それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 中将最強説。


Intermission 3
040. Say a little prayer


 軍事基地であっても季節感は大切である。日南少尉と教導艦隊は、宿毛湾本隊が冬の定番で毎年開催しているXマスパーティに参加することとなった。時間は開会を待つだけ、会場となる居酒屋鳳翔の大広間にはすでに大勢の艦娘が集まり、いい感じで飲み始めている。

 

 見渡せば多くの艦娘がクリスマスに因んだ衣装を着ており、そうでない者も何らかの工夫を凝らした衣装を着ている。初めて参加する日南少尉はある程度飲まされることは覚悟していたが、宿毛湾泊地クリパルールのコスプレについては悩まされ、最後の最後まで何を着るか決まらずにいた。

 

 さらに言えば、日南少尉は自分がお酒に強いのか弱いのか良く分かっていない。学生時代も含めお酒の席では面倒そうな相手から巧みに距離を取るポジショニングと機を逃さないフェードアウトで無茶飲みさせられるのを回避してきた。味で言えば日本酒やワイン等の醸造酒の方が好みだが、飲んだ時の思考が徐々に麻痺してくる感覚が苦手で、乾杯+α程度に止めている。だが今回、飲まない選択肢は無いだろう、と合理的な少尉は早々と割り切る代わりに、ウコン的な何かとかシジミ的な何かを飲むなど体内環境を整えることを優先していた。

 

 

 そして本日の司会、宿毛湾本隊の翔鶴が時間通りに集合をかけ、パーティが始まる。翔鶴は赤いサンタ服風ミニワンピに赤いサンタ帽という出で立ちで、普段より幼く見える。ただよく見れば頬が赤らみ、すでにいい感じに出来上がっているのは明らかだ。宿毛湾の総旗艦としていつも厳しい態度を崩さない翔鶴でさえこの有様である。

 

 「みなさん、今年も誰一人欠けることなく一年が終わろうとしています。Xマスは元々異国の宗教的行事ですが、ここ宿毛湾では、大切な仲間の無事を喜び合う日です。それでは、乾杯の音頭を提督に…あなた、早くこっちにきて♡」

 語り出しは総旗艦の顔、語り終えは夫を慕う妻の顔で、翔鶴が桜井中将を壇上に招く。

 

 「えー…翔鶴はすでに酔っているようで…何か、済まん。何を話すか色々考えていたのだがね、この際全部省略することにしたよ。みなグラスは持ったかな、それでは…乾杯っ!」

 

 桜井中将も翔鶴と同程度にいい感じのようである。

 

 

 

 乾杯の後は、皆自由気ままにフードテーブルやドリンクステーションを忙しく行き来し楽しんでいる。そんな中、桜井中将が連れてきた秋月型防空駆逐艦三番艦の涼月に、日南少尉の目は釘付けになった。大湊艦隊との演習を経て、本人の希望で宿毛湾泊地への転属を果たしたと聞いていた。

 

 「おお、日南君。宿毛湾泊地()()()()()となった涼月を紹介…するまでもないか」

 本隊に配属、の言葉に涼月が驚いたような表情で桜井中将の顔を見上げ、悲しそうに日南少尉を見つめるが少尉は目を逸らしてしまった。桜井中将はそんな二人を眺めていたが、やれやれ、といった表情で助け船を出す。

 

 「君には自分の感情に従うべきだ、と言ったよね。涼月は教導艦隊への転属を希望してるが私としてもルールを守らねばならない。異動先の責任者の意向も確認せず適当な回答もできないからね…日南君、君はどう思う?」

 「彼女に帰る場所はここだ、と見栄を切ったのに、演習で負けてしまいました。自分に希望を言う資格はないと、と…」

 

 涼月も日南少尉も、ぐっと唇を噛み俯いてしまった。そんな仕草を見た桜井中将は、普段からは想像できない砕けた口調で日南少尉に迫り始める。

 「それでも男か? 涼月が欲しいのか欲しくないのか、どっちなんだ?」

 

 

 「…………自分の艦隊に、来て、欲しい…です」

 

 「ふむ、よく言ったね。日南君、艦娘貸与申請書の書き方は大淀にでも聞くといい。書類手続きもバカにならなくてね、涼月が実際に教導艦隊に着任するのは年明けになるだろう。それでは、な」

 

 その言葉を聞いた涼月はぱあっと輝くような笑顔に変わり、日南少尉の元に駆け寄ってゆく。意を決して自分の希望を口にした日南少尉を満足げに見ていた桜井中将は、うんうんと頷きながら立ち去ったが若干足元がふらついている

 

 

 少尉のすぐ目の前で揺れる銀髪、胸に寄り添うような距離まで近づいてきた涼月は、穏やかな口調に喜びを滲ませている。

 

 「少尉、メリークリスマス! こんな素敵な…プレゼント…嬉しいこと、です…」

 

 

 

 「大丈夫か…ここまで飲んだの、初めて、だ」

 

 身体が怠くて重い。動こうとすると普段より大げさな動きになる。言葉が訥々としか出てこない。要するに、日南少尉は酔っぱらっている。思えば開会前から飲んでいた飛鷹に捕まったのを皮切りに、次々とお酌とお喋りにやってくる艦娘達、阿賀野&矢矧、大鯨、速吸、妙高型四姉妹、大和、勿論言うまでもなく教導部隊の全員…数え上げれはキリが無く、律儀に付き合った結果かなりの量を飲む羽目になった。

 

 

 「案外ふにゃっとしてますね、貴方は。赤城さんから聞いていたのと違います」

 

 休憩用に設けられたハイチェアに座り、スツールにぐったりとしていた日南少尉は、出し抜けに掛けられた声に緩慢な動きで上体を起こす。目の前にはクールな眼差しの、リクスーを着て髪をアップにした加賀型航空母艦一番艦の加賀が立っていた。リクスーはシンプルでかっちりしたデザインだが、フィット感が高いため体の起伏を強調する、就職活動のため主に大学生が季節限定で着る着衣である。

 

 「ああいや…自分は…」

 「どうやらお酒には強くないようですね。その様子なら赤城さんに不埒な真似もできないでしょうから、安心しました」

 「なにが―――」

 

 「加賀さん、お待たせしました。七面鳥(ターキー)を取って来まし、た………?」

 

 右手に白いお皿を持った赤城が嬉しそうな声で現れ、日南少尉を見て固まった。JK風の制服である。白いブラウスに茶のブレザー、組み合わせられるチェックのスカートはなかなかチャレンジングな短さの丈で、しかも生脚。そして口には持ってくる途中で捥ぎったのだろう、ターキーの腿が咥えられていた。赤城はもぐもぐもぐもぐとハイスピードで口にした腿肉を食べ終えると、二羽ゲットしたターキーを近くのテーブルに置き、慌てて加賀の背に隠れた。

 

 「加賀さんっ、少尉がいるならいると先に…! 恥ずかしすぎますっ。まるで私が…大喰らいな子みたいですっ」

 「まるで違うと言いたいような口ぶりですね。先ほどもあれだけ大量の―――」

 わーわーわーと言いながら、赤城は真っ赤な顔のまま加賀の口にターキーの胴体をぐいぐい押し付け口を封じようとしている。

 

 「うん、何か楽しそうだね、じゃあごゆっくり…うぉっ」

 ハイチェアから降りようとした少尉はバランスを崩してコケてしまった。あいてて、と膝をさする少尉の頭上に、くすくすと笑い声が降りかかる。

 

 「ごめんなさい少尉、笑ったりして。でも、せっかくのカッコいいスーツ姿が台無しですよ、うふふ♪」

 

 少尉の見上げた先には、上半身がサンタ服風のニットセーターにケープを羽織った鹿島が立っていた。鹿島の言う通り、日南少尉が着ているのはVゾーンが狭く全体に細身のシルエットが特徴の黒いモッズスーツ。コスプレと呼ぶには些かインパクトに欠けるが、シャツもシューズも黒で統一、カラフルな艦娘達の中で場を引き締めるインパクトになった。普段が白一色の第二種軍装のギャップとも相まって、艦娘達からは大歓声で迎えられていた。

 

 はい、と差し出された手を掴み少尉は立ち上がろうとするが、酔った体は思い通りに動かず鹿島の方によろりと倒れ掛かる。

 

 「きゃあっ♡」

 

 悲鳴と呼ぶには甘すぎる声を上げ、これ以上ないほど嬉しそうな表情で、鹿島は壁に押し付けられた。見上げれば息がかかるような距離にある、端正な表情ながら酔いのせいで上気し若干潤んだ瞳の日南少尉の顔。すっと手を伸ばし少尉の頬に触れた鹿島だが、日南少尉がほろ酔いどころかマジで酔ってることにすぐに気が付いた。

 

 「少尉、ゆっくりできる所に…行きませんか?」

 

 

 

 何となく首の座りが悪く、くるりと寝返りを打って一休み…日南少尉がぼんやりしながら目を開けると、赤い服に包まれた大きな丸い何かを下から見上げていた。その先には、優しそうに微笑む鹿島の顔。どう考えても鹿島の膝枕で眠っていた…それが分かっても、少尉の頭はまだ覚醒しないようで、そのまま話しかける。

 

 「ここは…?」

 「休憩室、駆逐艦の子とか、飲みすぎちゃった子がお休みするための場所です。少尉はかなりお酒を召し上がっていたようでしたので、少しゆっくりしてもらおうと思って。でもソファー(ここ)に座った途端、眠っちゃったんです。寝顔、可愛かったですよ、うふふ♪」

 「そ、そうだったんですね…大変失礼しました」

 ようやく状況を飲みこんだ日南少尉は、急いで起き上がろうとしたが、鹿島はそのままで、と言うように手で制する。さらさらと少尉の髪を撫でながら、歌うように囁くように語り始める。

 

 「この前の演習…残念でしたね。でも、全ては少尉の糧となりますよ。少尉の進む道はこれからも長く続きます。鹿島は、ずっと応援してますから、ね」

 

 鹿島は言葉を重ねず、ただ全てから学ぶ大切さを遠まわしに告げると黙りこみ、日南少尉の髪を飽きることなく撫で続けていた。日南少尉も鹿島の優しさと指先の感触が心地よく、されるがままにしている。

 

 不意に髪を撫でる手が握られ、思わず鹿島はどきっとしてしまう。立ち上がった日南少尉は、鹿島に頭を下げ礼を言う。

 

 「鹿島教官、ありがとうございます。何ていうか…少し楽になりました。そろそろ、戻ります」

 

 何も言わずに柔らかく微笑んだ鹿島は、小さく手を振って休憩室を出てゆく日南少尉を見送っていた。

 

 

 

 「少し夜風にでも当ろうか…」

 

 酔いを冷ますため日南少尉は大広間には戻らず、外気に触れられる外の渡り廊下で涼んでいた。

 

 「お゛うっ!? こんな所にいたー! 探してたんだからねっ」

 

 白い息を吐きながら島風が姿を現した。黒いウサミミリボンは残しながら、白とピンクを基調とした魔法少女的な感じの衣装で、左手には魔法物理とも攻撃力の高そうなカレイドステッキを持っている。普段がコスっぽい格好のため、魔法少女でも違和感がないという逆転現象を起こしている。少尉は島風の問いに優しい微笑みで返事をし、ほっとした表情で島風も近づいてゆく。

 

 

 無言のまま星空を見上げ過ぎゆく時間の中、静かに島風が口を開く。

 

 「この前の演習、勝てなくてごめんね…」

 「島風のせいじゃないよ、結果責任は自分が………いや、残念だったけど仕方ないさ。また次頑張ろう」

 

 再び訪れた沈黙だが、居心地の悪いものではなく、少しずつ島風は日南少尉との距離を縮める。そして一番伝えたかったことを言の葉に乗せ始める。

 

 「………時雨から聞いたの。桜井中将が言ってたこと…無理しなくてもいいと思うの。誰だって言いたくない事、あるもん。でも、ひなみんが言いたくなったら…いつでも言っていいからね」

 

 大湊の演習の後、日南少尉は桜井中将から痛烈な批判を受けた。あまりにも感情を出さない、だから艦娘達が不安になる、と。

 

 「願いや思いは叶わない、自分の気持ちに意味なんてない…子供の頃に十分味わった。願って叶うなら、マナドは…自分の両親も妹も友達も、多くの民間人も救われていたはず。それでも諦めきれない事もあってここにいるんだけどね。ごめんな、すごく矛盾してると思うけど、これも本当の気持ちなんだ」

 

 自嘲するように肩を竦めた日南少尉は、悲しそうに島風に視線を送る。少尉の“今”を決定づけた過去…ちくり、と胸の奥に刺さる痛みを覚えながら、それでも島風は視線を逸らさない。

 

 「そっか…でも、それだけだと悲しすぎるね。…そうだっ、Xマスだしプレゼントちょーだいっ?」

 

 空気を変えるように殊更明るく島風がおねだりを始める。二人で凭れかかっている外廊下の壁、だらりと下げた少尉の左手に、島風の右手がふと触れる。島風は少尉の手を躊躇いがちにそのままきゅっと掴み、不安そうな表情で少し見上げ横顔を見つめている。そして、小さな願いを口にする。

 

 

 「少しずつでもいいから、ひなみんの嬉しい事も楽しい事も悲しい事も辛い事も、全部島風に…ううん、みんなに教えて? それが私達には、最高のプレゼントだよ」

 

 

 願いに答えは無かったが、日南少尉の手を握った島風の小さな手は、きゅっと握り返された。


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