それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 祥鳳さん、一生懸命。


021. 選択と集中-前編

 宿毛湾泊地の港湾管理線から直線距離で西方約25kmに位置する小さな島・鹿島(しかしま)。そして同じく直線距離で南南西約20kmに位置する、宿毛湾海域で最大の島・沖の島。この二つの島をそれぞれ出撃拠点とし、日南少尉率いる宿毛湾泊地教導艦隊と、整備休息で訪れていたはずの幌筵(パラムシル)泊地の長距離練習航海艦隊との演習が間もなく始まる。

 

 

 

 「くそっ、桜井中将、喰えないジジイめ…。まあいい、千歳に千代田、それに羽黒、日南の艦隊に後れを取るなよっ。どうせ練度の低い連中相手だ、陣形なんか考えず見敵必殺でいい。天津風は祥鳳か瑞鳳、どっちかを狙い突入だ。それが難しければ囮だ、せいぜい動き回って日南の航空隊の目を引け。いいなっ。おい、返事は? …ちっ、まあいい」

 

 四人とも無言のまま敬礼をすると、そのまま返事もせず出撃地点へと向かう。相手を舐めきった指揮官からロクな指示も受けられない彼女達にできる精一杯の抗議の意思表示、香取と雪風はそれを痛々しく見つめるしかできなかった。

 

 沖の島に置かれた仮設指揮所で、右手の親指の爪を噛みながらいらいらした表情で乱暴に指示を行うのは、幌筵艦隊を率いる猪狩少尉。その仕草を見て、長距離練習航海艦隊の旗艦として同伴した香取は眉を顰める。幌筵泊地を治める藤村董司(ふじむら とうじ)大佐の言いつけを守れなかった事への後悔もあるが、今さらどうにもできない。

 

 兵学校時代の成績を鼻にかけ、経験豊富な藤村大佐や香取から見れば教科書通りの戦闘教義(ドクトリン)を述べる猪狩少尉。それでも筋が悪い訳ではないが、今のままではどうにもならない。兵器や消耗品として艦娘を扱う心根が変わらなければ、早晩妖精さんとの縁は切れてしまうだろう。危惧した藤村大佐は鉄拳制裁を含めた厳しい指導を行ってきたが効果が出ない。北風と太陽、ではないが、長期間に及ぶ練習航海で同じ釜の飯を喰えば艦娘に対する理解が進むのではないか…香取は艦娘と少尉の橋渡しを藤村大佐から頼まれていた。

 

 -大佐、申し訳ありません、香取はご期待に沿えませんでした…。相手の少尉は猪狩補佐官と同期と聞きましたが…格が違い過ぎる…でもなぜその彼が三位なんでしょう…?

 

 決して口には出さない思いとともに、依然としてブツブツ言いながら爪を噛む猪狩少尉に、香取は気の毒そうな視線を送る。

 

 「そもそも卒業順位(ハンモックナンバー)第三位の日南が司令部候補生ってのが間違ってるんだ。汚い手で得た順位でも僕は二位、僕はあいつより上じゃなきゃダメなんだ…じゃないと…」

 

 

 

 「桜井中将もなかなか喰えない人だな…。練度でも艦種でもなく、これでは純粋に戦術の差が勝敗に直結する…やりがいがあるということにしようか。さて、相手の編成は分からないけど、空母二人がいるのだけは間違いない。こちらは前衛に五十鈴、後衛に旗艦漣と祥鳳、艦隊防空は瑞鳳で臨む」

 

 一方日南少尉以下教導艦隊が陣取る鹿島の仮設指揮所。名前を呼ばれた四名は気合に満ちた表情を見せる。演習に参加する者以外にも、島風や時雨、ウォースパイト、由良をはじめ教導艦隊の面々が揃い、演習メンバーの緊張をほぐそうと談笑している。

 

 いい感じで肩の力が抜けている、と安堵した日南少尉だが、ふと祥鳳のことが気になった。弓道場の件--自分の力を信じられずにいたあの姿…少尉の視線に気づいた祥鳳がにっこりと微笑み返す。

 「私だって、航空母艦です。やりますから」

 気負いも焦りもない、落ち着いた静かな闘志。きっとこれなら大丈夫だろう、と少尉も微笑み返す。その様子をニヤニヤと見ていた瑞鳳が、覗き込む様に上目使いで二人に割り込む。

 

 「お姉ちゃん、キラキラで女性ホルモン出まくりって感じ~。ひょっとして少尉、お姉ちゃんと、お赤飯と卵焼きでお祝いした方がいい関係になっちゃった?」

 

 ぴくり×複数。

 黒いうさみみリボンが、黒いアホ毛が、王笏が、耳が、肩が、一斉に反応し、真っ赤な顔をして瑞鳳を窘めている祥鳳に注がれる。演習直前とは思えないリラックスぶりだが、桜井中将の付けた条件さえなければ全員が参加を希望したほど熱くなっている。今回の演習は、教導艦隊の艦娘達にとって売られた喧嘩を買ったようなもので、高い士気を表に出して憚らない。

 

 それほどまでに彼女達が熱くなった理由―――話は幌筵艦隊の歓迎会まで遡る。

 

 

 

 「もう一度言ってみなさいよ、そのにやけたツラ、ほんと頭に来るわっ!」

 

 日南少尉の歓迎会が行われた居酒屋鳳翔の大広間を半分に仕切った会場に、五十鈴の鋭い声が響き、それまでの笑いさざめく空気を吹き飛ばす。幌筵部隊の艦娘六名と指揮官代行の猪狩少尉の慰労会として催されたパーティで、五十鈴が猪狩少尉に食って掛かっている。プンスカとかそういう可愛いものではなく、マジ切れ寸前の形相で詰め寄ろうとし、他の艦娘達に止められているが、口までは止められなかった。

 

 「いいこと? 私の記憶が教えてくれるのよ。山口多聞提督や松永貞市提督、松山茂中将、高須四郎大将…かつての私の艦長を務めた本物の男達に、きっと将来日南少尉は肩を並べるって。けどアンタから感じるのは安っぽい香水(パルファム)の臭いだけ。そんなチャラ男が何の権利があって私達の指揮官を悪く言う訳っ!? 訂正しなさいよっ」

 

 「ふ、ふんっ! お前こそ何の権利があって、艦娘がそんな口をきくんだ? 僕のように寛大な士官相手じゃなきゃ懲罰ものだぞ。僕は事実を…日南は兵学校時代に一番大事な学内演習で一〇戦七敗、妖精と喋れて座学の成績だけが良い、そんな奴に指揮されて気の毒だ、そう言っただけじゃないかっ…。そういえば1-4に取り掛るんだろ? 敵の主力は機動部隊だ、お前らの練度と日南の指揮じゃ太刀打ちできないだろうな…ところでこの香水、安っぽい?」

 

 くんくんと自分の腕を鼻に押し当てる様にする猪狩中尉に、さらに苛立ちを強める五十鈴。五十鈴だけでなく、明らかに凍てつく波動を放ち始めた宿毛湾教導部隊の艦娘。

 

 そもそも猪狩少尉が悪い。長距離練習航海の帰途艦隊整備のため寄港させてもらい、さらに慰労会まで開いてもらってるのに日南少尉にねちねちとケチをつけ、挙句に正面切って罵倒するなど、どんなに大人しい艦娘だってキレるに決まってる。沸点の低そうな五十鈴が真っ先にキレてくれたから、ある意味この程度の騒ぎで収まっているようなものだ。だいたい日南少尉はホスト(主催者)の桜井中将の名代、彼にケチを付けると言うのは桜井中将の顔に泥を塗るってことを分かってるの? 幌筵艦隊の旗艦を務める香取はほとほと頭を抱えてしまった。

 

 「猪狩、長距離練習航海、無事成功したようで何よりだよ。学内演習か、あれは確かに酷い成績だった。だから今頑張ってるんだよ。それよりも、教導部隊のみんなは優秀だ、自分の事をどう言おうと構わないが、彼女達を見下すのは止めてくれ」

 

 人波をかき分けるように前に進み出てきた日南少尉。自分に向けられた罵倒の言葉を軽く流し、それどころか相手の成果を素直に認める。そして何より、自分ではなく、自分の艦娘の悪口は許さない、ハッキリとした日南少尉の姿に、その場にいる全ての艦娘が目を見開いた。特に白い第二種軍装がよく映える爽やかな男らしさと器の大きさを間近で見た幌筵の艦娘達が、猪狩少尉(ウチの)と取り換えてくれないかな、とひそひそ囁き合い始める。

 

 その有様は猪狩少尉をさらに苛立たせるのに十分で、一層言い募ろうとしたが、その矢先に現れた人物には流石に黙るしかなかった。

 

 

 「若さゆえの熱さ、と黙認したい所だが、どうもそういう内容ではなさそうだね」

 

 秘書艦の翔鶴を伴い、桜井中将が現れ、その場の全員がそれまでの騒ぎを忘れたようにビシッと敬礼で迎え入れる。騒ぎがこれ以上大きくなる前に、と鳳翔が密かに連絡したのだが、中将も自分の非を認めているようで、鳳翔に向かい済まなそうに目礼を送る。同期だから仲が良い、と何故思い込んだのか。猪狩少尉の日南少尉に対する絡む様な視線が気になり、執務室で当時の事情を調べていた桜井中将は頭を抱えてしまった。

 

 「こ、これは中将っ! この度は幌筵艦隊のために慰労会を催していただきましてありがとうございますっ」

 一転、どこか媚びるような声で猪狩少尉が礼を言うが、桜井中将はじろりと見ただけで、全く違う話題を振り始める。

 

 「これからの海軍を担う若手二人が揃った席だ、同じ熱くなるなら未来に向けた建設的な議論にしてはどうかな」

 

 この言葉に猪狩少尉が反応した。明らかに日南少尉の肩を持ち、自分を揶揄する内容、と受け取ったのだ。無論桜井中将にそんな意図はないが、猪狩少尉はその言葉を逆手に取り挑発、日南少尉も受けて立った。

 

 「日南、お前はこれから1-4に進出するんだろう? 小手調べに機動部隊同士で演習と行こうじゃないか。お前の空母は? ああ…祥鳳型、ね…。幸い僕の部隊には千代田と千歳がいるからね。まあ練度はそんなに高くない、改二になりたてだ。でも教導艦隊には荷が重いかな。お前がチキってなきゃ胸を貸してやるよ」

 

 「さっきも言ったはずだ、教導艦隊を貶める発言は許さんぞ。誰が相手であっても、自分も彼女達も逃げたりはしない。我々の実力、そんなに知りたいか?」

 

 売り言葉に買い言葉、完全に熱くなりお互い手が出そうな雰囲気になったが、桜井中将の仲裁を袖にする訳にはいかず、二人とも距離を置き離れた位置で中将の話に耳を傾ける。

 

 「やれやれ…これは白黒つけないとお互いおさまりが着かなさそうだね。よろしい、この演習は私が預かる。幌筵艦隊の必須参加艦は千歳と千代田。二人の装備を除いた火力雷装対空回避耐久のステータス値を合計し、その二倍を上限に艦隊の総合値として参加する艦娘を決めなさい。日南君、君も同様だ。必須参加艦は祥鳳と瑞鳳、他の条件は同じだ」

 

 二人の少尉は思わず顔を見合わせ、それぞれに苦い表情に変わる。幌筵艦隊には香取と羽黒、教導艦隊にはウォースパイトと時雨、それぞれ切り札となる存在がいるが、このルールでは空母二人に加え高練度艦ならせいぜい一人、数を揃えたいなら中-低練度艦中心の編成を余儀なくされる。空母相手に少数艦では集中攻撃を受ける事になり、多数の中-低練度艦では目標を分散できるが総合的な打撃力に劣る。つまり艦隊の総合力に制限を加える事で、純粋に戦術で戦え、と命じられたのである。

 

 

 「どうした二人とも? 猪狩君、君は1-4に進出する教導部隊の成長に協力する、そう言ったね? 日南君、君は高練度の空母とどう戦うか経験を積みたがっていたね。ならば、お互いの空母部隊をどう生かして戦うか、戦術を競い合いなさい」


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