それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 山城にあの台詞を言わせたかったのです、はい。


039. 君が見えない

 ノックの後入室を許可された日南少尉は、秘書艦の時雨を伴い、桜井中将の執務室を訪れていた。演習後のレビュー…普段なら会議室で参加した関係者全員を集め戦術面のディスカッションを行うのだが、今回は様子が違うようだ。

 

 結果から言えば、演習は大湊警備府艦隊の勝利に終わった。教導艦隊から見れば戦術的敗北、判定だが負けは負け。演習終了直前に山城が時雨に叩き込んだ一斉射が明暗を分けた。日南少尉の作戦のとおり、教導艦隊側が徹底した回避行動に入っていれば、勝敗は完全に逆転していた。だが、追撃を受けたウォースパイトの援護とあわよくば山城の大破を狙い突撃した時雨の判断は、結果を見れば完全に裏目に出たといえる。

 

 結果を直接左右したのは時雨の行動だが、敗北の種はそれ以前に撒かれていた-それが日南少尉の認識だった。高速接近からの長射程雷撃での一撃離脱を古鷹にも島風にも指示してあった。彼女達は大湊艦隊の陣形を突き崩し回避行動を強要するまでが役割だったが、何故か古鷹は足を止めて撃ち合い、島風も長射程雷撃ではなく必中距離まで進出した。ここで二人が損傷を受け、敵の追撃を受けた際に展開する予定だった防御体勢が取れず、時雨の突出を招いた。

 

 

 -だが、何故なんだ?

 

 日南少尉にはそれが理解できず、ゆえに帰投した艦隊を微妙な表情で出迎えるしかできなかった。

 

 

 「ともあれ、疲れただろう。まあ掛けたまえ」

 

 執務机について目を眩しそうに細める笑顔を浮かべる中将の言葉に従い、応接の革張りソファーに腰掛ける日南少尉と時雨。クッションを確かめるようにお尻で軽くバウンドする時雨を日南少尉は目線で窘めるが、桜井中将は気にするそぶりはない。

 

 

 「さて…日南少尉、今日は完敗だったね」

 「「え…?」」

 

 

 日南少尉と時雨が思わず顔を見合わせる。確かに教導艦隊は負けた、だが判定負けであり、完敗と言われるほどではないはずだが…。納得のいかないような表情の二人に、桜井中将は今まで見せた事のない厳しい表情で居住まいを正す。

 

 

 「自分の艦娘を綱渡りのような作戦に駒の如く当て嵌める指揮官」

 ぐっと苦い表情に変わる日南少尉。

 

 「疑義のある作戦を示され、議論を深めるでも駒に徹するでもない艦娘達」

 泣きそうな表情に変わる時雨。

 

 「大湊艦隊に指揮の乱れが無ければ一蹴されていただろう。日南君、君は教導課程で一体何を学んだというのだ?」

 

 有能さの片鱗を随所に見せるが、年相応に未熟な所もそれなりに持ち合せる少尉を、宿毛湾泊地の所属艦娘達は口では色々言うものの好ましく思っている。それは泊地を預かる桜井中将と翔鶴以下、司令部要員や教官たちも同様である。なので、桜井中将がここまで厳しく日南少尉に接したのは初めての事である。

 

 膝の上に置いた手を震わせ、怒りと悔しさをかみ殺しながら俯く日南少尉が、大きく深呼吸をして面を上げる。貼り付けたような無表情で、桜井中将に相対する。

 

 「自分の作戦指揮が至らず、このような結果になりました。恥じ入るばかりです」

 「ち、違うんだ、中将っ! 僕が余計な事を言いだして…日南少尉の作戦通りなら絶対判定勝利は得られる。けれど、僕達は、どこまで自分たちが成長しているか少尉に見せたくて…A勝利狙いでいこうと決めて、あんなことになっちゃったんだ…」

 

 中将に訴える時雨の姿を見て、日南少尉はようやく納得がいった。古鷹と島風が一撃離脱ではなく撃ち合ったり深入りした事、ウォースパイトも退避に入るタイミングが遅かった事、なにより時雨が突撃した事…。

 

 「この演習は負けなければそれでいい、何度もそう言っただろう?」

 僅かだが日南少尉が声を荒げ、普段との違いを敏感に感じた時雨がびくっと怯えた表情に変わる。場を引き取る様に、桜井中将が、今までとは一転した穏やかな声で、少尉を諭し始める。

 

 「では日南君、君は勝ちたくなかったのかい?」

 「え…? いえ、そんな事は…。ただ客観的に分析すれば、彼女達に無理を強いるべきではなく…」

 

 「勝ちたいなら、何故自分の艦娘達にそう言わないんだ? それとも、君の艦娘は君の思いや願いを託すに値しないのかな? 時雨もだ。人は言葉を介してしか思いを分かち合えない。不器用でもいい、何度同じことを聞いてもいい、なぜ日南少尉と納得ゆくまで話し合わない? それとも、君の指揮官は心を開くに値しないのかい?」

 

 中将のその言葉に、先に口を開いたのは時雨だった。思いつめたような、本当に口に出していいのか分からない、でも今を逃したら言えないかも知れない…そんな揺れる表情で、日南少尉を見つめながら訥々と言葉を紡ぐ。

 

 「…正直、少尉の事を怖い、って思う事が…あるんだ。おっきな夢を持ってて、僕達なんかより何手も先を読んで、滅多な事じゃ慌てない。何ていうのかな、本当の所で何を考えているか分からなくて、僕が何を言っても届かない、聞いてもらえないんじゃないか、って…。だってそうじゃないか! 君は…いつも何も言ってくれない! 好きな食べ物も好きな色も、どんな音楽が好きで趣味は何で…とか、こんなに近くにいるのに、僕は君の事が見えないんだっ! まるで…まるで…」

 

 

 そこまで言うのが精いっぱいだったのだろう、時雨はわんわんと声を上げて泣き出した。

 

 

 「日南君…時雨の言ってる事は、おそらく他の艦娘達も感じていると思うよ。君はまだ若い、自分の感情にもっともっと素直になった方がいい。艦娘は司令官との縁を強く感じれば感じるほど、強くなる。それは機械のような司令官ではできないことだ。二人とも、真っ直ぐに相手を見て素直になる事だ」

 

 そこまで言うと桜井中将は立ち上がり、ただ茫然とする日南少尉に言葉を残し、杖を突きながら執務室を後にする。

 

 「しばらく二人きりにしておくよ。男ってのはね、女の子の泣かせ方と涙の止め方、その両方を知っているべきだ。日南君、君はスマートだが、色々経験が足りないな。健闘を祈る」

 

 

 

 

 「樫井大佐、ご苦労だったね。さて…今回の結果について、君の見解に興味があるね」

 

 続いて招かれたのは、大湊艦隊である。執務室を日南少尉と時雨に明け渡したので、場所は会議室Aとなる。目を眩しそうに細める笑顔を浮かべる中将に対するのは、晴れやかな表情の大佐と、仏頂面としか表現できない表情で一切樫井大佐と目を合せようとしない山城。中将の問いかけに、バネ仕掛けのように立ち上がった大佐は、直立不動の姿勢で自身の考えを述べ始める。

 

 「はっ! 自分としては特に言う事はないといいますか…ここにはおりませんが扶桑を始めとする艦隊全員が最後まで諦めず一丸となって戦い抜いた結果だと考えております」

 

 扶桑を始めとする、というあたりが山城との拗れぶりを物語っており、山城も『はあっ!?』という表情で一瞬だけ樫井大佐を睨みつけると、また俯いてしまう。

 

 「ふむ…興味深い。中心となる艦が誰であれ、艦隊の勝利である、と?」

 「はっ! 左様であります。ところで中将…その、約定の件ですが…」

 

 

 桜井中将の声のトーンが僅かに変わったことに山城は気づき顔を上げた。中将と目があった山城だが、何も言うな、としか解釈できない意味ありげな視線を受け止め、その通りにしていた。一方でふんすと鼻息も荒く傲然と胸を張る樫井大佐は、この先の展開に気付いていなかった。

 

 「そうだね、では今一度確認しようか。樫井大佐、君にとって今回の勝利条件はなんだったかな?」

 「はっ!?」

 

 今さらそんな事を聞かれると思っていなかった樫井大佐は、きょとんとした表情になり言葉を飲みこんだ。だが聞かれた以上答えるしかないが、答えながらB判定勝利に難癖を付けられているのかと思い始め大佐の表情が硬くなりはじめる。

 

 「それは…演習での勝利以外何物でもないかと」

 「違うね」

 「「はぁっ!?」」

 

 思わず山城まで顔を上げ、樫井大佐と同じタイミングで声を上げてしまった。

 

 「樫井大佐、君がこれまで口にしていたのは『日南少尉に勝つ』ことで、演習の勝利そのものに言及はしていない。その意味で言えば、君は完敗した」

 

 唖然として何も言えない、という表情の樫井大佐だが、みるみる顔を真っ赤にして激昂したいのを堪えている。いくら理不尽でも目の前の将官に逆らう訳にいかない…憤懣遣る瀬無い表情のまま、せめて無言を貫くことで抗議の意を示す。

 

 

 「理不尽と思うかい? だがこれは君が言いだした事だ。日南少尉の作戦目標は『旗艦と副艦を撃破する』ことだ。それに気付けず、しかも達成させてしまうとは情けない。一貫性のない艦隊行動、テンポの遅い指揮、挙句に詰将棋のような日南少尉の作戦に嵌められ、死地ともいえる先に誘導された。結果論だが、神通が大破していなければ、ウォースパイトから受けた集中砲撃には古鷹も加わっていたはずだよ。そうすれば君の艦隊の被害は看過できないものになっていたはずだ。…君が指揮と言う名の邪魔をせず、山城の意見具申を全面的に取り入れていれば、早い段階で完勝できたかも知れないものを…」

 

 

 滅多斬り、としか言いようのない桜井中将の言葉の刃が樫井大佐の心を切り裂く。何も反論できる余地が無い。日南少尉の作戦を展開する速度について行けず、出す指示は全てワンテンポずれていた、演習には勝ったが、相手に作戦目標を達成させてしまったのは紛れもない事実だ。それでも、勝ちは勝ち―――。意を決して言い募ろうとした樫井大佐を制するように、今まで沈黙を守っていた山城ががばっと立ち上がり反論を始めた。勢いよく立ちあがったため全艦娘中でも有数の大きな胸部装甲が揺れ、その拍子に首にかけていたネックレスが胸元から飛び出して踊る。

 

 

 「い、いくら中将でも、そんな言い方はあんまりでは…。た、確かに、判断が遅いのは前々から問題だったけど、大佐は常に努力を続けていて…。そ、それに私が…私達がもっと早く情報を上げてじっくり考える時間を大佐に持ってもらえばいいだけで…」

 

 「だ、そうだよ? 樫井大佐。確か山城は指輪を外したと聞いたが、それでもこれだけ君のことを真剣に思いやってくれている。君は艦隊の、艦娘の力を最大に引き出すことに長けている。それが自分の強みだと気付くべきだ。率直に言おう、君は君個人の能力を過信しない方がいい。君の上げた戦果は、ひとえに君を支えようとする艦娘達の気持ちから成り立っている。だが、涼月の件も含め、君は艦娘達の信頼を裏切った。本人の希望もある、涼月は本日をもって宿毛湾泊地本部の所属とする。異論は認めぬ」

 

 

 将官の眼前である事も忘れ、樫井大佐はがっくりと膝をつき項垂れてしまった。慌てて山城が寄り添うと、赤い瞳に涙を溜め、なぜそこまで言うのか、という強い抗議の視線を中将に送る。

 

 「とはいえ演習に勝ったのも事実だ。なので、私から一つ提案がある。山城が秘書艦に復帰し、いつか君を将官に相応しい男だと推薦するなら、その時は海軍大学への特別推薦を認めよう。いいね?」

 

 がばっと顔を上げた樫井大佐は、桜井中将と山城の顔を交互に見やる。にやっと桜井中将が微笑み、山城に視線を送る。慌てて視線を逸らした山城だが、その頬は真っ赤に染まっている。

 

 「君から貰った指輪は、外すのが精いっぱいだったみたいだよ」

 「え…お前、指輪は捨てたって………あっ」

 「……………知らない」

 

 アクセサリーを身に付ける事の少ない艦娘だが、山城はプラチナのネックレスをしており、ペンダントヘッドとして、ケッコンカッコカリの指輪が鈍い光を放っていた。

 


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