それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 似ていて異なるベクトル。


110. 君を想う

 到達した前線で金剛が目にしたのは--無防備に立ち尽くす涼月に攻撃を仕掛けようとする能代と、意を決したように砲を構える時雨の姿だった。

 

 「Noooo! もう少しだからァー!!」

 

 許容限度を超えて主機を強制加圧、タービンを過回転(オーバーレブ)させた金剛は、強烈な加速に耐え空気抵抗を減らすため前傾姿勢を深くし一気に速度を上げる。強い向かい風に長い茶髪と巫女服の袂を靡かせ必死に前へ前へと疾走する。突如右膝から下に走った鋭い痛み…恐らくは主機に異常が出たのだろうが、気にしていられない。

 

 機関は壊れても直せる、けど命は――時雨にも涼月にも、そして新課程にも、そんなことはさせられない。

 

 あっという間に視界一杯に広がる能代目掛け低い姿勢で突っ込み、大きく体を捻って下から伸びあがる様に放った右フックで動きを止めようと試みる。戦艦娘が近接戦闘に打って出るなんてレア中のレア、慣れない戦い方で自らの力に振り回された金剛はそのまま前のめりに体が流れ、能代にぶつかった。

 

 密着体勢を奇貨とし能代は左貫手を振り回しカウンターの要領で金剛に突き立てたが、金剛の強烈なパンチを受け不自然なまでにくの字に曲がった体を支えきれずに吹っ飛ばされる。

 

 海面を交通事故のように転がった能代が動かないのを確認した金剛は、大きく肩で息をすると、時雨と合流しようと緩慢な歩みを進め始めた。

 

 「金剛さん…そんな……」

 「流石に無理しちゃったかもネー」

 不用意に近づいた愛宕や高雄が大きな損害を受け後退したのは聞いていた。けど、まさか戦艦にここまでのダメージを与えるなんて…近づくにつれ見えてきた金剛の痛々しい姿に、時雨は涙目になって息を呑んでしまった。右脚を引きずりながら、右手で脇腹を抑え、それでも金剛は時雨の頭を空いた左手でクシャクシャと撫で、いつと同じ太陽のような笑顔を見せると、こんなの引っ掻き傷(scratch)ダヨーと胸を張る。

 

 泊地でも戦場でも変わらず明るくポジティブな空気を絶やさない金剛に釣られ、時雨はポロッと軽口を叩いた。

 

 「頑張りすぎだよ、まったく…年寄りの冷やみぃぃぃぃぃっ!?」

 「…時雨ぇー、いい女は時間が熟成させるの(いいワインと同じなの)デース。とにかく、少佐から別命あるまで新課程艦隊を護衛しマス!!」

 

 引き攣った笑顔の金剛が繰りだした戦艦級アイアンクローでこめかみをギリギリされた時雨だが、安堵の溜息とともに泣き笑いの表情を浮かべている。なお、往時の実艦の艦歴を艦娘の年齢とするかどうかには議論があるが、仮にその場合は金剛は全艦娘中でも最年長クラスだったりする。

 

 

 

 「…………という状況かな。新課程の五人はとりあえず無事。でも……心配なのは涼月ダヨ……」

 「能代と交戦したそうだが、損傷状況は?」

 「ンー……私はちょっとダケ。でも涼月は……艦娘同士で戦うのは、誰だって心が痛みマス。ちゃんとケアしてくださーイ」

 

 長く伸びた戦線の制空権を敵に渡さなかった蒼龍と飛龍、二対四の劣勢ながら敵前衛艦隊を撤退に追い込んだ川内と朝潮、敵旗艦空母棲姫への攻撃を成功させた赤城……皆の獅子奮迅の活躍で敵を後退させた今こそ、新課程艦隊を救出しあすか改に収容する好機となる。

 

 全体として作戦は順調に推移していると多くの艦娘が感じ、戦闘中の部隊はもちろん、あすか改で待機している艦娘達も次の指示を待っている。だが指揮を執る日南少佐の表情はいま一つ冴えない。初めて指揮を執った連合艦隊編成だが、戦線が伸びてしまい戦力を効果的に集中できなかったからだ。

 

 一方で有栖宮大将率いる横須賀鎮守府は、大規模侵攻(イベント)『第二次ハワイ沖作戦』に部隊を派遣しながら、降って湧いた深海棲艦の奇襲を浦賀水道と東京湾を要塞化した強固な防御陣で迎え撃ち、教導艦隊の後を受ける形で満を持して進軍を始めた横須賀連合艦隊が敵を追撃している。自分も深海棲艦も、結局は有栖宮大将の掌で踊っていたようなものだと、少佐はほろ苦く表情を歪める。

 

 「未熟、だな……」

 

 誰にも届かない、少佐の自嘲気味の小さな呟き。結果オーライとは言いたくないが、進んでいる作戦を完遂させる方が先、と気合を入れ直した。

 

 「金剛、川内と朝潮と合流した後は撤退戦だ。全五名は各自一人ずつ新課程艦隊の艦娘を抱えながらあすか改に帰投してくれ」

 

 

 

 「では回収した新課程艦隊を引き渡すため金田港に回航すればいいのですね」

 

 三浦半島南部の予備港湾施設で待機する技本のエンジニアに新課程の艦娘を引き渡すよう指示を受けた日南少佐は、釈然としないものを感じていた。

 

 第三世代艦娘の開発改装に関わった技本の関係者は失脚したり収監されているのに、一体誰が彼女達のメンテを行うのか? と言っても技本の人事を知悉している訳でもなく、何より母艦上で暴れられても困るので、指示に従う他ないのだが…。

 

 「すみません、担当エンジニアの方の職氏名をご教示ください」

 

 スピーカーからは一瞬言い淀むように息を呑む音が聞こえ、困ったような色を載せた声が質問に答えると、一方的に通信は打ち切られた。

 

 「にし…じゃなかった、Dr. モローです。そ、それではこれでっ!」

 

 師尾(もろお)博士、か……と、微妙に間違った形で名前を記憶に留めた日南少佐だが、それでも何かが引っかかる。横須賀鎮守府の指示命令系統を考えれば、大将の秘書艦・陸奥からこの手の連絡が入るはずだが、通信相手は大鳳型装甲空母一番艦の大鳳だった。横須賀鎮守府は敵艦隊の追撃戦の真っ最中でもあり、代行なのだろうか? いや、念のため確認した方がよいのか……と続いた思案は、鹿島の声で中断させられ、次の行動へと移ることになった。

 

 「少佐、赤城・蒼龍・飛龍(空母部隊)が到着しました! これより収容作業に入ります!」

 

 収容作業の陣頭指揮と出迎えに向かうため席を立った日南少佐は、鹿島と吹雪を伴い後部甲板に向かい歩みを進める。

 

 

 ウェルドックを持たないあすか改だが、航行中でも艦娘の収容を容易にするため、艦尾から海面に緩傾斜で伸びる六本のレールとその上に敷かれるスロープを展開できる。往時の水上機母艦の神威に装備されたハインマットを参考にしたもので、帰投する艦娘はスロープを歩いて後部甲板まで上がり、そのままヘリ格納庫を改装した艦上工廠へと向かう。マットの巻取りと洗浄の手間を省くため強化プラスチックの歩板でできたスロープは使い捨てだが、環境負荷を考慮し生分解性の素材が用いられている。

 

 被害は軽微だが艦載機の消耗の激しい赤城・蒼龍・飛龍(空母部隊)をまず収容、あすか改で待機中の軽空母部隊と入れ替えエアカバーを維持。祥鳳・瑞鳳・千歳・千代田が展開する直掩隊の傘の下、被害の大きい重巡隊は収容し高速修復材を併用して入渠中。一連の慌ただしい作業がひと段落した所に、新課程艦隊の艦娘を連れて金剛を中心とする部隊が戻ってきた。

 

 「He-y 少佐ァー、私、中破しちゃったヨー」

 

 左脇に抱えていた新課程の艦娘を出迎えに来ていた榛名に預けた金剛が、ボロボロの制服をはだけたままに二パッと笑う。

 

 何がちょっとだけだ、と少佐は眉を顰めたが、それでも中破と聞いて安堵の溜息を零した。中破と大破では深刻度が段違いだからだ。艦娘の制服は霊的加護の付与された爆発反応装甲(リアクティブアーマー)のようなもので、艦娘が攻撃を受けると身代わりとなりポロリする(破壊される)。中破までは制服で身体への被害を最小限に抑えられるが、それ以上は身体に大きな被害が及ぶ大破、それでも無理をすれば轟沈へと繋がってゆく。

 

 「ケアしてくださーイ! …結構、堪えたからネ……」

 

 いたずらっぽくウインクした金剛は少佐に近づこうとして……遠ざかる。

 

 「金剛お姉様も早く入渠しないと! 高速修復材は準備してありますから早くっ!」

 

 姉の身を案じてか、あるいは違う意図があるのか、ひきつった微笑みを顔に貼り付けた榛名が金剛を引き留める。Noooo! と叫ぶ声を残し、新課程の艦娘を小脇に抱えた榛名の手で、金剛は工廠へとずるずる引きずられていった。

 

 

 収容作業も終了に近づきようやく気持ちにゆとりの出た日南少佐は、制服の詰襟を緩め首元に風を導くが、表情はどうしても曇ってしまう。新課程艦隊の救出に向かった高雄・愛宕は大破すれすれ、金剛・涼月が中破、時雨が小破と、手負いの二人相手にひどい有様だ。Mod.Bを発動した新課程の艦娘の攻撃力は想定を遥かに上回り、もし相手の稼働艦があと一名いたら味方の損害はさらに大きくなり、救出活動に支障が出ていたかも知れない。

 

 「艦娘、か……」

 

 それは短く重い一言。持てる力が強大な分、その心根が純粋な分、力の向け先次第では艦娘の存在さえも歪めかねない。全ては艦娘と共に在る指揮官に掛かっている。何を望み、どこへ行こうとするのか―――。

 

 

 「艦娘(それ)でも……涼月は…涼月、です……」

 

 か細く消え入りそうで思い詰めた声が耳を打ち、日南少佐は振り返る。

 

 

 

 日南少佐の目の前には、所在無さげに儚げに立つ涼月。思わぬ形で余儀なくされた近接戦闘で大きなダメージを負い、特に両腕の状態は酷そうだ。ああ、だからなのか……と少佐は納得しつつも視線を逸らしていた。

 

 中破した姿、ダークグレーのコルセットも羽織っているケープコートも半壊し、上半身のインナースーツも激しく破損しているため、何というか…中身がほぼ丸見えになっている。にも拘わらず隠す素振りがないのは、損傷した腕が動かせないほど酷いのだろう、と少佐は理解した。実際、ほぼ無傷の川内が涼月の代わりに新課程の艦娘を二人回収していたくらいだ。なら背を向けるなりすればいいのに、と思いつつ、制服の上着を手早く脱いだ少佐は涼月の肩に掛けようと近づいた。

 

 どんっ。

 

 銀髪を揺らし飛び込んできた涼月は、そのまま日南少佐を甲板に押し倒し、胸に顔を埋めながら嗚咽し始めた。涼月の行動に当惑しながらも慌てて起き上がろうとした少佐だが、途切れ途切れに涼月が漏らす言葉に動けなくなった。

 

 

 「作られた体に宿る…仮初の魂。それでも……私には私だけの想いがあって…。でも…それさえ……戦のために差し出すのが第三世代……それが艦娘のあるべき姿……なのでしょうか? お願い…です、涼月を……涼月のままでいさせて……それは…貴方にしか…できないこと……」

 

 

 思えば呉への出張以来、涼月は望むと望まざると第三世代艦娘と関わりが深く、その度に自分自身の存在を自問自答する、させられる機会が多かった。その彼女が傷つき悩みながら辿り着いた、答でも問でもある心の声。涼月が自分に寄せる想いの種類も、彼女が何を望んでいるのかも、気づかないほど日南少佐は鈍くはない。それは涼月だけでなく―――艦娘の数だけ求める在り方があって、自分は必ず何らかの形で深く関わっている。

 

 ふっと柔らかく微笑んだ後、日南少佐は両腕を動かし手を涼月の肩に置く。手の重さにハッとしたように涼月が顔を上げ、涙に濡れた空色の瞳を少佐に向ける。

 

 「…今はまず、入渠してくれないか」

 

 少佐は涼月に手を貸し立ち上がらせると、背中に手を回し支えながら工廠へ向かいゆっくりと歩き出す。そして涼月の耳元に唇を寄せ、小さく囁いた。

 

 涼月は一瞬きょとんとした後、少佐の言葉を噛み締め、心からの笑顔で嬉しそうに、先ほどまでと違う種類の涙を流しながら何度も頷いていた。かつて轟沈してもおかしくないほどの損傷を何度も負いながら必ず母港へ帰投した涼月にとって、いや、全ての艦娘にとって大切なその言葉。

 

 ――おかえり。これからもずっと一緒だから。


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