それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 涼月。



Intermission 9
111. 飾りじゃないのよ指輪は


 横須賀での戦闘終結後、日南少佐と教導艦隊はホームグラウンドの宿毛湾泊地へと帰投した。この後は整備休息を経ていよいよ新任地へと旅立つのだが、彼を取り巻く環境は相も変わらず騒がしく、あるいは水面下で変化を見せていた―――。

 

 

 「よろしいでしょうか?」

 淡いワインレッドのブラウスとロングプリーツスカートを白い割烹着で覆う間宮が桜井中将の元を訪れ、人払いを頼んだ。宿毛湾泊地本部棟、中将の執務室にこの時いたのは秘書艦の翔鶴のみ。

 

 通信監視を担う内部監査員で、宿毛湾の指揮命令系統に直接は属さない間宮が桜井中将の元を自分から訪れることは珍しく、加えて張り詰めた真剣な表情。顔を見合わせていた中将と翔鶴だが、話の方向性を敏感に感じ取った。決して良い話ではない、と。

 

 間宮は目で翔鶴に退出を求めるが、翔鶴は重要な話題なら秘書艦であり艦隊総旗艦の自分も知るべき、と抗して引き下がらず、中将の執務室に緊迫した空気が満ちてゆく。

 

 「翔鶴、先ほどの話をどう日南君に伝えるか、少しリフレッシュしながら考えてはどうかな?」

 

 中将にまでそう言われては仕方なく、翔鶴は小さく溜息を吐き執務室を後にする。重い音を立てドアが閉まり、気配が遠ざかるのを確かめてから、間宮は口を開いた。

 

 「ご理解いただきありがとうございます、中将。本来私は直接的な関与を避けるべき立場ですが、今回はそうも言えないと判断しまして…。横須賀での戦闘行動中に、あすか改(ASE6102)がハッキングされた痕跡が発見されました。横須賀のチャンネルを巧みに偽装していましたが、明らかに外部の手によるものです」

 

 「そうか……それを今になって言い出す意味は?」

 

 既に日南少佐と教導艦隊は帰投しているのだ、まして戦闘中に起こった事なら即応しなければ場合によっては命に関わる……中将が目を細め間宮を見据える。並の艦娘なら震え上がるだろう鋭さだが、間宮は臆することは無い。ただ、少し気まずそうに目を逸らし、少し言い訳気味のような口調で話を続ける。

 

 「ここまで高度な通信データの暗号化技術は見たことがなく、通信傍受記録に感じた違和感を確信に変え、解析するのに相当時間を要したもので……。結果は純粋に通話でした。外部の何者かが戦闘指揮中の日南少佐にコンタクトを取った、それが現在分かっている事実です。これだけでも監査上問題になりますが、それにも増して---」

 

 「……間宮、この件はどこまで?」

 

 続く説明を聞いた桜井中将は片眉を顰めながら短く反応する。

 

 「横須賀鎮守府では緘口令が敷かれ、すでに海軍特別警察隊(特警)が動き出しているようですが、日南少佐本人には戦闘行動中で陣頭指揮を執っていた明確なアリバイがあります。それに、横須賀の通信傍受班はあすか改に外部から接触されたことを感知していません。ただ、あくまでも今の所です。この件が明らかになれば、少佐との間に何らかの関係を疑う動きが出ても不思議ではありません」

 

 間宮だから掴めた異常が起きていた……深く感謝しつつも間宮の危惧する点を正確に理解した桜井中将は、珍しく困惑した表情を顔に出した。両手を頭の後ろで組み、椅子の背凭れに大きく背中を預けながら独り言のように呟きを残す。

 

 「日南君……まったく君は身の上も身の下もなかなか落ち着かない男だな…」

 「翔鶴さんとされていたお話ですね? 身の下話だなんて……藤崎大将に怒られますよ?」

 

 本気とも冗談ともつかない中将のぼやきを聞いた間宮が、思わずクスクスと笑い出し混ぜっ返す。

 

 

 

 桜井中将の執務室を半ば追い出された格好の翔鶴だが、今日は特に予定もない。どうしようかしら、と細い顎に人差し指を当てながら考えていると、くぅ~と小さくお腹が鳴ってしまった。体のリクエストに素直に従った翔鶴が向かったのは、主が現在桜中将の元を訪れている甘味処間宮だった。間宮が不在でも、腕は勝るとも劣らない伊良湖が店を切り盛りしている。

 

 カラカラと音を立て横開きの扉を開け、大勢の艦娘で賑わう甘味処間宮を覗き込む。きょろきょろ探して空いてるテーブルを見つけると着席。しばらく待ってテーブルに届いた餡蜜に舌鼓を打ちながら翔鶴がぽろっと零した言葉は、水面に落ちた石が波紋を広げるように伝言ゲームのように浸透していった。

 

 

 「日南少佐も二〇代半ば…お年頃ですもの。それにしても…結婚かぁ」

 

 

 以前日南少佐が断ったつもりの、第二軍区を率いる藤崎大将の孫娘との見合い話である。一介の佐官に過ぎない日南少佐の意見は『取り敢えず会ってから考えればよい』と大将に一蹴され、近々その孫娘が宿毛湾を訪問するという。

 

 それが桜井中将と翔鶴が話し合っていた内容だった。どうやって日南少佐に伝えようかを考えるはずが、翔鶴は自分と中将の事に思いを馳せ、それがそのまんま口から出ていた。

 

 こういう話題になると、艦娘達の耳は四式水中聴音機よりも四二号対空電探よりも鋭敏である。特に教導艦隊の艦娘達にとっては、ケッコンカッコカリ以外に思い当たるものはない。翔鶴が甘味を無邪気に楽しんでいる間に、それぞれに行動を開始した。すぐさま間宮を後にする者、ケータイを取り出してL●NEを始める者、きゃーきゃー大騒ぎする者、一気に想像が花開いたのか鼻血を垂らして真っ赤な顔をする者まで様々である。

 

 

 そして--――。

 

 

 「誰よ誰、誰誰誰誰?? ヅホ知ってる?」

 「ちょっと意味分かんないんですけど?」

 

 往時の大戦で同僚だった期間が長く最期も共にした瑞鶴と瑞鳳は、本隊と教導艦隊という枠を超え随分と仲が良い。そんな瑞鶴から届いたメッセに瑞鳳は首を傾げ、しばしやりとりが続く。主旨を掴んだ瑞鳳は肩をプルプル震わせると、バイト●のCMのように見事なバンザイジャンプで喜びを爆発させた。

 

 「やったねお姉ちゃんっ! 卵焼きでウェディングケーキ作るの難しそうだけど、頑張るね!!」

 

 相手を姉の祥鳳と決め込んだ瑞鳳が、姉にエモコン満載のメッセを送って困惑させてみたり。

 

 

 「ふむ……浜風はどう思う?」

 「何がですか? 目的語無しに話されても…」

 

 読んでいた本をパタリと閉じた浜風が、唐突に話題を振ってきた磯風に視線を送る。ソファの上に胡坐をかいて座る磯風は、顎を手で支え考え込む態で選択肢を浜風に提供する。

 

 「他でもない、少佐とのケッコン話だ。白無垢かウェディングドレスか、いや……少佐はああ見えて制服を征服したい年頃かも知れぬ。何を着てもどうせ最終的には脱ぐとはいえ、最初から大破状態というのも慎みに欠ける。なので浜風、この磯風に最も似合う装いについて意見を聞かせてもらおうか」

 「えー……」

 

 磯風に身も蓋もない話を一方的に捲し立てられ、浜風が相槌マシーンと化してしまったり。

 

 

 「昇進、任地決定ときて今度は嫁取りですか……赤城さんも第二次改装が可能になるようですし、少佐とはお似合いですね。気分が興奮…じゃなく高揚します」

 

 当の赤城はといえば、甘味処間宮に端を発した騒ぎなど知らず、弓道場で一意専心修練に励んでいた。そこに本当に珍しく血相を変えて駆け込んできた加賀が、料理は食べるだけなく作ることも覚えないと、などと新妻の心得を懇々と説き始めた。怪訝な表情で加賀を宥めた赤城だが、そのうち話に追いつき、爆発しそうなほど顔を真っ赤にしてフリーズしたり。

 

 …といった具合の騒ぎは無論これだけで済むはずもなく、教導艦隊だけでなく宿毛湾本隊も含め、多くの艦娘は色めき立っていた。

 

 その理由はただ一つ、今回は(実際は誤解も甚だしいのだが)、日南少佐にとって初めてのケッコンカッコカリになるからだ。

 

 戦力強化のシステムに特別な意味を求めること自体が無意味かも知れず、実際絆の象徴とされる指輪だって指揮官が自腹を切れば所属艦娘の数だけ購入可能。

 

 多くの艦娘は、最初の一人になれることに大きな意味を感じている。たった一組だけ軍が公式に支給するリングは、艦娘にとって自分が誰かの特別な存在だと感じさせてくれる、数少ない形あるものと認知されている。

 

 だから気になる。それは誰なのか? だが、盛り上がったあまり、肝心な事ー教導艦隊所属の艦娘は誰も練度上限に達していないーを忘れてる者も意外に多かった。

 

 

 

 渦中の人物でありながら、恐ろしいことに起きている騒ぎを知らない日南少佐は、執務室に籠りラップトップに向かい合い報告書の作成に追われていた。

 

 戦闘詳報は有栖宮大将へ、出張報告は桜井中将へそれぞれ提出、敵味方の編成情報を軍用基幹システム(MRP)にアップロード、消費した資材の数量確認は秘書艦ズに頼んでいるが、最終チェックは自分でしなければならない。さらに鹿島を教導艦隊へ転属させるための申請書も書く必要がある。何より新任地へ部隊ごと引っ越すための物理的な準備も必要だ。

 

 とはいえそこは日南少佐、横須賀から宿毛湾への帰投中にあらかたの報告書関係は下書き(ドラフト)を済ませ、帰投してすぐに完成させた。今手掛けているのは、ある意味最も難しい、別命として中将から指示のあった横須賀新課程艦隊に関する詳細をまとめたレポート。

 

 演習開始から深海棲艦との交戦までは書き終え、残りは新課程艦隊の回収から宿毛湾帰投に至る間の出来事。

 

 左右に頭を振りコキコキと首を鳴らした少佐は、改めて内容の整理を脳内で進めるため記憶を辿るように思い出す。

 

 

 

 教導艦隊が横須賀新課程の艦娘の回収に成功した辺りまで、時間は遡る―――。

 

 久里浜から津久井浜を経た弓状に延びる砂浜の終点、三浦半島中南部に位置する金田港で、白衣の裾を風に遊ばせる一人の男が埠頭に視線を送りながら立っている。

 

 男の存在は、封印指定された技本の記録にのみ残るはずだった。

 

 時間軸で言えば深海棲艦の攻勢が今より激しかった過去のとある時期が、男の表向きの活動期間。敗北の恐怖に怯えた艦隊本部と未知の探求に餓えた技術本部が倫理を度外視し癒着、繰り返された数多の人間と艦娘の犠牲を生んだ非道な実験において、男は中心的な役割を担っていた。その技術的成果は、技本の急進派が起こした大規模内乱の『北太平洋海戦』に投入され猛威を振るった。

 

 仁科(にしな) 良典(よしのり)()技術大佐―――狂気の天才と称される技術本部の俊英。北太平洋海戦に参加したが戦闘終盤にパートナーの大鳳を伴い戦場を出奔、以後の動向は公式には不明とされている。だが、Dr.モローと名を変えた彼が大鳳とともにハワイにラボを構え、非合法な実験や生活家電や人間の修理改造を愉しみながら悠々自適に暮らしているのを、知る人は知っている。

 

 その彼だが、先日まで行われた大規模侵攻(イベント)『第二次ハワイ沖作戦』を無事成功させ帰途に就く艦隊に紛れ込み日本へやってきた。

 

 横須賀鎮守府の膝元ともいえる場所に飄々と立つ彼の元に、小さな足音が近づいてゆく。茶色のボブカットを揺らす小柄な少女が、髪の乱れを気にしながら遠慮気味に声を掛けてきた。()技本実験艦隊の旗艦にして、仁科大佐に寄り添い共に在り続ける艦娘、大鳳型装甲空母一番艦の大鳳である。

 

 「えっと大佐……じゃなかった、Dr.モロー、あすか改(ASE6102)へのハッキング成功です、まもなく金田港(ここ)に入港するものと思われます」




登場人物補足

仁科大佐:拙作『逃げ水の鎮守府』に登場した中ボス的立ち位置の技本の技術者。通称へんたいさ、あるいは偽名 Dr. モロー。

※今回のIntermissionは、犬魚様『不健全鎮守府』に仁科大佐が登場した際の設定の一部を逆輸入させて頂いております。

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