それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 那珂ちゃんどっかーんっ!


031. 笑顔で隠す思い

 大破:祥鳳、中破:瑞鳳、古鷹、時雨、小破:那珂、夕立…無事とはいえない状況ながら、1-4攻略戦は辛うじて勝利を収める事に成功した。状況の報告のため司令室と艦隊は通信を繋いでいるが、部隊六人の興奮が手に取る様に伝わってくる。

 

 「それじゃーこれから帰りまーすっ! プロデューサー補、打ち上げの準備よろしくぅーっ!」

 「提督、約束覚えてるよね? 朝ご飯、一緒にたべりゅからね」

 「この勝利、雨は…降ってなかったけど…とにかくそう、少尉のおかげだよっ!」

 

 スピーカー越しに飛び込んでくる声は疲れているが皆勝利に弾んでいる。その声を聞き心底安堵した日南少尉も、大きく息を吐くと、冷静さを装いながら、少し弾んだ調子の声で答える。

 

 「今からだと…帰りは明日の早朝になるね、打ち上げは無事帰ってきてから決めよう。いくら解放した海域と言っても、哨戒厳となすように。それでは港で会おう。皆、よく頑張ってくれた、本当に感謝する。…気を付けて帰っておいで」

 

 見えないのは承知、それでもそうしなければ気が済まない事もある。日南少尉はすっと背筋を伸ばすと踵を合せ、びしっと音が出そうなほど綺麗な敬礼を行う。司令室に詰めていた艦娘も、その姿に倣い敬礼を送る。しばらくの間スピーカーに向かい敬礼を続けていた日南少尉が振り返り、柔らかく微笑みながら解散を命じる。

 

 「皆もお疲れ様、聞いた通り艦隊が帰投するのは明日の早朝になる、今日は解散してくれ。ん? 自分は出迎えに行くよ、もちろん。皆は各自の判断に任せるよ」

 

 少尉にねぎらいや勝利を祝う言葉を残し、皆バラバラと司令室を立ち去った後、一人残った日南少尉は、両手を執務机に付くと、表情を歪め首を横に振る。出迎えに行く、とは言ったが心中は複雑なものがあった。

 

 「前回(1-3)もキツかったけど、今回も大破一に中破三、か…自分の指示で誰かが傷つくのは…やっぱり堪えるな…」

 

 艦娘が傷つくことを厭い戦わない選択肢はない、けれどもそれを勝利の代償、とは割り切れない。甘さ、若さ、優しさ、臆病さ…そのどれでもありどれでもなく、自分自身に折り合いを付けられずとも、日南少尉は自分の指揮が生んだ結果と向き合い、背負ってゆく。今はそれしかできないから。

 

 

 

 今日の宿毛湾は、湾内のゆるやかな波に朝日がきらきら輝き、眩しい水面が美しく、激戦を終え帰投する艦隊を出迎えるのにふさわしい朝である。この時間は宿毛湾泊地全体が動き始める直前で、波の音と遠くで鳴く海鳥の声だけが宿毛湾全体を支配する。そんな静けさの中を、突堤に向かい歩く二つの影。一つはゆっくりと歩く背の高い男性の影、言うまでもなく日南少尉である。その隣をちょこちょこと歩く影は、大きな黒いウサミミリボンを揺らす島風。

 

 「島風は眠たくないのかい?」

 「私、起きるの早いよ? だっていつもひなみんのご飯用意してるもん。今日はお出迎えだから作る暇なかったけど…ごめんね?」

 様子を窺うように日南少尉の顔を見上げる島風が、少しだけ不安そうな色を瞳に宿す。何も言わずに柔らかく微笑んだ少尉は、左手で島風の頭を左手でぽんぽんとする。出撃の関係で時間が取れない時以外は欠かさず朝食を作り運んできてくれる島風に、感謝をしても不満を言う事など少しもない。

 

 「ん?」

 「ん」

 

 島風の頭に置いた少尉の左手に島風の右手が重なる。二つの手は重なったまま頭から離れると、そのまま島風に手をつながれる。嬉しそうな表情をしながら、島風が行進のように大きく手と脚を振り出しながら歩く。

 

 「私ね、最近はこうやってゆっくり歩くのも悪くないかなーって思うようになったんだ。たまには、だけどね」

 

 

 ほどなく突堤が見えてきた。先客あり。

 

 「あっ、少尉さんっ!! …………と島風ちゃん、おはようございます、うふふ♪」

 「え?」

 「おう゛!?」

 

 銀髪のツインテールをきらきらと朝日に輝かせ海を眺めていた、白い礼装風の制服を着た艦娘-鹿島が振り返る。ぱああぁっと輝く笑顔で日南少尉を出迎えると、ゆったりと柔らかい微笑みを浮かべ、少尉から目を離さない。うるうると濡れた瞳に上気した頬は、そのまま鹿島の感情を現しているかのようだ。

 

 小首を傾げた島風が、おそらく教導艦隊の所属員なら全員思うであろう疑問を口にする。

 「え、鹿島教官って、第二司令部に接近禁止令が出てたんじゃないの?」

 ずいっと近づいてきた鹿島が、島風の顔を覗き込むようにして回答を口にする。

 「ここは港です」

 「え、でも、第二司令部のみな―――」

 「す・く・も・わ・ん、です」

 「お、おぅぅ…ひ、ひなみん、怖いよ…」

 

 鹿島の迫力に負けた島風が半泣きになりながら日南少尉にすがるように抱き付く。よしよしと頭を撫でながら、目の前の鹿島に、少尉も同じように訊ねてみる。

 

 「あの、鹿島教官…その、よろしいのですか?」

 無論接近禁止うんぬんの話である。拳を口にあてクスっと笑いながら、鹿島が答える。

「うふふ、あれは公的な命令ではありませんから。ただ、香取姉さんの気持ちも分かるので少し自重しようかなぁって。やっぱり鹿島は…教官ですから」

 最大限の自重の結果がLI●Eの絨毯爆撃とビデオチャットだったのだろうか。ただ、そのビデチャ以降、鹿島は日南少尉への連絡をぴたりと止めていた。習慣が突如止まる、その落差が少尉に鹿島の事を考えさせる効果を発揮していたのも確かである。

 

 「でも今日は、教導部隊のみんなが激戦の末に南西諸島防衛線攻略戦を勝ち抜いて帰投する日です。教官として、やっぱりお出迎えして、『よくやりましたね』って言ってあげたくて。…もちろん、少尉さんにも、ですよ。えへへ」

 気付けば少しずつ鹿島が日南少尉に距離を詰めてきた。どうやら島風はいない者として扱われている模様。少尉も何かに魅入られたように固まっている。

 

 「ねぇ少尉さん…鹿島に会えなくて、淋しかった? この勝利に…特別なご褒美…もらって、くれますよね?」

 鹿島の細い指がそっと少尉の頬に触れ、先ほどまで柔らかく微笑んでいた瞳が妖しく揺れる。すいっと背伸びをし顔を近づけようとした瞬間、鹿島が金縛りのように固まる。

 

 

 「おおぅ…これが引いてから一気に押すテク…さすが有明の女王。あ…ども…私達の事は…気にしないで、どぞ」

 

 至近距離で覗き込んでいたオレンジ色の法被を着た座敷童が、しゅたっと右手を挙げ挨拶をする。金縛りが解けた鹿島は、はっとした表情になり、そして一拍遅れて叫び出す。

 

 「き、きゃあああっ!! ってゆーか、は、初雪ちゃんっ!? …と?」

 

 見ればオレンジ色の法被に白い鉢巻、両手にはサイリウムを持った奇妙な一群-初雪、北上、川内、そして神通が、ギャラリーのように見物していた。慌てて体を離し、状況を理解しようと少尉に訊ねる鹿島だが、少尉にも分かる訳がない。

 

 「しょ、少尉さん…これは一体?」

 「い、いや…自分も一体どういうことかさっぱり…」

 

 鹿島が見た事のない集団に思いっきり戸惑う。日南少尉もここはコンサート会場じゃないよね、と顔を引き攣らせる。いそいそと北上と川内が突堤で位置決めをし、その間に初雪は「危ない…とこ、だったね」と島風にぼそぼそと囁き、鹿島から見えないように小さくVサインを送ると二人の後を追う。初雪と入れ替わる様に、顔を真っ赤にして小さく縮こまっていた神通が、少尉と目が合うと助けを求めるように近寄ってきた。

 

 「じ、神通? その格好は?」

 「………聞かないでください、少尉。いくら那珂ちゃんの出迎えだからって、何で私までこんな…」

 半泣きの表情で訴える神通だが、『楽しければ何でもいいよね』と川内に引きずられて列に戻される。

 

 「…那珂ちゃんさんファンクラブ…会員番号二番、初雪…」

 「会員番号三番の北上様だよー」

 「ファンクラブ名誉会長、川内参上」

 「……会員番号四番、神通…なんでしょう、顔から火が出るほど熱いです…」

 

 じゃあ練習ねー、と北上の軽い声とは裏腹に、四人は統制のとれた動きで踊り始める。神通はもはや泣き出しそうだが、熱いコールと、サイリウムをもった両手と上体が左右に激しく動くダンスが繰り返され、同じように北上の声でぴたっと静止する。

 「いいよいいよー、これでお出迎えの準備バッチリだねー。ねー少尉―、一緒にやる?」

 呆然と四人を見ていた少尉だが、無言のまま右手を顔の前で左右に振る。

 

 そうこうしているうちに、教導艦隊の艦娘たちが続々と港に集まる。結局遠征に出ている者を除き、全ての艦娘が集まり、艦隊の帰投を待ちわびている。香取もやや遅れて現れ、鹿島の姿を見て複雑な表情を浮かべるが、何も言わず出迎えの列に加わる。妹に思う所はあるが、今の香取はそれ以上に別な事で頭がいっぱいである。

 

 そして輝く朝日に照らされながら、水平線に現れた六人の艦娘の姿に、わあっと大きな歓声が上がる。先頭に立つのは、大きく手を振りながら満面の笑顔の那珂と夕立。二人の姿を見た日南少尉の表情が安堵に綻びかけ、そして固まる。遅れて背後に続くのは、時雨と古鷹、さらに瑞鳳に支えられた祥鳳。制服は激しく破れ、白い肌が大きく露出、至る所が火傷や怪我、出血で彩られた姿。その光景に、日南少尉は、制帽を目深に被り直し少しだけ俯いてしまった。

 

 -これが、自分の選択した結果だ。目を…逸らすな。

 

 ぎりっと歯噛みをし、再び上げた少尉の顔は、少しだけ辛そうな色を帯びた瞳を含めた柔らかい笑顔で飾られ、部隊を迎えるため突堤へ向かい歩き出す。

 

 「…おかえり、みんな。よく…よく、戦い抜いてくれたね。早く入渠するんだ、妖精さんも待機しているから」

 「たっだいまープロデューサ補っ! グループ(教導艦隊)オーディション(ドロップ)で新メン来たよっ! これは…妙高型の艤装かな」

 

 コンクリート製の突堤に到着し、脇に設けられたラッタルを元気よく上がってくる先頭の那珂が上陸した瞬間、ぴろーんという音が聞こえ、「新しいマップへの出撃が可能です」、続いてもう一度ぴろーん「おめでとうございます! 新しい海域への出撃が可能です」という文字が浮かんだような気がした。さらにぴろりーんという音が聞こえ、達成という文字が浮かんだような気もした。

 

 艦隊が無事母港に帰投した事をもって、正式に海域解放が認められた教導艦隊には、次の戦いの舞台となる南西諸島海域への進出許可と特務(EO)として鎮守府近海の対潜哨戒任務が同時に与えられた。さらにB9「空母機動部隊出撃せよ!」、B10「敵空母を撃沈せよ!」の二つの任務も達成となった。資材物資の追加補給に加えB10達成の成果報酬として、正規空母の赤城が教導艦隊に加わる…はずだった。宿毛湾泊地での教導システムに則り、宿毛湾泊地から本人の同意の下で日南少尉に貸与されることになるが、よりによって赤城が頑なに貸与を拒んでいる。

 

 「はあ…赤城さんのことは、遅かれ早かれ言わねばならないことですし…でも、気が重いですね」

 

 大きくため息をついた香取は、帰還と勝利を喜び合う教導艦隊に向かい近づいてゆく。




 ここまでで第二部終了となり、次回から次の展開に入っていきます。

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