それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 勝利のポーズ、ぶいっ!


023. プライド

 「やったぁーっ! やりましたっ! 私っ、嬉しい!」

 喜びを爆発させ、弓を放り出すような勢いで両手でばんざいしぴょんぴょんと飛び跳ねる祥鳳。すぐ近くの漣に抱き付き演習の勝利の喜びを分かち合う。むぎゅうっと押し付けられた胸に顔を埋め、ハイライトオフの瞳になりながら漣が呟く。

 「小柄な体にほどよくたわわなこのサイズ…うっっくぅ~、なんもいえねぇ~…」

 

 「ほら、馬鹿やってないで帰投するわよ」

 全身を真っ赤に染めながら、やや不機嫌そうに大破判定の五十鈴が二人のもとへ近づいてくる。中破判定の漣も祥鳳も、五十鈴ほどではないが体を赤く染めている。演習用のペイント弾は炸薬の代わりにインクがはじける仕組みだが、それでも弾は弾、命に関わらないだけで痛いものは痛い。

 

 「帰ったら、瑞鳳が勝利の記念の卵焼き、張り切っていっぱい作りますね。うふふっ♪」

 

 瑞鳳がにっこり微笑みながら、弓を後ろ手に持ちすいーっと近づいてくると、五十鈴と祥鳳がジト目で絡みつくような視線を送る。

 

 「…アンタはいいわよね、一人だけ無傷で」

 「あれだけ攻撃を受けたのに…。やっぱり()()が違うのかしら…」

 

 祥鳳の言うアレとは、『運』。効果測定が難しい要素だが、瑞鳳は初期ステータスでいきなり30という高水準。今回の演習でも遺憾なくそれは発揮されていた模様だ。

 

 「まーまー皆の衆、せっかくだから全員お揃いにすべしっ」

 漣がわきわきっと手を動かしにやにやしながら近づき、五十鈴と祥鳳も頷くと、瑞鳳に近づく。そして全員で一斉に飛び掛かり瑞鳳に抱き付く。せっかく無傷なのに、ペイント塗れの三人に抱き付かれ瑞鳳も同じように赤く染まってしまう。

 「やだっ、ちょ、ちょっと~。んっ、格納庫まさぐるの止めてくれない?ひゃあああ~っ」

 

 拠点としていた鹿島の仮設指揮所で、演習参加組を出迎えた日南少尉と待機組の艦娘は首をかしげる。中大破三人に無傷一人との報告だったが、目の前にいる四人全員演習弾の真っ赤なペイントに染まっている。少尉が視線を合わせると、瑞鳳は微妙な表現で理由を説明し、ペロっと舌を小さく出す。

 「…瑞鳳は損傷無し、じゃなかったのかな?」

 「…フレンドリーファイアっていうのかな、こういうの」

 

 仮設指揮所のあった鹿島から宿毛湾泊地の本部棟のある池島地区までは大発で約1時間。船倉を改装した船室では真っ赤に染まった演習参加組が興奮気味に演習の推移を待機組に説明している。状況は随時中継で把握していたが、実際にその場にいた者の説明は臨場感が違う。日南少尉も最初は船室にいたが、ふと気分転換がしたくなり、操舵把の方へと移動する。一人後部甲板で寛ぎ、風を受けながら海を眺める。視界に入ってきたもう一艘の大発。幌筵艦隊に貸与されたもので、沖の島から同じように本部棟を目指している。

 

 同じ構造の大発はオープントップで中の様子が丸見えになる。演習に参加した幌筵の艦娘達は全員ひどく落ち込んでいるようだ。中でも天津風の落ち込んだ姿は気の毒で見ていられない程だった。対照的に満面に不機嫌な相を浮かべる猪狩少尉と目が合うが、露骨に視線を逸らされる。そして香取に命じて大発を増速させ、その姿はどんどん離れていった。

 

 

 

 本部棟に到着した後、演習参加艦はとりあえずシャワーを浴びてペイント弾の汚れを落としてから、改めて大会議室に集合する。日南少尉以下教導艦隊全員、猪狩少尉以下幌筵艦隊の六名、そして桜井中将と秘書艦の翔鶴、大淀が揃った時点で講評が始まる。

 

 「日南少尉の部隊がA判定で勝利を収めたようだね。攻防ともに空母部隊をどう動かすかに徹していたが、攻撃面ではあの先制爆撃は賭けだったのかな? 勝利とはいえ綱渡りだが、練度の差を考えるとよくやったというべきだろう。猪狩少尉も作戦自体は悪くなかったが、攻撃目標を確定しなかった点で水雷戦隊を十分に機能させられなかったようだな」

 

 わあっと歓声が教導部隊から湧き上がる。五十鈴は鼻高々に胸を大きく張り、祥鳳は満面の笑みでガッツポーズ、瑞鳳と漣は少し照れくさそうな表情を見せる。一方落ち込んだ表情でうつむく幌筵部隊。数は互角だったが練度は明らかに上、それでも負けた。中でも序盤では報告ミス、終盤では突撃を防がれた天津風は泣きそうな顔になり、というか泣き出してしまい雪風に慰められている。対照的な光景の中、幌筵艦隊の艦娘を押しのけ、心底悔しそうな表情で猪狩少尉が現れると、日南少尉を問いただし始める。

 

 「日南…どうやって僕の艦隊の居場所を特定したんだ? 先制さえ受けなければ…くそっ! 答えろっ!!」

 「…猪狩、お前はさ、昔から基本に忠実で、その分読みやすいんだ。それに、口が軽い。改二改二って騒ぎ過ぎだ。両方の情報を合わせると、お前が設定したのは、千歳千代田の最小スロットに合わせた北西方面への間隔一〇度の索敵線一六での偵察機展開、そうだろ? 五十鈴の電探が偵察機を二、三機捉えた時点で、方角と速度から距離と位置を割り出した。実戦ならこうはいかないだろうが、演習だからね」

 

 その会話を聞きながら、それぞれの秘書艦-教導艦隊の時雨と幌筵の香取は満足そうな表情を浮かべる。

 「前から思っていたけど、日南少尉はほんとうに計数に長けてるね。速度、風向き、方角、距離、時間…こういった情報の処理がずば抜けて速い。そして得られた情報をもとに組み立てる無駄の無い作戦。その成否は僕たち次第だからね、頑張らなきゃ」

 小さくガッツポーズをしながらふんすと意気込む時雨。

 

 「基本に忠実でブレない良さの反面、戦術が型通りで状況の変化に即応できない…それが今の猪狩少尉の弱点ですが、ものの見事にそこを突かれましたね。この勝敗はそのまま指揮官の差。そこをきちんと認めて糧にしてほしい…そして、私も藤村大佐とともに少尉をどう育てていくかが問われますね」

 眼鏡をくいっと持ち上げながら、それでも優しい視線を猪狩少尉に向ける香取。

 

 

 果たして、俯いたまま肩を大きく震わせていた猪狩少尉がキレた。

 「お前はいつもそうだ、日南っ! 昔から一人で全部見通したような顔をしてっ! 僕は…父のために…提督になるんだ。兵学校の三年次までは司令部候補生も夢じゃ無い、そう思っていた。そしたらドイツ帰りのお前だっ! 何で僕の邪魔をする? お前なんか…お前なんか…」

 

 「父上とは、猪狩中将のことだね。なるほど…だからといって、事の正邪は弁えるべきだな。日南少尉、猪狩少尉、私の執務室へ。残りの者は解散しなさい」

 慌てて駆け寄ってきた香取に羽交い絞めにされ、それでもじたばたと暴れる猪狩少尉だが、桜井中将の静かでよく通る声に動きを止めた。殴りかかろうとする途中の姿勢でぴたりと止まる辺り、猪狩少尉は基本的に荒事に向いていないのだろう。ざわめきを残しながら移動を始めた一団の中、日南少尉が静かに言葉を零す。それは猪狩少尉にも周囲の艦娘の耳にも届いていた。

 

 

 「猪狩…自分には家族がいないから、そういう事のために頑張れるお前が羨ましいよ」

 

 

 

 かつて起きた、艦隊本部のタカ派と技術本部の急進派が手を組んだ末の暴走による大事件・北太平洋海戦。艦隊本部が事態収拾にあたっていたその時期、前柱島泊地司令官で、元来温厚篤実な人物で知られた猪狩中将は、一度だけ夢を見た。混乱した状況下で勢力伸張を目論んだ一派に利用され、艦隊本部の統括大将になるべく政治工作を始めたのだ。結果は失敗に終わり、梯子を外された猪狩中将は失脚、その後閑職を盥回しにされる不遇の晩年を過ごしている。中将の息子・猪狩少尉の夢、それは父が果たせなかった艦隊本部の頂点に立つ事。その第一歩として提督になる事。

 

 そして、桜井中将の言った『事の正邪は弁えるべき』―――。

 

 その場に居合わせた多くの艦娘達は、演習の講評中に暴力沙汰に及ぼうとした猪狩少尉の行動と理解したが、行間を読む者と当事者は、真の意味-猪狩少尉を中心とするグループが、卒業順位を有利にするため、学内演習で日南少尉を陥れた事-を理解していた。

 

 「調べさせてもらったけどね。単純な方法ゆえに盲点だった、よく考えた罠と思うよ」

 執務席から淡々と桜井中将が語り、猪狩少尉は苦しそうに顔を歪め、日南少尉は困惑する。

 

 命令書のすり替え-兵学校の学内演習では、練度も艦種もランダムに選出された艦娘が一二人貸与され演習一〇戦の指揮を執る。一回の演習に参加できる上限は六名、小破判定以上の損傷によりバックアップの艦娘と交代が認められる。細々とルールの書かれた指令書は所定時間を過ぎたら回収され、演習が開始される。だが日南少尉に渡された演習指令書だけは『大破判定以上で交代』と書かれていた。

 

 結果、日南少尉の学内演習の成績は一〇戦三勝七敗。七敗は艦娘が傷つくのを嫌がった日南少尉が参加を放棄したための不戦敗である。それが非戦主義者と陰口を叩かれる理由にも繋がった。

 

 「日南君、きっと君は当時不正を確信していただろうね。でも騒ぎ立てなかった。分かっていたのだろう、不正を立証できない事を。それでも、衷心より申し訳ないと思うが、卒業順位を訂正することはできない。物証がないからだ」

 

 文書による命令書や兵卒のメモが玉砕や撤退した基地で押収され、それが日本軍の行動を米軍に教えたという往時の戦訓は、形を変え兵学校でも継承されていた。命令書の類は、細部まで記憶する事を求められ短時間で回収された。演習指令書も同様で、例え日南少尉が不正を訴えたとしても、回収された偽の命令書はただちに廃棄され、証拠がない。単純だがよくできた罠と、桜井中将が評した所以である。

 

 「猪狩君、卒業順位(ハンモックナンバー)二位という汚れた名誉は君の手にある。君はそれでも提督を目指せるのか?」

 

 桜井中将の重い問い、いや断罪が、猪狩少尉を精神的に押し潰そうになる。ついっと進み出た日南少尉の言葉が無ければ、猪狩少尉は退官を申し出たかも知れないほどに。

 

 「猪狩…あの時、自分の頭にあったのは、大破し傷ついても自分のために戦い続けようとする艦娘達の姿だった。お前が自分にした事を今さら問うつもりはない。だが、お前の個人的な欲望のため、演習とはいえ多くの艦娘が無用な傷を負った。今回の演習でも、幌筵の艦娘達はお前のために全力で戦ったんだ。お前が提督を目指すなら、自分の都合で艦娘を傷つけるな…分かってもらえるだろうか」

 

 長い長い沈黙の後、猪狩少尉が顔を上げ、日南少尉に向き合う。

 

 「日南………お前はきっといい提督になると思う」

 

 そしてニヤッと笑い、続けた言葉の後に相貌を改め、深々と頭を下げた。

 「…僕の次にだけどな。……………………済まなかった、日南」


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