それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 休むのが下手な日南少尉、甘やかす鹿島


弱くて強い僕たち
019. 強くならなきゃ


 「この僕を、ここまで追い詰めるとはね…」

 「やだっ…痛いじゃない…」

 「Oh my god...」

 「まっ…まだ…戦える…はずです…」

 

 快晴、微風、波穏やか。絶好の条件ながら、教導艦隊は海面にへたりこみ動けずにいる。旗艦ウォースパイトと護衛の時雨を中心とし、綾波・五十鈴・神通・村雨からなる輪形陣。絶対的な練度はまだまだとはいえ、教導部隊の中では練度上位の者で構成された艦隊。だが今回の相手には苦も無く一蹴された。

 

 すでに陣形は大きく崩されている。右翼の村雨がまず標的となり、敵の第一撃で沈黙。次に狙われた左翼の五十鈴と、カバーに向かった前衛の綾波はともに集中攻撃を受け無力化された。丸裸になった本陣では時雨が奮闘したもののあえなく大破。旗艦を務めるウォースパイトの動きも今回は完全に精彩を欠き、時雨の護衛を失った時点で勝負はついたといえる。唯一、動物じみた運動能力で回避を続けた後衛の神通のみが小破ながら健在、という状況である。

 

 「よく……狙って!」

 

 海面に伏せるように、四肢を踏ん張りながら体重を徐々に前に掛けはじめる神通。それは猫科の猛獣が敵に一気に襲い掛かる直前の動きを想像させる。目指す相手との距離は依然遠く、たどり着くまでにどれだけ攻撃を受けるか分からない。

 

 それでも―――低い姿勢のまま突進を始めた神通だが、問答無用で頭上から降り注ぐ攻撃で叩き潰された。

 

 

 

 「そこまでっ。演習終了、全員帰投するように」

 

 日南少尉の声がスピーカーから響く。淡々とした声は冷静なように聞こえるが、僅かに悔しさをかみ殺してもいる。

 

 覗いていた双眼鏡を下した少尉が立つのは宿毛湾泊地内演習海域を見下す防空兼演習指揮塔。屋上に対空電探が設置された五階建てほどの高さのこの塔の、最上階に設けられた指揮所から少尉は戦況をつぶさに見ていた。

 

 -これが実戦だったら…。いや、戦闘にさえなっていない。あまりにも一方的じゃないか。

 

 「第一機動部隊も帰投します、判定は…私達の完全勝利です」

 

 一瞬無線から雑音がし、追いかけるように響く翔鶴の声。返事をした後、少尉は制帽を目深に被り指揮塔を階段で降り始め、その後をバインダーを抱えた香取が続く。

 

 

 

 日南少尉率いる教導艦隊が次に臨むのは南1号作戦とも呼ばれる、南西諸島防衛線での戦い。同諸島の防衛ライン上の敵侵攻艦隊を捕捉撃滅するのが任務だが、この海域奥部で激突するのが、敵の機動部隊である。

 

 かつての戦時、航空母艦は最新鋭かつ強力な兵器だった。超弩級戦艦の主砲射程を遥かに超える遠距離から大量の航空機を発艦させる移動する航空基地。その存在は戦闘を立体的なものへと変え、強大な攻撃力で戦場を面制圧する。第二次大戦時水準の兵装を双方有する艦娘と深海棲艦の戦いでも、航空母艦ひいてはそれを中核とする機動部隊の重要性と危険性は往時となにも変わらない。

 

 発足間もない教導艦隊には機動部隊と交戦した経験のある者が少ない。宿毛湾泊地本隊からの貸与扱いの時雨と龍田がせいぜい、といった程度。欧州戦線で活躍していたウォースパイトは砲戦主体の経歴。その経験不足をどう補うか…日南少尉が戦技訓練の責任者である香取に相談した所、宿毛湾泊地本隊の機動部隊を仮想敵とした演習の実施が決定した。

 

 ただ、香取が演習相手として連れてきたのは、選りによって宿毛湾泊地総旗艦にして練度161を誇る翔鶴だった。その二人が相談し演習に参加する艦娘を選定したのだが、翔鶴が相手では現時点の教導艦隊では歯が立たない。自信を付けさせるなら、他の空母娘でもよかったはず。だが香取の考えは違った。桜井中将が直卒せず翔鶴に任せている時点で十分手加減している。それよりも航空援護(エアカバー)のない艦隊がいかに航空攻撃に弱く、かつ鍛え抜かれた機動部隊と航空隊がいかに危険な存在か、身を以て理解してもらう。そうすることで無謀な指揮を戒める、その意図があった。もしこれで少尉や教導艦隊の心が折れるなら、それはそこまでだったのだろう、この先も続く戦いに立ち向かえるものではない―――。

 

 胸を借りる形の少尉にしても、航空攻撃隊の挙動と攻撃方法の確認、艦隊防空のための各艦連携、防御主体の輪形陣から攻撃のため単縦陣または複縦陣へのスムーズな移行、航空攻撃を抑制または回避しながらの接近と攻撃…試したいことは山ほどあったが、結果は全員大破。戦闘にならない、と日南少尉が唇を噛むのも仕方ない内容である。かんかんと音を立て指揮塔の外階段を下り続けていた日南少尉と香取はほどなく地面に着き、二組の艦隊を出迎える。すっと横に並んだ香取が、前を見たまま日南少尉に話しかける。

 

 「やられましたね。一太刀も浴びせられずに」

 分かっている事実だが、敢えて香取は口に出す。事実を事実として認め、この先どう対処するのか…この問いへの反応で日南少尉の性向も見極めようとの意図もある。

 「はい、香取教官。手も足も出なかった、それが今の自分達の実力です」

 

 怒りでも卑下でもない、淡々と今の自分の立ち位置を確かめるような日南少尉の回答。すぐに涼しい表情の翔鶴達が現れ敬礼の姿勢を取る。日南少尉はロクに汗もかいていないその姿に内心舌を巻いていた。

 

 「本日は自分たちのためにお時間をいただき、ありがとうございました。結果は…想定の範囲内でしたが、自分たちはまだまだ強くなれる、それが分かったのが最大の収穫です」

 

 そう言うと、翔鶴達に深々と頭を下げる。その姿に満足そうに頷く香取と優しく見守る翔鶴。現実を受け止める柔軟さと前向きさを持つ少尉の振舞を見て、将来の明るさを十分感じていた。

 

 だが前向きな気持ちだけで解決できないのが現実の戦力である。対戦経験も重要だが空母を制するのはやはり空母。もちろん日南少尉も手を拱いているわけではなく、保有資材とのバランスを考慮し、デイリー建造任務の消化は一旦中止、当面の間一日一回の建造で、燃料300弾薬30鋼材400ボーキ300の資材を投入し空母を狙うようルーチンを変更していた。鹿島がまとめてくれた遠征計画と損益計算はここまで計算に入れたもので、実際に運用してみるとまさに痒いところに手が届いているのが分かり、少尉は深く感謝していた。

 

 「これからも頑張りますっ…けれど、今日の結果は複雑な気分です。いくら演習でも、仲間と戦うのは…」

 

 翔鶴の背中に隠れるようにしていた一人の艦娘が申し訳なさそうに顔を出す。建造で新たに教導部隊に加わった、祥鳳型軽空母の一番艦祥鳳。

 

 今回は攻撃する側として航空隊の運用を学ぶため、翔鶴に従い演習参加していた。それでも、演習とはいえ勝利を収めた事は嬉しいのだろう、きゃいきゃいと跳ねるように喜びを露わにしている。その姿を見ながら、少尉は祥鳳を建造した時のことを思い出し苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 建造担当の妖精さんから、2時間40分という建造予定時間の報告が入った時点で祥鳳の登場が明らかになり、その時手すきだった者で工廠に向かい、出迎えようとということなった。建造ドックの前にずらりと並ぶうちに、ドックの上部に設けられたデジタル式時計がやがて全てゼロになりブザーが鳴り響く。ドックの扉が内側から重い音を立てながら開き、ゆっくり出てくる一人の艦娘。その姿を見た少尉は、少し緊張した様子ながら彼女が始めようとした挨拶を遮り声を掛けた。

 

 「ああ…そんなに慌てなくていいから。着替えが終わってから出てくればよかったのに…。そのままだと、その…なんだ…」

 

 気まずそうに目を逸らす日南少尉の姿、そんな少尉の反応に不機嫌そうに頬を膨らませひじ打ちしてくる時雨や、自分の胸を下から持ち上げる様にしてハイライトオフの目になった島風、対照的なのが、無関心を装いつつ僅かに余裕の笑みを浮かべるウォースパイトと、完全に勝ち誇った五十鈴。そんな光景を生暖かくにやつきながら見守る明石と夕張の工廠組。その背後ではどんな時でもお茶の準備を欠かさない綾波がこまめに動き回っている。

 

 祥鳳はきょとんとしながら自分の姿を眺めていた。確かに重ね着した黒と白の弓道着は大胆に肌脱ぎし、左肩から腰にかけてが完全に露出している。そのため、スレンダーな体型ながら十分な自己主張のある、チューブトップで覆われた胸元が丸見えになっている。これがデフォなんだけど改めてそう言われると…自分の格好を意識せざるを得ず、祥鳳は徐々に顔を赤らめたかと思うと、両腕で自分の体を隠し背を向ける。

 

 「夏はこの恰好だと、丁度いいんです。冬は寒くないのかって? そ、そうですね…い、いえ、大丈夫です…」

 

 祥鳳の着任を受けて変更した第二艦隊の編成により、A11『第2艦隊で空母機動部隊を編成せよ!』を達成した。ぴろりーん、という音がしたようだが、気のせいだろう。ともかく、報酬として資材が支給され、教導艦隊の財政を若干でも潤すことになった。

 

 

 

 「頭では分かっていたんだけど、ね…。翔鶴さんがここまでとは思わなかった、よ…?」

 「This is real air raid...これがIJN(帝国海軍)とUS Navyの戦いだったのね…My gosh!」

 「………………どういうことでしょう……」

 

 全身にペイント弾を余すことなく受け、真っ赤に染まった姿で戻ってきた教導艦隊の面々だが、目の前の光景に表情が険しくなる。輝くような笑顔で頬を紅潮させながら祥鳳が嬉しそうに日南少尉と向かいあい、それはそれは楽しそうに語らっている(ように彼女達の目には映った)。

 

 「祥鳳さん、頑張ってましたからね~。きっと少尉に報告することがたくさんあるんでしょうね~」

 

 緊迫しかけた空気を瞬時に和らげる綾波の声に、その場にいる全員が確かにそれもそうだねと、ぽんと手を叩く。次の作戦海域、桜井中将から戦力貸与を受けない限り祥鳳が作戦の中心になるのは間違いない。それに着任以来小柄な祥鳳が重ねている努力も皆知っている。頭の後ろで手を組み小石を蹴るような仕草をしていた時雨が、ふと何かを思い出したような表情になる。

 

 「今日は祥鳳さんに主役を譲る日かな…それにしても、この先を考えるとどんどん練度を上げなきゃ…そういえば僕達、対外演習ってまだだったよね。少尉に提案してみようかな」

 


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