ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第十七話:凶狼と猛牛

 

 ——痛い! すっごく痛い! 腕が折れた⁉︎

 

 あの強烈な一撃は僕の『耐久(かたさ)』でも防ぎ切れるものではなかった。

 

 迎撃した拳は衝撃に耐えられず骨が折れている。逆に言えばあの階層主さえ仕留めかねない一撃をこの猛牛は腕が折れた(・・・・・)程度で済んでいる。尋常ならざる強靭性(タフネス)だ。

 

 ——とりあえず回復しよう。この傷は流石にマズイよね。

 

 体内の『魔力』を解放するように全身に巡らせる。駆け巡る『魔力』は流れを阻害する箇所(きず)を正常にしよう体に働きかける。すると猛牛の体に変化が訪れる。

 

「え——」

 

 冒険者達は目を疑う。当然だ。

 ベートに折られた左腕、そしてアスフィに深く切り裂かれた傷も、自傷した太ももさえゆっくりと、傷口が塞がっていく(・・・・・・・・・)のだから。

 

 自己再生。魔力を燃焼させることで自己治癒力増幅に用いたのだ。階層主並の魔力がなければ許されぬ力業である。

 損傷がなかったことになっていく。治癒の名残なのか、体中から蒸気のように『魔力』の残滓かうっすらと立ち上がっていた。

 傷口は完全に塞がり、完全回復。アステリオスは『全快』した。

 

 ——さて、反撃開始だ。借りを返さないとね。

 

 猛牛が冒険者を睨みつけ、動き出そうとしたとき

 

「てめえ、いったい何なんだ?」

 

 ベートから投げかけられた言葉に脚を止めた。

 あれだけ無視されたにも関わらず、それでも話しかけてくる彼にアステリオスは逆に感心した。だから、耳を傾けてみたくなった。

 

「強化種だってのは分かってるんだ。だが、それだけじゃ説明がつかねえ。武器や防具を使う知性と、剣術や戦術を組み立てる知識。——少なくともただのモンスターじゃありえねぇ」

 

 ——そんなこと言われても僕自身がなんでミノタウロスになったのかわからないんだから、答えようがないよ。

 

 気付いたから異世界からミノタウロスに転生してました。……こんなこと言ったら切れられそうだな。黙っとこ。

 

「さっきから黙ってんじゃねえっ! てめえが喋れることくらい俺は知ってんだよっ‼︎」

「えっ、モンスターが喋る⁉︎」

 

 ベートの言葉にレフィーヤが驚愕する。他の冒険者も驚愕の眼でこちらを見る。

 彼は5階層でアステリオスが言葉を発するのを目撃している。だからこそ、沈黙を保つアステリオスがこちらを馬鹿にしているようで腹立たしかった。

 

『……オ喋リトハ、余裕ダネ』

「⁉︎」

 

 アステリオスが観念したように口を開く。モンスターが言葉を発したことにベートを除く全員が眼を見開いた。

 

『僕ガ、何カ……ソンナ問イニ、意味ガアルノ?』

「何?」

『ココハ、ダンジョン。怪物(ボク)ト、冒険者(ニンゲン)ガ、対峙シタ。殺シ合ウ理由ハ、ソレダケデ、十分』

 

 僕はモンスター。人外の怪物。人類の敵。恐怖の体現者。それが殺し合いを宿命づけられた人間と怪物の関係で、そうあるべきだ。

 言葉を発せるなら語り合えばいい? 否。憎み憎まれ、殺し殺されてきた因果は言葉なんかで解決できるものじゃない。消せるものじゃない。殺し合うことでしか僕たちは語り合えない。

 だから、僕は人間と出会っても喋ることなく、怪物の咆哮を響かせる。殺し合いに言葉は不要なのだから。

 

「そうかよ。それは俺も異論はねえ。だが、これだけは答えろ。アイズはどうした?」

『知ラナイ。サッキカラ、思ッテタケド、誰?』

「ふざけんな、お前らが分断した【剣姫】のことだよ! 知らないはずがあるか!」

 

 疑問を疑問で返すアステリオスにルルネが食ってかかる。そこまで言われて彼は、『アイズ』という名前が、金髪の剣士を指していると理解した。

 

『アノ金髪ノ剣士……アイズ(・・・)ッテ、言ウンダ。彼女ナラ、レヴィスガ相手ヲ、シテル。——無事デハ、ナイダロウネ』

「——殺すぞ」

 

 アステリオスの言葉にベートが殺気立つ。再び激突。

 最初の開戦のように初手はベートに——ならなかった。

 

「っ……⁉︎」

『ヴォ……!』

 

 メタルブーツと黒大剣がぶつかり合う。

 初手は同時(・・)。ミノタウロスは『敏捷』で勝るはずのベートと変わらない速度で攻撃してみせた。

 だが、それは不思議なことではない。なぜなら彼はベートとの戦闘中も、開戦前からも、脚を負傷していた(・・・・・・・・)

 つまり、彼は第一級冒険者(ベート)と十全でない状態で互角以上に戦っていた。いかに負傷も問題ない強靭な肉体を持とうと、全快時に比べて誤差は生まれる。

 強者の戦いにおいてその差は大きい。それがなくなったということは、アステリオスの一方的蹂躙(ワンサイドゲーム)の始まりだ。

 

 メタルブーツを振り上げ、痛烈な一撃を相手の黒大剣に叩き込む。しかし、馬鹿げた『力』で逆に弾き飛ばす。

 負けじと反対の脚で蹴撃を放とうとするが、それよりも速く、黒大剣が連続で振り回され視界を無数の大閃が埋めつくした。回転してはメタルブーツで受け流すも、もらえば一溜まりもない必殺がベートの体を脅かす。

 例え黒大剣を躱しても拳砲の連打が繰り出され、ベートを決して間合いの外に逃さず、追い込んでいく。

 『敏捷(はやさ)』という有利的要素(アドバンテージ)を失ったベートをアステリオスは圧倒していた。『技』と『駆け引き』をもってしても敵の力が上回る。踵落とし、蹴り上げ、回転蹴り、独楽のように回りながら凄まじい勢いで繰り出される二本の俊脚をアステリオスは全て捌き切る。お返しとばかり鉄拳を叩き込む。

 

「がっ、ごふっっ⁉︎」

 

 腹部に打ち込まれた強烈な一撃。口から吐血しながら後方へ吹き飛ぶ。追撃すべく凄まじい速度でアステリオスは駆ける。

 もはやレフィーヤ達では視認することさえ難しい。まして援護など不可能だ。

 未だに宙を舞うベートに、瞬く間に追いついたアステリオスは黒大剣を薙ぐ。空中では回避不可。あの怪力に防御など無意味。アステリオスは勝利を確信する。

 

「——くたばれるかああぁぁぁぁッッ‼︎」

『ヴゥオッ⁉︎』

 

 だが、相手は第一級冒険者。一筋縄ではいかない。血を吐きながらも凶暴な相貌を浮かべたベートは迫る黒大剣に、上段蹴りを叩き込む。その衝撃を利用してベートは更に上空へ。黒大剣の間合いから逃れる。

 

 ——焦ったね、空中に逃げ場はないよ!

 

 いまのようなことができるのは一度だけだ。二度目はない。上昇が終わり落下してきた時がベートの最後だ。

 そう思い、上空を見上げたアステリオスは——眼を見開いた。

 

 上空にいるベートが握る二本のナイフ。破壊された双剣に代わる予備(スペア)を取り出したのかと思えば——違う。

 金の装飾がある黄色のナイフからは、バチッと電気が瞬く。燃えるような緋色のナイフは、ゴオォッと炎に包まれる。あれはただのナイフではない。振るうだけで魔法——と同じ効果——を発揮できる『魔剣』だ。

 レフィーヤの砲撃(まほう)と同じようにベートは、ナイフを《フロスヴィルト》に添え、それぞれが雷撃の力と緋色の波流を食らう。

 魔法の力を喰らい尽くされた『魔剣』は破砕してベートの手からこぼれ落ちる。代わりに左脚のメタルブーツに凄まじい雷を纏い、右脚のメタルブーツに点火したかのように火炎を吐き出した。

 メタルブーツに魔法を装弾したベートは、落下しながら、直下にいるアステリオス目掛けて、雷閃となって《フロスヴィルト》を突き出した。

 

「死ね」

 

 炸裂。仰いでいた猛牛の顔面にメタルブーツを叩き込み、大閃光を発生させる。

 『魔剣』の(かみなり)と《フロスヴィルト》の攻撃力(インパクト)が合わさった最大威力。大型モンスターさえ即死させる渾身の雷の蹴りを浴びたアステリオスは背中から倒れ込んだ。

 畳み掛けんとベートは反対の炎脚で追撃を仕掛け——アステリオスが繰り出した鉄拳に相殺された。

 『魔剣』の炎の付与効果によって、爆炎が咲き誇る。それを桁外れな『耐久』でモノともせず、そのまま凄まじい『力』でベートを弾き飛ばしたアステリオスは素早く立ち上がり、襲いかかった。

 

「——蹴り飛ばしてやる」

 

 両足の雷炎を駆使し攻めかかるベート。なけなしの『魔剣(ナイフ)』をつぎ込み、後がない狼人(ウェアウルフ)は全力を尽くす。

 

『ヴゥンンンンンンンンンンンン……‼︎』

「ッッ……⁉︎」

 

 だが、黒大剣と拳砲の猛攻を仕掛けるアステリオスはそれすら凌駕する。更なる速度を纏う黒大剣。力強さを増す拳砲。その全てがベートに襲いかかり、彼を防戦一方にする。

 体が大きく揺らぎ、かすっただけの攻撃で血まみれになっていく。それでもベートは引かない。引くわけにはいかない。死力を尽くして押し返す。敵わぬと悟りながらも戦い続けるのは、強者の矜持と、男の意地だ。

 

「この場で一番俺が強ぇんだよ! 俺がてめーを倒さなちゃ誰がやるってんだァ! 誰があいつ等を守れる⁉︎」

 

 弱者(なかま)強者(おれ)が守らなければいけない。それが理想の強者だと考えるからこそ、ベートは最前線に立つ。もう誰も失いたくないから、仲間を脅かす敵を真っ先に打破するために。

 まるでベートの感情の高ぶりに呼応するように雷炎はより苛烈になり、より激烈に使いこなす。防御を強いられ瞠目するアステリオスは、楽しそうに口端を吊り上げ、黒大剣を振りかぶった。

 ベートもまた踏みしめた地面を粉砕させ、己の炎脚を振り上げた。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ‼︎」

 

 咆哮を轟かすアステリオスは剛閃を振り下ろし、哮り声を引き連れベートは渾身の炎脚を繰り出した。

 衝突する。途方もなく重い衝撃と、目も眩むような火炎の大輪が互いに潰さんと激しい音を響かせる。

 勝ったのはアステリオスだ。火炎は吹き飛び、貫通する黒刃。

 黒大剣とぶつかり合った白銀のメタルブーツに、夥しい亀裂が走り抜けた。

 ブーツを装着した足の皮膚が、肉が鮮血を吐き散らし、骨が圧砕する。

 尋常ならざる衝撃と灼熱の激痛に、ベートの瞳が血走った。——それをアステリオスは見逃さない。

 追撃の拳砲。ベートの胸部に剛腕がめり込み、口から血を吐き出す。アステリオスは力を緩めず、拳を押し込んだまま地面に叩きつけた。

 フルパワーの鉄拳はベートを押し潰し、地面に小さなクレーターを作り上げた。

 

「がぁ——」

「ベートさん⁉︎」

 

 地面に沈んだベートに、レフィーヤが悲痛な声を上げるが彼が答えることはなかった。

 ベートを倒したアステリオスは拳を引き抜き、レフィーヤ達の方に振り向く。

 

「ひっ……!」

「後ろへ、ウィリディス!」

 

 恐怖はレフィーヤは声を引きつらせ、フィルヴィスが彼女を背に庇う。だが、その額には大粒の汗が滴る。【ヘルメス・ファミリア】の生き残りも戦闘態勢にこそ入っているが、その表情は絶望に染まっている。

 当然だ。最高戦力である第一級冒険者(ベート)が敗れた。これはこの場いる全員が力を合わせても勝てない相手ということだ。冒険者達の心は折れかかっていた。現に

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

「——ッッ⁉︎」

 

 アステリオスの『咆哮(ハウル)』。生物の心と体を『恐怖』で縛り付ける強制停止(リストレイト)は、弱気になっていた冒険者を例外なく硬直させた。

 後は案山子となった冒険者にアステリオスが止めを刺せば終わり——になる前に彼の脚を掴む者がいた。

 

「待ち……やがれ……!」

 

 アステリオスの脚を掴んでいたのはベート。握る力は普段の彼からは想像もできないほど弱々しい。だが、その瞳がこの手は絶対に離さないと告げていた。

 

「……俺の、戦意(きば)はまだ……折れてねえ! まだ生きている……てめーを、殺す気……でいる! あいつ等に手を出す、なら……俺の息の根を……止めてからに、しろ‼︎」

 

 ——命懸けで仲間を守るか……。自分の命第一の僕には真似できない生き方だね。でもさ

 

『地二伏シテ、言ッテモ、負ケ犬ノ、遠吠エダネ』

 

 僕はゆっくりと黒大剣を振り上げた。まるで断首刃(ギロチン)のごとく、振り下ろそうとした、間際だった。

 

 

 大空洞の壁面一角が、爆発する。

 

 

 轟然たる破砕音に大空洞にいる全ての者が視線を向け、何筋もの煙を引いて二人の影が飛び出してきた。

 

 

 


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