それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回までのあらすじ。
 作者リハビリ。


043. 横槍と思いやり

 午後の執務室、デスクの縁に軽く腰掛けるようにして、日南中尉はこれまでの情報を改めてタブレットで確認、間近に迫ったバシー島沖への進出に向け準備を整えていた。この後は艦隊との最終ブリーフィングだが、この一人の時間に深く考え込み始める。

 

 海域に取り残された民間人を、かつての自分の姿を重ねない訳がない。今に至る時間の中で、自分はあの時と変わったのだろうか? 深海棲艦との和平を願う夢、艦娘達を傷つける事への怖れ、自分自身が何かを願う事への諦め…それらは全て本心だ。でも、そもそも兵学校に進み提督になると決めた始まりは何だったのか?

 

 灰燼と化した住んでいた街、炎の中を逃げまどい海に逃れ、家族とも生き別れた。乗り込んだ避難船は沈められ、小さな救命ボートで漂流した幼い自分は死を覚悟した。覚悟なんて格好いいものじゃない、それ以外できなかっただけだ。この先自分たちが向かう海、そこに取り残された民間人を救出した所で、自分の喪失感が埋まる訳じゃない。それでも、自分…いや、艦娘たちが戦って勝つ毎に、何かを失って泣く人が減って救われるなら、それでいい。

 

 -なら自分自身にとっての救いとは?

 

 答えのない問いを打ち切った中尉は現実に戻り、差し当たっての問題に思いを巡らせようとしたが、今度はそれを邪魔するように内線で呼び出しを受けた。軽くため息をつき、固定電話の受話器を持ち上げ応答する。

 

 「はい、第二司令部作戦司令室。…来客、ですか。はい、分かりました。すぐ参ります」

 

 

 

 「すまないね日南君、作戦前の忙しい時に呼び出して。こちらは―――」

 桜井中将の執務室に呼び出された日南中尉だが、見慣れない男性が同席しているのに気が付いた。控えめに言って大柄な、縦にも横にも大きな体格の男、階級章を見れば中佐であることが分かる。一七〇cm台半ばの日南中尉より頭一つ高い頭身なので一九〇cm超はありそうだが、桜井中将の紹介を遮るように巨漢は一歩前に出る。

 

 「生島(いくしま)参謀本部統括大将付作戦指導参謀、御子柴 昴(みこしば こう)中佐であるっ! こたびの作戦実施において注意喚起すべき点あり、極秘の情報を含むため我が直々に下向したっ! 録画録音筆記等すべての記録を禁ずる、頭に叩き込むようにっ!!」

 

 思わず日南中尉が顔を顰めてしまうほどの大声で挨拶をする中佐は、そもそも地声が大きいのだろう。だが、参謀本部から直接参謀を派遣して口頭で伝えるほどの内容とは…極秘の情報、の言葉に日南中尉の表情に緊張が走る。

 

 高度な独立性が保証される各拠点の作戦遂行に対し、指導という形で介入を行える数少ない部門が参謀本部である。とはいえ親任官たる将官が統治する拠点に対しては、要請という形で婉曲的に意向確認を行うのが通例となっている。それも人次第、この御子柴中佐は、作戦指導は有能だが相手が誰でも直言するとの評判である。

 

 「本来守るべき民間人だが、無許可で海域に侵入したとなれば話は別だ。貴重なる資源資材を費やし艦娘に負担を負わせる必要があろうか? いや無いっ! しかしながら、これを見殺しにしたなどと風評被害を受けるのは軍としては不本意である。昨今の戦況を鑑みれば前線から戦力を抽出するべき事案にもあらず、ゆえに貴様ら教導艦隊に出てもらうのだが…中身がどうであれ軍が動いた、という事実があれば名聞は立つ。中尉、安心して艦隊保全を優先するがよい。US-2にも自己保全を優先するよう申し伝える」

 

 大音声で叫ぶ御子柴中佐は、むふーっと鼻息も荒くドヤ顔で日南中尉を見下ろしている。無駄に騒がしいのを好まないのが共通する桜井中将と日南中尉は内心閉口してしまった。中佐と横並びなのをいいことに、中将は露骨に顔をしかめている。さすがに正面に立つ中尉は表情に出すわけにはいかないが、眉を顰めてしまう。

 

 「御子柴中佐、質問、よろしいでしょうか?」

 「うむっ! 許可するっ」

 「…民間人を助けなくともよい、我々教導艦隊には形式上海域入りして、いざとなれば逃げ回れ、と仰られているように聞こえるのですが―――」

 

 民間人を見殺しにしたという批判は避けたい、だが勝手に戦場入りした民間人のため実戦部隊に損害を出したくない。その点育成途上の教導艦隊なら、作戦が成功すれば軍の名声を高める、危険と思えば撤退しても大勢に影響はない…そう言われてるとしか思えない。

 

 「何を言うかと思えばっ!」

 日南中尉の言葉を殊更大声で遮り、くわっと目を見開いた御子柴中佐は、眼光鋭く中尉を見据える。

 

 「桜井中将が自慢するだけあって、なかなかに聡明ではないかっ! 優しく諭したつもりだったが、いやこれは話が早いっ! では我の役目は済んだということで」

 

 一方的に言いたいことを言い、すでに御子柴中佐は立ち去ろうとしている。日南中尉は唖然、そうとしか表現できない表情に変わったが、話は到底黙って聞いていられる内容ではなかった。ここまで教導艦隊を見くびられるとは…いや、いくら不法行為の結果とはいえ、民間人を助けないという判断自体が衝撃的だった。こんな命令を教導艦隊に下せるわけがない―――色を成して御子柴中佐を呼び止めようとする。中佐がドアノブに手を掛けようとした所で、こんこんとノックの音が響いた。

 

 「入るがよいっ!!」

 

 昂然と胸を張って入室を許可する御子柴中佐に、お前の部屋じゃねーよ、と桜井中将が突っ込むより早くドアが開き、艦娘が二人入室してきた。

 「失礼いたしますっ! こちらに日南中尉がいらっしゃると聞きまして…。その…どうしても姉様がご挨拶をすると言って聞かないので…。も、申し訳ありませんっ」

 

 

 「英国で産まれた帰国子女の金剛デース!ヨロシクオネガイシマース!」

 ゴスッ。

 「ふぬぅっ!!」

 

 恐縮しきりの榛名が伴って姿を現したのは、金剛型戦艦のネームシップの金剛である。本日のデイリー建造の結果として現界した金剛は、指揮官の日南中尉に挨拶をすると言い張り、彼が桜井中将を訪問していると聞くと「挨拶の手間が一度で済みマース」と妹分の榛名を伴って本部棟にやってきた、というのが顛末である。ただ、いきなり艤装を展開し見得を切ったため、三五.六cm主砲の砲口が正面に立ちはだかった格好の御子柴中佐の鳩尾を突いてしまった。

 

 「Oh…sorryネ…」

 驚いて両手で口を覆った金剛は慌てて艤装を格納すると、榛名の耳元でごしょごしょ囁き始めた。

 「HEY榛名ァ、教導艦隊の司令官はcutie guy(イケメン)じゃなかったノ? こんなGrizzly(ハイイログマ)が榛名基準のイケメンですカー…OMG(オーマイガー)

 コレじゃありません、と榛名はぶんぶんと顔の前で手を振る。このままでは自分の美的センスが疑われてしまう、と日南中尉に送った助けを求める視線を遮るように、御子柴中佐がぐわーっと勢いよく立ち上がる。その姿は、灰色熊という金剛の表現が強ち間違いでないと物語っている。

 

 「不意討ちとは卑怯なっ!! この我を誰と心得…る…?」

 「HEYミスター、怒った顔が素敵ネー。でも、笑顔の方がもっと素敵だと思うヨー?」

 

 憤怒の表情で目の前に立ちはだかった巨漢に身を寄せた金剛は、分厚い胸板に人差し指をつつつっと這わせ悪戯な色を浮かべた上目遣いで見つめる。御子柴中佐は、ぷるぷる体を震わせたと思うと、突如顔を真っ赤にして鼻血を吹き出した。

 「きゃあぁっ!!」

 「Creepy(キモッ)…じゃなくてmanly(男らしい)ネー」

 突然目の前で鼻血をだらだら垂らす男に怯えた榛名は金剛に抱き着き、金剛は一瞬浮かびかけた露骨に嫌な表情を収め、これ以上ない見事なplastic smile(営業スマイル)を浮かべる。目の前で何が起きたのか全く見当がつかず呆然とする日南中尉、桜井中将もやれやれ…という表情で肩を竦める。

 

 真面目一徹の中佐は、残念ながら女性に免疫がなかった。最大限好意的に表現すれば純情である。艦娘運用基地に作戦指導で乗り込んでも、露出の高い艦娘を見るたびに鼻血を噴出し、艦娘が怯えてしまうと各拠点からクレームが入ったためしばらくの間内勤中心(拠点出禁)になっていたらしい。

 

 「噂に聞いてはいたが、御子柴君もここまでとはね。彼女たちが来たのは偶然だろうが、彼を引き留める事ができたようだ。命令に納得がいかないんだろう? 君らしく論理的に説得するチャンスだと思うよ。…あと、君の所の金剛は…何というか、巧みだな…」

 

 御子柴中佐を再び応接に連れ戻しながら、金剛は桜井中将と日南中将に向かってぺろっと舌を見せ小さくウインクをする。

 

 

 

 「よかろう、桜井中将の命であり、金剛ちゃんの頼みとあらば、話を聞かぬこともない」

 

 テーブルを挟んで座るのは、左から桜井中将、日南中尉とさりげなくその隣を押さえた榛名。そしてその正面、ソファーの中央に陣取るのは、拳を膝の上に置いて傲然とした姿勢で鼻血をだらだら流し続ける御子柴中佐であり、右隣には金剛が寄り添うようでいて絶妙にくっつかない距離を保ち座っている。その金剛は、口元を手で隠し桜井中将に向かいこそっと重要な点を小声で確認する。

 「指名料はGrizzlyにチャージしていいんですよネー?」

 

 柔らかく体重を受け入れるソファに座るとお尻が沈みこんでしまうため、榛名はしきりとミニスカートを気にしている。隣に座っている日南中尉が少し視線を下げるだけで…見えてしまいそうである。見えそうだから見せたくない榛名の素人っぷりがかえって艶めかしい。一方の金剛にはミニスカを気にする素振りはないが、手にしたハンカチでさりげなく肝心な▼が隠れるようにしている。見えそうに思わせて絶対に見せない固いディフェンスに、御子柴中佐の視線が泳いでいる。

 

 桜井中将の咳払いをきっかけに、中佐も流石に威儀を正し、話を切り出すきっかけを迷っていた日南中尉が、改めて教導艦隊の現状水準や作戦内容について説明を始めた。理路整然と作戦を説明する日南中尉の落ち着いた声が執務室に流れ、御子柴中佐もふむぅとしばらくの間考えこんでいた。ばしん、と膝を叩く音が響き、決然と宣する。

 

 「概ね理に適っていると認めるっ! 我は貴様と教導艦隊の力を過小評価していたようだ。よろしい、全力を挙げバシー沖海域を解放せよっ! ただし、桜井中将の部隊が後詰めに入ることと、宿毛湾泊地に我が留まり作戦指導に当たる事を条件とするっ!!」

 

 その後も作戦内容や艦娘の運用に関する突っ込んだ議論が続き、経験と理論に裏打ちされた御子柴中佐の見識には日南中尉も驚かされ、内心舌を巻いていた。そして話すべきことは話した、と中佐は立ち上がり、彼なりの思いを告げると今度は立ち止まらずに執務室を出ていった。

 

 「若き日の我は、妖精さんなるものが見えずに提督への道を断念したのだよ。自業自得の輩のため艦娘を危険に晒すのは、どうにも納得ができなくてな。いや、全て私情か…忘れるがよい。それと、金剛ちゃんは明日も出勤かな?」

 

 極端ではあるが、御子柴中佐の考え方もまた、艦娘への愛情の一つのカタチなのかも知れない…そう日南中尉は思いながら、ばしんと左の掌を拳で打つ。様々な思惑が絡み合いながらも、作戦はついに始まる―――。

 


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