それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 鹿島先生の抜け駆けを初雪阻止


想いが届く先
032. 強すぎる光


 宿毛湾泊地は、現在進行中の大規模進攻作戦(イベント)には不参加だった。大本営からの通達では中規模とのことだったが、広大な侵攻海域での複雑かつ難易度の高い作戦内容で、参加した各拠点からは悲鳴が上がるほどだったようだ。さらに後半戦も冬に控え、両方を合わせると空前の規模と言える。当然、参加した各拠点の各艦隊も大きな損耗を受け、艦隊の整備と休息を行うために宿毛湾泊地に寄港する艦隊が引きも切らず、外来者の受け入れで現在の宿毛湾は大いに賑わっており、教導艦隊もそのサポートに駆り出されている。

 

 そして今回宿毛湾泊地に整備休息のため寄港するのは、秋のイベントを何とか完走したものの大きな損害を出した大湊警備府の艦隊となる。

 

 

 「いい感じ、いい感じ。おぉ~、グッド~!」

 「こっちっぽい~。気を付けるっぽい~」

 

 港湾管理線まで進出した夕立と村雨が出迎えているのは、現在の日本海軍が旧海上自衛隊から継承した多用途支援艦AMS-4305(えんしゅう)、本州の拠点としては最北に位置する大湊警備府の母艦だ。国内外の各拠点は外洋展開能力と継戦能力を担保するため、艦娘の修理補給能力を付与された通常艦艇を1隻ないしは複数有している。

 

 村雨が進路微調整の指示を出し、えんしゅうもスムーズな動きでそれに応える。先行する夕立が両手を大きく振り、投錨地点を示すと、速度を落とした母艦は機関停止。あとは惰性で進むのを、夕立と村雨が対角線の位置で支えつつ位置を調整しクッションが展開されたエリアに静かに接岸する。海から突堤にあがるため設けられたラッタルを駆け上がった夕立と村雨は、突堤で待つ日南少尉の元へと急ぐ。

 

 艦の中央部から自動式乗降用ラッタルがゆっくりと着地すると、最初に降りたったのは、白い巫女服のような着物を着た秘書艦を従えた中年の男性。艦隊司令、だね? 夕立と村雨が目で会話をし、二人とも小さく頷く。

 

 「ようこそっぽいっ! 宿毛湾泊地教導艦隊所属、夕立がお出迎えするっぽいっ」

 「いらっしゃいませ~! 同じく村雨よー。お客様が何名でもスタンバイオーケーよ」

 「自分は宿毛湾泊地教導艦隊を預かる日南少尉です。本日は桜井中将の命を受けお迎えに上がりました」

 

 両手を前に広げるように差し出し笑顔の夕立が左に、唇に指を添えウインクをした村雨が右に、そして敬礼の姿勢を取る日南少尉。一方の大湊艦隊の司令官は、制服の上着は着ておらず、カーキ色のタンクトップというラフな格好だが重々しく答礼を行う。

 

 「出迎えごくろう、私は大湊警備府司令長官の樫井 宗孝(かしい むねたか)大佐である。私以下艦娘三二名、宿毛湾泊地での整備休息で世話になる。桜井中将にはすでにお願いしてあるが、くれぐれも大湊の艦娘を労わっていただきたい」

 

 挨拶の間にもえんしゅうのラッタルから続々と艦娘が降りてくるが、半分程度は損傷もそのままに破れた制服をまとっている。樫井大佐に寄り添う秘書艦、扶桑型超弩級戦艦二番艦の山城も大破状態で露出の高い状態だが、大佐の制服の上着を肩から羽織り、素肌を隠している。

 

 

 年の頃は四十代前半の樫井大佐。良く言えば手堅い、悪く言えば凡庸な指揮官として認知され、そして本人はその評価を快く思っていない。世代で言えばかなり遡るが、樫井大佐も兵学校卒で日南少尉の遠い先輩に当り、候補生制度の創設期の卒業年次となる。当時樫井大佐は候補生には選ばれず、パラオ泊地の補佐官からキャリアを開始した。以来大湊警備府の司令長官の座に辿り着くまでに一〇年以上を要した。将官になるには赴任地司令官の推薦を得て海軍大学校へ進まねばならないが、『特筆すべき実績がない』との理由で推薦が得られず、佐官のまま大湊警備府へと配属された叩き上げの苦労人である。

 

 

 -若きエリートとその部下、か。俺とは対照的だな…。

 

 はたして、夕立の自己紹介に含まれた『教導艦隊』の言葉に、樫井大佐の目が一瞬、誰にも気づかれないほど僅かに嫌悪の色を帯びる。宿毛湾の司令部候補生と教導艦隊といえば、エリートコース中のエリートコース、海軍内では将来の四大鎮守府の提督候補と認知され、同時に着任条件も教導課程のハードルの高さゆえここ数年は着任が無かったことも知られている。

 

 「…教導艦隊所属、と言ったな? ということは、君が司令部候補生か?」

 「はい、そうであります!」

 「そうっぽい! 日南少尉が夕立たちの()()()っぽい」

 樫井大佐の問いに短く答えた日南少尉に、左腕にしがみ付きながら夕立が間髪入れずに続く。

 

 にぱっと満面の笑みを浮かべて夕立が答えたが、『司令官』の言葉に樫井大佐の感情が刺激された。それでも言葉柔らかに、諭すように日南少尉に話しかける。

 「ううむ、いかんなあ。無任地の尉官が自らを司令官と艦娘に呼ばせているのか? それは増長というものだな。軍は階級と職名により正しく動く組織だ。少尉、ただしく候補生…あるいはそうだな、見習とでも呼ばせるのがよいだろうな」

 「…申し訳ありません、自分の監督不行き届きです」

 「夕立が呼びたいように呼んでるっぽい。日南少尉は何も悪くないよ? それに少尉はすぐに教導クリアして出世するから、今のうちから司令官って呼ぶのに慣れておいた方がいいっぽい♪」

 

 小首を傾げきょとんとした表情の夕立は、無邪気な笑顔でさらに樫井大佐を刺激してしまう。樫井大佐は、今度は嫌悪を隠さずに声を荒げようとしたが、村雨は大佐の表情の変化を見逃さず、巧みに話の腰を折りつつ話題を変える。樫井大佐の暴発を押さえるためあえて中将の名前を出し、夕立を伴うとすたすたと先を進む。日南少尉も慌てて一礼すると、ではこちらへ、と言って二人の後を追いかける。

 

 「夕立、早く大湊のみんなをご案内しよう? 桜井中将も待っているでしょうし、ね? それでは大湊のみなさーん、こちらですので、着いて来てくださいねー」

 

 

 -ねえ村雨、夕立、何か悪い事言ったぽい?

 -ん~イケメンエリートにオジサンが嫉妬しちゃったのかな?

 

 

 「………聞こえてるんだがな」

 

 小声で話していた夕立と村雨の会話が、不幸にも風に乗り樫井大佐、そのそばに侍る秘書艦の山城の耳に届く。制帽を目深に被ったやや小太りの大佐がぎりぎりと歯ぎしりするのを、山城は秀麗な顔をやや青ざめさせ、不愉快そうに眺めていた。

 

 

 

 宿毛湾泊地本部棟―――。

 

 宿毛湾泊地提督の桜井中将、秘書艦の翔鶴、教官の大淀と香取と鹿島、工廠責任者の明石、オブザーバーとして鳳翔と間宮が参加するこの会議は早朝から続き、資材物資の収支報告、艦娘の育成状況、作戦遂行状況と戦果報告、他拠点から直接間接に寄せられた情報の分析、そして進行中の秋季の大規模進攻(イベント)に伴う整備補給受入対応など、多くの議題を話し合い、確実に結論付けていった。

 

 「今回のイベント、かなりの整備補給寄港要請が寄せられている所を見ると、激戦のようですね」

 大淀の問いかけに桜井中将は大きく頷き、補足するように話を継ぐ。

 「…確か今日は大湊警備府の艦隊が入港する予定になっていたね、もう着いた頃だろうか。さて、次の議題は、皆分かっている通り、教導艦隊を率いる日南少尉のレビューだ。現在少尉は鎮守府海域1-4までを解放、教導も折り返しになり、次は南西諸島海域の解放だ。加えて任意対応の、鎮守府近海での敵潜水艦掃討と航路護衛のEO(特務)もあるね。それぞれの担当分野ごとにサマリーをもらえるかな」

 

 全員が大きく頷きつつも、何となくそれぞれの方に視線を送ってしまう。この場での立ち位置を考えると、桜井中将と秘書艦の翔鶴は、立場上口には出さないが、折々の言動から日南少尉を温かく見守っているのが明らかだ。鳳翔はやや距離を置きながらも同様のスタンス。将来性は認めるが厳し目の立場を取るのが香取、実力を認めさらに肩入れしすぎなのが鹿島、本当の意味で中立なのは大淀と明石という所か。

 

 司令部候補生の業務は、編成・出撃・演習、遠征・補給、入渠・工廠・改装に大別され、これは規模の大小を問わず艦娘運用基地の責任者が網羅するものと全く同一である。教導艦隊においては、編成と任務消化:大淀、出撃・演習:香取・鹿島、遠征:香取、補給:鹿島、入渠・工廠・改装:明石 の担当で監督及び指導、そして査定を行う。これに加え生活指導:鳳翔による評価も加わる。

 

 こほん、と軽い咳払いをした大淀が話を進め出す。

 「それではお手元の資料をご覧いただけますでしょうか。これは日南少尉の戦績表示です。具体的な数字は割愛しますが、総評として勝率の高さはこの初期段階とはいえ過去の候補生の平均を遥かに超えています」

 

 この言葉に鹿島がにんまりと笑みを浮かべうんうんと頷く。

 「はいっ! 少尉の作戦指揮は、効率性と展開速度に重きを置いたもので、そう、とてもスマートなものです。選択と集中、まさにその言葉通りかと」

 「とは言っても、母数となる出撃数が少ないので率換算なら高くなって当然では? 」

眼鏡をくいっと持ち上げ香取がカットインすると大淀も頷き、対照的に鹿島がぷうっと頬を膨らませ不平を露わにする。

 

 「その指摘は確かです。勝()は確かに高いですが、作戦数自体が少ないのである意味では当然かと。ただ日南少尉の着任時期が前回のイベントと重なったため、特に入渠は優先度選別(トリアージ)がかかっていました。そのため作戦遂行への間接的な影響があったのは否定できず、ある程度考慮するのが公平と思います」

 「建造も少ないですねー、もっと頑張ってほしいです。私も夕張も暇で遊ん…あわわ、いえ、工廠の稼働率をもっと上げたいなー、なんて、あははー。あ、でも、装備の開発はかなり熱心ですね。入渠に関しては、タイミングは早いです。作戦実施後は損傷の程度によらず必ず入渠ですね。でも艦隊の稼働率を結果的に高めていると思います」

 

 明石が話に割って入り、言わなくてもいい事をいいそうになり慌てて口を塞ぎ、周囲は苦笑する。トピックはランダムに変わりながら議論は進み、その様子を興味深そうに眺めていた桜井中将だが、徐に話を鳳翔へと振った。

 

 「そうですね…日南少尉は、繊細でお優しい方だと思いますよ。好意の種類や濃淡は様々ですが、教導艦隊は皆少尉に好感を持っているようですね。明確に好意、という意味では数名でしょうか。ただ…」

 

 鳳翔にしては珍しく言い淀み間が空いた。お茶を一口飲むと改めて口を開く。

 

「ただ、少尉は自己抑制が強い方なので、艦娘との関係を判断するには時期尚早と思います。言い換えると…抑制しなければならない何かを心の奥底にお持ちのような…。なので、艦娘との距離を一定に保とうとしているのでしょうか」

 

 

 

 「どっちの脇腹が弱いっぽい? こっちっぽい?」

 日南少尉の左腕に右腕を絡めた夕立は、空いたもう一方の手で少尉の脇腹をくすぐろうとする。

 「少尉、村雨はこの後予定ないんですよ? 秋だしー、ちょーっと美味しい物でも食べたいかなあ、って」

 同じように少尉の右腕に胸を押し当てるようにぎゅうっとしがみ付く村雨は、意味ありげな視線で見上げる。

 

 自分は距離を空けても相手から詰めてくる事はままあることで、両方から腕にしがみ付かれた日南少尉は、やや歩きにくそうにしながら、時折後ろを振り返りながら樫井大佐を桜井中将のもとへと案内を続ける。


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