それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 釣れない大将様とクセのある演習開幕。

(20190522 改稿)


105. 限りなく黒に近いグレー

 最大二二機の水上機を搭載できる鈴谷だが、今回は火力支援との折衷で約半数に止めている。敵艦隊の発見からそのまま開幕空襲、相手を足止めする間に水上打撃部隊が接近するのは定石の戦法で、教導艦隊は一糸乱れぬ連携で直ちに攻撃態勢に移った。

 

 「ああん! なんなの!? 鈴谷の瑞雲の爆撃、全部躱されたんですけどーっ!?」

 

 戦況は想定通りには進まなかった。(くだん)の艦種不明の艦娘の指揮の元、水際立った回避運動を取り、八機の瑞雲が急降下爆撃で放った二五〇kg模擬弾は空しく水柱を作るだけに終わった。その頃、データベースとの照合を完了した朝潮がリンク通信で全員に共有した情報に、CICも演習部隊もざわめく。

 

 相手の不明艦は、タシュケント級一番艦のタシュケントだった。空色の巡洋艦とも呼ばれる大型の駆逐艦で、鈴谷の瑞雲が軽巡と判断したのもあながち間違いではない。

 

 「タシュケント、か…」

 

 日南少佐の脳裏に過ぎるのは、かつて宿毛湾で出会った*1、明るい長い茶髪を白い帯の入った黒いリボンで結ったツインテールにした艦娘。あの時は桜井中将の執務室で挨拶程度の軽い会話をしただけだったが、確かに横須賀に配備されるという話だった。思い出される彼女の言葉--。

 

 『国家の命令にНет(ニェット)はありえないよ。同士諸君、何を言ってるんだい?』

 

 本音を圧し殺しているのか、心からそう信じているのか、あの短い会話だけで測りようもないが、自らを兵器であると規定したかのような言葉。ある意味では感情を制御する第三世代艦娘との親和性は高いかもしれない。だが、大規模侵攻(イベント)『抜錨! 連合艦隊、西へ!』で初めて邂逅が確認された希少な艦娘に、第三世代艦娘化(あんな無茶な改装)を施すはずがない。ならなぜ彼女がここに--?

 

 「…分からない物は分からない。ならこの演習を早く終わらせて確かめるしかないようだ」

 

 CICに詰めている艦娘達がきょとんと首を傾げる少佐の呟き。一致しているのは演習を長引かせても意味がないということで、日南少佐がどのような指示を出すのか、皆それを待っている。

 

 

 

 現場海域では、空襲が空振りに終わり、><(キ~ッ!)と癇癪を爆発させた表情で両手をブンブン振って地団駄を踏む鈴谷を余所に、旗艦の金剛が怪訝な表情で目の前の光景について後ろに続く榛名に確認していた。

 

 「HE-Y榛名ァ…YS1Bの動き、mysteriousだと思いませんカー? やる気…ナッシング?」

 「はい、引き返しましたね…。鍵の閉め忘れでも思い出したのでしょうか?」

 

 新課程艦隊は開幕空襲を凌ぎながら統制の取れた艦隊行動で変針、南へと最大戦速で遠ざかってゆく。この動きには、流石に現場の金剛達もCICの日南少佐も呆気に取られるしかなかった。拠点占領が目的の演習にも関わらず、目標地点と真逆に向かうことに何の意味があるのか。

 

 「尻尾巻いて逃げるってか!? なっさけねぇ、キン●マついてんのかっ!?」

 「私の計算では艦娘に装備不能なはずよ、摩耶。それよりも追撃をっ!!」

 

 勇ましく腕を撫しながら毒吐く摩耶と、冷静にツッコミながら続くべき行動を求めて旗艦の金剛を振り返る鳥海が眼鏡を光らせ、プンスカしていた鈴谷も気を取り直して砲撃準備に入る。単縦陣の先頭を行く島風も、徐々に体を前に倒し命令が出次第突入できる態勢を取り始めた。

 

 「Lt. Com.(少佐)Give us a command(指示をお願いしまース)

 

 速度を上げ急速に小さくなる新課程艦隊の背中を見送りながら、金剛が珍しく流暢な英語で呟き、前を見据える。視線だけではない、弾着観測のため飛び立った零式水上観測機(零観)、腰背部にマウントされる船体を模した艤装の上に配置される二基四門の三五.六cm砲が旋回し砲身が仰角を取る。長い黒髪を左手で後ろに送りながら、榛名も前に出て金剛と並び立つ。そして日南少佐から渡される、艦隊を解き放つ鍵--。

 

 「金剛と榛名は、重巡隊(摩耶・鳥海・鈴谷)が交戦開始するまで遠距離砲撃、YS1Bの道を塞いでくれ。鳥海、重巡隊の現場指揮は任せる、正面から押しつぶせ。島風、君は今回スナイパーだ、こちらの圧力に押されて隊列から落伍した艦を確実に雷撃で仕留めよう。…教導艦隊、突撃!!」

 

 少佐の攻撃命令が終わるか終わらないかの刹那、金剛と榛名の砲撃が始まり、狭い浦賀水道を圧倒する轟音が響き辺りが黒煙と炎で覆われる。砲煙を切り裂いて飛び出した摩耶と鳥海、鈴谷は最短距離を突き進む。敵は駆逐艦と軽巡、彼らの攻撃で装甲を抜かれることはない。回避は最小限に止め一刻も早く有効射程距離まで進出する。対地攻撃に軸足を置く艦隊で唯一魚雷を装備する島風はやや遅れて進撃、用心深く敵味方の動きを見定めつつ雷撃対象を選定する。

 

 が----。

 

 「Shit! いい加減当たってくだサーイ!!」

 「私の計算が…そんな…」

 「くそがぁっ! ちょこまかとウザい!!」

 

 艦隊から続々とあすか改のCICに入る通信は、最初は驚愕を、徐々に困惑と苛立ちを伝える物へと変わってゆく。砲弾の散布界に敵を収め命中弾を得るのが砲撃における公算射撃で、いわば確率論になるのだが、それにしても当たらなさすぎる。弾着観測機が相手位置の詳細を知らせ、狙いすました砲撃が相手を挟叉しているにも関わらず、直撃弾はおろか至近弾も得られない。騒然とし始めたあすか改のCICで、日南少佐が思わず席を立ちあがる。

 

 「艦隊最大戦速、雷撃に警戒しつつ距離を潰せっ!」

 

 何より、教導艦隊から猛攻を受けている新課程艦隊がいまだに()()()反撃してこないことに、少佐は疑問を抱いていた。

 

 

 

 日南少佐が新課程艦隊の急追を指示したのと同じ頃、三浦半島南部・江奈湾奥に設けられた横須賀新課程側の仮設指揮所では、鹿()()がこれ以上ないくらいの仏頂面で、目の前にいる二人の男性を冷ややかに眺めていた。

 

 一人は第一種軍装を纏う若い男でこちらが横須賀新課程の指揮官だが、顔色も悪く、どこか身の置き所のない挙動不審な様子。一方で白衣の男は堂々と振る舞い、むしろこちらの方が場を取り仕切っているようで、あれこれと指示を出している。

 

 鹿島がこの演習に同行した理由は、新課程の指揮官養成計画に助言が欲しいとの要請に基づく。桜井中将が了承した以上断れないのもあるが、自分だけの力ではないが、日南少佐を育てた手腕に着目していると言われれば悪い気はしなかった。それに短い日程ながら少佐と一緒の時間を過ごせる…はずだったが、いざ横須賀に着いてみればオブザーバーとして新課程側に派遣されてしまった。思いっきりムクれてしまいたかったが、横須賀を訪れた艦娘の中では自分が最先任で、いわば宿毛湾の艦娘の代表だ、変な振る舞いをする訳にはいかない。仕事は仕事、そう割り切ったのだが---。

 

 「どうされました、その表情は? 何か不審な点でもありますか、オブザーバー殿?」

 

 鹿島を揶揄するような口調で言い終えたのは、技術本部から横須賀新課程に派遣された笹井(ささい) 儀重(よししげ)技術少佐。第三世代艦娘の発展改良をプロジェクトリーダーだった武村技術少佐から引き継いだ男で、元々は武村少佐の部下だった。努めて冷静さを装った鹿島だが、笹井技術少佐の口調にイラッとさせられ、つい口を出してしまった。

 

 「まだ演習の途中ですので講評は差し控えますが……これでは勝てないのでは…?」

 

 教導艦隊の攻撃を見事なまでに躱し続けているが、鹿島から評価できるのはそれだけだ。新課程艦隊にどのような策があるかは今後の推移を見るしかないが、逃げるだけではいずれ終わる…鹿島は勝敗を早々に断じていた。そんな鹿島の心中を見透かしたように、笹井技術少佐は肩を竦めイヤな感じの笑みを浮かべ、もう一人の男-新課程の指揮官に指示を出す。

 

 それは勝利だけを指向する笹井技術少佐の発案、真っ当な軍人には思いつかない物で、日南少佐や鹿島の思考の外にあるとも言えた。

 

 「宿毛湾教導艦隊(SK1B)をもう少し南方へ引き寄せなさい。そうすれば()()()に気づかれても追撃が間に合わなくなります」

「はぁっ!? 七人編成の警戒陣を使っているのですか!? そんなの、ルール違反ですっ!」

 

 第三世代艦娘との演習と言いながら、横須賀鎮守府からタシュケントの派遣を受け指揮させる。

 

 参加する艦娘全員に改良型艦本式タービンと新型高温高圧缶、強化型艦本式缶を装備させ最速化。

 

 そして何より--『捷号決戦! 遊撃、レイテ沖海戦』だけで運用された()()()()()()()()を濫用し、潜水艦娘を投入する。

 

 嚮導駆逐艦の名が示す通り、駆逐艦隊の旗艦となることを前提とするタシュケントは、様々な練度の艦娘を率いる訓練としてこの演習に参加していた。タービンと缶をガン積みした艦隊は全員が最速化され、攻撃力を低下させた代償に得た速度と回避性能で教導艦隊の攻撃を悉く躱し切った。そうして相手艦隊を誘引する間に、七人目-伊一九(イク)が潜航し教導艦隊の拠点を衝く。本来なら潜水艦が上陸作戦で敵拠点を占拠できるはずがないが、人型の艦娘は陸上でも活動可能、今回の勝利条件となる部隊旗を確保するだけなら支障はない。

 

 ルールの枠内で最善を尽くそうとする日南少佐と、限りなく黒に近いグレーなルールの解釈で成果だけを求める技本側、それぞれの姿勢が対照的に現れている。

 

 イクに交戦指示が出ていれば雷撃のため浮上航行するので、鈴谷の瑞雲が発見していた可能性が高かった。だが新課程側に撃ち合う気は最初から無く、水上の六名は教導艦隊を引き付け振り回す囮で、本命のイクは最大深度近くを進んだため教導艦隊の索敵網を見事にすり抜けた。加えて演習の意図を対地攻撃と推定した日南少佐の編成と装備選択が悪い方向に噛み合っている。対潜攻撃が可能な島風は水上戦闘用の装備で、仮にイクを発見していた場合でも有効な攻撃を行えたかどうか…。

 

 「誰が警戒陣を使ってはいけないと言いましたか? 名高い宿毛湾の教導課程はずいぶんと硬直した思考をお持ちのようで」

 

 鹿島を、この場にいない日南少佐を、明らかに見下すように肩を揺らしクックックと嗤う笹井技術少佐を、新課程(張り子)の指揮官は暗然とした目で眺めていた。

 

 このまま進めば新課程側のイカサマすれすれの策に教導艦隊が敗れかねない状況だが、突然の第一種警戒警報が全てをひっくり返した。そして双方の司令部に、横須賀鎮守府の有栖宮大将から直々に入った強制通信ーー。

 

 『横須賀新課程艦隊及び宿毛湾教導艦隊の双方、今回の演習は中止を命ずる! 連合艦隊規模の深海棲艦艦隊が侵攻中との急報だ! 既に大島警戒所とは連絡途絶、 館山航空隊が迎撃に向かっているが、敵は帝都…あるいは横須賀鎮守府への攻撃を指向するものと思われる。両艦隊は部隊撤収、実弾装備に換装後待機、双方の司令部要員は大至急本部棟へ出頭せよ! これより横須賀鎮守府は戦闘態勢に入る!!』

 

*1
041. 南へ向かう前に


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