それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 少尉、寝込む。艦娘、張り切る。


025. Rumbling hearts

 「わ、ちょ、えええええっーーーー!!」

 

 執務室に飛び込むと、閉ざされた日南少尉の寝室のドアの前で急停止した島風に反し、慣性の法則に逆らえず明石は文字通り投げ飛ばされた。慌てて手にした大型の工具でドアを叩き割った明石だが、そのままの勢いで叫び声を上げながら室内へ突入、ばちばちと視線を可視光線に変えにらみ合う神通と鹿島の間を通り抜け壁に激突した。

 

 目から星ってほんとに出るんだね…とくらくらする頭を抑えながら、明石は島風が突如工廠に涙目で現れた時の事を思い出していた―――。とにかく何かを直してほしい、の一点張りで要領を得ないが、どうやらそれは日南少尉の部屋にあるものだということまでは分かった。明石が立ち上がり準備をしているうちにも島風のいらいらは募ってゆき、準備できましたよ、と言おうとした瞬間に腕を掴まれ、島風はいきなりトップスピードまで加速した。強烈な加速は、明石を宙に浮かせたままの疾走を見せる。曲がり角を強引に三角蹴りの要領で立体的にクリアする島風、遠心力が働き壁に叩きつけられそうになる度に、手にした工具をフルスイングで壁を破壊する明石。二人の通った後は分かりやすく瓦礫が残されていた。

 

 「しょ、しょれで一体何を直せばいいんでしゅか?」

 

 依然として痛む頭を押さえながらふらふら立ち上がった明石は、目の前の二人に問いかけるが答はない。遅れて日南少尉の寝室に飛び込んできた島風が、居ても立ってもいられない、という風情できーっとなる。

 

 「ひなみんにきまってるでしょう、もーっ!! 早く早くっ! 高速修復剤も必要なら取って来るからっ」

 

 明石、そして神通と鹿島、三人が顔を見合わせる。あーそういうこと…直すじゃなくて治す、ってことね、と明石がベッドで固まっている日南少尉に近づき、問診を行いながら確認する。人間の医師ではないが、状態はだいたい見れば分かる。発熱とそれに伴う関節痛、喉の痛み…流行性感冒、早い話が風邪。ちょっと熱が高目に思えるが、その辺は症状に個人差があるから仕方ない。

 

 「島風ちゃん、これは私の手にはちょっと…」

 当然である。日南少尉は人間で、工具でバラせばそれこそ入院もの、入渠施設に入れたら艦娘がきゃーきゃー騒ぐだけだ。高速修復剤なんて使ったら逆にどうなるか分かったものではない。医療妖精さんに診せて、と続く話を、島風はまったく聞いて居なかった。

 

 「そんな…明石さんでもダメだなんて…」

 日南少尉の首筋に抱き付いて、しくしく泣き始めた島風。彼女の中では日南少尉の死亡は確定した模様、風邪なのに。半ば現実逃避気味に、ドアの修理費用って自分持ちかな…と日南少尉は考えていた。それでも自分を心配してくれる島風の気持ちは嬉しい。嬉しいのはいいが、熱に浮かされると考えが浅くなる。無意識の行動ながら、日南少尉は、島風のさらっと長い金髪を撫で、そのままその手を頬に添える。

 

 「ひなみんっ…」

 「ズ、ズルいっ」

 

 世の中簡単にナデポが成立するなら苦労はしない。だがそれを無意識にやってしまう男もいる。島風は、それこそ急な発熱のように顔を真っ赤にして一層きつく抱き付く。余計な事をせずピュアっぽく抱き付いちゃえばよかったんだ、と悪魔の囁きに乗っかって島風の反対側からぎゅうっと抱き付く鹿島。

 

 その間にも、続々と艦娘が押し掛けてくる。INはあってもOUTはなく、執務室と少尉の寝室はいつしか人であふれていた。時雨が全員に少尉のメールを転送した成果である。

 

 「卵のお粥とー、卵焼きとー、オムレツと、エッグベネディクトと…あと卵スープ、卵とトマトの炒め物…少尉、どれがいい? お好みで半孵化ゆで卵(バロット)もあるよ?」

 人を選ぶエスニックな一品を含め、定番の卵焼き以外にも色々な卵料理でいっぱいのトレイを手に、小首を傾げてにこっと微笑む瑞鳳。

 

 「あ、あの…お熱があると聞きました。そういう時は人肌で温めあうのが一番とか…。少尉のためでしたら…私、その…」

 雪山での遭難と入り混じった知識で、何か決意を固めた表情で提案する、その人肌を常に半分肩脱ぎの祥鳳。

 

 そこにウォースパイトが戻ってきた。顔には何か飛び跳ねたような白い跡が残り、見れば制服もあちこち汚れている。そしてその手には食べ物と思われる何かがある。

 「お待たせしました、ヒナミ。これを食べれば元気になりますよ。ああ、コーンウォールの風を思い出しますね」

 満面の笑みで差し出されたのは、卵とジャガイモ、そしてイワシをパイ生地で包み焼き上げたスターゲイジーパイ。パイの至る所から魚の頭や尻尾が飛び出した、迫力と破壊力満点のビジュアルが特徴のイギリス料理である。

 「うわぁ、そのパイ、スケ○ヨっぽい…」

 夕立が呆然と『犬○家の一族』のワンシーンを彷彿とさせる名前を呟き、初雪は目を丸くして言葉を失ってしまった。

 「カシマのリンゴを見て、材料の原型を留めている方が日本人の好みかと思ったのですが………違うの?」

 周囲ドン引きの反応に、さすがの女王陛下も軽く涙目になりしょげてしまった。

 

 「はーい、みなさ~ん、リネンを取り替えますから、ちょっとベッド周りからどいてくださいね~」

 もっともまっとうに日南少尉のお世話をしようとしているのが、綾波と由良のコンビである。

 

 その他にもガッツリ系の料理を運んで来た速吸、矢矧をダシに元気一杯に現れた阿賀野、興味本位で顔を出した二航戦の二人など、宿毛湾泊地本体からも見舞い客が増え、いよいよ執務室は賑やかになった。

 

 流石に日南少尉が幽体離脱しかかった所に、救世主が現れる―――。

 

 

 「あらあら、みなさん元気があって何よりですね。でも、ここは執務室で、何より日南少尉はご病気ですよ。いい加減にしましょうね」

 

 

 土鍋の載ったお盆を手に鳳翔が現れた。さりげないが反論を許さない声に、あれだけ騒がしかった艦娘達がぴたりと静かになる。唯一島風だけが『ひなみんが死んじゃうー』と騒いでいたが、鳳翔と明石から改めて説明を受け、ようやく大人しくなった。

 

 「桜井中将から様子を見て欲しい、と頼まれて来てみたのですが…。みなさん、お世話をするというのは、自分のしたい事をするのではなく、相手がしてほしい事をすることだと、私は思いますよ。さあ、今は少尉を休ませてあげましょう、ね?」

 

 鳳翔の静かな威圧に押され、教導艦隊+αの艦娘達が、すごすごと部屋から出て行き始めたところに、元気いっぱいに天龍が現れた。すぐさま龍田が天龍に駆け寄る。

 「天龍ちゃん、お帰りなさ〜い。第二艦隊の帰投、早くない?」

 「時雨が半ベソかいて早く帰りたがったからな、最大戦速でぶっ飛ばしてきたぜ。少尉っ、起きてるか!?」

 

 小首を傾げ考え込んでいた鳳翔は、天龍の背後から、ひょこっと不安げな顔をのぞかせた時雨に頼みごとをする。

 

 「お部屋がこの有様ではゆっくりお休みいただくと言っても…。そうですね…私もお店の準備がありますし、時雨ちゃん、お手伝いお願いできますか? それと…島風ちゃん神通さん鹿島さん明石さん、お話があります」

 

 

 

 執務室と寝室を隔てるドアは、明石さんを投擲兵器として利用した島風に破壊された。見れば寝室の天井にも神通さんが侵入した際に穿った穴が開いている。そして教官のお仕事を放りだして駆けつけた鹿島さん。あまりにも常識がなさすぎます、と鳳翔さんから三人にはお叱りが入った。詳しい事はよく分からないけど、あの三人が涙目になってガクガク震えるんだから、鳳翔さんよっぽど怒ってたのかな。きっと本気で怒ったら、止められるのは桜井中将くらいかも知れない。僕も気を付けなきゃ。

 

 あちこち壊しまくった明石さんは妖精さんと一緒に、少尉の部屋を含め修繕に当っている。その間、少尉は居酒屋鳳翔の一番奥まった所にある離れで休養することになった。そして僕は少尉に付き添っている。

 

 熱のせいもあって、少尉の眠りは浅く時々目を覚ますから、その度に体を支えて上体を起こし、お水を飲ませたり、汗をすごくかくから、体を拭いてあげたり、着替えを用意したり…全部鳳翔さんから任されちゃった。

 

 製油所地帯沿岸地域を突破して、ぼろぼろになって帰って来た後、無理を言って一緒に撮らせてもらった二人の写真は、僕のスマホの待ち受けになっている。楽しい時、たまには辛い時、話しかけてしまう癖がついた。あの時の君の言葉と温もりで、分かってしまったんだ。僕は、君の事が―――。

 

 ふと浅い眠りから目を覚ますと、少し離れた真横に君の顔が見える。改めて自分の体勢を眺めてみる。ああ、僕は眠っちゃったんだ。徹夜で遠征して全速力で帰投して、執務室での大騒ぎの後片付けをして君を居酒屋鳳翔まで運んで、様子を見ながら色々お世話して…僕も疲れてたんだね…。穏やかで静かな寝息。君はどうしていつもそうやって僕をドギマギさせるんだい? こうやって手を伸ばせば、君に触れられそう…でもなかった。僕の手は、しっかりと君に握られていたから。無理に離すと起こしちゃうかな?

 

 

 ふあ…また眠くなってきちゃった。もう少し、だけ………このまま………で……。

 

 

 翌朝目が覚めて、僕は自分の状態に気づき、声も出せない程固まってしまった。日南少尉のお布団で眠っているなんて! 少し頭をもたげて覗き込んだ先では、第二種軍装に着替えを終えた日南少尉がいる。僕が起きたのに気付いてこちらへ来ようとしている。

 「す、すぐ起きるからっ。ちょ、ちょっと待ってっ」

 がばっとはね起きてから、はっとして確かめる。良かった、ちゃんと服を着ていた。慌てて日南少尉に駆け寄ろうとして、畳の縁に躓くと、そのまま日南少尉に抱き止められてしまった。

 

 「あ…あのあの…」

 転びかけたのを抱き止めてくれた…だけではないようで、日南少尉は何故かそのままにしている。

 

 「鳳翔さんに全部聞いたよ。自分は病気の時にこうやって誰かに世話してもらった事なんかないから…うまく言えないけど、本当に嬉しかった。自分はすっかり快復したよ、ありがとう。次こそ…南西諸島防衛線進出だ、時雨にも全力で戦ってもらうから」

 

 そういうと、日南少尉は少しだけ力を入れて僕を抱きしめると、すっと体を離して部屋を後にした。

 

 「えと……あの……今…僕………なに、されたの、かな?」

 

 完全にノックアウトされた僕は、そのまま居酒屋鳳翔で一日中寝込んでしまった。顔の熱さが引かない僕は、お見舞い兼遊びに来たみんなから『日南少尉から風邪が移るような事をしてたんでしょ』、とからかわれて一日を過ごすことになった。ホントにもう…でも、嬉しかった、かな、うん。


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