あーいどーるはー、やーめられなーい。
「な、那珂っ!? もう北航路って!? 」
「だってプロデューサ-補が南回りだとツアー中止っていうからー。でもちゃーんと北回りコースに入ったでしょ? 那珂ちゃん、ツアーファイナルに向かって気分サイコー☆」
話が通じない。いや通じているが、那珂ちゃん語に変換されるためどこまで通じているのかが掴めない。そこが悩ましいものの、すでに進んでいるものは止められないし、何より狙い澄ましたように北航路、プラントを経由して敵主力の機動部隊の待つ海域最奥部へ進軍している。物資量はあと一会戦なら十分にあり、艦隊の士気はもとより高い。
「…逆に考えれば、これ以上出し惜しみする必要もない、か。那珂―――」
「ああもうっ。
呑気な言葉と裏腹に風切音と波音、何より砲撃音が連続して響き渡る。
「那珂、状況知らせっ! 一体どうなってるっ!?」
「…プロデューサー補、これより教導艦隊は戦闘態勢に入ります。こっちの偵察機も展開中ですがまだ敵影捕捉出来てないの。多分ね、海域が開け機動の自由が利きやすい南回りは前衛艦隊を縦深配置で迎撃、潮流の関係で航路が限定される北回りは、Dポイントを中心に索敵網を広げ敵本隊が直接乗り出す…これが敵の作戦みたいっ」
司令室を沈黙が支配する。流れるように明晰な分析に基づく状況報告を那珂がしている。
「…………あれ? 反応が悪いー。ちゃんと聞いてるー?」
「あ、ああ、すまない。すでに発見されている、という訳か。那珂、輪形陣へ移行、防空戦急げっ。祥鳳は彩雲、瑞鳳はただちに艦戦を上げろ、敵の第一波をしのいで反撃はそれからだ」
まさか那珂ちゃん語じゃなくてびっくりしたとも言えず、取りあえず誤魔化しつつ、日南少尉は急いで指示を出す。
ちなみに今回の戦闘に限らず、教導艦隊の作戦状況は宿毛湾泊地で音声のみだがライブ配信され、教官たちだけではなく宿毛湾本隊の艦娘達からもオープンフィードバックが集まる仕組みとなっている。桜井中将の執務室は勿論、食堂、自室、甘味処間宮、居酒屋鳳翔、会議室…いたる所で多くの艦娘が固唾を飲んでいる。
先手を取られた状態で始まった戦闘をいかに乗り切り勝ちにつなげるか―――教導艦隊の底力が試される。
◇
「敵艦隊東南東に展開…空母ヲ級二体、重巡リ級、軽巡ヘ級、駆逐ハ級二体を発見っ! 正規空母二からはすでに攻撃隊が発艦して…きゃあああっ!! …あーんもう、二式艦偵三番機と四番機、撃墜されちゃった」
輪形陣を展開する教導艦隊の中央では、自分の艦偵が撃墜されたことで瑞鳳が海面で地団駄を踏むように悔しがるが、これで敵勢力の位置と規模、そして一刻の猶予もならない事が判明し、全員の表情が引き締まる。演習では日南少尉の指示で常に先手を取り戦いを優位に進め、一方でシミュレーションとしてこういう状況を想定した訓練もしてきた。だが、状況と行為の起点が明確な訓練と違い、実戦は連続的かつ不確定に状況が動く。
発艦のための合成風力を得るために艦隊が向きを変え移動しながら輪形陣を展開した結果、その間に敵攻撃隊の接近を許し、さらに東南東に陣取る敵艦隊からは重巡リ級と軽巡ヘ級が横腹に突入してきた。いわゆるT字不利の状態である。索敵範囲の広い祥鳳の彩雲が敵艦隊を発見していれば避けられたかも知れないが、これは単なる結果論。
「
必死の形相で弓を引き絞り矢を番え、発艦を続ける祥鳳型の姉妹。祥鳳は少し前に、瑞鳳は1-4進出の直前に、それぞれ第一次改装は済ませており、二人ともスロット数も搭載機数も一緒である。祥鳳を発艦した一八機の零戦二一型は一気に増速し輪形陣の外へ出ると、少しでも優位な
ただ、遅かった。
すでに深海棲艦機の第一次攻撃隊が視認できる距離にまで迫る。その数八一機、相手は航空戦力の半分を投入してきた。対する教導艦隊の全機数は九六機、空母ヲ級一体で教導艦隊の軽空母二人の八割を超える投射量である。そして祥鳳の脳裏には、上空から被られ一航過で二機撃墜されながら、零戦隊が編隊を解き戦闘に突入した光景がフィードバックされていた。一八対二七、練度を考慮に入れれば、艦戦同士の戦いはまだ持ち堪えられるかもしれない。だが直掩隊は敵の攻撃力を減殺するのが役割である。艦戦同士の巴戦に興じている場合ではない。
「輪形陣左舷は雷撃隊に集中! 各員全砲門俯角一杯で斉射、相手から突っ込んでくるんだ、細かい事は気にするな。あ、でも古鷹は弾種換装忘れるな、信管調定は最短でいいっ!! 斉射のタイミングは那珂に任せるぞ。祥鳳と瑞鳳、そして時雨は艦爆隊を迎え撃てっ」
日南少尉から鋭い声で指示が飛び、古鷹、夕立、那珂が海面に全砲門を向ける。
「カウントダウンいっくよ~っ! すりー、つー、わん! なっかちゃーん!!」
今さらツッコんでる暇はない、『なっかちゃーん』のコールと共に一斉射撃。戦場を圧する轟音と、立ち込める砲煙と
「ここでこんな風に使うんですねっ! 少尉、流石です!!」
古鷹の感心した声は自身の放った二〇.三cm連装砲の砲口に向けられる。貫通力を犠牲にしてでも日南少尉が古鷹に装備させたのは三式弾。期待するほどの対空効果が無いと言われがちだが、それは指向性のある散弾効果を、上空を高速で移動する目標に期待するからだ。敵雷撃隊が編隊を解き包囲攻撃に入ろうとする直前、自ら高速で接近する相手に向け水平発射された三式弾は、カウンターのように炸裂すると大量の焼夷弾子をまき散らし、敵機のニ分の一程度を瞬時に葬った。突如燃え上がった空に飲みこまれるのを何とか回避した残りの雷撃隊も、夕立と那珂に撃墜され、あるいは海面にランダムに立ち上がる大小の水柱に激突したり、慌てて水面に接触するなどし、散々な目に遭い撃ち払われた。
「ただちに艦隊移動、取舵一杯! 那珂、古鷹と夕立とともに突撃! 時雨、祥鳳と瑞鳳とともに対空防禦厳とせよ」
日南少尉の指示が続き、緒戦の劣勢を徐々に押し戻そうとするが、それでも全てが思い通りにいく訳ではない。祥鳳の零戦が敵艦戦と激闘を続ける隙を縫い、さらに瑞鳳の直掩隊も振り切って襲い掛かる敵の急降下爆撃隊。回避運動に備え上空を見上げ、腰を落とし前後左右どの方向へも跳べるようにしていた祥鳳と瑞鳳だが、黒煙の中から突如現れ投弾されては回避のしようがない。
「ヅホ、危ないっ!」
狙われた妹の瑞鳳を突き飛ばす様にしてかばった祥鳳は直撃弾二、至近弾一により大破、継戦能力を喪失。その代りに敵機もあまりの至近距離での投弾で引き起こしが間に合わず海面に突入する機が続出、さらに時雨の高角砲と瑞鳳の航空隊による迎撃で次々と撃ち落される。
◇
やられたらやり返すと言わんばかりの勢いで、重巡リ級と軽巡ヘ級に横合いから突撃を開始した三人は、旗艦の那珂が先頭に立ち突進する。その姿を背後から見ていた夕立と、やや遅れて進む古鷹は戦闘中にも関わらず那珂の
それはまさに歌の振付。ステップを刻む足元と表情豊かで大きな上半身のアクションが逆だったり同じだったり、動きを先読みする事が出来ない。むしろより目立つ動きに釣られて、敵は那珂の動きの逆を撃たされている。接近を続ける那珂に慌てた敵の二体が挟撃しようと動き出したところで、那珂が夕立を振り返り見事なウインク。
「やっちゃうっぽいっ!!」
夕立が放った四連装酸素魚雷の斉射は、転舵し水面に描いた大きな弧の頂点で重巡リ級を捉え全弾命中。巨大な水柱の後、海面に立つものは存在していなかった。残る軽巡ヘ級は、自分たちが狙っていた通りに那珂と古鷹に挟撃され、瑞鳳の二式艦偵がもたらした命中精度向上と触接ダメージ上昇効果も加わりほどなく撃沈に成功。
◇
宿毛湾泊地第二司令部教導艦隊司令室―――。
「現在祥鳳さん大破、瑞鳳さんと時雨さん損害軽微。敵艦隊は重巡一軽巡一轟沈…でも、空母部隊と護衛の駆逐艦が無傷。ね、少尉、次の手は…」
秘書艦代行の由良が淡々と状況を報告し指示を仰ぐ。詰めかけた艦娘達の視線が集まる中、日南少尉は那珂と通信を繋ぐ。
「那珂、まだいけるか? 敵の第二波が来る」
「那珂ちゃんセンター、一番の見せ場です!」
「なら、無茶させてくれ―――」
◇
日南少尉との通信を終えた那珂は、艦隊に指示を出す。大破の祥鳳は後方に退避させ、これでこちらは五名。相手は四体だがうち二体が無傷の正規空母。航空戦力は半減させたとはいえ、同様にこちらも被害を受けてる。相対距離はかなり近づき、敵の攻撃隊の第二波も間も無く始まるだろう。
「みんなー、それじゃあ今回のツアーのファイナルステージ、いっくよーっ!!」
その言葉と同時に、那珂がきれいなジャンプを見せる。身体を逸らせ両手を大きく広げて、膝を曲げる、アイドルが砂浜でやるあれである。着水と同時に一気に加速した那珂に、今度は古鷹が遅れまいと続き、その両翼に時雨と夕立が展開し疾走を開始する。
「お姉ちゃんの分も…瑞鳳、絶対に頑張るからっ」
一人残った瑞鳳が手にしているのは、悔しそうに唇を噛みながら後方退避の命令に従った姉の祥鳳から託された矢と、自分の矢。初戦で無理押しをしたため、姉は艦攻隊を減らし、自分は艦爆隊を減らしてしまった。二人の矢を合せてようやく本来の搭載数に近づいたものの、敵にはまだ丸々正規空母一体分と第一波の残存部隊が残っている。戦力比で見れば自分の倍ほどの敵機に挑むことになる。
ここまで来たら綺麗事も泣き言も言ってられない-勝つだけだよねっ! 瑞鳳は一つ大きく頷くと、手にした弓に小さく口づけ、遥か先に陣取る敵艦隊を射抜くような視線を送ると、弓を大きく引き絞る。