか、上がってきたんだろ! とにかく戦え!」
「俺達も中層に行けるだけの力はあるはずだ。倒せるぞ!」
何故か彼らは剣や槍を構えて僕に襲いかかった。
正直、死んだと思った。でも、無我夢中で振るった腕が一人に命中。その人は壁面まで吹き飛ばされた。
自分のやったことに呆然としていると彼らは倒れた人を担いで逃げていった。
その時、僕は「待って」と叫んだけど口から出るのは人ならざる咆哮。
流石にここまで来れば自分の異常性に気付く。
人を吹き飛ばす剛腕、言葉を喋れない口、頭を触ってみれば突起物のようなものまである。
僕は自分の顔を見ようと鏡になるものはないかと周囲を探すと——大剣が地面に刺さっていた。
多分、僕が殴った人が手放したんだろう。丁度いいと大剣を握り、剣身に顔を映すと
——牛がいた。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』
自分の顔を見て悲鳴を上げたが、出てくるのは牛の鳴き声。
首から下は先程いた彼らが小柄に見える筋肉隆々の巨軀、上は威嚇するような眼光と鋭い角を生やした牛頭。牛頭人体。神話に登場する姿そのものの猛牛の怪物。
僕はミノタウルスになっていた。
——なんでぇっ⁉︎
◆ ◆ ◆
『ヴゥオ……』
僕は落ち込んだ。ため息しかでない。だって気付いたら人間から怪物になってたんだよ?
こんな醜い外見になってしまって、さっきの人達の対応を見るにミノタウルスは人類と敵対関係にある。
このまま上層に上がっても人に襲われるだけと思った僕は来た道を戻り、下へ下へと降りていった。
途中、馬鹿デカイ犬や二足歩行する兎とすれ違ったがそんな摩訶不思議な生き物も気にならないほど僕は落ち込んでいた。
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』
階段を三つか四つ降りた時に聞こえた咆哮に僕は顔を勢いよく上げる。
この咆哮は間違いなく僕と同じミノタウルス。人でくなったのなら、同族の仲間が欲しい。
他にミノタウルスがいるなら、同族がいるのなら仲間になりたい。
そんな思いから僕は咆哮のした方へ走った。真っ直ぐな通路を駆け抜け、横道を曲がる。そこには二匹のミノタウルスがいた。しかし
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』
『ヴゥオッ⁉︎』
片方のミノタウルスが石器時代に出てくるような石斧で、もう片方のミノタウルスの頭をカチ割っていた。
…………えぇ。
せっかく見つけた同族は殺し合っていた。仲間を見つけたという僕の希望は粉々に砕け散るのであった。
いやいやいやいや、おかしいでしょ、なんで殺し合ってるの! えっ、ミノタウルスって、人から敵視され、同族でも敵視する種族なの⁉︎ ……だったら、最悪だ。
とりあえず僕は物陰に隠れてミノタウルス達の行動を観察した。
石斧持ちミノタウルスは頭を割られ即死したミノタウルスの胸部に腕を突き立て、何かを抜き取る。すると抜き取られたミノタウルスが灰になった。
………あれは宝石? いや、水晶か?
ミノタウルスは抜き取った紫紺色の石を口に放り込んだ。——て、石を食うの⁉︎
マジか。ミノタウルスの知られざる生態。主食は鉱石だった。……そんな訳ないか。そもそも生物の中にある時点で普通の石じゃない。
紫紺石を抜き取られたミノタウルスが灰になったのを見る限り、あれが心臓みたいなものなんだろう。
しかし、どちらにしろ食べ物にありつくには同族を殺さなければならないのか。ミノタウルス以外を襲うにしても戦闘は避けられないな。
そんなことを考えていると背後の壁面に亀裂が走った。
『ヴォ?』
脆くなっていたのかと振り向くと、
『ヴゥオッ‼︎⁇』
あまりに現実離れした光景に僕は声を上げる。だって壁から怪物が這い出てくるなんて普通は思わない。
襲われたら堪らないと僕は壁面か現れたミノタウルスから距離を取り、持ってきてしまった大剣で構えて威嚇する。
『ヴォ……?』
しかし、壁面から現れたミノタウルスは何故警戒されているのか理解できないのか首をかしげる。そしてそのまま歩き始めた。
襲ってこない? てっきり鉢合わせたら、即殺し合いかと思ったけど。腹が減ってないのか?
と思っていたら、歩いて行ったミノタウルスは先にいた石斧持ちのミノタウルスに襲われた。
……あ、ひょっとしてあの石斧持ちミノタウルスが特別なだけで他のミノタウルスは同族を襲わないのか?
だって殺されたミノタウルスは無警戒で近づいて、何で襲われたのかも分からないって顔——表情の変化が殆どないのに分かるのは僕がミノタウルスになったからか——してた。
そうと分かればあの石斧持ちミノタウルスは排除だ。あのミノタウルスがなんで同族を襲うのか謎だけどあのまま生かしておくと僕も危険だ。だから、殺られる前に殺るしかない。
僕は足音を立てないように石斧持ちミノタウルスにゆっくり近付く。幸い奴は死体から紫紺石を抜き取るのに夢中で背後から忍び寄る僕に気付かない。
気付かれる事なく真後ろに立った僕は大剣を水平に構え——振り抜いた。
『ヴォオオッ‼︎』
大剣は石斧持ちミノタウルスの首を綺麗に切断。少し遅れて首は地面に転がった。
『………?』
石斧持ちミノタウルスは紫紺石を食うと大口を開けたまま何が起きたのか理解できず、その瞳から光が消えた。続けて首を失った胴体が倒れた。
でも、僕はそれを気にもせず同族を斬った大剣を見つめていた。
——同族を殺しても罪悪感が湧かない。
思えば上層で人を殴り飛ばした時も何も感じなかった。あの人は腕が折れ、血を吐き出すほどの重傷を負った。なのにあの時僕の中を埋めていたのは罪悪感でなく人を吹き飛ばせる剛力への疑問だった。あの人を心配する気持ちを欠片も抱いていなかった。
これはつまり心まで怪物になっているってことか?
それを証明するようにこの結論に至っても僕は平常心を保っている。怪物になっている時点でパニックになってもおかしくないのに平然としていられるのは人でないことが気にもならないほど怪物に染まっているからか。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』
その事実に僕は無意識に悲鳴のような咆哮を上げた。
◆ ◆ ◆
咆哮を上げて落ち着いた僕はこれからの事を考えた。いくら叫んでも僕がミノタウルスということは変わらない。なら、いまどうするかを考えるべきだ。
……でも、どうすればいいんだ?
ここは右も左も分からないどことも知れない暗い洞窟の中。何も思い浮かばないまま途方に暮れていると足元で光るモノに目がいった。
足元を見るとそこにあったのは光を反射して輝く紫紺石。先程のミノタウルスが食おうとして石だらう。
——これって美味いのか?
石斧持ちミノタウルスが何故、これに執着していたのか。考えられるのはこれが美味いぐらいしか理由が思い浮かばない。
僕は試しにとその石を拾い、食べてみることにした。
拾ったモノは食べてはいけないと教えられたけど、怪物になったいまは関係ないよね。
どうでもいいことを考えながら、僕は紫紺石を口に入れた。
——瞬間、全身を漲るような刺激が流れ込んだ。
美味いわけではない。そもそも味がない。だが、全身から漲る力。自分が無敵になったような感覚。
力が溢れるような全能感。また紫紺石を食べたいと思ってしまう。あのミノタウルスが執着していたのも頷ける。理性ある僕でさえ抗い難いものがある。
無意識に僕は首を斬り落としミノタウルスの胸部を引き裂き、内部にある紫紺石を取り出し、食らっていた。
『ヴウウウウッ……!』
その紫紺石から流れ込んでくる力に僕は興奮した。先程の紫紺石の五倍以上はある力が溢れ出した。どうやら紫紺石は他の紫紺石を食べた怪物の方が純度が高いようだ。
新しい発見だけど、そんなことはどうでもいい。いまはこの紫紺石をもっと食べたい。もっともっと欲しい!
僕は欲求に任せるまま他の怪物を探すために洞窟を徘徊することにした。
こうして僕の怪物生活が始まった。
ミノタウルス・強化種
推定Lv.3相当
到達階層:15階層(出現した階層)
装備
【大剣】
・冒険者が落とした大剣。
・実は中層進出を視野に入れて購入した業物。
・中層のモンスターにも通ずる武器。
補足
洞窟=ダンジョン
人間=冒険者
紫紺石=魔石
二足歩行の兎=アルミラージ
馬鹿デカイ犬=ヘルハウンド
石斧持ちミノタウルス=強化種