ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第二十話:猪人と猛牛

 

 レヴィスと別れた僕は上層を目指す。特に行くあてもなかったから、久しぶりに産まれた階層(こきょう)にでも帰ろうかと思ったんだ。

 大樹の迷宮を抜け、18階層に入り、小休憩。そこから17階層へ登った。そこには

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 ——そういえばいたな、灰色の巨人。確か……『ゴライオス』って言うんだっけ?

 

 大き過ぎる輪郭。太い首、太い肩、太い腕、太い脚。人の体格に酷似したその形は、猛牛(ぼく)と同じだが総身は七M(メドル)にも届こうかという、巨人。薄闇の中で捉えた体皮は灰褐色だった。

 後頭部に位置する場所からは、脂を塗ったように照り輝くごわごわとした黒い髪が、首もとを過ぎる位置まで大量に伸びている。

 17階層の階層主。迷宮の弧王(モンスターレックス)——『ゴライオス』。

 冒険者(にんげん)のダンジョンへの挑戦を阻む絶対的な怪物である。………なのだが。

 

 ——これぽっちも脅威を感じないな、このデカブツ。

 

 ゴライオスが強大な怪物であることは確かだ。だが、その潜在能力はLv.4。対してアステリオスはLv.6。一段階違うだけでもその力には隔絶した差があるのに、二段階も差があればそれも勝負にはならない。巨大な象が小さな鼠に恐怖を感じないように、彼がゴライオスに恐怖を感じないのは当然のことだった。

 そんなことを考えているとは知らず、ゴライオスがその巨腕を頭上へと振り上げた。階層主にといっては自分の縄張りに入ったものは、モンスターも、冒険者も関係ないらしい。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 振り下ろされた大鉄槌。避けることもなく佇んでいた僕に直撃。爆砕音と——衝撃波が発生した。

 爆風が大広間を殴りつけ、ゴライオスは勝利を確信し——次の瞬間、目を見開いた。

 

『……』

 

 無傷(・・)。アステリオスは傷一つなく佇んでいた。あろうことか彼は、巨腕の一撃を片腕で受け止めていた(・・・・・・・・・・)

 圧倒的な体格差をものともしない、桁違いな『力』。ゴライオスが非力な訳ではない。全てを粉砕する一撃と言っていい威力がゴライオスにはある。それを物語るようにアステリオスの足もとは大鉄槌の衝撃に耐えきれず、粉砕され、彼は膝まで脚が地面にめり込んでいた。

 アステリオスはつまらなそうにゴライオスを見上げ、腕に力を込める。

 

『フゥー……‼︎』

『グッ——オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』

 

 徐々に押し上げられる腕にゴライオスも力を込めるが——『力』が違う過ぎた。アステリオスが軽い掛け声とともに押し飛ばしただけで、ゴライオスの巨腕は頭上高くに跳ね上げられ、ゴライオスは片腕を大きく上げた、階層主らしからぬ格好になる。

 その無防備な姿をアステリオスは見逃さない。素早く黒大剣を引き抜き、槍を投げる姿勢で黒大剣を構えた。

 そのまま投擲する。それも信じられない速度で、真っ直ぐゴライオスに飛んでいく。

 

『——————————————ッッ⁉︎』

 

 ゴライオスの額に黒大剣が突き刺さる。七M(メドル)もの巨体が、頭部に自分以外の巨人の一撃を食らったように大きく弾かれ、そのまま倒れていく。巨体が倒れた証拠に轟音とともに地響きが起こる。

 たった一撃。頭部を貫かれて生きている生物はいない。ゴライオスは呆気なく絶命した。

 

 ——やっぱり、あの程度(ゴライオス)じゃあもう相手にもならないか。

 

 下層に下りる前は、勝てないと思った敵さえ片手間で倒せるほど僕は強くなっていた。——まぁ、そんなことはどうでもよくて。戦利品(ませき)を頂こう。

 僕は黒大剣を抜き、ゴライオスの胸部を一閃。胸は裂け、中から特大の魔石が現れた。

 大きい。大きさだけでいえば僕が見た中で一番の大きい魔石だろう。流石は階層主といったところだね。

 両手でも収まりきらないそれを僕は胸部から抜き取り——魔石(いのち)が抜けて巨体が灰と化した——かぶりついた。

 

 ——う〜ん。大きくて食いごたえはあるけど……オリヴァスほど上質じゃないね。

 

 簡単に言えば、質より量。ゴライオスの魔石は質が悪いわけではない。むしろ中層、下層のモンスターに比べて上質といえる。だが、Lv.5の魔石(オリヴァス)を食べた身としては、どうしても薄味——正確には味でなく、どれだけ力が漲るか——に感じてしまう。

 まぁ、中層のモンスターにして上質な方だと、納得する。そして散乱した灰を見渡し、その中に埋もれていたものを持ち上げた。

 取り出したのは、灰褐色の硬い皮膚、その一部分。ゴライオスのドロップアイテムだ。

 『ゴライオスの硬皮』。階層主のドロップアイテムなだけあり、非常に硬く、下層のモンスターの攻撃さえ通用しない。流石に、打撃に対する防御力は『ヴィオラスの花弁』には及ばないが、火に弱いなどの弱点はなく、硬質なので斬撃にも強い万能性がある。

 今回、発生したドロップアイテムは、アステリオスがすっぽり覆える大きさをしていた。

 

 アステリオスは新ためて自身の姿を確認する。

 レヴィスに仕立てて貰った戦闘衣(バトル・クロス)。ベートの雷炎の蹴撃、アイズの風剣。雷炎で焼け焦げ、風に切り刻まれた防具は、大半を失い、残った部分も、酷い有り様だった。もう使い物にはならない状態だ。

 

 ——『水精霊の護布(ウンディーネ・クロス)』は……ダメだね。まだ使えないかと思ったけど、手ぬぐいほどの大きさもないんじゃあ、身につけることもできないや。

 

 せっかく、レヴィスが作ってくれたけど、防具にならないものをつけていても意味はない。僕は戦闘衣(バトル・クロス)を名残惜しみながらも脱いだ。そして『ゴライオスの硬皮』を首もとで括り付けて、外套(フーデッドローブ)のようにかぶる。

 僕は仕立てることなんてできなし、そのまま使うしかないか。

 新しい防具を身に纏い、通路を進む。まぁ、ここからはLv.2以下のモンスターしか出現しない。たいした危険もないだろう。

 ………………………………………………って、思ってたんだけど

 

 

 

 

 

 

『ヴゥンンンンンンンンンンンン……‼︎』

 

 猛牛が渾身の一撃を放つ。対峙する大男は、銀の大剣で迎撃した。

 大黒塊と大銀塊が交差し、ぶつかり合う。拮抗は一瞬 ——打ち負けたのは猛牛の方だった。

 『力』では負けていなかった。他の能力(ステイタス)は全て劣っているが、単純な打ち合いならばこうもあっさり、押し負けることはないはずだ。

 単純な能力(ステイタス)だけではない。純粋な場数による‘経験値’と、果てない鍛錬に裏付けされた戦闘技術。

 熟練の武人(てき)に、潜在能力(ポテンシャル)が高いだけの怪物(ぼく)が勝てる道理はない。

 後方に弾かれた猛牛は、尻餅をつくように倒れこんだ。それを見下ろしていた大男はただ一言

 

「立て」

 

 情け容赦なく告げた。止めを刺すこともせず、ただ戦い続けろと。

 

 ——僕は出鱈目に強い冒険者(にんげん)にしごかれてます。……なぁぜッ⁉︎

 

 それは数時間前に遡る。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ごつごつした岩肌が、上下左右、視覚の全面を占領している。

 天井が高いにもかかわらず生まれる閉塞感。壁から剥き出しになっている巨大な岩が四方から重苦しい圧迫感を放ってきている。光源が心もとなく、薄暗いのもその一因だ。

 地面は当然舗装などされておらず、でこぼこした石の通路は歩きにくい。洞窟、炭鉱、坑道。

 規則性なく道が入り組むこの迷宮から連想するのは、そんな岩盤の洞窟だった。

 

「この階層にとどまるのも久しいな……」

 

 ダンジョン17階層。Lv.2の冒険者達が縄張りとする階域を一人の冒険者が歩む。

 防具を装着する巌のような巨軀。ニM(メドル)を超える身の丈。

 鋼鉄と見紛う筋肉で編まれた強靭な四肢。

 錆色の短髪から生える獣の耳は獣人、獰猛と知られる猪人(ボアズ)の証であった。

 オラリオ二大派閥の一角【フレイヤ・ファミリア】団長、オッタルが探索を行っていた。

 彼がこの階層にいるのは、ハッキリ言って場違いだ。オッタルはオラリオ唯一のLv.7。すなわちオラリオ最強の冒険者である。

 『深層』さえ単独攻略(ソロ・アタック)できる彼が『中層』の半ばにとどまるなど異常だった。

 だが、答えは簡単だ。オッタルの行動原理はただ一柱の神のため。心酔する美の女神の望みを叶えるために彼はこの階層にいた。

 崇拝する女神、フレイヤ。かの女神が見初めたベル・クラネルという未熟な冒険者。

 フレイヤが恋い焦がれる魂の輝きを持つベル。その輝きを曇らせる原因(モンスター)。ミノタウロスの因縁を払拭させるために彼は、フレイヤから命を授かった。

 フレイヤは言った。少年、ベルの大成にオッタルのやり方で働きかけろと。

 ミノタウロスをベルに送り込む。用意された道は、少年にとって残酷なまでか茨の道だった。

 

 ——膳立てには過ぎるかもしれんが。

 

 オッタルはこの時まで、数多のミノタウロスを吟味し、抜選を繰り返していた。

 ひとえにベルの一皮を剥くために。フレイヤの望む輝きを引き出すために。

 Lv.1の冒険者にとって、Lv.2にカテゴライズされるミノタウロスの相手はあまりにも過酷。純粋な能力の差は言うまでもない。まともに戦えば自殺行為に直結する相手だ。その中でも選りすぐりの個体を探している。

 いっそ横暴なまでに、オッタルはベルを虐げる真似をしていた。

 

「……む」

 

 オッタルの歩みが止まる。額当てに近い被覆面積の狭い黒鉄の兜、そこから覗く猪耳がピクリと反応を示した。常人よりも五感が鋭い獣人である彼の聴覚が近づく存在を感知した。しかし

 

 ——この強大な存在感……中層にいる強さではない。階層主(ゴライオス)? いや、それ以上の強さだ。

 

 オッタルは長年の経験から、未だに姿も見えない存在が強大なモンスターであると直感した。

 彼は油断なく、接近するものが来る方を向く。ブーツに包まれたつま先が方向を変える先、岩盤の壁に空いた横穴から、ぬぅっと赤黒い牛頭が生えた。

 

『ヴォオ?』

ミノタウロス(・・・・・・)だと……?」

 

 相手もオッタルに気づき、間の抜けた声を出し、彼も訝しむ声を発した。

 『ミノタウロス』。牛頭人体の外見を持つ筋骨隆々の大型級モンスター。通常種に比べて筋肉が膨張しており全長が三M(メドル)近いが、その体型からして、非常に彼と似通った点が多い。

 だが、いまはそんなことはどうでもいい。問題はオッタルがこの猛牛から感じた潜在能力(ポテンシャル)の高さだ。

 Lv.2にカテゴライズされるミノタウロスなど彼にとっては雑魚だ。片手間で葬れる。だが、目の前のミノタウロスは違う(・・)。オッタルは一目で理解した。片目のミノタウロスは自身に届こうかという能力(ステイタス)を誇る。 

 

——待て、片目だと(・・・・)

 

 オッタルは改めて目の前のミノタウロスを観察する。片目を失い、全身には戦闘痕が刻まれた肉体。別の個体(ミノタウロス)に比べて幾度もの戦闘を経験したとわかる。それと数多のミノタウロスを吟味した彼だからこそ、気付いたことだが、この個体のみ一回り大柄で筋肉が盛り上がっているようだ。同じ種族(ミノタウロス)でありながら、肉体的特徴が顕著で、隔絶した存在感を放つ。こんなことが起こる現象は一つしかない。この怪物は数多の同族(モンスター)を食らった強化種だ。

 そして、体より目を引くのは装備だ。羽織っているのは灰褐色の外套(フーデッドローブ)。色から察するに『ゴライオスの硬皮』だ。そして背負った規格外の黒い大剣。磨き抜かれた漆黒の光沢を放っており、まるで黒く染まった巨大な骨のようだ。黒骨のドロップアイテムは、オッタルに深層の階層主を思い出させる。

 オッタルから見ても見事な武装をした片目のミノタウロス。該当する賞金首(バウンティ・モンスター)を彼は知っていた。

 

「……『隻眼のミノタウロス』か」

 

 冒険者に甚大な被害をもたらし、オッタル達【フレイヤ・ファミリア】の宿敵【ロキ・ファミリア】が何度も交戦しながら、討伐できていない強化種(バケモノ)

 つい先日も冒険者パーティと戦い、大量の死傷者を出したとき聞く。噂を聞くたびに懸賞金は跳ね上がり、現在の賞金は——一億ヴァリス。

 そしてベルに心傷(トラウマ)を与えた張本人(ミノタウロス)である。

 

「……」

 

 オッタルの頭にある考えがよぎる。だが、それはあまりにも残酷な仕打ち。それでも因縁たる過去を決別させるには、これ以上——いや、これしかいないといってよいほど適任だ。

 そんな彼の思考も知らず、『隻眼のミノタウロス』は黒大剣を抜剣し、距離をとる。

 圧倒的な身体能力に頼らず、構えた姿勢も剣術の心得があるようで、モンスターらしからぬ冷静さでこちらを出方をうかがっている。

 あまりにモンスターとして異質な行動。その行動にオッタルは口端を吊り上げ、決意を固めた。

 

「……面白い。お前に決めたぞ」

 

 やがて後ろに手をやる。腰のところで交差させてある二本の双剣——規格は大剣のそれだ——の一本を抜き取り、構えた。

 それは残酷な運命か、非情な呪いか、あろうことかオッタルはベルにぶつけるミノタウロスにアステリオス(・・・・・・)を選んだ。

 横暴を通り越して残虐と言ってよい。Lv.2のモンスターにも勝てないLv.1の少年に、Lv.6の化物をぶつけようとしている。

 オッタルは、女神を夢中にさせる少年に嫉妬しているのか。ゆえにフレイヤの視界からベルを消そうとしているのか。

 その自問に対し、否、とオッタルは断言することができる。

 ベルが死んだところできっとフレイヤは彼の魂を追いかけるつもりだろう。すなわち天界まで戻ってを自分の胸の中へ誘う。でなければ、万が一にも死の危険を孕むとわかっていてオッタルに扱いを任せることはしない。

 もはやベルの生死に意味はない。生きようが死のうが、愛の女神による呪縛(ほうよう)がその未来に待ち受けている。

 これは嫉妬ではない。これは、洗礼(・・)だ。——そしてなにより、直感か、神託か、それはオッタル自身にもわからないが、ベルとアステリオスはぶつかるべきだと確信したからだ。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

「——まずは、その拙い剣技を直させてもらうぞ」

 

 こうして猛牛(じゃくしゃ)英雄(きょうしゃ)からの教育(・・)を受けることになった。

 

 

 




『隻眼のミノタウロス』
名前:アステリオス
推定Lv.6相当
到達階層:26階層
装備
【ウダイオスの黒剣】
・アイズの身の丈より長大な剣。
・第一級武装にも劣らない階層主の『ドロップアイテム』。
・彼は未加工のまま使用している。
・連戦により磨耗気味。
【ヴィオラス・クロス】
・レヴィス作。大型の戦闘衣(バトル・クロス)。
・第一級冒険者の打撃を防ぐ高い防御力がある。
・【ウンディーネ・クロス】を編み込んだことで弱点である炎属性を克服している。
・材料にドロップアイテム『ヴィオラスの花弁』を使用。
・彼の体格に合わせているので動きやすい。形状(デザイン)はレヴィスの好み。
・ようやく手に入れた彼の実力に見合った防具。
・連戦により損傷が激しく処分した。
【ゴライオス・ローブ】
・『ゴライオスの硬皮』をそのまま羽織っている。
・第二級冒険者の攻撃は防げるが、第一級冒険者の攻撃は防ぎきれない。
・未加工なので着心地も悪い。
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