それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

28 / 120
 前回のあらすじ
 トリガーハッピーでノリノリ


028. キラキラ☆

 現在艦隊が投錨しているのは、海域中央部に位置する無人島と隣接する海底資源採掘施設(プラント)で、この海域全体で確認されている四か所のうちの一つ。島にはかつて施設関係者が定住していたが、戦争の激化に伴い放棄され、その後は深海棲艦の偵察艦隊の波待ち風待ちの退避場所として利用されていた。それを同じように利用し島に上陸し一時休息を取っている第一艦隊だが、旗艦の那珂は部隊の五名を集めると、両手を腰に当て胸を張り、ふんすという表情で目の前の五人に宣言する。

 

 

 「みんなー、お話がありまーす! プロデューサー補(日南少尉)がね、みんなのパフォーマンス(過剰な攻撃量)を心配してるよー。那珂ちゃんもセンター(旗艦)としてすっごく心配。アイドルはね、どんなに激しいステージ(戦闘)でも、いつも笑顔で(気持ちの余裕を失わず)キレキレで息が合ったダンス(正確かつ滑らかな連携攻撃)じゃなくちゃっ! でも…今日のみんなのパフォ、個人アピール強すぎて顔がおっかなかった(余裕がなく連携を欠いた個人戦闘だった)よー。もう一度、グループとして落ち着きを取り戻すのに、一旦小休止してフォーメーションの確認をするからねー」

 

 

 部隊の危うさがシビアに投げかけられた訳だが、ルビを多用しなければ意味が掴みにくい那珂ちゃん語で語られたため、聞いてる側もぽかーんとし、この人何を言ってるのかな、という表情に変わってしまった。そしてまっさきに反駁したのは瑞鳳である。

 「那珂ちゃんさん、ごめん、何言ってるのかよく分かんないけど…私達はちゃんと勝ったよね? 表情が怖いって言われても、そりゃ戦ってるんだし、当然じゃないかなー」

 うんうん、と腕組みをした夕立が大きく頷き、祥鳳も今一つ納得のいかなそうな表情、古鷹は「顔、怖かったかしら…」とずーんと落ち込むが、時雨は腕を組み飄然と海を眺めている。

 

 既に海の方向へ向かい駆け出していた那珂は、くるりと振り返ると不満の声に完璧なアイドルスマイルで反応する。

 「練習が足りないから、笑顔を忘れちゃうくらい必死に戦わないと勝てないんだよ。舞台裏を表に出すのは、那珂ちゃん賛成できないなー」

 

 見た目や言動で判断しちゃいけない、やっぱり川内型なんだ…全員が顔をひくつかせ冷や汗を流した所に那珂から追い撃ちがかかる。

 

 「それに、練習足りないと………死んじゃうよ?」

 

 日南少尉率いる教導部隊の川内型三姉妹は、指折りの訓練好き(那珂はレッスンというが)で、かつ三者三様に戦闘スタイルが異なる。那珂の場合、砲撃、雷撃、対空、対潜…全てそつなくこなす万能型で、戦技訓練でも演習でも歌でもダンスでも、学んだことは一度で身に付ける学習能力の高さが最大の特徴。そんな彼女だが、実は握手&ハグ会(超近接戦闘)を最も得意としている。

 

 五人はドナドナのように那珂の後をついてゆくしかできず、全員でフォーメーションチェックを、特に暴走気味だった夕立は那珂から直接レッスンを受けるなど、入念に行う事になった。戦闘機動とダンスでは使う筋肉が共通している部分と違う部分があり、那珂としては軽い練習のつもりだったが、時雨を除いた他の四人は肩で息をしている。

 「うん、それくらい力が抜けている方が、いい感じでパフォできると思いまーす。それじゃあ、ぜんたーい、やすめっ」

 

 

 

 巨大なプラントの櫓の中ほどにあるだだっ広いフロアの端に座り、強い風に吹かれながら足をぶらぶらさせる二つの人影。時雨はどうしても、と那珂に誘われこの場にやってきた。

 

 「それよりも、どうして僕と?」

 「うん? スカウト?」

 

 きょとんとした顔の時雨と、にぱあっと微笑む那珂が顔を見合わせる。そして那珂が話を続ける。

 

 「なんかねー、時雨ちゃんがもったいないなーって思って」

 そう言うと那珂は時雨の方に向き直り、手をぎゅっと掴む。

 「時雨ちゃんは、ぜったいキラキラのアイドルになれる素質があるよ、那珂ちゃんが保証するっ。…でも、今の時雨ちゃんは気持ちの余裕が無くて、周囲が見えてない…ってゆーか、特定の人しか見てない感じがするんだー」

 

 びっくりして思わずのけぞる時雨は、『特定の人』の言葉で日南少尉が脳裏に浮かび、一気に赤面してしまう。その表情を見た那珂は、さらに表情を輝かせる。

 「うんっ、その照れた顔、時雨ちゃん可愛い♪ 那珂ちゃんの次だけどねっ」

 

 そして、急に真面目な相になると、声のトーンも変わり那珂が諭すように話し出す。

 「那珂ちゃんはね、プロデューサー補も、姉さん達も、艦隊のみんなも…例え那珂ちゃんを嫌いな人も、みんなみんな大好き。だから、いつもキラキラしてるとこだけを見せてあげたいの」

 

 「…僕は、僕の事を必要としてくれる人が一人だけいればそれでいいよ。それに…好きな相手に好かれなかったら、僕の気持ちに意味なんかないよ」

 きっと自分と那珂ちゃんさんの『好き』は違う、時雨がそう指摘すると、那珂は人差し指を顎にあて、うーんという表情で考え込むが、やっぱり笑顔でブレずに時雨に答える。

 

 「そんな事ないと思うけどなー。時雨ちゃんは、好かれたいから好きになるの? 時雨ちゃんを好きじゃなかったらその人を嫌いになっちゃうのかな? それとも、思い通りにならないことが嫌なのかな? 那珂ちゃんはねー、ファンの人もアンチの人も、みーんなキラキラさせちゃう、それくらい凄いアイドルになるの。だから、那珂ちゃんの一番のファンは那珂ちゃんだよ。自分が輝いてなきゃ、みんなをキラキラにできないからねっ☆」

 

 突拍子もない…時雨にはそう聞こえる那珂のアイドル理論を自分に置き換えると、思わず表情がこわばってしまう。けれど、那珂の問いが頭にこびりついて離れない。確かに、日南少尉に自分の気持ちを押し付ける事はできない。今だって自分の気持ちに振り回されていると思う。思い通りにならないのが嫌…そもそも自分でもどうしたらいいか、それが分からないのに…。那珂ちゃんさん、ハイヤーレベルで悟っちゃってるの? アイドルを極めると解脱しちゃうの? 時雨は目をぐるぐるさせながらも、何となく自分の中のもやもやが収まってきたような気がし始めた。

 

 -僕は日南少尉と…どうしたい、のかな? こんなの簡単に答はでないし…。キラキラ…えっと、自分を磨くことが先ってこと、かな? …そう、かも…。

 

 時雨の表情が柔らかくなってきたのを見た那珂は、腕を曲げ力を溜めると、腕の力だけでぴょんっと斜め後ろに大きく飛んでバック転を一回、びしっとポーズを決め、立ち去って行った。

 

 「だからアイドルって素敵だと思うんだ☆きゃはっ。時雨ちゃんにもこの魅力、分かって欲しいなー。那珂ちゃんはプロデューサー補と打ち合わせだから、先に行くねー」

 

 

 

 第二司令部教導艦隊司令室。

 

 早朝から始まった今回の作戦、初戦を終え艦隊は海域中央部の無人島とプラントのあるエリアに投錨し休息を取っているとの連絡を受け、司令室に集まっていた艦娘も昼食のためいったん解散し、部屋には日南少尉だけが残っている。

 

 『ごめんなさい少尉、香取姉さんとは…ケンカになっちゃいました…。いえ、いいんです、少尉のせいじゃありませんよ。それより…1-4初戦突破おめでとうございますっ! 』

 

 日南少尉は鹿島とビデオチャットをしている。

 

 教官詰所に戻ってきた香取から、初戦の勝利と裏腹に日南少尉に厳しく接するよう忠告を受けた鹿島は、例の接近禁止令のせいもあり、姉と激しく言い合ってしまった。姉の言い分が正しいのは理解できる、それでも厳しく接するだけでは人は育たない、姉が尊敬してやまない桜井中将だって若い時があったのに、成熟した今だけを基準に比較するのは不公平だ-鹿島の主張をまとめるとこういう事になる。そこに個人的な想いがないといえば嘘になる、というかありまくりである。姉とケンカ別れをした鹿島は教官詰所を離れると、一人になれる場所に移動し、日南少尉とビデオチャットを始めた。いつものメッセだけでは足りない、どうしても顔が見たかった。

 

 「鹿島教官、ありがとうございます。何と言うか…顔が見れて安心しました」

 

 画面の向こうでは鹿島が虚を突かれたような表情で頬を染めている。そして少尉にカメラの位置を調整するように頼み始めた。

 

 『はい、もう少しインカメラを近づけて…ああ、ちょうどいいです。あとは、もうちょっと右…はい、そこで止めてください。……………鹿島からの…ご褒美です』

 

 スマホ越しの短い濡れた音、それでも鹿島が何をしたのかは明らかで、日南少尉も思わずまっかっかになってしまった。ちょうどその時、司令室のドアがノックされた。気付けば那珂との定時連絡の時間だ。日南少尉は鹿島に状況を説明しチャットを終了すると、通信を繋ぐ。この頃には艦娘達が司令室に戻り始め、少尉にとってはある意味で間一髪のタイミングだった。

 

 

 

 海図を映したモニターを見たまま日南少尉がぽつりと呟くと、長い金髪のローブドレスのウォースパイトが寄り添うように並び立つ。

 

 「艦隊の現在位置から北回り航路に入れれば、敵機動部隊の本隊まで一気に進めます。南回りですと護衛の機動部隊とも戦わなければならず、初戦で浪費した分の弾薬も含め、肝心の敵主力との戦いで物資不足で苦境に陥るかもしれない…それとも、艦隊の納得は得られずとも、今引きますか?」

 

 ウォースパイトが隣に立つ日南少尉の顔をそっと盗み見ると、少尉は前を向いたまま小さく頷く。

 

 「北回り航路に入れたら…文句なく決戦だ。南回りに入ったら…護衛艦隊を叩いて撤退する。勝っても負けても今回の出撃は次で終わりだ」

 

 「南回りだとツアー終了させちゃうの? 勝ってもだめなの?」

 その言葉を聞いた那珂の返事が作戦司令室に響き、スピーカーに注目が集まる。

 「聞こえてたか。ああ、南なら勝っても負けても次の戦いまでだ。指揮すると言うのは、気象条件や装備や物資に戦闘それ自体だけじゃない、君たちの感情の振幅…その全てを考慮にいれなければならない。今回の出撃、自分はそれを分かったつもりでしかいなかった。次で撤退しても、君達の負けじゃない。自分の責任だ」

 

 司令室に詰めた艦娘達は、日南少尉の発言に驚いている。午前中に香取が『今回の作戦の成功が危ぶまれる』と少尉にダメ出しをしたこともあり、多くの艦娘達はきっと少尉が遮二無二でも勝利を狙いに行くと考えていたためだ。だが、それでも少尉は目の前の勝利より、以前の様な守勢的な意味とは違う、別な何かを優先していると、皆は感じていた。肝心のその何かが掴めず首をかしげていたが、この場では、実戦経験が相応に多い龍田やウォースパイトが日南少尉の意図-戦いそれ自身に溺れずに熱く戦う事の重要性-を理解していた。

 

 「そっかー…それがプロデューサー補の気持ちなんだね。うん、那珂ちゃん納得! だからー、妖精さんにウルトラ頑張ってもらって、私達北周り航路を絶賛驀進中!! 今ねー、最後のプラントを通り過ぎたところでーす! キラーン☆ あっ、北北西に敵の偵察機はっけーん!! あれ? 敵の航空隊かな?」

 

 

 「………………………………はいっ!?」

 

 

 司令室が固まり、スピーカーからは那珂の楽しそうな歌声が続いていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。