ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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ゴールデンウィークなのでもう一話書き上げました。


第二十三話:再戦と猛牛

 ——間に合った!

 

 『隻眼のミノタウロス』と正対しながら、アイズは背後に倒れるベルを見る。

 血を流し、痛々しい姿になっているが一命は取り留めている。いまならまだ救えることに彼女は安堵した。

 

 何故、彼女がこの場にいるのか? それは少し前まで遡る。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 私達【ロキ・ファミリア】は未到達階層攻略のための遠征に出発した。

 目指すのは59階層。ダンジョン『深層』を攻略する派閥精鋭にとってはLv.1冒険者達の狩場である『上層』は何の問題もなく素通りできるはすだった。取り乱した形相で四人の冒険者達に出会うまでは。

 

 只事ではない彼らから事情を聞いた私達は驚いた。この上層でミノタウロスを見たというのだ。『中層』出身のモンスターが『上層』にいるのはどう考えても『異常事態(イレギュラー)』だ。そしてミノタウロスに襲われていた少年を見捨ててしまったとも。

 

「はっ、そりゃ下級冒険者(おまえら)に手に負えねぇな。どっちにしろそのガキは助けられなかっただろうぜ」

「ちょっとベート、言い過ぎよ!」

 

 冒険者達を見下したようにベートが言い、ティオナが彼を怒鳴りつける。

 ベートの態度に冒険者の一人が睨みつけ、声を張り上げた。

 

「うるせぇっ! そもそもあの牛の化物がいるのはお前等のせいだろ! あのガキを死に追いやったのは、お前達【ロキ・ファミリア】だ‼︎」

「何だと……?」

 

 声を荒げる冒険者にリヴェリアが疑問の声を出す。アイズ達も声には出さないが訳が分からないという顔をしていた。

 確かに【ロキ・ファミリア】は前回の遠征で、ミノタウロスの大群を上層中に逃がしてしまうという失態を犯していた。しかし、それから一ヶ月以上経っており、その間に『上層』でミノタウロスの目撃情報は皆無。それに『上層』に進出した全てのミノタウロスは仕留めたはずだ。ただ一匹を除いて(・・・・・・・・)

 そう思い至り。誰もがハッとする。

 

「あのミノタウロスは片目がなかった(・・・・・・・)! お前等が撃ち漏らした『強化種(バケモノ)』だろ! それに黒い大剣も背負ってたぞ、あれもお前等が盗られた品らしいじゃねぇか!」

 

 そして冒険者の言葉がそれを肯定した。【ロキ・ファミリア】にとって忘れられない悪夢。

 ミノタウロスの大群の中にいた異色の個体。モンスターとは思えない行動をし、その能力(ステイタス)第一級冒険者(じぶんたち)に匹敵する化物。

 あの時は取り逃がし、その後もアイズやベートは幾度も遭遇(エンカウント)しているが、討伐できず、それどころか手痛いしっぺ返しを受けていた。

 更に『隻眼のミノタウロス』に殺されたと思われる冒険者の遺体や遺品が見つかっており、それを知るたびにアイズ達は罪悪感を覚えていた。

 

「あの白髪のガキが襲われたのは(・・・・・・・・・・・・)お前等のせいだ!」

 

 ——ドクンッ、と冒険者の叫びに私の心臓が跳ねた。

 全身という全身から汗が噴き出す錯覚に襲われる。

 呼吸をするのを忘れながら、今しがた告げられた言葉を必死に呑み込もうとする。

 

 ——白髪の、少年……ヒューマン?

 

 次々と語られる冒険者達の情報に心臓の律動が痛いほど高鳴る。

 フィン達が行う会話をもはや耳から素通りさせながら、アイズは、冒険者達に詰め寄った。

 

「そのミノタウロスを見たのはどこ?」

 

 彼女の声に、全ての者が動きを止める。

 ティオナ達も、眼前の冒険者達も、進行が止まった遠征部隊も。

 アイズのその鬼気迫る眼差しに、誰もが時を止めた。

 

「冒険者が襲われている階層は、どこですか?」

「きゅ、9階層……動いていなければ……」

 

 駈け出す。聞くや否やアイズは、冒険者達が来た道を風のごとく走り出した。

 

「アイズ⁉︎」

「何やってんだ、お前!」

 

 遥か後方に置き去りになるティオナとベートの声。

 部隊を放り出し、『遠征』中であることも忘れ、アイズは加速する鼓動の声に従った。

 動揺と混乱、危機感に突き動かされた。

 

 ——あの子が——襲われてる⁉︎

 

 アイズの脳裏に、恐ろしい巨影がベルに覆い被さる光景を幻視する。

 それは悪夢で見た、父を、母を、皆を飲み込んだ黒闇と重なった。また一つ。彼女の大切な人が消えようとしている。

 道中、倒れた小人族(パルゥム)の少女からベルの居場所を聞き、ベルと彼を襲おうとする『隻眼のミノタウロス』を発見。ベルを守るようにアイズは対峙する。

 

 今度こそ大切な人を守るために、彼女は愛剣を振るう。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『ヴゥオッ!』

「——っあ!」

 

 開始の合図などなかった。視線が交差した瞬間、アステリオスとアイズは互いを殺そうと剣を見舞う。

 

 ——君との因縁も長いね。いい加減、決着をつけよう!

 

 もはやアステリオスはベルのことなど眼中になった。いや、構っていられないという方が正しい。幾度も戦った仇敵が現れたのだ。余所に意識を向ける余裕などない。

 

 小細工なしの渾身の踏み込み。知覚を許さない神速の袈裟斬りを、接敵したアイズはアステリオスへと放った。

 

『ヴォ……!』

「‼︎」

 

 その全力の斬撃に対し、アステリオスは黒大剣でいともたやすく弾く。

 剛腕から放たれた斬り払いに体が泳ぐ中、アイズは瞠目する瞳を瞬時に吊り上げ、弾かれた勢いを利用し回転斬りを見舞う。

 再び、防がれる。

 夥しい火花が拡散する中、アイズは委細構わず全身を加速させた。

 

「ああああああああああああっ‼︎」

 

 仮借ない連続斬撃。少年の危機に【剣姫】の仮面が剥がれ、奮い立つ斬撃は喉から咆哮を引きずり出す。

 夥しい斬閃の一つ一つが全て一撃必殺となってアステリオスに牙を剥いた。

 昇華した階位、Lv.6に上り詰めた能力(ステイタス)。都市最上級(トップクラス)の力と速度が剣に宿り、立ちはだかる目の前の怪物を斬り刻もうと銀光を放つ。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

「————」

 

 だが、アステリオスも尋常ではない。

 防がれる。全斬撃が防がれる。完全防御(・・・・)

 逃げ場のない斬撃の渦に対し、アステリオスはそのことごとくを撃墜した。

 前回のような潜在能力(ポテンシャル)にモノを言わせた迎撃ではない。右手に持つ大剣のみで、『力』と『速さ』でなく、『技』と『正確さ』を持ってアイズの攻撃全てを無効化する。

 信じられない光景にアイズは驚愕する。確かにアステリオスはモンスターでありながら、剣技を得ていた。しかし、それはまだまだ未熟なものでアイズには遠く及ばないものだった。

 それがいまはどうか? 剣士として超一流のアイズに、アステリオスは『技』と『駆け引き』で互角に渡り合っている。

 前回の戦闘から一週間。その短い期間で成長(・・)と呼ぶのも生温い飛躍(・・)を遂げた怪物にアイズは戦慄する。

 

 ——貴方のおかげだ。礼を言うよ、師匠!

 

 オッタルという絶対的強者との七日七晩不眠不休の実戦訓練はアステリオスの戦闘技術をアイズに追い付かせるほどに飛躍させた。

 蹴散らされる細剣(デスペレート)が振り撒く甲高い絶叫。アイズの瞳が震える中、アステリオスは反撃の拳砲さえ繰り出す。

 大気を抉り取った剛拳が、アイズを懐から吹き飛ばす。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ⁉︎」

 

 握り拳の間に滑り込ませた《デスペレート》ごと弾き飛ばされ、アイズは決河の勢いで後退を余儀なくされる。

 両足で地面を深く削り続け、何とか停止すると、彼女の真後ろには倒れたベルがいた。彼にぶつかる前に止まれたことに——安堵したのも束の間、目の前にアステリオスが迫る。

 振り下ろされる剛閃。アイズは身を仰け反って回避する——が彼女の胸の辺りで切っ先が急に止まる、そして放たれるのは神速の突き。

 

「——っ⁉︎」

 

 それさえアイズは回避するが完全には避けきれず、肩を斬り裂かれた。

 以後の流れも考えて、一撃一撃を組み立てていく戦術をモンスターが当たり前のようにする。その戦い方にアイズも翻弄される。

 

 ——浅いなぁ。できれば魔法(かぜ)を使う前に仕留めたかったけど、そううまくはいかないかぁ。

 

 アステリオスの危険視するアイズの魔法【エアリアル】。攻防ともに絶大な力を発揮する風を使われれば戦局は一気にアイズに傾く。ゆえにアステリオスは風を出される前に仕留めたかったが、失敗。危機感を覚えたアイズは魔法を解禁するだろう。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】‼︎」

 

 アステリオスの予想通り、彼女は詠唱を叫ぶ。

 疾走の途中から気流の恩恵を纏い、爆風とともに搔き消える。

 彼女は全力で、目の前の怪物を倒しかかった。

 

「ッッッ‼︎」

『ヴゥンンンンンンンンンンンン……‼︎』

 

 裂帛の声を引き連れ放たれる風の斬撃。

 アステリオスも咆哮を上げ、迎え撃った。

 防がれる初撃。黒大剣が細剣(デスペレート)とかち合った光景に一度は目を見張り、それでもアイズは止まらない。

 更なる気流を付与し、比喩抜きの嵐となって攻めかかった。真っ向から激突する。

 数秒間、信じられない光景がアイズの眼前で続いた。

 彼女の怒涛の斬撃に、『風』の速度に、敵はついてくる。攻撃を受け流す。

 『水の迷都』で戦った時と違い、アイズはLv.6となり、アステリオスと能力(ステイタス)は同等。【エアリアル】の出力も精神力(マインド)は十分であの時の比ではない。これだけ条件が揃えば剣技が五分でも、圧倒できておかしくないはすだ。

 甚だしい風剣の衝撃に押されるアステリオスの黒大剣。その巨軀も疾風の猛威に度々震え、にもかかわらず決して後退しない。衝撃に負けようが猛威に脅かされようが全身の膂力が支える凄まじい体捌きと、左腕から繰り出される鉄拳も駆使し、アイズの嵐を押さえ込んでいた。

 それを可能としていたのはアステリオスがミノタウロス(・・・・・・)だからこそ。怪物特有の強靭性(タフネス)と、『耐久』に特化したミノタウロスの特性。Lv.6まで高められた能力は素手で第一級武装(デスペレート)と打ち合っても薄皮一枚が切れる程度の頑丈さを発揮する。

 魔法(エアリアル)を用いてアステリオスを上回る身体能力をもってしても、この猛牛に致命傷を与えるのは容易ではない。

 無論、無傷とはいかない。身体能力で上をいかれた以上、防ぎきれない攻撃はある。全身に斬り傷を作りながらもアステリオスは猛進した。少女(えいゆう)から勝利をもぎ取るために。

 剛腕がアイズに当たる距離までジリジリと間合いを詰めていく。射程距離に入った瞬間、拳砲と黒大剣の連打連斬で攻めきる腹積りだ。

 対してアイズはアステリオスの狙いを察しながらも動けない。彼女の背後には守るべきベルがいる。後退することも、左右に逃げることも彼を危険にさらす行為になるため、アイズはアステリオスに追い詰められていく。

 そして後一歩で剛腕の射程距離に入るという間合いで——不意に。

 

『——⁉︎』

 

 たんっ、という跳躍音とともに、背後からアステリオスに飛びかかる影が出現する。

 獰猛な風切り音をもって振り下ろされた大双刃を、猛牛は本能的に払い、打ち返した。

 

「どうなってんのコレー⁉︎」

 

 大双刃(ウルガ)を弾かれ着地したアマゾネスの少女は驚きの声を上げ、すかさず仲間が争う怪物へと肉薄する。

 アイズが目を見張る中、先行した彼女に追い付いた女戦士(アマゾネス)は超大型武器を振り回した。

 

 ——その顔、見覚えがある! あの時の姉妹の片割れだな!

 

 僕をスコア呼ばわりしたから、殴り飛ばしてやったからよく覚えている。

 同時にマズイ、と思った。一対一でも勝てるからわからないのに二対一。勝ち目が薄くなった。

 

 彼の予想通り、アイズとともに猛攻を仕掛けてくる狂戦士(バーサーカー)に、アステリオスも後退を余儀なくされる。甚だしい破壊力を秘める大双刃(ウルガ)に防御が揺さぶられ、その上から畳みかけられる複数の斬撃が繰り出さられる。

 堪らずフルパワーの鉄拳を繰り出し、躍りかかるアマゾネスの少女を後方へ殴り飛ばす。だが

 彼女と入れ替わるように、今度は地を這う影がアステリオスに牙を剥いた。

 

「牛野郎ッッ‼︎」

 

 ——またお前か、狼男ッッ‼︎

 

 僕に上限なき憤怒と憎悪をありったけ孕んだ眼光で睨むベートが渾身の蹴りを放った。——恨まれる心当たりは山ほどあるからなぁ……。

 片腕で防ぐが、まだ終わらぬとばかりに高速回転する湾短剣(ククリナイフ)が飛来する。それも咄嗟に角で弾いた。

 

『ッ……!』

「どうなってんのよっ、コレ……⁉︎」

 

 妹と同じ台詞を口にしながらアマゾネス姉妹の姉もまた参戦を果たした。

 四対一。第一級冒険者の援軍。

 

 ——これは……詰んだ?

 

 唯一あるルームの出口に視線を向ければ、槍を携え金髪のた小人族(パルゥム)小人族(パルゥム)の少女を抱いた絶世の美貌を持つエルフがいた。

 小さな男の子と細身の女性。アイズ達を相手にするよりもあの二人を突破して脱出した方が簡単に思えるだろう。でも、無理だと僕にはわかる。あの二人はアイズ達より強いと。つまり生き残るには目の前の四人を倒して、アイズ達より強い二人も倒さなければならい。——はっきり言おう、不可能だ。

 

 ——ははは、ここまでかな……?

 

 どう考えても生き残れる方法が浮かばない。諦めて首を差し出す? 無駄な努力をするよりは潔いかもしれない。それに悪足掻きするより苦しまずに死ねるかも。

 

 

 

 

 ——ふざけるなぁッッッ‼︎

 

 ——諦める? 死を受け入れる?

 

 ——そんな潔かったら、人間を殺したりしない。同族(モンスター)を喰ったりしない!

 

 ——どれだけ意地汚くても生きてやる!

 

 ——この世界に産まれた理由を見つけるまで生きてやる!

 

 ——さぁ、戦おう。生き残るために、英雄(かいぶつ)と!

 

 譲れない想いのために。僕は決死の戦いに挑む。

 

 

 

 

 




補足
アマゾネスの少女=ティオナ・ヒリュテ
アマゾネス姉妹の姉=ティオネ・ヒリュテ
槍を携えた金髪の小人族=フィン・ディムナ
絶世の美貌を持つエルフ=リヴェリア・リヨス・アールヴ
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