それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 えっと、皆様初めまして&お久しぶりです。新たに艦これの連載物を書こうと思いました。物語としてはボーイミーツガール的な要素もありつつ、できるだけ王道路線でいければな、と思っています。



 選択の連続、その積み重ねでしか人も艦娘も生きてゆけない。提督になる道を選んだ一人の若き士官と、独りになる事を選びがちな一人の艦娘の出会いから始まる物語。


プロローグ
001. 始まりはだいたい突然


 夏本番も間近のこの季節、真上から照りつける太陽が波に乱反射し、きらめく鏡のよう。その荒れる水面を跳ねるように疾走する一人の艦娘。全体を見ればセーラー服調になっているが、肩から脇まで大きく開いたノースリーブの上半身、辛うじて鼠蹊部を隠す程度の超ミニスカートからはショーオフの黒いTバックが覗く。

 

 「私には誰も追いつけないんだから…」

 

 島風型駆逐艦一番艦、島風。

 

 次世代型の高速重雷装の駆逐艦を目指し、特に速力と回避力は全艦娘中でもトップクラスを誇る。その彼女は、泊地施設が集中する池島地区と有事に備えた予備区画の白浜地区を結ぶ、宿毛湾泊地の港湾管理区域線を超え沖合に出ようとしている。しかも無断で。

 

 

 

 それは航路護衛任務からの帰投中に起きた、敵水雷戦隊との遭遇戦。戦力は互角、あとは用兵次第という局面で、現場を預かる矢矧の指示を待たず、島風は敵艦隊に突入し始めた。他艦と一線を画す強烈な加速に、慌てて追随しようとした潮が追い付けず孤立した所を狙い撃たれ、その援護に入った霞も被弾、間隙を縫い六一㌢五連装酸素魚雷を斉射する島風…一気に乱戦となった。多少の損害を受けたが部隊は勝利を収め泊地に帰投したが、霞が島風に激しく噛みついた。

 

 「アンタねぇーーーっ!! 何一人で突出してるのよっ! アンタのカバーに入ろうとした潮もその援護に回った私まで中破しちゃったじゃないっ! もっと連携を考えて動いたらどうなのよっ!!」

 「そんなの私悪くないもん。私に追いつけない方が悪いんだからっ」

 目を△にしてぎゃんぎゃん噛みつく霞と、頬を膨らませぷいっと横を向いて聞く耳持たない島風。矢矧は苦虫を噛み潰したよう表情で二人を仲裁しつつ、島風を諭し始める。もう何度目だろうか。

 

 「島風、いつも言ってるでしょう? あなた一人で戦闘している訳じゃないのよ。速ければいいってものじゃないわ、そんなんだと―――」

 「『孤立する』って言うんでしょっ! もういいもんっ、放っておいてっ!!」

 

 命令を待つより体が勝手に動いた。高速を活かして自分が囮になりつつ先陣を切る戦法。だが敵は飛び出した自分を無視して僚艦を狙ってきた。慌てて斉射した酸素魚雷は幸い敵を痛撃したけど、演習や訓練と違い、潮も霞も怪我をしている。こんなはずじゃなかった…自分の思い通りにならない目の前の現実に直面する遣る瀬無さ。

 

 -どうやって周りに合わせればいいのか分かんないもん。

 

 あっという間、それ以上の表現ができない加速で島風の姿は小さくなり、宿毛湾泊地の港湾管理区域線を超えて出て行ってしまった。

 

 

 

 「敵襲―――っ!! 南方より深海棲艦三が接近中っ!! 近隣拠点の救援を大至急乞う!!」

 

 四国沖合を進む輸送艦の艦内に鳴り響くサイレンが危機を知らせるが、現実は非情なものだ。申し訳程度の自衛用火器しか持たない、どこにでもある普通の輸送艦。船足も決して速い訳ではない。それでも必死に艦体を揺らし速度を上げ逃げようとする。目的地の宿毛湾泊地までもう少し、それでこの航海は終わるはずだった。だがその終盤で敵の襲撃を受けるとは。

 「キミもついてないな、艦隊本部の手違いで高知ではなく大阪に降ろされて船便になった挙句、深海棲艦の襲撃を受けるとはね。あとはもう祈るくらいしかできないか」

 

 「そんな事を言ってる暇があるなら、回避運動に集中してくださいっ!」

 

 騒然とする艦橋、一段高い位置にある艦長席に座り、半ばあきらめ顔で言葉を零す中年の艦長に対し、オペレータ席から叱咤するように言い返す若い男性。

 

 日南 要(ひなみ かなめ)少尉。海軍兵学校を卒業席次(ハンモックナンバー)第三位で卒業した将来を期待される若手士官の一人であり、宿毛湾泊地に一昨日着任する筈だった。だが、輸送艦の艦長の言う通り、珍しい事だが、艦隊本部の事務方の手違いで、空路で高知まで行くはずが用意されていたのは大阪行きの便。伊丹空港で訳も分からず降ろされた日南少尉は、艦隊本部と不毛なやりとりを経た結果、大阪港まで向かい、そこから宿毛湾行きの輸送艦に同乗することになった。そして今、深海棲艦の襲撃を受け、いきなりの窮地を迎えている。

 

 「宿毛湾泊地から入電っ。急遽救援に向かうとのことっ!」

 

 日南少尉はオペレータ席から振り返り乗組員に大声で告げる。艦橋内は歓声と安堵のため息に包まれるが、事態はそれほど容易ではない。自艦に迫ってくる駆逐イ級三体、ほぼ丸腰の輸送艦一隻を沈めるには十分すぎる。宿毛湾の部隊が到着するまで、果たして逃げ切れるかどうか―――?

 

 

 「あの…わたし、すぐそばにいるけど…」

 

 

 スピーカーから飛び込んできた、何となく気まずそうな少女の声。場違いなその声に日南少尉は怪訝な表情になる。

 

 「君は誰だ!? 近くを航行中の民間船か? 緊急退避を!」

 「あの…私、宿毛湾泊地所属の駆逐艦、島風なんだけど…」

 「自分は一昨日付でそちらの泊地に着任予定だった、司令部候補生の日南少尉だ」

 「お゛うっ!? 」

 

 泊地を飛び出した島風だが、無論行く当てなどなく、泊地の沖合に位置する沖の島沖でぼんやりとしていた。そこに飛び込んできた緊急救援要請。矢継ぎ早に切口上で問い返す日南少尉の声に、少し怯えたような声で島風が答える。島風がいる位置から輸送艦までは約五〇㌔、全速なら四〇分もかからずに到達する。航行中の輸送艦との相対速度を考えれば三〇分以内に合流可能だ。

 

 「『速きこと、島風の如し』、全速でやっちゃってくれるかな」

 「え………もっともっと速くなってもいいの?」

 

 

 

 『速きこと、島風の如し』-その名に恥じない高速性能を如何なく発揮する島風は、あっという間に日南少尉の乗る輸送艦を視認できる位置まで進出した。敵もこちらの存在に気が付いているのは明らかで、それまでの一直線に輸送艦に向かう動きを止め、進路を変え始め戦闘態勢に入り始めた。

 

 「あんまりあれだと過熱しちゃう? …でも、私の全速を見たいんだよねっ」

 

 日南少尉の声を聞いてから、島風は主機を全開にして走り続けている。卓越した速度性能も、速度差の大きい他の艦娘に合わせる艦隊行動では真価を発揮できずにいた。速度差だけではなく、意外と引っ込み思案で人見知りな島風の性格も大きく影響し、姉妹艦四人一組で運用される事の多い駆逐隊、指揮を執る旗艦、そこに自分が加わるとどうしても浮いた感じがする。作戦や演習の目的によっては四人組から一人が外れて自分が入ることもあり、そうなるとますますココジャナイ感が強くなる。だけど今は違う、自分の性能を必要としてくれる人がいる。だから、全速全開なんだもんっ―――島風はまだ散開を済ませきってない敵部隊に、長い金髪を大きく風になびかせながら突入する。

 

 「連装砲ちゃん、いっけぇーーーっ」

 右手を大きく前に振り出した島風の声に合わせるように、三体の自律砲塔が移動しながら射撃を始める。とにかく相手を散開させない、味方の航空隊が来るまで輸送艦を守りきる、敵三体をできれば撃沈する、弾薬魚雷の残弾は多くないから、相手を散布界に入れて開進射法で…と島風が相手の動きに目を配りながら頭の中をフル回転させている間に、連装砲ちゃんの砲撃をかいくぐり、敵三体のうち二体が砲撃を加えながら自分に向かって来た。残り一体の向かう先は、無論輸送艦。

 

 -えっとえっと…えっと…。

 

 「島風、落ち着いて自分の言う通りにしてほしいんだ」

 

 輸送艦から唐突に飛び込んできた通信。相手は言うまでもなく日南少尉。勇んで駆けつけたがどうすればいいか分からずパニくりかけていた島風を落ち着かせるタイミングで、日南少尉は指示を出す。

 「君は全速でこの艦とこっちに向かうイ級の間に割り込んでくれ。その間に自律砲塔たちに牽制射撃を加えさせ、残り二体をこっちの方へ追い込んでほしいんだ」

 

 とにかく、自分の煮詰まった頭ではいいアイデアが浮かばない。日南少尉の言う通り主機を全開にして一気に加速すると、すぐに距離が縮まる。輸送艦の左舷をかすめるように走り抜け、追いすがろうとする一体の駆逐イ級との間に割って入る。

 

 「敵の砲撃に注意しつつそのまま駆け抜けろっ!! 三〇秒後に雷撃開始っ! 方位西南西で開進射法、開度五!」

 

 輸送艦もイ級も後方に置き去りにし、島風は先を行く。日南少尉の指示は、輸送艦とイ級の間を遮る様にごく狭い散布界で雷撃すること。だがそれでは敵を撃沈する事はできない。ちらっと艦橋上の日南少尉に視線を送ると、大きく頷いている。迷ってる暇はない。

 

 「もー、ほんとに大丈夫なのっ!? 五連装酸素魚雷、いっちゃってぇー!」

 島風はお尻を突き出すようにして上体を倒し背中を少し反らす。スレンダーな島風の体が滑らかに動き、背負式の五連装酸素魚雷の魚雷格納筐が回転する。島風が肩越しに目標を視認すると、次々と魚雷が横撃ちで放たれる。いったん海中に沈み込み、ほとんど航跡を残さず疾走する五本の酸素魚雷。島風の動きから魚雷が斉射されたのを察知したイ級は、金属を擦り合わせるような不快な叫び声を上げると、左に大きく舵を切り大回頭で躱そうとする。

 

 ほとんどUターンを余儀なくされたイ級だが、それで終わらない。Uターンしたイ級と、連装砲ちゃん達に追い込まれ接近してきた二体のイ級が多重衝突を起こす。叫び声と衝撃音が海上に響き、敵艦隊が密集して動きを止める。それを待っていたように、空にはぽつぽつと黒点が増え、阿賀野率いる救援部隊の飛鷹と隼鷹を発艦した紫電改と流星の部隊が空を圧して進行してくる。勝敗は語るまでもなく、あっという間に三体のイ級は海の藻屑と消えた。

 

 

 

 ほどなく姿を現した救援部隊は宿毛湾泊地の第三艦隊を中核とする部隊で、そのまま輸送艦の護衛に回り、静かな航海が続く。一足先に輸送艦に合流した島風は、日南少尉から乗船するように言われ、そのままその言葉に従った。そして今、日南少尉と一緒に前部甲板から海を眺めている。

 

 -遅すぎるよこのフネ…。

 

 連装砲ちゃん(小)を胸にぎゅっと抱きながら、気付かれないようにそっと横に立つ日南少尉を盗み見る。白い第二種軍装を纏う長身の男の人。思ったより若い、のかな…軍人にありがちないかにもな厳つい顔貌ではなく、むしろ優しそうな表情をした、まだ子供っぽさを残す青年。島風は輸送艦の遅さに内心不満たらたらだが、それよりも何よりも聞きたい事があった。

 

 「ね、ねえ…。あの時、どうしてイ級が取舵するって分かったの?」

 結局島風は魚雷の一斉射と連装砲ちゃんの牽制射撃だけで、敵部隊を多重衝突に追い込んだことになる。その問いに、軽く微笑む日南少尉は軍帽を軽く直しながら、潮風に負けない程度に声を少しだけ大きくし答え始める。

 「分かったっていうか…面舵を切れない位置取りにするために君に割り込んでもらい、取舵の大回頭じゃないと躱せない射角と散布界での雷撃。D型自律砲塔に追い立てられた残りの二体も、先行したもう一体が射線に入るから撃てないだろうって。まあ、三体全部が衝突したのは出来過ぎだけどね」

 

 島風はただただ驚き、まじまじと日南少尉の顔を見つめるしかできなかった。ただ一つだけひっかかる。

 

 「………連装砲ちゃん」

 「ん?」

 「この子達、連装砲ちゃんって言うの。自律砲塔とか、言わないで…」

 

 両手でずいっと連装砲ちゃん(小)を、日南少尉の眼前に差し出す島風。一瞬虚を突かれた様な表情になった日南少尉だが、少し腰をかがめ連装砲ちゃんの頭? を撫でて微笑みかける。

 

 「そっか、失礼な呼び方をしてしまったね。君達と島風の活躍で自分とこのフネは救われた。心から感謝するよ」

 

 今度は島風がきょとんとする番だった。初めて会った目の前の少尉は、何の疑問も挟まずに自分の言った事を受け入れてくれた。島風は何だか嬉しくなり、よかったねー連装砲ちゃん、などと言いながらその手を取り、甲板の上でぴょんぴょんと跳ねている。

 

 

 

 朝から始まったこの戦いを経て、日南少尉を乗せた輸送艦は目的地の宿毛湾泊地へと急ぐ。豊後水道の南端に位置するこの泊地は、太平洋で作戦や演習を終えた艦隊の整備休息に利用される後方拠点であると同時に、艦娘運用基地の総責任者たる司令官を育成する教導機関の役割も担い、ある条件を満たし、特に将来を嘱望される若手士官が配属され、彼らは司令部候補生と呼ばれる。

 

 

 そして日南少尉の着任から、物語が動き出す―――。

 




 そんな訳で始まった新作ですが、以前ほどの投稿ペースにはならないと思います。ゆっくりお付き合いいただけますと嬉しいです。

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