ダンジョンにミノタウロスがいるのは間違っているだろうか   作:ザイグ

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第二十八話:強竜と黒牛

 

 

 迷路を彷徨うこと早三日。犀型モンスターを倒しては進み、大蜘蛛を倒しては進み、巨大蠍を倒しては進み、雷を発する蛇を倒しては進んだ。

 いい加減、出口はどこだと言いたい。せめて喉も渇いたから水分補給もしたい。モンスターの不味い血で誤魔化しているが限界だ。吸血鬼はよくあんなものを美味しそうに飲める。絶対に味覚が壊れてる。

 そんなことを考えていると、チョロチョロと液体が流れる音が聞こえてきた。

 

 ——水だ!

 

 水音と判断した僕の行動は早かった。音のする方へ爆進。立ちはだかるモンスターを蹴散らし、音源たる『ルーム』に突入した。

 迷路とは違い、林には届かない密度で疎らに木々が生え渡る。そしてルームの最奥にある美しい蒼色の水面を揺らす清冽な泉。

 壁にできた割れ目——小さな岩窟から、僅かな量の水が不定期に湧き出ている。蒼いきらめきを宿す神秘的な泉水は、草花が広がる窪みに徐々に溜まっているところだった。——そんなことはどうでもよく、喉が渇いた僕は泉に駆け寄り、頭を突っ込んだ。泉の近くに‘うずくまる塊’に気付かずに。

 

 ——ぷはぁっ、美味い! 何だこの水。喉越し最高で、まるで疲れが癒されるようだ。

 

 喉を潤した僕は水面を見る。そこには体色こそ漆黒であるが十人中十人が見ても『ミノタウロス』と答える牛頭が映っていた。ただ目立つのは左目にある一度潰された後のような紋様(・・・・・・・・・・・・・)だ。紋様は片目だけでなく全身に傷痕のように刻まれている。まるで生前の経験(きず)を忘れないように彫り込んだようだ。

 

 ——この片目(きず)もアイズに付けられたもの。ベートとも戦って死ぬかと思った。……でも、それだけじゃない他にも誰か(・・)いた気がする。

 

 その人物を思い出そうとする死の瞬間の時と同じように閃光が頭を塗り潰してしまう。僕の死因も未だに思い出せない。アイズ達じゃない。僕は誰に(・・)殺された?

 思考の渦に呑まれていると巨大な影が僕を覆った。何だと思い顔を上げると

 

 ——ドラゴン?

 

 それは竜だった。強靭な四肢、全身を覆うのは強固な鱗、僕より高く見上げなければいけないほどの体高。腰から伸びる長く硬質な尾まで含めた全長は間違いなく大型級のモンスターだ。

 竜の瞳は怒りに燃えていた。まるで自分のものを取られたと言わんばかりに。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 泉の番人は咆哮を上げ、巨大竜は強靭な前脚を振り上げ、鋭くも巨大な竜爪を見舞う。

 アステリオスも片腕を掲げで防御する。が

 

『ヴォオッ⁉︎』

 

 吹き飛ばされた(・・・・・・・)。出鱈目な『力』に耐え切れずに防御もろとも押し切られたのだ。

 アステリオスは鎧のような皮膚のおかげで無傷だが、それでも衝撃は凄まじい。

 

 ——なんて馬鹿力! いままでのモンスターとは(レベル)が違う!

 

 自分のことを棚に上げて何を言ってるんだと言いたいが、それも仕方ない。

 この竜の名は『強竜(カドモス)』。階層内でも絶対数が少ない『希少種(レアモンスター)』であると同時に、強力な泉の番人でもある。

 その力は階層主を抜きにすれば、現在発見されているモンスターの中でも間違いなく段階的能力構造(ピラミッド)の最上位に君臨し、『力』だけならばLv.6の階層主(ウダイオス)を上回る。

 アステリオスがいままで戦ったどのモンスターよりも強竜(カドモス)は強い。

 アステリオスが反撃しようとするが——眼前に強竜(カドモス)が迫っていた。

 

 ——速い⁉︎

 

 一瞬で間合いを詰める『敏捷』。大型級の巨軀には似合わない俊敏さで追撃がくる。

 だが、アステリオスは何発も受ける気はない。竜爪を回避すると回り込み、横腹に剛拳を叩き込む。しかし、

 

 ——か、硬い!

 

 強竜(カドモス)に剛拳は直撃したもかかわらず応えた様子もない。かの竜の鱗には小さなひびが入っているが、それだけだ。損傷(ダメージ)はない。

 強竜(カドモス)はその場で回転。尾が渦を巻き、アステリオスを薙ぎ払った。

 

『グゥッッ⁉︎』

 

 またも吹き飛ばされるが宙で体勢を整え、着地。対峙する。

 強い。段階的能力構造(ピラミッド)の最上級は伊達ではない。階層主(ウダイオス)のように多彩な能力(スキル)があるわけではない。強竜(カドモス)は単純に『敏捷(はやく)』、『耐久(かたく)』、『(つよい)』。潜在能力(ポテンシャル)が高基準で纏まっているだけ。単純ゆえに弱点がない強竜(カドモス)に搦め手は通用せず、正攻法でしか攻略できない。

 

『グオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 強竜(カドモス)は巨体に見合わぬ速さで突進。巨大な顎を開き、比喩抜きで牙を剥く。

 だが、アステリオスも潜在能力(ポテンシャル)では負けていない。『敏捷』では一歩劣るが『力』と『耐久』は『スキル』の恩恵もあって、こちらが上だ。

 その『力』と『耐久』を存分に発揮し、突進する巨軀を受け止めた。押しても動かないと判断した強竜(カドモス)は噛み付き、牙を突き立て——砕けた。

 

『——オオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』

 

 牙が砕けた痛みに強竜(カドモス)が悲鳴をあげる。アステリオスの皮膚はとてつもない硬度を誇る。更に『スキル』によって硬度は強化されており、階層主でさえ傷つけることは困難である。

 アステリオスは剛拳を振りかぶり——顔面に繰り出した。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』

 

 出鱈目な『力』が強竜(カドモス)を宙に浮かせた。そのまま仰向けに倒れる。そしてアステリオスは倒れ伏す強竜(カドモス)の尾、その先端を掴んだ。

 両手と全身を用いて、竜の尾を引っ張り、持ち上げる。硬質な竜鱗を突き破り食い込む五指が強竜(カドモス)の巨軀をずるっ、ずるっと引きずった。

 次には、咆哮を轟かせる。

 

『……ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』

 

 竜の尾を担ぎ、背負うようなアステリオスの動きに合わせ、竜の巨軀が地から浮かび上がった。

 背負い投げ。尾を掴まれた強竜(カドモス)は宙を半周。そのまま地面に叩きつけられた。

 

『ァ、ァアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』

 

 地面に激突した痛みに竜が悲鳴をあげる。しかし、すぐに立ち上がりアステリオスと対面する。高い『耐久(まもり)』はこの程度ではビクともしなかった。

 強竜(カドモス)の目にはもう怒りは消えた。アステリオスを見据える目は、縄張りに迷い込んだ獲物ではなく、危険な『敵』を見る警戒したものに変わっていた。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

 二匹の怪物が激突する。始まったのは後退なき超近接戦闘(ブル・ファイト)。互いに遠距離の攻撃手段を持たない以上は白兵戦しかありえない。ならば絶対の自信を持つ潜在能力(ポテンシャル)で押し切るのみ、と竜と猛牛は共有の認識をした。

 全てを粉砕する剛拳が繰り出され、硬質な竜鱗が防ぐ。全てを破壊する剛爪が見舞われ、鎧の如き皮膚(アーマー)が弾く。絶大な破壊力を秘めた蹴撃が放たれ、あらゆるものを蹴散らす長大な尾が薙ぐ。

 何発も互いの体に直撃しながら、怪物達は怯まない。一歩も引かない。引いた方が負けると言わんばかりに攻め続ける。

 

 ——攻撃が効きにくいなぁ。何か武器が欲しい。

 

 アステリオスの攻撃は聞いていないわけではない。だが、それは鱗にひびが入るような微々たるもの。竜種特有の硬鱗と怪物特有の強靭性(タフネス)、何より圧倒的な巨軀には殴打による損傷(ダメージ)が効きにくい。大型武器の一つでもあれば話は違っただろうが、無い物強請りをしても仕方がない。

 だが、このまま超近接戦闘(ブル・ファイト)が続けば追い込まれるのは強竜(カドモス)だ。

 『敏捷(はやさ)』で勝る分、強竜(カドモス)の方が攻撃速度も手数も上だ。それに階層主(ウダイオス)さえ超える『力』が組み合わされば一撃一撃が必殺の剛爪の嵐を生む。——それでもアステリオスには無意味。

 彼の皮膚は鉄壁の鎧。剛爪の嵐に晒されながら、その体には傷一つ入っていない。ダンジョンの恩恵(あい)を受けたモンスターが、同じダンジョンが産んだ最上位のモンスターに屈することはない。

 強竜(カドモス)に短所はない。だが、逆に言えば長所もない。出鱈目な潜在能力(ポテンシャル)は攻撃の一つ一つが必殺だった。ゆえに切り札と呼べるものは持っていない。

 すなわち、強竜(カドモス)の爪牙が効かないほど硬い化物が現れたならば、かの竜に勝つ方法はない。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』

 

 ここで初めて強竜(カドモス)は恐怖を覚えた。己の強力な爪が、全てを破壊する攻撃が効かない。体に擦り傷さえつけれない。それなのに相手の拳はこちらの硬質な鱗を砕き、損傷(ダメージ)が蓄積していく。このままでは負けると強竜(カドモス)は本能的に悟った。

 

『グオオオオオオオオオオオオオオッ!』

『フゥウウウウウウウウウッ……!』

 

 アステリオスの拳砲。己に迫る脅威に強竜(カドモス)の巨軀は上昇した(・・・・)

 

『⁉︎』

 

 アステリオスは驚愕する。彼を遥かに上回る巨大でありながら、強竜(カドモス)は飛行してみせた。

 最強の——階層主を抜きにすれば——モンスターの名は伊達ではない。背中に生えた翼は飾りなどではなく、出鱈目な潜在能力(ポテンシャル)に加えて飛行能力さえ持ち合わせている。

 強竜(カドモス)は宙空より急降下。拳が空振りに終わったアステリオスに全体重を乗せた剛爪を繰り出す。アステリオスは大質量の塊の落下に衝撃に耐え切れず、地面に全身がめり込む。

 たが、アステリオスは上に乗った竜の腹を蹴り上げ、退かすと素早く立ち上がり、対峙する。

 距離が離れたことで戦いは振り出しに戻った。二匹の怪物は睨み合う。だが、少なからず傷を負った強竜(カドモス)と無傷のアステリオス。どちらが有利か明白だ。

 このまま攻めれば勝てる、とアステリオスが一歩踏み出すと

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ⁉︎』

「……え?」

 

 強竜(カドモス)が疾走した。アステリオスではなく、‘ルームの出口’に向かって。

 敗北を悟ったまさかの行動。恐怖に支配された生存本能が突き動かした答え。——敵前逃亡だ。

 勝てない敵に、強竜(カドモス)は逃げ出した! 凄まじい『敏捷(はやさ)』を遺憾なく発揮し、あっという間に竜はルームから姿を消した。

 

「ま、まって……!」

 

 強竜(カドモス)の行動に呆然としていたアステリオスは慌てて追跡を始めた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 強竜(カドモス)の追走は困難を極めた。元々、『敏捷』では劣っている上に広大な迷路を出鱈目に走り回るのだ。そこに邪魔なモンスターの群れが襲いかかる。

 でも、それでもアステリオスは強竜(カドモス)の『魔石』を諦めきれなかった。あれだけの強さを秘めたモンスター。さぞ良質な魔石を持っているだろうと唾を飲み込みながら追いかけた。強竜(カドモス)の匂いや巨軀が響かせる音を頼りに追いかけ回し、ついには袋小路に追い詰めた。

 

『———————————————ァァッ⁉︎』

 

 力尽きた強竜(カドモス)が倒れ伏す。魔石を抜かれ、膨大な灰が残った。長期戦の末、ついに竜を倒した。

 

『フゥー、フゥー……!』

 

 流石のアステリオスも半日近く続いた殴り合いには疲れたようだ。その場に座り込み、壁面に背中を預ける。またもダンジョンが焼けるような音を立てながら【ステイタス】を更新。それに構わず、アステリオスは魔石を噛み砕いた。

 

 ——おぉ〜〜〜! 溢れんばかりの力を感じる! 大きさはゴライオスには及ばないが、質はオリヴァス以上だよ!

 

 極上の魔石を食べたことで全身に力が漲る。長期戦の疲労さえ吹き飛んでしまった。栄養ドリンクも真っ青な効力である。

 満足したことだし、しばらく休憩しようと思ったその時——響いた。

 地の底から昇ってきたかのような禍々しい雄叫びが。

 

 ——竜の、遠吠え? どこから? 周囲には何もいない。いや、この音源は——下から(・・・)

 

 耳朶に喰らいつく、怪物の王の叫喚。その元凶をアステリオスは察したがもう遅い。次の瞬間。彼の真下が(・・・)爆砕した。

 

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎』

 

 突き上げる轟炎、そして紅蓮の衝撃波。全身を灼熱の色に焼く凄烈な爆炎に、アステリオスの目が限界まで見開かれた。

 まるで特大の地雷が炸裂したかのような現象。階層の床がまるごと紅炎に包まれ、蒸発させる。

 アステリオスの体は階層に空いた大穴に、そのまま落下した。飛行手段を持たない彼に抗う術はなかった。

 

 

 

 




アステリオス
種族:ブラックライオス:亜種
所属:ダンジョン
到達階層:51階層(27〜50階層未到達)
ステイタス:Lv.6
力:H 107→S 909
耐久:H 103→S 932
器用:I 82→E 515
敏捷:I 88→C 623
魔力:I 71→C 605
《魔法》
【ケイオス・ラビュリントス】
・迷宮魔法
・能力下降(ステイタス・ダウン)
・一定領域内における結界発動
・迷宮内でなければ発動不可
・詠唱式【迷え、彷徨え、そして死ね】
《スキル》
【天性猛牛(ミノタウロス)】
・『力』と『耐久』の超高補正。
・炎属性と氷属性に対する耐久力強化。
【天性黒犀(ブラックライノス)】
・皮膚硬度強化。
・魔法攻撃に対する耐性強化。
《装備》なし

補足
大蜘蛛=デフォルミス・スパイダー
巨大蠍=ヴェノム・スコーピオン
雷を発する蛇=サンダー・スネイク
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