それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 卒業。


101. それぞれの理由

 宿毛湾泊地に着任した日、別送した段ボール数箱と手荷物のカーキ色のダッフルバック一つが日南少佐の荷物の全てだった。時は流れて一年数か月が経った今、日南少佐は自分に与えられた任地へと赴く準備を進めなければならない。とは言っても少佐は執務机についたまま黙って机の上を見つめている。

 

 「着任と離任でこんなに違うものなんだな…」

 

 日南少佐が口にしたのは荷物の話ではない。着任以来モノはほんとど増えていない。軍事拠点の、しかも司令部候補生といえども責任者である、多くない休日でも気軽に外出できる訳もなく。しかもティッシュから反応弾まで、大概のものは工廠責任者の明石のアイテム屋さん『AKAZON(アカゾン)』で手に入るので、本人がその気なら泊地から一歩も出ずに全てを完結できる。ちなみに教導艦隊の艦娘達が少佐に贈った特注の軍装もアカゾンで注文したものだ。

 

 少佐の言う『違い』--背負う思いと想い。

 

 艦娘の思いに応えられる人の悟性を信じ続ける桜井中将、人と艦娘の絆の証として司令部候補生を支える翔鶴をはじめとする宿毛湾泊地の首脳陣達。そして少佐と戦いの海で邂逅し(出会い)、あるいは願いを体現し建造さ(生まれ)た教導艦隊の艦娘達-過去を背負い今を生きる彼女達の思いと、今を生きた結果で生まれた少佐への想い。そして自分自身の、深海棲艦との戦を和平に導く夢。難聴系でも鈍感系でもなく、それどころか繊細な心の内を()()の仮面で隠し、兵器であり兵士であり女性でもある彼女達に、傷ついてほしくないと願いつつ戦場へと送り出す。肩に、背中に、心にその全てを背負い旅立つための準備を進める。差し当たって、改めて机上の書類に少佐は視線を落とす。

 

 一つは艦艇の仕様書。艦娘が外洋展開する際の負担軽減策として、あるいは万が一の拠点失陥時の脱出用として、拠点規模に応じて一隻から最大三隻の範囲で配備される通常艦艇。日南少佐の拠点には一隻の通常艦艇が配備されることになり、仕様諸元が通知された。多くの基地では、通常艦艇を長距離移動時の足かつ洋上の整備補給拠点とする性格上、輸送艦や多用途支援艦、訓練支援艦等を母艦に採用する。積極攻勢を指向する一部拠点にはヘリ搭載護衛艦が配備されるが、少佐には搭載兵器実験艦ASE6102(あすか)改が割り当てられた。詳細は実際にフネが到着してから確かめればいい、と少佐はこの書類にはざっとだけ目を通した。

 

 それよりも所属変更申請書の方が重要だ。日南少佐が宿毛湾泊地()()から任地に帯同したい艦娘の所属変更を申請するための書類で、これが確定しなければ最終的な陣容が決まらない。司令部候補生制度において最終的な艦娘の所属は指揮官と所属員、つまり日南少佐と艦娘の合意により確定する。

 

 この『告ってOKをもらう』ルールは教導艦隊だけでなく、宿毛湾泊地本隊の艦娘にも適用される。ただし制度上本隊からの異動は、少佐と艦娘の間に合意があっても桜井中将の許可が必要となる。いわば『本人たちがOKの上でお父さんの許可を得る』のが最終関門。他の制約としては、本隊からの転属は教導課程修了時点での艦隊所属員総数の五%未満が上限となる。

 

 椅子を回転させた少佐は、背後にある窓からの光に目を細め両手を頭の後ろで組むと、以前速吸と話した時のことを思い出していた。

 

 -ケッコンカッコカリは宿毛湾(ここ)ではガチなので翔鶴さんだけ、あの人以外は練度の高い艦娘でも九九止まり…。何て言いますか、戦力としても女の子としても中途半端というか…。だから、候補生の方が来ると期待しちゃう子も多いんです。

 

 ぎいっと音を立て、少佐は背凭れに深く体を預け長い脚を組む。これから先、戦域は拡大し練度の高い艦娘は何人いても足りないくらいだ。だが、そのためなら誰でもいい訳じゃなく、無理に本隊から転属させなくてもよい。それでも、頭に浮かぶ顔がある。

 

 軽く反動をつけるように席を立った少佐は、そのまま執務室を後にした。

 

 

 「えぇー!? 速吸を!? 素直に嬉しいです、嬉しい!!」

 

 少し緊張した面持ちの少佐の眼前で、頬を桜色に染めぱぁぁぁっと顔中を笑顔にした速吸()が、胸の前で両手をぽんと叩いてぴょんぴょん跳ねている。かつて、女性としての夢や憧れと、戦船としての強さへの渇望がないまぜになった複雑な感情を、速吸は正直に吐露した。同時に、自分の夢と課せられた役割の間で揺れていた少佐の迷いに光をもたらしてくれた。

 

 その後速吸は1-6出撃の一環で教導艦隊に一時貸与され、その間に第一次改装を受けた。貸与された艦娘に改装を打診し艦娘側が受諾するのは、少佐が速吸の将来に責任を持つ意思表示であり、速吸はそれを受け入れたことでもある。なので、今回の意思確認はある意味で形式的な作業ともいえた。だが当然それだけではない。むしろ--。

 

 「改になって攻撃機の運用(流星拳)も身に付けたこの速吸…やっと、やっと仲間や少佐さんを守れますっ! 艦隊随伴航空給油艦の本領、発揮したいと思います!」

 

 両手でガッツポーズを作り興奮を隠せない速吸を見ていると、少佐はつい彼女の頭をポンポンしてしまった。

 

 「わわっ!? ドキっと(被弾)しました。私、恋愛的に免疫(防御力)ないので…大破、しちゃいました…」

 

 ぷしゅーっと頭から湯気を出しそうなほど真っ赤な顔になった速吸に、書類を整えて提出しておくからと声を掛け、少佐は次の目的地へと向かった。

 

 

 

 日南少佐は次の転属候補の艦娘を探しに、泊地内の教練施設の一つである弓道場へと足を運んだ。少佐の頭にあった数名には、いずれも確認したいことがあり、回答を踏まえた上で正式に転属の判断を下そうと考えていた。

 

 道場に入ると、脇正面に飛龍が正座し、射場には自然体で目を閉じる蒼龍が立っていた。弓を持った蒼龍の左手が高く上がり、同じように矢を番える右手も持ち上がる。蒼龍の流れるような動きの中に息合いが満ちてくるのが見てる少佐にも伝わり、動くのが躊躇われるほどに空気が張り詰めてゆく。少佐の気配に気づいた飛龍が、目くばせしつつ立てた人差し指を唇に当てた瞬間、蒼龍の指先は矢を解き放つ。

 

 ゆったりとした動きから放たれたと思えない速さで、矢は龍の息吹に似た音を立て空気を切り裂くと的に突き刺さる。残心から構えを解いて一礼、脇正面に下がるのが礼に則った射法となるが、蒼龍はそのまま速射を続けた。一歩も動かず、流れるような所作で次々と、弓は引き絞られ放たれた矢は過たず的の中央へと集束する。矢が的に当たる音が一〇を超えた所で、蒼龍はふうっと大きく息を吐き集中を解く。ツインテールを揺らしてくるりと振り返った視線が少佐を捉える。口角が上がって表情が和らぎ小さく肩を竦める。

 

 「………判断の速さ、かな」

 

 蒼龍が口を開き、少佐が問う前に示された答え。どうして自分の事を気にかけ、教導艦隊への転属を事あるごとに匂わせていたのか-そう言うと何だか自惚れているようで、でも上手い言葉も見つからず迷いながら弓道場を訪れたが、少佐は蒼龍の目を見て自分の考えを素早く修正した。笑顔だが目は笑っていない。両手で弓を持ち、大きな胸部装甲を強調するようにん~と背筋を伸ばした蒼龍が言葉を継ぐ。

 

 「私ね…艦娘(この体)に生まれてから、繰り返し思い出すんだ…。たった五分、それで私はあの海に…。少佐、貴方の作戦立案や現場指揮、補給線の組み立てとか、凄いと思うよ。でも、一番大事なのは、情報の管理と判断の速さ…私にはそれが全て。……ねぇ、私を…あの海の向こうへ、連れて行って…くれるよね?」

 

 戦史を少しでも知る者には説明不要な()()()-往時の戦争の転換点となったミッドウェー。杜撰な情報統制により奇襲のはずが待ち伏せを受け、さらに戦闘中の大掛かりな装備転換で浪費した時間は、蒼龍と、二人を見つめる飛龍を、僅か五分の差で取り返しのつかない悲劇へと導いた。

 

 同じ轍を踏まないと寄せられた信頼-過去を振り返るなという人は多いが、清算しなければ前に進めない過去もある。置かれていた状況は違っても、背負う物は少佐にも蒼龍にもある。

 

 少佐は射場に歩みを進め蒼龍の目の前に立つと、何も言わずに右手を差し出す。お互いの決意と覚悟は瞳に宿し、視線を逸らさず少佐と蒼龍は固く握手を交わす。満足したのか、蒼龍はにっこりと微笑むと少佐にとって予定外の事を告げ始めた。

 

 「嬉しいなぁ。龍を乗りこなすのは簡単じゃないけど、少佐なら大丈夫かな。飛龍ともどもよろしくねっ!」

 「「え…?」」

 

 その言葉に離れた脇正面に座っていた飛龍が思わず腰を浮かせる。何それ、聞いてないんだけど? と、戸惑いをありありと表情に浮かべながら、慌てて飛龍が射場にやってきた。飛龍の困惑をよそに、蒼龍は飛龍の手を取ると導くように少佐と握手したままの手に重ねる。

 

 「だって、飛龍はいつも言ってるじゃない! 少佐の部隊には本格的な機動部隊が必要だって! 私達がいれば百人力だよ!」

 「確かにそうだけど! だからって何で私まで」

 「飛龍は今の自分に…宿毛湾に満足しちゃってるの? 私は…全然、全っっ然足りないっ!」

 

 ぴくり、と飛龍の動きが止まり、蒼龍に厳しい視線を送る。艦娘として現界した今、洗練された桜井中将の指揮の元で数多の戦いに参加し勝ちぬいた。けれど--空母運用の黎明期、試行錯誤を重ねながら猛訓練で世界最強の航空隊を育て上げた山口提督(多聞丸)と共に歩み、自分が成長し強くなってゆくことが実感できた日々。洗練が悪いわけじゃない、でも、粗削りで血が沸くような、昨日の自分を今日の自分が乗り越えてゆく感覚…成長を続ける日南少佐に、かつての自分と指揮官を重ねているのに、飛龍は気が付いた。

 

 やれやれと頭を振った飛龍は、降参だと言うように両手を上げる。そして少佐と蒼龍を交互に見て、にやりと笑う。

 

 「…いいわ、蒼龍一人だと危なっかしいし、付き合ってあげる! そうと決まったら少佐、航空隊は徹底的に鍛えましょう! 多聞丸仕込みだから任せといて!! 蒼龍、私が満足してるかどうか、よーく見ててよ!」

 

 

 

 泊地の癒し所・甘味処間宮の一角のテーブルでは、日南少佐と加賀が向かい合っていた。少佐が加賀の意志を確認するため会っている…と言いたい所だが実はその逆、加賀が少佐を呼び出していた。

 

 速吸や蒼龍・飛龍(ダブルドラゴン)と会っていたため少佐は待ち合わせ時間より若干遅れて間宮に現れた。賑わう店内で加賀の姿を求めきょろきょろしていた少佐だが、加賀が涼しい顔で視線を送ってきたのですぐに場所は分かった。テーブルに付いた少佐を、加賀は黙って見ている。呼び出した方が話を始めなければ何も進まない。仕方なく少佐は、若干の言い訳も含みつつ本隊から転属する艦娘について話を始めた。

 

 「そう…蒼龍と飛龍が…」

 

 一言だけ呟いた加賀は、考え込むような表情でほうじ茶の入った湯飲みを口に運び、それきりまた黙り込む。

 

 「………少佐」

 

 これでは話が進まない、と少佐が口を開こうとした機先を制するように加賀が呼びかける。

 

 「…間宮さんの新作、頼みたいのだけれど」

 

 どうやらここからが話の本番だろうと察した少佐は、手を挙げて店員を勤める妖精さんを呼び止める。


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