それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 何故アイツが負けたか? 坊やだからさ


Intermission 2
024. Wish I was there


 楽しそうに鼻歌を歌いながら、右手に持ったペンをふりふりして廊下を歩く鹿島は、宿毛湾泊地本部棟の教官詰所のドアをからからと開け、自分の席に座る。自分で用意したコーヒーの入ったマグカップを両手で持ち、ふーふーしながら口をつけたとき、姉の香取が隣席に着いた。

 「おはよう鹿島」

 「おはようございます、香取姉さん」

 ついっと立ち上がった鹿島は、姉のためにコーヒーを用意して戻ってくる。

 

 「メール見た? 教導艦隊の1-4進出、延期だそうよ」

 「はい、ちらっと見ました」

 ちらっとどころか実際は件名『1-4進出延期のお願い』を流し見しただけ。後で教導艦隊の司令部に顔を出す口実になるし…という心の声は伏せつつコーヒーを姉に差し出し、鹿島は自分の席に戻る。

 

 「はいどうぞ、姉さん。最近寒くなりましたねー」

 「そうね、寒くなりましたね。そのせいもあるのかしら。となると、温かくて消化の良い食べ物の方が…」

 「姉さん、どうしたんですか? お腹の調子でも悪いんですか?」

 「私は元気いっぱいですよ?」

 「だって今…」

 

 会話が噛みあっていない。怪訝な表情で姉の顔を覗き込む妹と、呆れたような表情で妹の顔を覗き込む姉。

 

 「日南少尉の事ですよ、ちらっとでもメール見たんでしょう? 体調を崩して寝込むなんて…聞けばロクに休みも取っていないらしいし。一人暮らしですから、早く医務室に―――」

 鹿島の顔色がさっと変わり、少尉のメールを再度確認する。確かに本文の下半分程にその内容が書いてあった。鹿島は真剣な表情で自分のラップトップに向かうと、大量の業務関係メールを素早く処理し、最後にRFA(承認申請)メールのテンプレートを立ち上げ、かたかた入力して送信する。そしていくつかのファイルを準備し、隣に座る香取の机に積み上げる。

 「業務引継内容はさきほどメールしました、これが関連資料のファイルです。休暇申請も先ほど出しましたので、それではっ」

 「ちょ、ちょっと鹿島…?」

 

 風を巻き銀髪のツインテールを揺らし、低速艦とは思えない速度で鹿島は第二司令部へと急行する。

 

 

 

 その日南少尉、重病ではなくただの風邪。数日前から不調を感じていたが、若さと責任感で体からの警告を無視し業務を続け、ついに昨夜遅く高熱を出し倒れ込んでしまった。それでも桜井提督と翔鶴、教官ズ(大淀、香取、鹿島)、秘書艦の時雨に、南西諸島防衛線進出の延期願いと自身の状態を伝えるメールを出し、何とかベッドに潜りこんだ後は、ひたすらこんこんと眠り続けている。

 

 

 異変に最初に気付いたのは島風だった。いつもの通り朝食を用意して執務室にやって来たが、誰もいない。それに、何となく空気が違う。

 「ごめんねひなみん」

 そういいながらポッケから合鍵を取り出し、かちゃりとドアを開ける。島風の目に飛び込んできたのは、熱で熱くなった吐息を苦しそうに漏らしながらベッドに横たわる日南少尉の姿だった。

 「ひな…みん?」

 一瞬目の前で起きている事が理解できずパニックになった。日南少尉が正常な状態でないことは明らかだが、自分にはどうしていいか分からない。

 「えっと…艦娘(私達)が不調の時は…」

 対処できそうな人を連れてくる、そう彼女は決断した。例えそれが間違った人選だとしても。

 

 「すぐに明石さんを連れて戻って来るからっ! それまで…死なないでね、ひなみん!」

 

 島風が小さく呟き、その姿は消えるような速度で疾走し工廠へ向かう。

 

 

 

 島風が工廠へと疾走を始めた頃、遠征中の時雨は海上で気が気ではなかった。難所越えが続いた夜間航行を終え朝になり、メールをスマホでチェックし飛び上がるほど驚いたからだ。届いたメールには、1-4進出の延期と日南少尉の体調不良、そして教導艦隊内には時雨から連絡してほしい、と書いてある。とにかく誰か様子を見てお世話してほしい、と慌てて()()()()()()にメールを転送した時雨だが、ひたすら心配である。

 

 秘書艦業務でデスクワークの中心の日々が続き、何となく体がなまっているかな…前回の演習も参加できなかったし、と思っていた所に、日南少尉から遠征参加の声がかかった。以心伝心かな、と執務机に隣接する秘書艦席から上目使いで少尉に視線を送る。見返してくる少尉の潤んだ視線がすごく熱い。そ、そんな目で見られると、僕…。思わず照れてしまい、熱くなった頬に手で風を送りながら、誤魔化す様に席を立つと執務室を後にした。

 

 「今思えば、日南少尉は熱があったんだ。何で気付けなかったんだろう…」

 

 今回第二艦隊の旗艦として参加しているのは海上護衛任務で1日半の航程。現在位置から予定通りに帰投すれば昼頃になる。考え込んでいた時雨は決断する。今日は晴れだが風が強く、波も高い。けれど…行かなきゃならない。

 「みんな、最大戦速っ! 最短距離で泊地に帰投するよっ!!」

 

 艦隊の編成は、睦月、如月、白雪、深雪、そして天龍。いずれも最近加わった艦娘で、まだまだ練度は低い。

 「おいおい、秘書艦様は急にどうしたんだ? 今日の天候を考えろよ? 最短距離ってことは、ここを真っ直ぐ突っ切って行く…この波で最大船速なんて出し続けたら縦揺れでがっくんがっくんなっちまうぜ?」

 天龍の指摘はもっともで、この海域から宿毛湾泊地に最短距離で戻るには正面から波を超える事になる。波と揺れは、船体(身体)の大きさと高さに応じ度合いが左右される。身体が大きければ波きりによって揺れが少ないが、小さければ波に乗せられてしまう。練度の低い今回の第二艦隊、しかも体の小さな駆逐艦たちでは、波にうまく乗れずにむしろ乗せられ、結果海面に打ちつけられたり推進機の空転で事故につながりかねない。それでも―――。

 

 「無理を言ってるのは分かってるんだ。でも…メール転送したけど、日南少尉が急病で寝込んでるって…。僕は…秘書艦として…早く戻りたいんだ」

 

 皆に動揺が走る中、天龍がニカッという男前な笑顔を見せ、サムズアップで応える。

 「なぁにが秘書艦として、だ。アイツの傍にいてやりたいんだろう? いいぜ、世界水準軽く超えてる所見せてやるよ。よぉし競争だっ!! オレの後にしっかりついてこいよっ」

 

 「ありがとう、みんな…」

 全員が一斉に最大戦速へと加速を始め、果敢に波きりに挑んでゆく。その背中に、時雨は深々と頭を下げ、自分も加速を始めた。

 

 

 

 その頃には時雨のメールを受け取った艦娘たちの中で動き始めた者もいる。日南少尉の部屋にはすでに一人の見舞客がいた。

 

 「ヒナミ、無理をしてはダメでしょう…。貴方一人の体ではないのですよ」

 ベッドサイドに座る一つの影。白い指先が少尉の頬に伸び、さらりと長く細い金髪が柔らかく少尉の顔にかかる。指先は彼の頬から顎を辿り肩へと落ちる。左手を枕元に置いたウォースパイトは日南少尉に覆いかぶさるような姿勢になる。右手で前髪をかき上げ、おでこを日南少尉のそれにくっつける。日南少尉の熱で浮かされた熱い吐息がウォースパイトの首筋を撫で、一瞬彼女の体がびくっとする。

 

 

 「ああ…熱い…。なんてこと…」

 「なんてウラヤマけしからんことを!! 少尉の…寝込みを襲うなんてーっ!!」

 

 本音ダダ漏れの叫び声に、頬を紅潮させたウォースパイトがびっくりして振り返ると、その視線の先にはわなわなと涙目でぷるぷる震える鹿島。途中酒保に立ち寄り経口補水ドリンクや果物、ヨーグルトなど口当たりの良さそうな食べ物を買い込んで、たどり着いた先では、長い金髪の艦娘が日南少尉に覆い被さって口づけていた…ように見えた。少なくとも後ろから見ればそう見えない事もない、というかそう見える。

 「な…何をハシタナイ事を叫んでいるのですか、カシマッ。私はただ…そう、英国王室伝統の熱の測り方をですね」

 

 金髪ストレートロングと銀髪ツインテ、静のウォースパイトに動の鹿島。そして流石に日南少尉が目を覚まし体を起こす。

 

 「う…ん…何で二人ともここに?」

 「ヒナミ、are you alright?」

 「少尉っ、鹿島がついてますからねっ」

 

 起き上がってはだめです、と二人の勢いに押され、横になると言うよりはベッドに抑え込まれた日南少尉。最早看病と言うより襲撃である。

 「とりあえず状態はメールで読みました。果物なら食べられますか?」

 ベッドの右側に座り、鹿島は持参したリンゴをしゃりしゃりとナイフで切り始め、ややあって小皿に載せられたウサギが少尉に差し出される。

 「はい、どうぞ。リンゴといえばウサギですよね♪」

 「…美味しそうっていうか、上手ですね……」

 少尉のその言葉が全てを物語っていた。ナイフを巧みに使い切出された、リアルに動物としてのウサギを象った彫像のようなリンゴがそこにあった。

 「なるほど…日本ではそのような形で病人食を用意するのね、興味深いわ。なら私も…ヒナミ、少し席を外しますね」

 ベッドの左側に座っていたウォースパイトが鹿島の無駄な妙技に感心し、自分も何かを作ろうと思いついた様子である。すっと立ち上がりスカートの裾をつまむと軽くお辞儀をし、部屋を立ち去った。

 

 「今がチャンスですねっ。あ、いいえ、何でもありません、うふふ♪ 日南少尉…お熱、正確に測りましょう。ちゃんと…おでこをくっつけないと、ですね」

 ぎしっとベッドが音を立てる。片膝をベッドに乗せ、鹿島が日南少尉に近づいてゆく。正確な検温はどこに行ったのか。

 

 

 じゃらり、と金属が擦れる音がしたと思うと、天井から鋭角に降ってきた鎖が鹿島のいる位置のすぐそばの床に突き刺さった。見れば鎖の先には、持ち手に近い辺りに返しを備えた棒状の短剣(ダガー)が付いている。

 

 「そこまでです…鹿島教官」

 

 その声に日南少尉と鹿島が一斉に天井を見る。神通が重力を無視して天井の隅に四つん這いで張り付き、こちらを見下ろしていた。少尉は唖然とし、口をパクパク動かすが声にならない。言うまでもなく、先ほどのチェーンダガーは神通が投擲したものである。

 「えええーっ、気配を遮断っ!? 全然気付かなかった…」

 神通が気配を消したというより、鹿島が日南少尉しか見ていないだけである。鹿島は紛れもなく一流の教官であるが、少尉絡みではどうもポンコツ化が目立つ。

 

 「少尉がこんな状態なので…万が一侵入者の襲撃にあったら…そう思って時雨秘書艦のメールを受けてすぐ護衛していました」

 

 泊地内、しかも自室にいる少尉の元に、目的が護衛とはいえ屋根を穿ち部屋に入り込み死角に潜む…まさに神通が侵入者である。無理に起こされてさらに具合の悪化した日南少尉は、力を振り絞り睨みあう鹿島と神通に対し、当然の疑問と要望をぶつける。

 

 「君達…いったい自分の部屋で何してるのかな…できれば、ゆっくり休ませてほしいんだけど…」




遠征: ゲームでの1時間=物語では0.5日、と換算してます。
(変更:20171101、Thank you 鷺ノ宮様)

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