それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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106. 繰り返し問う、命の重さ

 深海棲艦連合艦隊の迎撃戦-横須賀鎮守府艦隊、宿毛湾教導艦隊、横須賀新課程…系統の異なる三部隊を効率的に運用すべく、最高指揮官の有栖宮大将は統合司令部設置を命じ、日南少佐は招集に応じ横須賀鎮守府本部棟へと急行した。現場指揮は自身の代理として正秘書艦役の時雨に委ね、朝潮と涼月をサポートに配し、あとは大将の指示に従い作戦行動を執る。

 

 大将から回されたSH-60K(ヘリ)の中で、少佐の頭をよぎるのは鹿島の存在。宿毛湾の着任当初から、教官の域を超えたサポートを受け続け、気づけば当たり前のように海域攻略時のサポート役を務めてもらうことが多くなっていた。実際的な拠点運営や遠征や訓練の計画、作戦運用の補佐はもとより、時雨や涼月、朝潮など教導艦隊の秘書艦グループを形成する艦娘達に対しても、さり気なく気づきを与えてそれぞれに異なる長所を伸ばすように接してくれる。

 

 「こんな緊急事態こそ、鹿島教官に時雨のサポートを頼みたかったんだけど……だめだ、自分まで教官に頼っているようじゃ…!」

 

 ばしんと両手で頬を挟むように叩き、少佐は頭を切り替えようとする。それに、頼りたくても当の鹿島は横須賀新課程に派遣されている。

 

 されていたのだが--。

 

 

 「一体…貴方たちは艦娘を何だと思ってるんですかっ!! 」

 

 SH-60 Kでの短い空の旅を終え、日南少佐が駆け付けた横須賀鎮守府本部棟地下三階の作戦指令室に鹿島の声が響いていた。

 

 

 

 「馬鹿とその言いなりの馬鹿が馬鹿な事をした、ってことよ」

 

 単純な話でしょ、と鮮やかにウインクしながら有栖宮大将の秘書艦・陸奥は事も無げに言うが、あまりにもまとめすぎである。目の前では、新課程の指揮官と技本の笹井技官が真っ青な顔貌を歪め、海軍特別警察隊(特警)に拘束されているのだ。

 

 改めて詳細を聞いた日南少佐は開いた口が塞がらずに唖然としてしまった。この緊急事態に、あろうことか新課程は独断で艦隊を深海棲艦の迎撃に送り込んだという。事態はすぐさま新課程付オブザーバーの鹿島が緊急報告し、新課程の指揮官と技本の笹井技官は直ちに統合司令部に召喚された。これだけでも大問題なのに、第三世代艦娘の真の力を周知する好機と、技本の笹井技官は伊達元帥の名前を持ち出して大将を牽制したが、思い上がりは真っ向から打ち砕かれたらしい。

 

 -仮に元帥が技本に肩入れしてたとしても誤りがあれば正す。貴様ら下郎の恫喝に横須賀が屈すると思ったかっ!!

 

 「大将の一喝、聞きごたえあったわよ」

 

 こっちへ、と言いながら陸奥は日南少佐を海図が広げられた大きなデスク、その先にいる有栖宮大将と鹿島の下へと案内する。机面に手を突き、鋭く目を細め何事かを考え込んでいる有栖宮大将と、対照的な様子なのは鹿島。大将から少し離れ立っているが、俯いていて表情が窺えない。到着した時に聞こえた、鋭い叫びは一体…と少佐は訝しんだ所で、有栖宮大将は視線を上げずに少佐に声を掛ける

 

 「さて日南少佐よ、遅かったな。兵は拙速を貴ぶ、肝に銘じよ。それでだ---」

 

 机上に海図を広げ必要な事を書き込み敵味方を示すコマを動かしながら、有栖宮大将は膨大な情報量を一気に日南少佐に落とし込む。戦況情報によれば戦闘そのものは互角に推移している。深海棲艦連合艦隊の攻撃隊は総勢二〇〇機を超えているが、対する横須賀航空隊を中心とする各地の基地航空隊は、地の利を生かした綿密な連携で敵の進行を食い止めている。

 

 強固な防御陣に内心舌を巻いた日南少佐だが、緻密に描かれた作戦図にある異質な存在に気が付いた。緻密に描かれた絵画の中に一点だけ目立つ汚れのように、壮麗に奏でられるオーケストラの中の外れた音のように、作戦計画と調和しない部隊の存在。

 

 「…なるほど。ですがこちらの方面の部隊が突出しているようですが、これは--?」

 「ほお? 話は全て把握したか、噂通りに優秀なようだな。そこは捨て置け、大勢に影響はない」

 

 話を引き取る様に、意味ありげな視線を有栖宮大将に送った陸奥は日南少佐に向き直ると、デスクに浅く腰掛け足を組み膝に両手を置く。家庭教師が生徒に説いて聞かせるような口調で、分かりやすく言うとね…との切り出しで始まった話に、少佐は不快感に思わず顔を歪めてしまった。

 

 突出しているのは新課程艦隊。それは予想通りだが、問題は練度の概念を持たない第三世代艦娘の第二次改装に相当する、Mod.Bと呼ばれる上限解放。(Beast)狂戦士(Berserk)を意味する頭文字通り、指揮官の指示で任意にリミッターを解除し、爆発的な出力を獲得、視界に入る全てを活動停止する(自分自身が死ぬ)まで破壊する。感情の次は理性を抑制した殺戮兵器、それが技本の言う艦娘の行き着く先(進化形)

 

 「新課程艦隊(あの子たち)…まったく火遊びもいい加減にしてほしいわ…」

 「火遊びとは言い得て妙だな、陸奥。Mod. Bと言ったか…悪手もまた手の内、深海棲艦(奴等)を引きつけてもらおう」

 

 新課程の艦娘を見捨てる…有栖宮大将の指示は、そうとしか日南少佐には受け取れなかった。意を決し一歩進み出ようとした矢先---。

 

 「あの子達の…艦娘の命は、そんな軽い物じゃありませんっ!!」

 

 目に涙を浮かべた鹿島が叫び、思い詰めた視線を有栖宮大将と陸奥にぶつける。そして日南少佐は理解した--統合司令部に着いた時に、鹿島が非難していたのは新課程の指揮官だったと。今また、鹿島のやり切れなさが悲鳴を上げる。

 

 お嬢様然とした外見通りに、朗らかで笑顔を絶やさない鹿島がここまで決然と自分の意志を示すのは異例中の異例。違う表現で同じ意味の事を意見具申しようとした日南少佐は、先を越されて中途半端に口を開けてしまった。ただ…相手は横須賀鎮守府の長にして、全海軍内の序列でも最上位に位置する一人の有栖宮大将、しかも階級や組織の秩序を重んじることで知られている人物だ。

 

 場が凍る。あーやっちゃったよ…と陸奥が頭を抱える横で、鹿島を見返す大将の目が冷めた炎を宿す。特に大柄な体でもない、声も大きい訳ではない、だが有栖宮大将が鹿島に宣告した言葉は、背骨を握るような峻厳さと威圧感に満ちていた。

 

 「賭ける命の重さに貴賤はない…だが守られるべき命には序列はある。海を閉ざされ空襲に怯える罪なき民を守るため、一朝事あらば真っ先に死ぬのが艦娘…そして我ら軍人の運命(さだめ)。行き掛かりはどうあれ、新課程の奴等を今から救うには作戦を大きく変えねばならぬ。ならば奴等が成すべきことは、横須賀の盾となり一機でも一隻でも多く敵を倒し死ぬこと……こんなことも分からぬ者が宿毛湾の教官とは、聞いて呆れる」

 

 「新課程は突出し過ぎ、今からじゃどうにもできないわ…。せめて彼女達に意味を持たせるのは…」

 

 くるりと背を向けた有栖宮大将と入れ替わるように、慌てて陸奥が鹿島に近づく。肩を震わせながら声を殺して涙を零す鹿島の背中からそっと肩に手を掛け、大将の秘書艦として言い聞かせるのか、あるいは同じ艦娘として痛みを分けあうのか、囁きはあくまでも優しかった。それでも陸奥が飲み込んだ言葉、彼女たちに意味を持たせる…それは轟沈を前提とした命の燃焼。受け入れがたい現実に逆らう様に、鹿島は激しく身を捩り陸奥の手を振り切ると、しゃがみ込んでしまう。

 

 「鹿島は…教官として…どんな海からでも…必ず生きて帰ってこられるようにって…みんなを育てて…なのに、なのに…こんなの……っ!」

 

 かつり、とリノリュームの床に響く革靴の音が近づき、鹿島の肩に優しく手が置かれる。反射的に上げた鹿島の視線の先には、日南少佐の姿。床に片膝をつき目線の高さを揃えた少佐は鹿島に柔らかく微笑むと、静かな口調で語り掛ける。

 

 「教導艦隊がいる限り、新課程艦隊を沈めさせたりしません」

 

 すっと立ち上がった日南少佐は、大きく息を吸い込んで深呼吸、詰襟を直して覚悟を固める。大局的に見れば有栖宮大将の作戦は冷酷だが正解だろう。偶発的に起きた状況ならともかく、現状に至ったのは新課程側の落ち度しかなく、敵の航空隊が乱舞し味方と激しく戦う空の下を救援に向かうのは作戦全体の調和を乱しかねない。それでも言わねばならない----。

 

 「大将、意見具申致します。宿毛湾教導艦隊は横須賀新課程艦隊救出に向かいたく、ご許可いただけますようお願い申し上げます」

 「奴等の不始末の尻拭いのために、作戦を変えろと? そのような事が認められると思うほど愚昧ではあるまい?」

 

 歴戦の将が放つ強烈な圧力に対し、一歩も引かず日南少佐は柔らかく微笑み返して、むしろ踏み込んでゆく。

 

 「ここで彼女たちを失うのは、この先彼女達が守るより多くの命を失うことでもあります」

 

 実際の時間はごく僅かだが、恐々と見守る陸奥と鹿島にとっては一秒が永遠にも感じられる緊張感の中、日南少佐と有栖宮大将は視線をぶつけ合っていた。ふと、興味を失った表情で大将は吐き捨てるように言い残した。

 

 「下らぬ詭弁を……失望したぞ少佐よ、出て行くがよい。貴様が何をしようが横須賀は予定通り戦うまで。好きにすればよい、()()()()戦闘に巻き込まれて沈む痴れ者がいても関知せぬ。…だが邪魔だてされても敵わぬ、情報だけは共有してやろう」

 

 無言のまま敬礼した日南少佐は、鹿島を伴い統合司令部を後にした。

 

 

 

 「少佐…あの…」

 

 あすか改のCICに連絡を取り状況と経緯を伝え指示を出し終えた日南少佐を呼び止めた鹿島は、続く言葉を言い出せずにいた。

 

 有栖宮大将の言う事を受け入れてしまうと、自分は…艦娘は、戦争という大きな歯車を動かすための小さな部品でしかなくなってしまう。それは間違いではないし、実際艦娘は深海棲艦に勝つために生み出された存在だ。それでも自分達には心があり、自分だけの思いがある。でもそれは単なる我儘で…心の乱れは収束せず、気持ちが言葉にならない。

 

 「自分は甘くて、間違っているのかも知れません、それでも…できることがあるのにしない、そんな選択はしたくないんです。鹿島教官、さぁ、急ぎま--うぁわっ!!」

 

 呼び止めたが何も言わず戸惑っている鹿島に、ふっと柔らかく相好を崩した少佐が告げた言葉。それは鹿島の心に温かく熱い想いを広げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま胸に飛び込んできた鹿島の勢いに押され、日南少佐は廊下の壁に押しやられた。

 

 「間違ってても…いいじゃないですか! 鹿島はこれからもずっと少佐といます、二人で一緒に正解を探しましょう!」

 

 こんなにも艦娘の事を思いやってくれる人と出会えてよかった…鹿島は何も考えずに、溢れた感情をそのまま口にした。少佐から言って欲しいとか、オコトワリされたらどうしようとか、そんなのはどうでもいい---心の羅針盤は常に日南少佐を指しているんだから、素直に従えばいいんだ。

 


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