それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 前話で丸二年、なのにへんたい回とは…。


113. Call of Destiny

 「……それは何というか、ある意味得難い体験をしたものだね、日南君」

 「技本にはエキセントリックな方が多いと中将から伺っていましたが、まさかあれほどとは…」

 

 とさっと軽い音を立て、桜井中将は途中まで読んだ紙の束から目を離し、デスクの上に置く。

 

 宿毛湾泊地本部棟、何とも言えない表情を浮かべているのは桜井中将と日南少佐である。話題は、少佐が提出した横須賀新課程艦隊に関する報告書について。少佐は彼が知り得た詳細を時系列に沿って記述している。

 

 始まりは呉鎮守府を舞台に開催された技術展示会、第三世代艦娘の開発に当たった武村技術少佐と広報を担った橘川特佐、第三世代艦娘の初期型になる磯風・浜風・雪風と出会った。

 

 第三世代の名とは裏腹に欠点強化の劣化モデルとまで揶揄された彼女達の、成長の可能性を信じて臨んだ東部オリョール海域解放戦。

 

 今回の横須賀出張中に起きた深海棲艦の連合艦隊との激突。武井技官の後任・笹井技術少佐の艦娘観、新課程を指揮する秋川特務少佐の苦悩に触れ、命令を無視して突出した改良型第三世代艦娘から成る横須賀新課程の救出作戦を強行。

 

 安全性を度外視した上限解放機能-Mod.B-により荒れ狂う彼女達を、被害を受けながらも確保し撤退に成功。

 

 そして報告書の後半は完全にDr. モローの話で占められた。白いブーメランビキニだけをまとった体をボディペイントで飾り、顔をバタフライマスクで覆った男の様子を描写しているうちに、日南少佐は何やってんだろ……と疑問に思いつつ、新課程の艦娘を引き渡すため寄港した金田港での邂逅について詳述を続けた。

 

 「新課程の艦娘を受領するとの話でしたが、結局自分達が横須賀鎮守府まで送り届けました。彼女達の検査を終えた後、何と言いますか、Dr.モローはすっかり興味を失ったかのようでした」

 

 だが―――桜井中将が表情を改めたのを受け、日南少佐も威儀を正す。内容は分からないが、恐らく極めて重要な事が語られる、中将の雰囲気がそう告げている。そしてそれは日南少佐が想像さえできない物だった。

 

 

 「日南君、落ち着いて聞いてほしい。君が報告書中で名を挙げた第三世代艦娘関係者だが、横須賀艦隊と君が深海棲艦と戦っている最中に武村・笹井の両技官が行方不明になった。しかも笹井技官に至っては営倉内から拉致されたようだ」

 

 

 人間は驚きすぎると声も出なくなる。中将の話を聞いた日南少佐は大きく目を見開いて息を呑むしかできなかった。カラカラに乾いた口の中で唾を絞り、辛うじて飲み込むと予想外に大きな音が鳴る。日南少佐の動揺が収まるのを待って、桜井中将が話を続け出す。続く話がさらなる動揺を彼に齎すのは理解しているが、言わずに済む話でもない。

 

 「Dr.モローの通信は横須賀のチャンネルを偽装したものと判明した。そしてそのDr.モロー(不審者)だが、技本のデータベースに職氏名の登録はあるが、報告にあった外見上の特徴とは似ても似つかない人物……ともかく、君は事件の陰で存在しない人物と会っていたことになる。これが意味することは理解できるね?」

 

 「………自分が事件に何らかの形で関与している、と疑われる状況証拠になり得ます」

 

 「この件で横須賀は緘口令を敷き、特警も動いているが、君とDr.モローの件はまだ掴んでいないようだ。それほど巧みで強固な暗号化通信を用いるような相手だが、間宮が辛うじて発見したんだ」

 

 血の気が引き蒼白になった顔色で、強張った唇を動かしやっと言葉を絞り出した日南少佐に対し、組んだ脚を組み替えた桜井中将は、ずいっと身を乗り出すと、少佐の目を覗き込みながら切り出した。

 

 「日南君、君は第三世代艦娘と関わり持ち始めて以来、様々な事に巻き込まれ、技本に対して控えめに言って良い印象は持っていない。だが、だからといって技本の関係者に害を成したり、ましてそのために外部の何者かを引き込んだりしない。そうだね?」

 

 「無論です」

 「分かった」

 

 ある意味では形式的なやり取りかも知れない。それでもお互いに深く信頼を置く上司と部下の間で交わされる言葉には、何にも増した重みがある。重々しく、桜井中将が続ける言葉にさえ、日南少佐はむしろうっすら微笑みさえ浮かべ応じた。

 

 「なら…私は君に回り道を強いる事になるが、任せてくれるか?」

 

 この一件でDr.モローとの通信記録が発見されると、日南少佐の立場は極めて不利になる。戦闘指揮中という動かぬアリバイがある以上容疑者にはなり得ないが、正体不明の外部者と接触した事実は、少なく見積もっても彼を最重要参考人にしてしまい、以後のキャリアに大きな影を落とすだろう。少佐の所属が第二軍区管轄の今しか打てない手を打つ……それが桜井中将の判断で、そのためには―――。

 

 桜井中将、そして間宮の策を理解した日南少佐は特に反論もなく同意し、中将の執務室を退去しようとする。厚みのあるドアの前に立ち、ドアノブに手を掛けようとした少佐は、振り向かずに初めて問いを発した。

 

 「どうして……どうして中将は自分のためにそこまでしてくださるのでしょうか?」

 

 ふっと寂し気に目を細めた桜井中将の本心の吐露は、ドアに向かい立つ日南少佐の肩を震わせるのに十分だった。

 

 

 「……翔鶴のため、と言ったら君は笑うだろうか……。私と翔鶴は言うまでもなく人間と艦娘で、どれだけ望んでも子を成すことはできなかった。……ごめんなさい、と何度も泣かれたよ。だから翔鶴も私も、司令部候補生を自分達の子供のように思っているんだ。そして大切な子が手に余る理不尽に晒されたのだ、親が身を呈し庇うのは当然だろう」

 

 

 

 そして報告書に書かれることの無い、日南少佐が金田港を後にした後の話―――。

 

 「たいさ……じゃなかったDr.モロー、冷えてきますので何か着ては…」

 「気を使わせましたか大鳳……ふむ、来たようですね」

 

 金田港の突堤に立ち夕陽に照らされながら潮風をブーメランビキニに受ける仁科大佐(Dr.モロー)だが、大鳳は気を使ったのではなく目のやり場に困っていた。見慣れてると言えばそうだが、透過性が高い白地の布が赤い夕陽に照らされパンイチが透けパンイチになると流石に……。

 

 仁科大佐の声に振り返った大鳳の視線の先には誰もおらず、ただ不自然に、まるで透明なマントが風に揺れるように空気が揺らぎ、突堤には拘束されたびしょ濡れの男が二人-武村笹井の両技官-が無造作に転がされている。

 

 「久しぶりですねぇ、直接相見えるのは私が貴方の命を救ってあげた時以来ですか」

 「見たくねぇ面だが、手前の両手両足をぶった切った時以来と思えば懐かしいか」

 

 皮肉めいた口調で揶揄する仁科大佐(Dr.モロー)の視線の先で再び空気が揺らぐ。光学迷彩のマントをずらし、空中に顔を覗かせた大柄の男-槇原(まきはら) 南洲(なんしゅう)が皮肉で応える。

 

 かつて海軍にMIGOと呼ばれる査察部隊があった。艦娘という存在に人間が戸惑い扱いを決めかねていた初期とは異なり、艦娘を理解した上で人間が彼女達を苦しめていた戦争中期、艦娘の権利保護のため槇原南洲は査察官として各地の拠点を内偵、時には武力行使も含め不法行為を摘発していた。

 

 陰の男として艦娘を守る盾であり、同時に政治の刀でもあった彼の任務には、表沙汰にできない荒事も数多く含まれた。極め付けの不祥事…内乱を起こした仁科大佐率いる技本艦隊の追撃戦を最後にその足取りは途絶える。戦死とも病死とも言われたが、彼を慕う艦娘と、技本の負の遺産・堕天艦を守るため軍と決別し、インドネシアの島嶼群の一つハルマヘラ島に隠棲していた。

 

 いわば仇敵同士であり、それぞれハワイとインドネシアに潜伏中の仁科大佐と槇原南洲が、どうして日本で邂逅しているのか?

 

 「光学迷彩マント(これ)、手前が作ったにしちゃ随分まともじゃねーか、役に立ったぜ」

 「それは何より。貴方も良い物を良いと言えるようになったとは、多少は成長、いえ、老成しましたか」

 

 ぬかせ、と言いながら南洲は肩を竦める。この男こそ、横須賀鎮守府に潜入し第三世代艦娘に関与する二名を拉致した張本人である。彼の背中を守るように寄り添う艦娘も光学迷彩マントを纏っており姿ははっきりしないが、はみ出した明るい茶髪のお下げが二本宙に踊っている。その様子に、おや? と仁科大佐が首を傾げる。

 

 「貴方が伴うとすれば春雨かと思っていましたが、照月でしたか」

 「どうしても来るって聞かなくてよ、照月(こいつ)。多少ワケありでな」

 「わわっ! そんなことされたら顔が見えちゃうよ!」

 

 マントなどお構いなしに頭をわしゃわしゃされ照月の顔が完全に露出し、不服そうに口を尖らせ文句を言うが、南洲は気にする様子もない。

 

 「それよりも、だ……」

 

 ばさっとマントを巻き上げた南洲は、腰に佩いた刀を抜き放ち、鋭い視線を仁科大佐にぶつける。

 「手前から協力を求められて正直唖然としたがな。俺は昔も今も変わらねぇ、艦娘を玩具みてーに扱う連中を減らせりゃそれでいい。責任者二人を失う第三世代とかいう企ては早晩潰れるだろうよ。だが……こいつらをどうするつもりだ?」

 

 「教育です」

 

 両の手の平を空に向けアメリカンなポーズで肩を竦める仁科大佐が、珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべ発した言葉の場違いさに、槇原南洲も怪訝な表情になる。だがそれに続いた言葉は、突堤に転がされたままの武村笹井の両名が顔を青褪めさせるのに十分だったようだ。

 

 「第三世代艦娘と聞いて…私は自らの目で確かめようと思うほどに期待していたのですよ。レシプロエンジンに対するジェットエンジンのような、用兵の根本を変える進化を遂に艦娘が迎えたのかと、その進化を導く技術者が現れたのかと。ですがこの二人が作ったのは、私のライフワーク『堕天』の実験データを盗用した挙句のマガイモノ。技術者は自らの理論を自らの手で実証する、基本にして根本を蔑ろにするとは言語道断! ゆえにこの二人は私のラボで再教育します。彼らの理論を、彼ら自身を実験台として検証してあげましょう。おや、どうしました、そんな顔をして? 成功すればヒト由来の生体兵器の開発に道を拓くかも知れませんよ。失敗しても貴方たちの稚拙さが命を代償に証明されるだけです」

 

 長話に付き合ってられない、と途中から仁科大佐の話を無視した南洲は、大鳳ときゃいきゃい仲良く話し込んでいる照月に視線を送っていた。視線に気づいた照月は、たたっと南洲の元へ駆け寄り、指示を仰ごうとする。大した話じゃないんだが、と前置きした南洲の問いに、照月はこくりと頷いた。

 

 「結局、例の…なんつった、宿毛湾の少佐? あいつはお前がマナド襲撃の際に助けたボーズだったのか?」

 「……はい。成長してましたけど面影は残ってました。自分のしたことが無駄じゃないって確かめられて、嬉しいなぁ。いひひ♪」

 

 かつてマナドが深海棲艦の大艦隊に猛攻撃を受け壊滅した際、重囲を破り少数の避難船を救出したのは、近隣に位置するハルマヘラ島を拠点とする槇原南洲の率いる部隊だったが、日南少佐が知る由もないことだった。




登場人物補足

槇原南洲:拙作『逃げ水の鎮守府』のオリ主。かつて存在した艦隊本部付査察部隊MIGOの隊長を務めていた。色々あって現在インドネシアのハルマヘラ島に隠棲中。

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