それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 熱く危険なツアーファイナルステージ開幕


030. どんなになっても絶対負けない

 敵の第一次攻撃だけでこれだけの激戦になるとは…教導艦隊の司令室で誰もが重苦しい空気に飲まれ言葉を発せずにいる中、日南少尉は瑞鳳に指示を出している。

 

 「この局面で君に負担を掛け無茶をさせて済まない」

 「ん~じゃあねぇ、お返しに…朝ご飯作って? …お姉ちゃんにも、ね」

 「それくらいお安いご用だよ。だから…必ず帰って来てくれ」

 

 少尉の言う無茶、それは瑞鳳航空隊が取る選択ー水雷戦隊の援護か敵空母への攻撃か。現有の航空戦力では瑞鳳と那珂達の両方は守りきれず、守るだけでは最終的に磨り潰される。寡兵だからこそ集中…日南少尉は敵空母への攻撃を選択した。どちらを選んでも損害は避けられず、そして勝負の行方が見えない中、戦場は刻一刻と変わりゆく。

 

 

 「さて、と…。零戦が一八機、九七式艦攻と九九式艦爆がそれぞれ一二機ずつ…これでヲ級二体相手にどこまでやれるかなぁ」

 

 既に小さな黒点となり空を行く航空隊を見送る瑞鳳。ほどなく敵の第二次攻撃隊も殺到するだろうが、問題は、どの程度の戦力が振り向けられるか。敵本隊の艦隊防空、突入を続ける教導艦隊水雷戦隊への攻撃、あるいは自分への攻撃、どれを敵が優先するのか。自分達は既に選択を終えた。あとは敵の選択次第。今さらながら日南少尉の言う『無茶』の意味を噛み締め、身震いする。

 

 「…来た。てゆーか…部隊を分けたんだ。ふうん…少尉、勝てるかもよ」

 

 ざっと視認できた範囲で、敵航空戦力の約半数、四〇機程度の攻撃隊が接近してくる。迎え撃つのは零戦六機。偵察機用に充てていた最小スロットさえ艦戦を積んだ総力戦。それでも一対六以上の戦いはさすがに分が悪いが、瑞鳳はにやっと笑みを浮かべる。

 

 「艦戦は…一〇機、か。ってことは雷爆で三〇くらいね。お姉ちゃんみたいに上手く回避できるといいんだけどな~。でも大丈夫、あの時に比べたら全然マシだもんっ」

 

 あの時―――帝国海軍の落日、往時のエンガノ岬沖海戦で、瑞鳳はエンタープライズやアイオワを擁する総勢七〇隻からなる米軍の主力機動部隊と激闘を繰り広げた。沈むまでに三次に渡る二〇〇機を超える艦載機の猛攻を耐え抜いた記憶と意地が、瑞鳳を支える。

 

 「さあ、かかって来なさいっ! 小沢艦隊…じゃなかった、教導艦隊の本当の力、見せてあげる!」

 

 

 

 「いった!…痛いって言ってるじゃん!」

 「いい加減にするっぽいっ!!」

 「邪魔、かな…」

 「や、やられたっ…まだ、撃てます!」

 艦隊のアイドルも至近弾を受けては笑顔をキープできず、ちょっとオコな表情で空を睨む。那珂を先頭に古鷹、夕立、時雨の単縦陣は、主機を全開に上げ最大速力すれすれの三二ノットで突き進む。前方に小さく見える、敵本隊に必死の猛攻を加える瑞鳳航空隊の妖精さんの献身に、防御を捨ててでも全力攻撃に出た瑞鳳の覚悟に、応えるためとにかく急ぐ。

 

 空を乱舞するのは敵機のみ。五機の艦戦に守られた、艦爆中心で少数の艦攻を含む三五機程の攻撃隊がうるさく飛び回っている。額から伝う血と汗を構う間も無く、時雨が空を見上げ呟く。

 

 「敵は部隊を分けたんだね。そっか…少尉、勝てるよ」

 

 それは期せずして瑞鳳とほぼ同じ言葉。敵部隊は、第一次攻撃でも全力投射は選ばず、今もまた艦隊防空の直掩機を除き、兵力を分散して同時攻撃を仕掛けてきた。日南少尉が選んだ集中攻撃とは真逆である。

 

 「この程度じゃ僕たちを止められないよっ!」

 

 敵艦隊を古鷹の主砲砲撃圏内に敵を捉えることが第一の目標。回避は最小限度にとどめ、濃密な対空砲火で敵の接近を阻みながら速度を維持する。そのため爆撃隊は水平爆撃を繰り返すしかできず、雷撃隊は第一次攻撃で不用意に古鷹に接近し三式弾の斉射を受け甚大な被害を受けた事を警戒し、接近の機会を慎重に窺っている。

 

 

 

 すでに瑞鳳を発艦した攻撃隊は空母ヲ級の直掩隊、そして護衛の駆逐艦との間で戦闘を始めている。一八機の零戦は、味方の攻撃隊の護衛と敵艦戦の迎撃の両方で、徐々にその数をすり減らしてゆくが、攻撃隊がヲ級を射点に捉える地点まで送り込むことに成功し、一機残らず空と海の間に散っていった。

 

 それでも攻撃隊は、那珂達水雷戦隊の突入を助けるためヲ級の発着艦能力を奪い無力化、最低でも足止めを目指し空を翔け抜ける。

 

 海の白い魔女(空母ヲ級)-髪も肌も白磁のように真白く、青い瞳を宿す秀麗な相貌は無表情。脚部を黒い装甲状のブーツで覆い、体に黒いマントを羽織り、ステッキのようなものを手に持つ。頭部を覆うのは軽母ヌ級を彷彿とさせる巨大な帽子状の艤装。瑞鳳の航空隊は護衛の駆逐ハ級一体に引導を渡し、魔女が二体陣取る敵の本陣に襲い掛かった。

 

 「手前のヲ級を集中してやっちゃお?」

 瑞鳳と航空隊の妖精さんは感覚を共有し、意思疎通にタイムラグはない。対空砲火と艦戦の攻撃に晒され数を減らしながらも、果敢に突入を続ける九九艦爆と九七艦攻。何度目かの突入で二五〇kg爆弾三、九三式航空酸素魚雷三を叩き込み、ヲ級一体を撃沈することに成功したが、この時点で瑞鳳航空隊は潰滅した。

 

 

 「みんな…本当にありがとう。瑞鳳も負けてられないねっ」

 

 航空隊の潰滅はすでに瑞鳳も理解している。送り込んだ四二機全てとの感覚共有が途絶したからだ。口では負けてられない、と強がったものの、被害は決して小さくなく、第一次改装を終えモスグリーンに変わった装束も至る所が千切れ破れ、白い素肌が剥き出しになっている。全体としては中破状態、飛行甲板は損傷し、主機も出力が不安定になっている。悔しそうな表情で見上げる空、新たに急降下爆撃を仕掛けようと四機一組で降下を始めた敵機が…慌てたように上昇して去ってゆく。

 

 「え…おねえ、ちゃん…?」

 

 ひょっとして援軍とか、と周囲をきょろきょろと見渡し、瑞鳳は思わず棒立ちになり両手を口で押えてしまった。おそらくは第三戦速が精いっぱいなのだろう、それでも大破し傷ついた姿のまま、祥鳳が戦域に駆け戻り、上空に弓を向けている。

 

 正確には、稼働機の全ては瑞鳳に渡しているため発艦を装っているだけだが、それでも現れたもう一人の空母娘に、敵は体勢を立て直す必要に迫られた。粘り強く回避を続けた瑞鳳の奮闘もあり、爆弾や魚雷を浪費していた敵攻撃隊は、二人に増えた空母を倒すには攻撃力不足と判断、一旦補給のため戦闘空域を離れていった。

 

 

 助かった…瑞鳳がへなへなと力が抜けたように海面に座り込み、祥鳳は崩れ落ちるように海面にへたり込む。それを見た瑞鳳は慌てて海面を這うように進み、祥鳳を抱きかかえる。姉妹艦ではあるが実戦で肩を並べて戦う場面がほとんどなかった二人、それでも不思議と絆にも似た思いがある。

 

 「お、おねえちゃんっ!? なんで、どうしてこんなことするのっ!! 沈んじゃったらどうするのよっ!!」

 「ごめんね、ヅホ…。でも、退避しながら通信で戦況を聞いていたら居ても立ってもいられなくて…。少しは…お姉ちゃんらしいこと、してあげられたかな?」

 

 その言葉に瑞鳳は涙ながらに祥鳳を抱きしめる。重ね合う記憶の無い姉妹は、新たに受けた艦娘としての生で、思い出を新たに紡ぎ始める。

 

 

 妹を守ろうとした祥鳳のこの行動が、戦局を大きく動かしてゆく。

 

 

 

 「ふえっ!? 敵機が…離れてゆく?」

 

 古鷹の砲戦距離に敵を捉えつつある水雷戦隊だが、さすがに損傷が目に見えて大きくなり、行き足が鈍っていた。特に艦隊防空の要として二基四門の一〇cm連装高角砲で敵機の接近を阻み続けた時雨と、攻撃の要だが重装甲を頼みに防空網を突破した敵の攻撃を吸収して仲間を庇い続けた古鷹の疲労と損傷が激しく、ここで集中攻撃を受けるようなことがあれば、流石に持ち堪えられない…那珂が日南少尉に指示を仰ごうかどうか考えた時、空に異変が起きた。

 

 隊長機と思われる機を中心に雷撃隊が再度編隊を組み直すと、別な方角へと空を翔けてゆく。そして入れ替わる様に別な部隊がヲ級に向かう。どうやら補給のために戻ってきたようだ。先行する敵機が進む方角の先には、瑞鳳と祥鳳がいる―――気付いた那珂はぎょっとした。

 

 「やっばーいっ!! 祥ちゃんとヅホちゃんに目標変更(推し変)? みんなー、全力でいくよっ! 古鷹エルは砲撃開始、ヲ級の発艦作業妨害っ!! 夕立ちゃんは那珂ちゃんについて来てっ!! 時雨ちゃんは後方から援護射撃お願いっ」

 

 中破し疲労困憊、それでも古鷹は力を振り絞り増速すると、移動しながらの最大射程でヲ級目がけ斉射を続ける。対空防御を重視しての三式弾だが、対艦攻撃でも相応に効果を発揮する。往時では霧島が第三次ソロモン海戦の第一夜、敵旗艦サンフランシスコに対し三式弾で猛攻を加え、装甲貫通はできなかったが艦上構造物を大破炎上させた。

 

 肩で大きく息をしながらも、砲撃の手を休めない古鷹の第五斉射がついに命中、着弾と同時に瞬発信管が作動した三式弾がヲ級を爆炎に包む。ヲ級の艤装が激しく炎上し目的通り火災で発着艦能力を奪うことに成功、そして予期しない大爆発を起こした。瑞鳳と祥鳳を再攻撃するため戻ってきた攻撃隊に補給を行っていた最中の着弾で、爆弾や燃料などに引火した結果である。

 

 「ヲォォォ…」

 頭部の巨大な艤装と左腕は跡形もなく吹き飛び、黒いマントも僅かに肩周りに残るだけ。それでも右手に持ったステッキを支えに幽鬼のように立ち、怨嗟の声を上げる空母ヲ級。

 

 そこに―――。

 

 「おまたせー、ナカチャンダヨー」

 

 とびっきりのアイドルスマイルを浮かべた那珂が明るい声で吶喊する。その声を聞いたヲ級がぴくりと反応し、接近を続ける那珂を右手に持ったステッキで横殴りで攻撃する。

 

 「きゃはっ♪」

 嬉しそうな声を上げ、全開脚近くまで一気に脚を前後にスライドさせ沈み込んで躱す。ヲ級が自分の力に振り回され体勢を崩す間に、那珂は一気にダッシュし左側に急速接近する。そして始まる握手&ハグ会―――。

 

 「那珂」

 最初の右足の踏み込みから腹部に強烈な右フック、ヲ級がたまらず体を曲げる。

 

 「ちゃん」

 さらに一歩前に左足を踏み込み、返す刀の左フックが背中に刺さりヲ級が体を反らし悶絶。

 

 「どっかぁーんっ!!」

 そのまま背後に回り込むと、両腕でヲ級の胴体をロックし、全力で締め上げ一瞬で肋骨粉砕。そのままブリッジのように勢いよく体を逸らし、ヲ級を放り投げる…要するに背面ベアハッグからの投げっぱなしジャーマンである。

 

 勢いを利用してバック転、すかさずポーズを決めた那珂は、もう一体の駆逐ハ級を仕留めていた夕立に指示を出す。

 

 「はいっ、ここで特殊効果(特効)っ!」

 

 特殊効果とは、コンサート等で盛り上がる曲のサビ終わりに合せ、銀や金のテープや花火を打ち上げる演出。無論この戦場での特効、それは夕立の装備する計二基四門の12.7cm連装砲の砲撃による轟音と発砲炎である。那珂の投げっぱなしジャーマンで空中に放り投げられたヲ級を目がけ、夕立は斉射を加える。最後に残ったヲ級、空中で爆散。

 

 

 「いつもありがとーっ!! 追撃戦(アンコール)はぁー、今日はなしっ」

 

 砲煙で煤けた顔、あちこち破れ血の滲む衣装…それでもキラッ☆のポーズでウインクをする那珂が宣言する。これをもって教導艦隊は1-4最奥部に陣取っていた敵の主力機動部隊を殲滅、海域開放に成功した。


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