それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 ハンモックナンバー第三位、やればできる子。


Intermission 1
017. 例えばこんな休日: 前半


 「結果的に無駄骨になって良かったと思うが、ご苦労だったね翔鶴」

 「いえ…ですが、少々過保護ではありませんか? 1-3(製油所地帯沿岸地域)で、しかも戦艦を加えた戦力ですよ? 私を含めた機動部隊で後詰にあたらずともよかったのでは?」

 二人だけの執務室で、お茶を飲みながらソファーで寛ぐ桜井中将と秘書艦の翔鶴。今日の話題は日南少尉の指揮した製油所地帯沿岸海域の戦い。あの戦いで、少尉を含め教導部隊は知らない事だが、桜井中将は秘書艦の翔鶴を旗艦に、瑞鶴と大鳳、秋月と照月、長門からなる宿毛湾最強の機動部隊を後詰で派遣していた。万が一教導部隊に甚大な被害が生じた際、すぐさま敵を屠れるよう、村田隊長率いる天山一二型を中心とした強力な攻撃隊が準備していたが、日南少尉の指揮の元、教導艦隊は敵主力部隊を殲滅し翔鶴達に出番はなかった。

 

 無言のまま微笑んだ桜井中将は、テーブルの上のお茶に手を伸ばし、ずずっと啜り、翔鶴に問いかける。急に思いがけない事を聞かれ、口に羊羹を加えたまま、翔鶴はむぐっと固まってしまった。

 「そうか? 翔鶴は思いのほか日南少尉に厳しいようだが?」

 「そ、それは…あなたがかつて瑞鶴の驕りを正してくださったように、ですね。その…才能のある子は、早いうちから道を間違えないように…」

 

 結局二人とも何だかんだ言って日南少尉のことを認め、正しく歩んでほしい、そう願っている。杖を手にしソファーから立ち上がった桜井中将は翔鶴の隣へと移動し、そっとその肩を抱く。ごく自然に頭を肩に預ける翔鶴の表情が柔らかく嬉しそうに変化する。

 「俺達も随分と長い事一緒にいるよな、もし、俺たちに子供がいたら…つい、日南少尉をそんな風に見てしまって、ね…」

 「………………はい、私も同じことを考えていました…………」

 

 しばらくの間、二人はお互いを労わるように寄り添っていたが、翔鶴が口を開く。

 

 「…あなた、今回の出撃に要した資材類ですが…日南少尉に課金(チャージ)してもいいのでしょうか?」

 「え………や、それはさすがに…」

 驚いて思わず体を起こした桜井中将に、小さく舌を出した翔鶴がいたずらっぽく微笑む。

 「冗談、ですよ」

 

 

 

 さてその日南少尉だが、今日が休日と言う事もあり、昨夜からほとんど徹夜で夜明け間際を迎えていた。

 

 話を前日に戻そう。

 

 万全を期してウォースパイトを投入した前回の戦いは、彼女の期待通りの働きもあり見事勝利を収めた。一方で、彼女の出撃は、まだ覚束ない足取りで進む教導艦隊の財政事情(フトコロ)を直撃した。燃料弾薬だけならまだしも、時雨をかばい大破したウォースパイトの入渠にかかる資材は馬鹿にならず、もし翔鶴が本気でバックアップ時の資材を請求していたら、教導艦隊は一時的に開店休業になったかもしれない。そういったこともあり、日南少尉は支出を賄うべく効率的な遠征計画を一人で立てていた。こういう時頼りにしたい秘書艦の時雨は感性重視のタイプで、数字のタテヨコナナメを合せるのにはあまり興味がない様子。午前の任務を終えてからずっとデスクに張り付いている日南少尉を尻目に、一八〇〇(ヒトハチマルマル)頃、

 

 「僕もお手伝いができたらいいのに」

 

 と飄々とした台詞を残し執務室を後にした。もっとも、差し入れのお握りを持って戻ってきて、肩を揉もうと申し出て断られるなど、時雨なりに出来る事で少尉を手助けしようとしていた。とはいいながら、二二〇〇(フタフタマルマル)にもなると、ソファーでうとうとし始めたので、日南少尉は時雨を部屋に帰し、それから一人で仕事に取り組んでいた。

 

 そして明け方も近づく〇四〇〇(マルヨンマルマル)、少尉は取りあえず諦めた。

 「ダメだ、ひと眠りしてまた続きをやろう…休日とか言ってられないし」

 執務机から立ち上がると、ふらふらしながら執務室につながる私室へと向かい、ドアのカギを締め、そのままベッドに倒れ込み、眠りへと落ちていった。

 

 司令部候補生は海軍法から派生した服務施行細則により四週六休が制度上認められており、また守るべき任地や海域もないため規則通り休もうと思えば休める。だがその上位規程にあたる服務施行令では『何時でも職務に従事することのできる態勢になければならない』との定めがある。要するに、へえ? ほんとに休むんだー、ふーん…というやつである。とはいえ日南少尉も機械ではない。なので今日は着任以来初となる丸一日の休日となるはずだったが…。

 

 

 

 -ソウナノ…アナタノオ父サンハ、ショウシャマン?…ソレハ階級? 特殊部隊カ何カ、カナ?

 

 僕は赤い目をしたお姉ちゃんの顔を見上げる。知らないの? 商社マンは世界中で活躍するビジネスエリートだって、お父さんは言ってたよ。エリートが何かよく分かんないけど。

 

 -エリート…ソウカ、上位種ナンダネ。キット強カッタンデショウネ。

 

 うん、僕はお父さんに腕相撲で一度も勝ったことが無いんだ。でも、もう…。

 

 赤い目をした白いお姉ちゃんが、軽く海面を蹴るとひらりと飛び上がって舟に乗ってきたのを、僕は泣きながら見つめていた。気付けば背中に背負っていたおっきな武器は姿を消している。すごい、どうやってそんなことできるんだろう? お姉ちゃんは、頭に巻いていた鉢巻を解くと、僕を片手で抱きかかえるようにして、もう一方の手で僕の顔を拭いてくれた。お姉ちゃんが小さな声でぼそっと言ったけど、よく聞こえなかった。

 

 -スマナイ…間ニ合ワナカッタ…。

 -えっ? 何て言ったの?

 

 

 

 

 ごんっ!

 

 「痛っ…マジ痛い!!」

 「痛っ!!」

 

 繰り返し何度も見た夢、それでも見るたびに動悸が激しくなる。思わず跳ね起きた日南少尉は、自分を覗き込んでいた誰かと正面衝突してしまった。おでこを押さえながら周囲を見回すと、同じようにおでこを押さえながらセーラー服姿の艦娘が床にへたり込んでいた。

 

 「えっと…初雪サン? こんな所で何をしてるのかな?」

 「いたい、治したい…ひきこもる」

 

 言いながらもぞもぞとベッドに潜りこんで来ようとする初雪を日南少尉は押しとどめる。しぶしぶベッドに腰掛けると、おでこをさすりながら初雪が淡々と答え始める。

 「だって…この部屋で…ひきこもれる場所…ベッドしか、ないから…。え、そうじゃなくて? 遠征…帰ってきたから報告に来た…。執務室…誰もいないから……ここに、来た。そしたら…」

 「そしたら…?」

 「少尉が…眠りながら泣いていた…悲しい、夢? だから…心配、だった…」

 

 既にすっかり目が覚めた日南少尉は体の向きを直し、初雪に隣り合うようにベッドに座ると、はあっとため息をつく。

 「…初雪、今見たのは誰にも―――」

 「どっちの、こと?」

 

 どっち―――? 怪訝な表情で初雪を見つめる少尉だが、向かい合う彼女の頬が染まり、視線が落ち着かなくとある部分を含めあちこち彷徨ってるのに気付く。初雪の視線を辿るように自分の視線を動かすと、自分のローライズボクサーパンツに到達した。寝る時はTシャツとパンツのみの日南少尉は、唐突に起床した事で自分がどんな格好なのか全く意識していなかった。初雪も色々限界だったのかも知れない、顔を真っ赤にして立ち上がるとそのまま部屋を出て行こうとし、ドアの前でぴたり、と立ち止まる。

 

 「…誰にも言わないよ。でも、もし、少尉が言いたくなったら、聞いてあげても…いいよ」

 初雪はハッキリそう言った。その手がドアノブにかかった時、日南少尉が声を掛ける。

 「初雪…ありがとう、助かるよ。…ただ、一つ教えてほしいんだが…どうやって入った? この部屋の鍵は自分以外では時雨(秘書艦)しか持ってないはずだが」

 

 振り向かずかちゃりとノブを回しドアを開けながら、初雪はぽつりとつぶやき出て行った。

 「…鍵、ニーズがあるから複製を限定販売した、って明石さんが、言ってた…商売上手…」

 

 

 

 「あれー? ひなみん、もしかして今日はお寝坊なのかなー? 起きるの遅いーっ!」

 

 初雪と入れ違うように、執務室で島風の声がする。居酒屋鳳翔での一件以来、島風は料理に目覚めたようだ。せっかちな性格は相変わらずだが、それでも一生懸命火加減を調整したりじっくり時間をかけて煮込むなど、少しずつだが確実に上達している。最近では朝食を用意するのは島風が買って出ている。

 

 「もうそんな時間か…着替えて執務室(あっちの部屋)に行こうか」

 壁掛けの時計を見れば〇七三〇(マルナナサンマル)、普段ならとっくに執務室にいる時間だ。そして聞き逃せない内容が聞こえる。

 

 「仕方ないなー、この合鍵で―――」

 

 一体宿毛湾の工廠はどうなっているのだろうか、この分だと合鍵がどれだけ出回っていることやら…日南少尉は鍵、変えようかな、と考えながら急いでドアを開ける。

 

 「お゛うっ!?」

 「お、おはよう、島風」

 

 慌てて私室から出てきた日南少尉と、朝食を載せたトレイをいったん応接のテーブルに置いて、ドアを開けようと近づいて来ていた島風。お互いの姿を目に映した二人は固まってしまう。

 

 島風は日南少尉の私服を初めて目にした。休日の少し遅い朝らしく、カーゴパンツにTシャツ、薄手のハイネックパーカーを着た姿、普段は制帽で隠れている髪は前髪を下している。カチッとした軍装とは一八〇度違うラフな装いは、軍人しか目にしたことのない島風にとって眩しく見えた。一方の日南少尉も、ちょっとしたギャップに、思わず目が離せなくなっている。長い金髪を頭の高い位置で結んだポニーテール、結び目を上手にいつもの黒いウサミミリボンで飾っている。髪をアップにすることで、普段は隠れていた耳の形やほっそりとした首筋、整った顔立ちが全て晒される

 

 料理をするんだから髪を纏めるのは当然でしょ、と島風は不思議そうに小首をかしげるが、何となく日南少尉は島風を直視できず、誤魔化すように執務机に着く。

 

 「あ、今日はそっちで食べるんだ。今持っていくね」

 

 デスクに並べられたのは、素朴な和朝食。白ごはんに焼き鮭、豆腐とわかめの味噌汁、小松菜のお浸し、そして鳳翔直伝の季節の野菜の合せ煮。けれど、島風はいつも一人分しか用意してこない。

 

 「私、あんまり食べない方だし、ひなみんが食べてくれてるのを見てると、なんかね、幸せな気分になるからそれでいーの。それより、私のご飯食べるのは、速くなくていいからねっ」

 

 

 ゆっくりとした朝食を済ませ、日南少尉の休日が始まる。


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