それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 脳内妄想ガールと接近禁止ガール


027. 手は熱く、頭は冷たく

 「第二次攻撃隊、編成できる? じゃあ、即時発進してくださいっ!」

 「そうね、追撃しちゃいますか♪」

 

 広くスタンスを取り荒れる海面を両足で押さえつける祥鳳が妖精さんに熱く叫ぶ。用いる幅広の弓は速射性にはやや劣るが反発が強く、非力な彼女を補い力強い矢勢を導くことを可能とする。一方散歩に行くかのように気軽な声で矢を放つのは瑞鳳。細い長大な弓をしならせ、こちらは言葉通り矢継ぎ早に速射を続ける。

 

 祥鳳の放った索敵機が発見したのは、単縦陣で南南西に第二戦速で進んできた深海棲艦の偵察艦隊。日南少尉の指示の下、相手に防御陣形に遷移する猶予を与えないため直ちに送り込まれた第一次攻撃隊は、航空援護のない敵の偵察艦隊に打撃を与える事に成功した。そして今、帰投した第一次攻撃隊を迎え入れた祥鳳と瑞鳳は、間髪入れず第二次攻撃隊を発艦させている―――。

 

 

 

 既に第一次攻撃隊は駆逐イ級二体を沈め、教導艦隊の前に立ちはだかるのは無傷の重巡リ級と駆逐イ級、小破程度の軽巡ヘ級。第一波より数は少ないが、態勢を整え終えた第二次攻撃隊は残存の敵艦隊に襲い掛かる。

 

 再び空からの猛威に晒された深海棲艦達は、上空から五〇度の急角度で降下を始めた瑞鳳の急降下爆撃隊を迎撃するため、高角砲の仰角を限界まで上げる。砲口が発砲炎(ブラスト)に包まれ、乾いた射撃音がリズミカルに戦場に木霊し空に黒い雲が広がる。

 

 -もらっちゃうねー。

 -絶対に…やります!

 

 航空隊の妖精さんと空母娘は感覚を共有し、今回の戦闘でも、妖精さんの見た物はそのまま祥鳳と瑞鳳の脳裏に再生される。急降下爆撃隊の降下開始と同時に、雷撃隊の護衛のため低空を旋回しながら飛行を続ける瑞鳳の零戦隊がふわりと高度を上げる。発動機の回転を一気に上げ加速すると、上空に目が向いた敵艦隊に突撃し、目一杯に接近し機銃掃射を加え左右に散開する。無論零戦の二〇mm機関砲では深海棲艦の装甲を抜けないが、対空射撃の妨害には十分な効果だ。そこに突入する急降下爆撃隊。対空射撃をまともに受け爆散する機、引き起こしをしくじって海面に叩きつけられる機…犠牲を払いながらも投弾された二五〇kg爆弾はリ級を直撃し、火災を引き起こした。

 

 敵艦隊の混乱に乗じるように、祥鳳の雷撃隊が低空を加速し攻撃体勢に入る。だが炎上したリ級を庇うように前に出た軽巡ヘ級と駆逐イ級が対空兵装と言わず主砲と言わず、動く全ての火砲を乱射し迎え撃つ。狙いは不正確だが、薙ぎ払うように撃ち続けられる高射砲や機銃、俯角一杯で放たれる主砲弾が立てる水柱…祥鳳の攻撃隊は果敢に攻め続けたが射点に付けず、むしろ猛烈な迎撃の前に損害を受け撤退を余儀なくされた。

 

 そして距離一八〇〇〇m、祥鳳と瑞鳳の攻撃隊と入れ替わる様に、古鷹、時雨、夕立が最前線に姿を現す。

 

 「あの祥鳳と瑞鳳(お二人)の性格は似てるのかな。火が付くと止まらないと言うか…」

 「そう?」

 「ぽい?」

 「でも二人とも頼りになりますねっ! さあ、次は私達の番です、重巡洋艦のいいところ、たくさん知ってもらわなきゃ! もちろん、駆逐艦のもですよ」

 

 その言葉を切っ掛けに、風を巻いて古鷹の左右から時雨と夕立が飛び出し突進を始めた。二人で螺旋を描くように高速スラロームで突き進む時雨と夕立は駆逐イ級を挟撃すると、合計四基八門の一〇cm連装高角砲の斉射を一気に叩き込み、駆逐イ級に抵抗する暇を与えず沈黙させる。

 

 「ちょ、夕立…? そのイ級もう沈んでるからっ。ほら、軽巡の方に…」

 「何で帰っちゃうっぽい? 夕立のパーティまだ終わってないっぽいー!!」

 

 左腕をひっぱり制止する時雨の声も耳に入らない様子で、夕立は右手に装備した一〇cm連装高角砲を海面に向け撃ち続けている。お嬢様然とした可愛らしいセーラー服姿の彼女が恍惚とした表情で濃緑色の瞳を輝かせ、既に沈み始めている敵艦に発砲を続ける姿は異様とも言える。

 

 二人の背中を見送った古鷹は、茶色いボブヘアーを揺らしながらゆっくりと銀色の鎧状の装甲に覆われた右腕を前に差し出す。肩と腕部分に装備された連装砲が仰角を取り始め、古鷹が叫ぶ。

 

 「主砲狙って、そう…。撃てぇー!」

 瞬間、五〇口径二〇.三cm連装砲二基四門が轟音とともに一斉に火を噴き、初速八三五m/sの鋼鉄の暴力が敵艦隊の旗艦、炎上を続ける重巡リ級に襲い掛かる。

 

 

 

 戦況は完全に教導艦隊優勢で推移している。リアルタイムで中継される第一艦隊の闘志あふれる戦いぶりに、作戦司令室に集まっている艦娘全員も大いに盛り上がり、声援を送り続けている。冷静な表情を崩さない日南少尉も、拳を僅かに握りその興奮を示す。

 

 -彼女達の戦意を抑えずに活かす形で作戦を動かし一気に勝ち切る。そうするのが、結果として一番損害を出さない方策、か。

 

 「那珂、聞こえているか? 中盤を押し上げて前線に向かってくれ。あと一息だ」

 

 熱く盛り上がる作戦司令室で、香取の表情が徐々に怪訝な物へと変わってゆく。同時に、第一艦隊の旗艦を務める那珂から返信が入った。

 

 「ねーねープロデューサー補さん、那珂ちゃんダヨー。ちょっとまずいかなーって」

 「プロデューサー補ってなんだよ…まあいいけど、どうしたんだ?」

 

 川内型軽巡洋艦三姉妹の末っ子、戦争が終わったら艦隊のアイドルを卒業して、国民的アイドルになるという明確な夢を持っている艦娘、那珂。戦技訓練でも一切手を抜かず、それでも空いた時間があれば歌やダンスの練習を欠かさない。『舞台裏はみちゃだめなんだから』と、周囲に努力している所を見られるのを嫌がるが、一途に努力を重ねる姿を皆知っている。気付けば姉の川内と神通はもちろん、初雪や北上といった熱烈なファンが少しずつ増え始めている。なお日南少尉は、提督=プロデューサー、なので候補生=プロデューサー補と呼ばれている。

 

 「軽巡へ級はねー、夕立ちゃんと時雨ちゃんが追い立てて、古鷹ちゃんが大天使っぽく丁寧に葬ったよ。二人がちょびっとだけ怪我したけど、S勝利確定っ!! でもねー…みんな、熱くなり過ぎて、C&R(コール&レス)に反応が遅かったの。祥鳳ちゃんとづほちゃんは引かないし、夕立ちゃんは前に出過ぎで、時雨ちゃんも引きずられてるし。アイドルグループはー、ハーモニ-とロケ弁が大切、って那珂ちゃん思うんだ。結構…てゆーかかなり油も弾薬も消費しちゃったから、この先ちょっと心配かなー。でも那珂ちゃん大丈夫っ」

 

 全員ぽかーんとして、那珂の一方的なトークを聞いていたが、我に返って喜びを爆発させる。那珂たちを含め、自分たちは強くなっている…単なる感覚や思い込じゃない、敵を寄せ付けない強さで1-4初戦S勝利で突破という戦果としてはっきり現れた。そんな喧騒の中、手にしたファイルをめくり注意深く読み込んでいた香取は、険しい表情で日南少尉に確認する。

 

 「今日の編成ですが、六人中三人が初陣、そして元々暴走しやすい傾向の夕立…少尉、部隊は今トリガーハッピーに近い状態と懸念されます。戦場の高揚感か恐怖感からの逃避か闘争本能か…随伴空母のない偵察艦隊に過剰な投射量です。旗艦の那珂はそれでも状況を理解しているようですが…マイペースな子ですから、どうやって部隊を束ねるのか…。少尉は作戦の推移がどうであれ、冷静に状況と部隊を把握して適切に指示を出さないと。目先の戦果に浮かれて力押しを重ねるようでは、今回の作戦の成功が危ぶまれます」

 

 評価の上方修正は時期尚早でしたか、鹿島にも少尉を甘やかさないよう重ねていっておかないと…眼鏡の奥から香取は冷静な視線を送る。香取の基準は桜井中将にあるため、一般的に見て誰に対しても辛口な評価だが、過去の候補生と比べれば日南少尉はこれでもかなりよい評価の部類である。歴戦の桜井中将と比べられる候補生はたまったものではないが、香取にすれば『目の前の壁に挑みもしない男に提督を名乗る資格はありません』とにべもない。

 

 一方日南少尉は、全く思いもしなかった要素を香取に指摘され、珍しく呆然とした表情のまま固まる。確かに、演習等に優先的に参加させていたが、実戦と言う意味では祥鳳も瑞鳳も今回の作戦が初陣で、古鷹も同様だ。夕立に関しては香取教官の指摘通り元々スイッチが入りやすい傾向がある。

 

 戦闘時における艦娘の心理状態は、兵学校時代に運用術や統率学、精神科学の授業で学び、感情と戦果の関連はある程度認識していたつもりだ。だが、本当にある程度だったようだ。闘志がなければ戦闘にならない、だがその闘志が何から生じているのか、個人差も含めより深い洞察が求められる。劣勢でも引かない、あるいは優勢でも引く…俯瞰的に戦場を見るから、自分が離れた場所で指揮を執り判断をする意味があると言うのに―――唇を噛み悔しそうな表情を見せる日南少尉だが、すでに作戦は進行中であり、編成を変えることなどできない。

 

 「那珂、航路そのままで。海域中央部には、おそらく敵の偵察部隊が根拠地として利用していた無人島と稼働中プラントがある。そこまで進出し一旦小休止。改めて物資の消費状況と部隊の損害状況を―――」

 「りょーかーいっ!! 那珂ちゃん、到着後にまた連絡しまーす、きゃはっ☆」

 

 

 

 「…という訳でーす! プロデューサー補、みんなにはー、那珂ちゃんからよーく言っておくから」

 

 那珂との通信で艦隊の現況を把握した日南少尉は、何とも言えない表情を浮かべるしかできなかった。非常に微妙な状態になったといえる。那珂の報告によれば、戦闘による損傷は軽微で、以後の航行や戦闘に支障はないとのこと。それよりも深刻なのは祥鳳の九十七式艦攻と瑞鳳の九十九式艦爆の損耗、夕立と時雨の弾薬消費。艦隊全体では油の消費が想定よりかなり多い。

 

 二通りの可能性がある次の航路選定…一方はプラント、もう一方は敵主力艦隊を護衛する前衛機動艦隊、このどちらを妖精さんが広域探知するかで局面が変わる。仮にプラントなら、そのまま敵主力まで一直線。そうでなければ空母機動部隊と二連戦となる。羅針盤に賭けて進むか、ここで撤退を命じるか。あるいは連戦に耐えうる策を持って臨むか―――。

 

 のんびり考えている時間はなく、日南少尉は決断する。


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