それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回までのあらすじ。
 時雨、やらかす。日南少尉、立て直す。


016. 雨はいつか止むさ

 戦艦ル級、雷巡チ級、軽巡ヘ級に加え、駆逐ロ級二体で構成される敵主力艦隊。先に敵が優位な体勢から砲撃を加え始めた中での反撃は、砲煙をカモフラージュにする奇手で敵の目を晦ます事には成功したものの、戦いはこれからが本番となる。依然として緊張感が支配する作戦司令室で、少し気まずそうな表情で日南少尉が鹿島に頭を下げている。

 

 「鹿島…ああ、いや…鹿島教官、いくら緊迫していたとはいえ、乱暴な口をきいてしまい申し訳ありません」

 

 ふふーんと意味ありげな表情で、鹿島が強調するように胸を持ち上げる様にして腕を組む。

 「鹿島はさっきみたいな呼ばれ方の方が嬉しいかなあ。何て言うか、『俺の女』感丸出しって言うか、男らしかったですよ、うふふ♪ あ、でも今はそんな話じゃないですよね」

 

 鹿島はキャスター付の椅子を引き寄せ座ると、ヘッドセットを装着しリンク通信を設定する。作戦に参加中の全艦娘と同時接続される仕組みで、刻々と変化する戦場の状況を個々の艦娘から直接フィードバックするものだ。六人全員と接続確認を済ませ、鹿島はもう一組のヘッドセットを日南少尉に差し出す。

 

 

 

 「Fire! fire!! fire!!!」

 玉座を模した艤装から、両手で体を支えながらも少し腰を浮かせるようにし、ウォースパイトは移動しながら絶え間なく砲撃を続ける。玉座を左右から覆う艦首様の装甲に設置された38.1cm Mk.I連装砲は速射性と集弾性に優れ、砲撃開始から約7分で13回もの斉射を加えている。

 

 ウォースパイトが危惧した通り、第一斉射で齎された黒々とした砲煙は朦々と立ち込め、()()砲撃での命中は期待できない。だが日南少尉が期待した通り、往時のように軍艦サイズではなく人型サイズの艦娘六人の姿を敵の目から隠すには十二分な効果を発揮する。こちらからの砲撃も牽制程度にしかならないが、同様に相手の砲撃に的を絞らせず、さらに回避や警戒行動を強制する意味は大きく、水雷戦隊は突入の体勢を整えきった。

 

 「さあ皆さん、準備はいいですか。最大戦速で突撃します、遅れないで」

 

 薄らと儚げに、それでも目は冷ややかに微笑む神通が静かに宣言し、立ち込める黒煙の一角から飛び出す。それに続く綾波と五十鈴、そしてやや遅れて島風。上体を倒し気味にして前方投影面積を抑え風の抵抗を減らし、速度と回避を両立させながら疾走を続ける水雷戦隊は、あっという間に敵艦隊の左後方に迫る。砲撃を続けるウォースパイトへの応射で火線を右舷側に集中していた敵艦隊が、慌てて神通達に対応しようとするが一歩遅かった。

 

 「そろそろですね、五十鈴さん、ウォースパイトさんに通信お願いします。そして…島風ちゃん、一番槍を譲ります」

 「いいわ、五十鈴にお任せっ! ウォースパイトッ、偏差計算と修正射よろしくっ!」

 

 この海戦で重要な役割を担っているのは、実は五十鈴である。建造成功以来優先的に育成が図られ、既に第一次改装まで終えている彼女は二一号対空電探を装備している。対水上電探ほどの精度を持たない対空電探だが、二点間を測距するなら話は違う。日南少尉の指示で、ウォースパイトが射撃を開始した地点で測距開始、そして水雷戦隊として突撃し敵艦隊に接近してから再度測距し伝達。つまり移動中の敵艦隊はその二点間にいることになり、砲煙で視界が遮られていても、観測対象の相対的な移動速度と変位を計算し、ウォースパイトは射撃を修正できる。

 

 「五連装酸素魚雷!いっちゃってぇー!」

 そして、三人の黒髪の艦娘を追い越し、風になびく長い金髪が踊り出す。後方から最大戦速で追いかけてきた島風は、このタイミングで先行する神通達を追い抜き、射撃体勢を安定させるため、若干ブレーキをかけながらお尻を突き出すようにして上体を倒し背中を少し反らす。背負式の五連装酸素魚雷の魚雷格納筐が回転、次々と魚雷を横撃ちで放つと、すぐさま加速して遠ざかる。

 

 「突撃します、私に続いて!」

 凛とした表情の中に僅かに浮かぶ愉悦の色。やや遠方から島風が雷撃を開始したのと同時に突撃する三人。島風の酸素魚雷二本の直撃で駆逐ロ級は爆沈、それでもようやく左舷後方から迫る水雷戦隊への反撃体勢を整えた敵艦隊も激しく砲撃を加え、必死に撃ち払おうとする。

 「よく狙って…てぇえええ~い!!」

 軽巡へ級ともう一体の駆逐ロ級を相手取り、必死に敵の砲雷撃を躱しながら砲撃の機会を伺う綾波と、援護に入る島風。そして神通は、急加速と急減速を繰り返しながら雷巡チ級に接近、閃光のような右前蹴りを繰り出し動きを止める。顔の大半を鉄仮面のようなもので覆う雷巡チ級だが、予想しない近接戦闘で強烈な蹴りを叩き込まれ口元が苦悶の表情に歪み思わず上体を折り曲げる。

 

 「あなたは、優しく殺して(眠らせて)あげますね」

 その間に背後に回った神通はチ級の頭の上下を掴むと、回ってはいけない角度で強引に回す。砲声とは違う、骨の砕ける音が鈍く響き、そのままチ級は永遠に沈黙した。

 

 「げ…こっち狙う訳!?」

 五十鈴の顔色が変わる。敵味方双方一人ずついる戦艦だが、ル級はウォースパイトとの撃ち合いよりも水雷戦隊を撃ち払う事を選択したようだ。両前腕に艤装を装着した、全身黒づくめの無表情な女がゆっくりと砲身を動かし砲撃体勢に入る。巡洋艦とは桁の違う火力がそのまま自分に向けられる恐怖に、思わず五十鈴の体が硬直する。そんな時でも目だけは動き、ル級がにやり、と笑ったのを見た気がした。続いて目にしたのは、敵の発砲炎と同時に飛来した主砲弾が直撃する光景だった。ウォースパイトの主砲がついにル級に直撃弾を与えた。

 

 「たかが上部兵装を少し失っただけよ。機関部はまだ大丈夫!」

 巨大な水柱がすぐそばに立ちあがり、大きく体勢を崩し水面に倒れ込むも依然戦意旺盛な五十鈴だが、至近弾によりこの時点で中破。だがル級の左腕側の艤装も大きく損壊し、無表情だった顔が苦悶に呻いている。

 

 「この私から逃げられるとでも? イスズ、appreciate your support!」

 

 至上最高の武勲艦と称されるウォースパイトは、何が凄かったのだろうか。数々の海戦に参加し、甚大な被害を受けても戦列に復帰する強靭さもそうだが、約24kmという遠距離で敵戦艦に命中弾を与えるという移動目標に対する長距離射撃の命中記録を持つ射撃精度こそ、彼女の真骨頂である。そして艦娘として現界した今も、その長所は見事に引き継がれている。五十鈴の観測情報を元に射撃修正を行い、修正射で見事にル級を捕捉した。

 

 「さあヒナミ、私に期待していたのはカモフラージュだけかしら? 倒してしまってもいいのでしょう? シグレ、前進しますよっ」

 

 

 

 「―――戦艦ル級中破、軽巡ヘ級小破、残りは撃沈か。そしてこっちは、中破が時雨に五十鈴、小破が綾波と島風とウォースパイト、神通は無傷か…。状況は分かった、夜戦まで待つ必要はない。時雨、再突入の指揮を取ってくれるかな。雷撃戦で一気にカタを付けてくれ」

 

 「日南少尉…本当に、ボクでいいのかい?」

 不安げな時雨の声がスピーカー越しに響く作戦司令室。少尉はその問いに直接答えず、短く、しかしはっきりと応える。

 

 「港で待ってる。時雨が、全員が帰ってくるまで」

 

 

 

 涼しくなった夜風を受けながら、日南少尉は港に立ち、夜空と溶け合う黒い水平線を見続けている。その隣には携帯用通信機を肩掛けした鹿島が寄り添うように立っている。

 

 既に鎮守府正面海域と南西諸島沖の解放に成功しているが、今回は意味が違う。戦艦ル級という難敵、戦闘開始直前での作戦変更、何より、日南少尉自身が明確な意思で指揮を執った初めての戦い。教官を務める鹿島にしても、候補生のサポートだけではなく、自分や姉の香取が教え続けた艦娘達が指揮官の強い意志の元、本当の意味で初めて一つになって臨んだ戦い、だからこそ勝利を掴んでほしかった。

 

 通信を通して既に勝敗は知っている。敵艦隊殲滅、文句なしの結果に作戦司令室は歓声で満たされた。雷撃戦に直接参加できない中破した時雨と五十鈴は敵に的を絞らせないため動き回り、時雨を狙った軽巡ヘ級の雷撃をウォースパイトが身を呈して庇い大破したが、その間に神通に綾波と島風の一斉雷撃でル級とへ級の撃沈に成功した。

 

 夜戦を待つことなく、打って出る時は打って出る-日南少尉の判断力に合格点を与えた鹿島だが、覗いていた大型の双眼鏡を離すと、夜目にも輝く笑顔で日南少尉に訴える。

 

 「日南少尉っ、時雨ちゃん達ですっ!」

 

 人間より遥かに優れた感覚器官を持つ艦娘の目には、夜間の水平線に現れた艦隊を見つける事ができたが、日南少尉がその目で確認できたのは、六人が宿毛湾泊地の港湾管理線を越えたあたりだった。

 

 神通を除き、程度の差はあっても損傷を負っている艦娘達。突堤脇のラッタルから最初に陸に上がってきたのは、時雨だった。本人は相当渋っていたが、他の五人に無理矢理背中を押され、今にも泣き出しそうな表情で、外跳ねの髪も元気がない。

 

 「…艦隊、帰投したよ。損害状況は通信で連絡した通りで変更なし。今度は…本当だよ」

 敬礼の姿勢は取っているが、時雨はどうしても日南少尉と目を合せられず目を伏せてしまう。

 「時雨、言ったよね。自分は君を叱らなきゃならない。どうしてか分かるかい?」

 

 とても静かで、それでいて心に通る問いかけ。時雨は一瞬何かを堪えるにぐっと唇をかみしめたが、ゆっくりと答え始める。

 

 「虚偽報告をしたから」

 「違う」

 「作戦を予定通り遂行できなかったから」

 「違う」

 「あのままだと、少尉が僕を轟沈させちゃうかも知れなかったから」

 「それはそうだが、それも正確ではない」

 「じゃあなんなのさっ」

 

 

 「君が自分を大切にしないからだ」

 

 焦れた時雨が反駁したが、きょとんとした表情で固まる。目の前の日南少尉は静かな表情だが、断固たる意志を感じさせる強い目をしている。一歩ずつ近づいてくる少尉から時雨は目を離せず、ついに二人の距離は縮まった。

 

 「艦娘は過去の記憶に影響を受けているんだろう? けれど、だからと言って今の自分の生き方を過去に合せる必要はない。過去は過去で向き合い、その上で現在そして未来を一歩ずつ作り上げていけばいい。自分は君達艦娘からそれを教わったんだ。時雨、君の生きる時間は過去にしかないのかい?」

 

 ぽすん。

 

 時雨が日南少尉の胸に頭を預ける。

 

 「し、時雨?」

 「君は…ズルいよ。そんな叱り方をされたら、何も言えないじゃないか………ごめんね」




 ここまでで第一部が終了となり、次回から次の展開に入る予定です。

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