それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前半は再掲分、後半は新規分となります。




042. 欲望の海へ

 「おう! 中尉、六駆の連中は誰かいるか? そろそろ遠征の時間だってのによ、どこちょこまかしてんだか」

 

 日南中尉の返事を待たず気軽にドアを開け、泣いたように目を赤くした暁型駆逐艦一番艦の暁を伴い執務室に入ってきたのは天龍である。遠征旗艦を務める天龍は、今回チームを組む第六駆逐隊を探している。通称六駆の四名は全て建造で最近部隊に加わり、全員練度はまだまだひよっこというレベルだが、天龍と龍田は何かと目をかけている。

 

 最初に見つかったのは、食堂でお子様ランチの旗を最後まで倒さないように慎重に食べていた暁。ぷるぷると震える手でゆっくりと先割れスプーンを、最後まで残したチキンライスの小さな山に近づけていたが、『こんなとこにいたのかよ。おっし、行くぞ』と突然大声で天龍に呼びかけられ、びっくりして旗を倒してしまった。ガン泣きする暁をなだめるのにアイスをおごり泣き止むのを待つまで時間を費やした気がするものの、元来鷹揚な天龍は細かい事はあまり気にしない。どっちみち全員揃わなければ遠征には出発できないのである。

 

 日南中尉と目が合うとニカッと笑った天龍は、執務机に近づいてゆく。

 

 「ところで響はそんなところで何をしてんだ?」

 「春なのに今日は寒いからね。中尉をあっためるという重要な任務を遂行中だよ」

 

 天龍の問いに淡々とした口調で応える響、ここで発見。執務机に対し距離を空けた位置に椅子をずらし座る日南中尉。その膝の上にちょこんと座り、中尉に凭れかかっているのが響で、見れば分かる事を何で聞くのか、と怪訝な表情を天龍に向けている。

 

 そんな光景を見ながら、半ば呆れ顔で頭をがりがり掻く天龍が口にした言葉で、中尉は思わず唖然としてしまった。

 

 「あー噂通りっつーか、やっぱ中尉のポイントははっきりしてんだな。ぶっちゃけ銀髪色白に弱いだろ? あーいや、誤魔化すなって。そういや響もそうだけどよ、少し前に大湊から横取りした涼月なんて典型的じゃねーか」

 

 「よ、横取りって…」

 「流石に言い方が悪かったか。でもまぁ似たようなもんだろ。今だって響に好きなようにさせてるしな。ああ、あと鹿島教官もそうだな。だからよ、時雨なんて髪の色変えようかどうか真剣に悩んでて、今明石ん所に行ってるぜ?」

 

 「ハラショー、私は中尉の好みのタイプなんだね。なら、ヤりますか」

 「バ、バカ野郎っ。響、そ、そういうのはな、そんな簡単にするもんじゃないだろっ」

 「うん? 簡単でも難しくても遠征はやるけど? …変な事言ったかな?」

 

 響の微妙な言い回しに過剰反応し、顔を真っ赤にして意外に乙女な反応を見せる天龍と、頭の上に???を浮かべ小首をかしげる響。

 

 「こんな所にいたのです! 天龍さん、龍田さんが待ちくたびれて激オコで、雷ちゃんももう出撃ドックで待ってるのです」

 開けっぱなしたままの執務室の扉、慌てて飛び込んできたのは電である。天龍もようやく本来の目的を思い出し、響と暁を伴って部屋を駆けだそうとして立ち止まる。そして振り返ると、日南中尉にサムズアップで宣言する。

 

 「まーなんだ、心配しなくていいぜ。世界水準軽く超えてるオレが旗艦だ、ぜってーに物資を届けて、もちろん遠征も成功させるからよ。中尉は大船に乗ったつもりで待ってろよな」

 

 日南中尉は立ち上がると、言葉の代わりに敬礼で遠征任務『鼠輸送作戦』に向かう天龍達を見送る。

 

 

 

 海域解放と並行して進められるのは、艦隊本部から要請のあったバシー島沖のプラントに取り残された民間人の救助作戦の支援。

 

 深海棲艦との戦争が始まるまで、人類の海洋進出は、深々度掘削技術の進歩により拡大の一途を辿っていた。これまで手の届かなかった深度にある海底油田や海底鉱山が次々と開発され、採掘のための海上プラントが多数設けられた。深海棲艦との開戦以来、多くのプラントは戦火に飲みこまれ破壊されたが、それでも数は少ないが生き残ったプラントは各海域に点在している。

 

 そういった無人のプラントを狙い、無許可で秘密裏に各海域に進入し資源を不法採掘、ブラックマーケットへの転売で利益を得る悪質な企業も存在し、今回南西諸島海域に船団を送り込んだ企業もその類である。バシー島沖に首尾よく到着した船団だが、乗員がプラントで作業中に深海棲艦の襲撃を受け、輸送船を全て失い、海域に孤立する破目になった。

 

 違法操業だが民間人を救出しない選択肢はなく、艦隊本部は救出作戦を開始することにしたが問題が多い。まず、通常艦艇は深海棲艦の遊弋する海域に進入させられない。そんなことをすれば犠牲者もしくは要救助者を増やすだけとなる。一方で艦娘部隊では民間人の救出はできない。小さな体で発揮する大出力大火力という、戦闘用としては申し分のない特性が人命救助では真逆になる。人型サイズの制約により、艦娘一人で搬送できる人間は精々一人か二人。それも戦闘行為を行わない前提でだ。

 

 ならば、と立案されたのが岩国基地からUS-2を展開し空から救助に当たる作戦。超低空飛行と強力なSTOL性能、長大な航続距離を誇る世界最高峰の救難飛行艇は、バシー島沖に現れる深海棲艦の艦載機なら振り切る飛行性能と波高三mでも離着水できる能力を有し、今回の作戦にこれ以上ない適役と言える。ただし、制空権制海権を保持しているのが絶対条件となる。なにせUS-2は非武装、離水着水を狙われれば一たまりもない。この救出作戦の支援が、宿毛湾泊地に要請されたものだ。

 

 桜井中将からこの話を聞き、日南中尉は決然と受諾、本格進出に先立つ情報収集と支援のため『鼠輸送作戦』を利用することにした。各艦娘がドラム缶に食料を満載し一気にプラントを目指し届ける。余裕があれば帰りは資源を積み込んで泊地に戻る。利益のため犠牲にされかけた人達の命を繋ぐため、天龍達六名は、波濤を超え遠征に向かっている。

 

 

 

 執務室に一人残る日南中尉は、これまでの強行偵察任務で得られた情報をもとに状況を整理している。バシー島沖に二つあるプラントのうち、取り残された人達はEポイントに入る事がすでに判明。どれだけの人数が残っているのか、それ次第でUS-2の反復出撃回数が変わってくる。その間、教導艦隊は海域を保持し続けなければならない。

 

 こんこん。

 

 こんこん。

 

 かちゃり。

 

 「返事が無かったけど…いいかな、日南中尉…。あの…お腹空いてないかな、と思って…。よかったら、ちょっと休憩しないかい? お握りを持ってきたんだけど…」

 

 外はねの髪、三つ編みにした一本のお下げ。ただ、その色は滑らかに光を反射するシルキーな銀髪。作戦の立案に夢中になっていた日南中尉はその声にハッとして顔を上げ、躊躇いがちに小さく開けたドアの隙間から見える顔に驚いて、地雷を踏みぬいた。

 

 「………海風、じゃなくて時雨? あれ? え? その髪の色…?」

 

 長い銀髪が特徴の同型艦の名前を先に出された時雨は、みるみる頬を膨らませ、これ以上ないほど不機嫌な表情に変わった。ドアを開け放ったまま無言のままずかずかと入室し、乱暴にソファに腰掛けると、だんっと音を立てて手にしていたお盆をテーブルに置く。ぷいっと横を向いたふくれっ面、目じりにはうっすら涙。

 

 時雨は最近急速に広がっていた噂-日南中尉はどうやら銀髪スキーらしい-を真に受け、色々考えた末明石に相談して髪の色を変えてみた。仕上がりを見て、悪くないかも…と自分でも思った通り、似合わないどころか、けっこういい感じである。ただ、なんとなーく見覚えがあるような…という気はしていた。それを明確に日南中尉に指摘され、しかも自分ではなく海風(他の娘)の名が先に出て時雨はすっかりむくれてしまった。

 

 「いや…その…申し訳ない、うん、全面的に自分が悪い…と思う。休憩にしようと思うんだけど、いいかな?」

 「海風じゃなくて悪いけど、座りたかったら座ればいいよ。…ボソッ やっぱり噂通りなんだね…」

 

 執務机を離れ応接セットに日南中尉が向かうのをちらりと視線で確認しながら、またつーんと横を向く時雨。

 

 「…どうしたんだい、急に髪の色を変えたりして?」

 「わ、え、あの、あの…」

 

 静かな声が耳を撫で、時雨は自分の顔が一気に赤らんだのが分かった。中尉は正面ではなく時雨の横に隣り合って腰掛けていた。距離、近っ! 慌てて離れようとした時雨だが、沈み込みの大きいソファに深く腰掛けていたため、ただ体を上下に動かしてるようになってしまった。諦めてはぁっとため息をついて、日南中尉を上目遣いで見上げ、おずおずと気になっていたことを聞いてみる。

 「日南中尉は…やっぱり、噂通りにこういう髪の色が好き、なの?」

 

 色々揶揄われていたが、時雨まで真に受けているとは…、と今度は日南中尉がため息を吐く番だった。そして諭すように時雨に話しかける。

 「自分は髪の色や髪形だけでその人をどうこう思ったりしないよ。むしろ自然体の方がいいと思う。だから時雨も変なことを気にしないで、いつも通りにしてくれないか?」

 

 そっか、じゃぁ髪の色は後で戻しとくね、と嬉しそうに言いながら、ほっとしたような表情を見せた時雨は、持参したお皿のラップを外してお握りをつまんで日南中尉に差し出す。中尉も柔らかく微笑みながら受け取りもぐもぐと食べ始める。美味しそうに食べる日南中尉を満足そうに眺めていた時雨も、見ているとお腹が空いてきた。

 

 「それ、僕も食べたいかな」

 

 何気ない一言、持参したお握りはそこそこ数がある。その一つを食べたい、そう言っただけだが、日南中尉の反応は違っていた。きょとんとした顔になり一瞬だけ考え込むと、自分が食べていたお握りを差し出してきた。無論そこに他意はない。

 

 けれど、か…間接キス、かな!? と、再び顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせていた時雨は、恥ずかしくてまともに日南中尉を見られず、思わず唇をきゅっと引き締め目を閉じるという斜め上の行動に出た。お握りの話が何故かキス待ち顔の秘書艦の登場に繋がった展開が理解できず、日南中尉も固まってしまった。

 

 『それ』という指示代名詞が意味する曖昧さが生んだ状況は、遠征中の天龍からの通信で破られた。慌てて立ち上がった日南中尉はデスクに戻り回線を開きビデオ通話を始める。

 

 「おう、中尉か。今物資を届け終わった所だ。状況は…あんまり良くねーな。Eポイントのプラントに生き残ってるのは15名、全員衰弱してたな…。今日の補給で多少持ち直すだろうけど、ちんたらやってる余裕はなさそーだ。じゃな、今から帰るぜ。…ところでよ、秘書艦まで銀髪にしてんじゃねーぞ、ったく」


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