それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 指輪の重さは外した者しか分からない。


038. ダンス・オン・ザ・タイトロープ

 「遅いのよっ! 今から陣形変更なんて出来る訳ないでしょう、ああもう、話は後よっ!! 南南東から一人…姉様、お願いしてもいいかしら、近づけないで。…はあっ!? 北北西からも…ってなんて速度!! 島風ね…満潮、そっちは任せたわ。挟撃って訳、面白い事してくれるじゃない」

 

 樫井大佐の指揮にダメ出しをして、山城は立て続けに迎撃を指示、突入を開始した教導艦隊との戦闘態勢に入る。樫井大佐と山城の間のギクシャクした艦隊運用の間隙を突くように、海上を疾走してきた教導艦隊が大湊艦隊に挑み始める。それは日南少尉の合理性を彼の艦娘達が超えようとした戦いでもあった。教導艦隊の出撃直前まで時計の針を戻してみよう。

 

 

 

 「ヒナミ、この手はいったいどういう意味かしら。説明してくださる?」

 「うん? 負けないための手だけれど?」

 

 ずいっと一歩前にウォースパイトが出て日南少尉の瞳の奥まで覗き込もうとする。まったく納得いかない、全身でそう訴える女王陛下の不満を、さらりと受け流し、日南少尉は説明を始めた。

 

 「自分達は狙いを旗艦と副艦に絞り撃破する。大湊艦隊との間には、意欲や技術だけで覆せない練度差があるのは事実。けれどこれは演習だ、ならB判定で十分…ルールの枠内で勝敗を言うなら、SもAもBも全部同じ。何より今回は…負ける訳にはいかないからね」

 

 沖の島の仮設指揮所がざわめきに包まれる中ブリーフィングは終了し、出撃組に注目が集まる。共有された作戦は、自分たちが弱く勝ち目が薄い現実を前提としたもので、艦娘達にはすっきりしない感情が残ったが、少尉の論理的な説明に口で勝てる者はおらず、またリスクは高いが作戦としては緻密なものであり、誰も異を唱える事は出来なかった…。

 

 「確かに少尉の作戦は、何ていうか…うん、事実だけどちょっと傷ついたかな。でもB判定以外だめとは言われてないよね。だから、少尉の作戦を下敷きにA勝利を狙おうよ。僕たちは負けない、その上で勝つ。どう、かな…?」

 

 出撃前のストレッチをしながら、時雨は部隊に問いかけ、ちらりと上目使いで仲間に視線を送る。恐らく皆同じ気持ちだったのだろう、ガッツポーズで応える者、大きく頷く者、様々だが反論は見られない。

 「シグレ、貴女も秘書艦として成長していますね。私達の今の実力、ヒナミに正しく理解してもらいましょう」

 満足そうな表情でウォースパイトが答え、全員が大きく頷き、全員が出撃ドックへと向かい歩き出した。

 

 

 

 そして現在、教導艦隊は厚い壁を打ち破るため苦闘を続ける―――。

 

 南南東からは三二ノットで古鷹が、北北西からは四〇ノットで島風が、大湊艦隊を南北から挟撃する。作戦開始当初から単独行動を取り戦場を大きく迂回していた島風が位置に付いた事を受け、作戦は開始された。

 

 まずは古鷹が大湊艦隊に迫り、砲雷同時攻撃を敢行する。両脚を肩幅よりやや広く開き体勢を安定させると右手を大きく前に振り出し、肩と腕、さらに左肩越しに出張る可動式台座の連装砲計三基での斉射を開始、やや遅れて太ももに装備した魚雷格納筐が回転し四連装酸素魚雷の長射程雷撃を加える。対する大湊艦隊も、最後尾にいる艦から古鷹の砲撃音を圧する轟音が響き黒煙が巻き上がる。旗艦が山城である以上、同型艦の扶桑による大口径砲の一斉射撃なのは明白だった。最大射程距離ギリギリまで接近した古鷹は、むしろ扶桑の主砲にとっては有効射程距離まで相手が近づいてきたことになり、余裕をもった応射で乱暴に出迎えられたことになる。

 

 往時の扶桑型超弩級戦艦は強大な破壊力を誇る反面、遠距離射撃時の散布界が広くなる傾向があった。艦娘が往時の記憶や体験を引き継ぐ以上、現在の扶桑山城もその傾向があるはずと日南少尉より事前に知らされていたが、予想を超える精度の高い砲撃が加えられ、初弾挟叉、さらに続く第二撃で至近弾多数と直撃弾一で古鷹はあっという間に大破判定に追い込まれ撤退。

 

 古鷹の砲撃と同時に、島風が四〇ノットの最大戦速で突入を開始していた。島風は可能な限り低い姿勢で敵の迎撃と風の抵抗を減らし、前へ前へと突き進む。長い金髪がほぼ水平になり風になびき、顔には礫のような痛みで水しぶきが叩きつけられるが、それでも目を閉じることなく、一直線に突き進む。前方からはすでに測距を兼ねた第一斉射が始まり、駆逐艦娘が迎撃のため向かってきているのが見える。

 

 「島風からは逃げられないって! 五連装酸素魚雷、開度一二でやっちゃうから!」

 

 古鷹が注意を引いた間に相手の陣形を突き崩す一手。高速雷撃で輪形陣の維持を許さず、個艦回避を強要する。連装砲ちゃん達を縦横に走らせ迎撃に応射しながら、島風自身はブレーキをかけ体幹を九〇度くるっと回し、お尻を突き出すようにしてスレンダーな上体を滑らかに反らせ、横撃ち雷撃のため背負式の五連装酸素魚雷の魚雷格納筐を回転させる―――。

 

 「甘いのよ、ホントに。何度も見たわよそれ」

 

 急速接近してきた満潮の右腕にある12.7cm連装砲C型改二が火を噴いたのを島風は視界に捉えた。島風型の弱点、それは最大の武器となる雷撃の開始体勢にある。背負式の魚雷格納筐を回転させ安定した射撃体勢に入るには、一瞬ブレーキをかけ若干速度を落とし体勢を整える必要がある。何度も他の島風と演習で対戦した事のある満潮はその弱点を把握し、狙い撃てる練度に到達していた。島風としても、今急加速すれば満潮の砲撃は躱せるが、まだ雷撃が完了していない。自分の役割を考えると、逃げる訳にはいかない。

 

 -速くなるんじゃなく、君は強くなるんだ。

 

 心に刻んだ日南少尉の言葉を拠り所に、撃たれると分かっていても撃つ。島風は五連装酸素魚雷の斉射を済ませ、ぎゅっと目を閉じ体に力を入れ着弾の衝撃に耐える準備をする。

 

 島風が雷撃を完了したのとほぼ同時に満潮の砲撃が着弾、島風中破。それでも放たれた五射線の酸素魚雷は五〇ノットを超える雷速に到達し大湊艦隊に襲い掛かる。島風の中破と雷撃を許したことは満潮によりすぐに山城に報じられ、山城は個艦回避後単縦陣に遷移の指示を出す。

 

 「たった二人での挟撃ってバカなの? ………いいえ、バカは私達か。雷撃は輪形陣を崩すための囮…ここで航空攻撃(切り札)って訳ね。もう樫井大佐(アイツ)の指示なんか待ってられない、各艦対空射撃開始! ここが山場よっ!」

 

 すでに大湊艦隊は、古鷹と島風の挟撃のため陣形を崩され、かつ回避行動による蛇行で航行速度が低下している。ここで空を切り裂いて殺到してきたのは、赤城が発艦させた第二次攻撃隊。大湊艦隊の各艦は空を睨みあげ対空射撃の準備をしながら、これまでの回避運動で落ちた速度を上げようと疾走を続ける。第一次航空攻撃を撃退したのと同じように、針鼠のように集中配備された鬼怒の三連装二五mm機関砲が唸りを上げ、次々と赤城の航空隊を火の塊に変えてゆく。が、先ほどと違い赤城の編隊は崩れず、猛進してくる。やがて江草隊が副艦の最上に集中的な急降下爆撃を加え、ついに大破判定にまで追い込んだ。他の艦娘には目もくれず最上だけを狙ってくるため、自然と対空砲火の火線が同一方向に集中した。

 

 「みんな、動きが単調になると…ほら…」

 扶桑の懸念通り、ここで海面を低空で進入してきた友永隊が一斉雷撃を仕掛けてきた。崩された陣形、最上を守るため集中させた対空砲火、単調になった艦隊運動…この雷撃が本命かと旗艦の山城がぎりっと唇を噛み、ようやく樫井大佐からの指示が入る。

 

 第二次航空攻撃に備えた輪形陣に加えられた挟撃での雷撃戦で陣形を崩された所で、満を持した航空攻撃。常に後手後手に回っていることに、樫井大佐は頭の芯を焼かれるような怒りを感じていた。それでもここまでの状況は押し気味-大湊艦隊:最上大破、山雲小破に対し、教導艦隊:神通大破、古鷹大破、島風中破。だが、ここでまともに航空攻撃を受けてしまえば戦況を引っくり返されるかもしれない。樫井大佐が窮地を脱するため出した指示は、山城の考えと同じだが異なっていた。

 

 「艦隊、面舵いっぱい大回頭っ!! 雷撃を躱していったん退避、事後別命待てっ!」

 「艦隊、面舵いっぱい大回頭っ!! 体勢を立て直して、今度こそ砲戦で叩くわよっ!!

 

 

 これこそが、日南少尉の真の狙いだった。航空攻撃さえ囮として、陣形を崩し来てほしい方角へ大回頭を強制、速度を低下させ誘導する。そこを狙い撃つのは―――。

 

 

 「Target insight, open fire!!(目標補足、全門斉射っ!!)

 

 二〇〇〇〇mまで距離を詰めたウォースパイトの眼前で行われた大回頭、しかも各艦の速度はまちまちで、目標艦-山城の速度は強速程度まで低下している。山城は必死に増速しようとしているが、一旦落ちた速度はなかなか戻らない。往時の扶桑型は、度重なる改装の結果、重量の増加による乾舷の低下、予備浮力の減少、高重心等で、急回頭を行うと大きく艦が傾き速度が大幅に低下する事に悩まされた。艦娘として現界した扶桑も山城も、巨大な艤装による高重心で同じ傾向を示している。

 

 玉座を模した艤装から、両手で体を支え少し腰を浮かせるようにし、ウォースパイトはしっかりと狙いを定めて斉射を開始する。玉座を左右から覆う艦首様の装甲に設置された、速射性と集弾性に優れる38.1cm Mk.I連装砲は火を噴き続け、第二撃で挟叉、第四第五斉射で直撃弾を与え、大湊艦隊の旗艦山城を中破に追い込んだ。もっともウォースパイトも無傷とはいかず、大湊艦隊の応射や突入してきた満潮と山雲の砲雷撃により小破判定となった。

 

 

 「全員最大戦速で離脱っ!! あとは時間まで逃げ切れっ!!」

 

 

 大湊:旗艦中破と副艦大破、教導艦隊:旗艦小破と副艦無傷。

 

 

 ここで逃げ切れば判定勝利となる。日南少尉は、最初からこのために、大湊艦隊の追撃が及ばない距離に赤城を配置し副艦の時雨を護衛に付けていた。が、状況は思い通りに進まない。

 

 

 「最初から…これが狙いだったのね、小癪なっ。各艦は私を顧みず前進して! 教導艦隊を撃滅してくださぁーい!」

 

 怒りの形相を露わにした山城が号令をかけ、無傷の扶桑を中心とする大湊艦隊がウォースパイトの追撃戦に入る。ここで女王陛下を逃せば判定負けは免れない。先行して快速を利した満潮と山雲が一気に距離を詰め進路を妨害し、次々と加えられる攻撃によりウォースパイトは損害の度を増してゆく。

 

 そこに―――。

 

 ウォースパイトの前方から大湊艦隊に向け疾走する雷撃を追いかけるように、時雨が一〇cm連装高角砲を乱射しながら突入してきた。

 

 「なっ! シグレ、貴女まで前線に出るなんて、ヒナミの策がっ!!」

 「君がやられたらおしまいだからね。それに…山城を大破させればA勝利が…!!」

 

 すれ違いざまにサムズアップを見せると大湊艦隊との間に陣取り、海面を踊るようなステップで大湊の攻撃を躱し続ける時雨と、中破ながらも北方から再突入した島風の姿を何度も振り返り、ウォースパイトは出せる全速力を出し続けた。

 

 

 あともう少しで演習がタイムアップになる時間、時雨が気を抜いたのか、山城の執念が上回ったのか―――。

 

 「邪魔だ…どけえぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 咆哮とともに放たれた山城の一斉射撃が時雨に迫り、演習の終了を知らせるサイレンが海域に響き渡った。


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