それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 実は手ごわいワ級。


047. 託す

 ー初戦は私に任せて貰えませんか。

 

 出撃前に赤城から呼び出された日南中尉は、縋るようにそう訴えられた。ブランク明け初の実戦で入れ込み過ぎているのは見て取れるが、それでも思い詰めた気持ちを解き放てるなら、と一つ条件を付けて許可を出していた。だが戦闘開始直後から動きが硬く行動がワンテンポ遅かった。戦闘も中盤を越えずいぶん改善したが、その間に機動部隊にとっては懐とも言える距離まで敵の進出を許してしまった。

 

 作戦司令室でも様々な声が囁かれる中、加賀が右手の親指を噛むような仕草で滅多に見せない苛立ちを露わにする。

 

 どういう策を取る気なのか…加賀としては、日南中尉を問い質したい気持ちでいっぱいである。教導艦隊のことも勿論だが、より赤城を心配している自覚のある加賀は、だからこそ意見があっても口に出せない。しかも指揮官に、それも命令系統上別組織となる日南中尉に意見具申できるはずもない。何とか分かってもらおうと、思いを込めた視線を中尉に送り続ける。

 

 

 「中尉ー、そろそろイイ感じの距離なんだけど、始めちゃうね 」

 「はいはーい、村雨、やっちゃうからね♪」

 

 思い詰めた加賀が口を開きかけた瞬間、スピーカーから飛び込んでくる艦娘達の声を受け、日南中尉は、加賀に柔らかく微笑み返すと、凛として号令をかける。

 

 「川内、村雨、突撃っ! 長射程戦術で交戦開始っ!」

 

 全員の視線が日南中尉に集まり、続いてモニターに釘付けになる。画面左側の主観視点ビュー、村雨と川内の視点では、低い姿勢で風を巻いて白波を切り裂く光景が、赤城の視点では、風を孕んで左右から飛び出した二人の背中が遠ざかる光景がそれぞれ映し出されている。画面右側のCOP、分かりやすく言えばデジタル海図では、二つの輝点が猛烈な速度で最前線へと切り込んでいく軌跡が描かれる。

 

 千歳と千代田によるA群への攻撃状況に応じて動くよう水雷部隊に事前に徹底された指示。まず中間地点で本隊護衛を務める村雨が南東へ進出開始、北西から川内と夕立も転進する。夕立は村雨と入れ替わりで機動部隊の護衛に当たり、川内は第四戦速まで増速し先行する村雨と合流する。

 

 「赤城、ここでこの手を使わせてもらう。いいね?」

 赤城の航空攻撃で敵艦隊を沈められれば勿論それでいいが、抵抗が激しい場合、躊躇わず水雷戦隊も投入するーそれが日南中尉のいう条件で、いよいよ最終防衛距離に敵が到達する。

 

 川内と村雨は三三ノットで突撃を開始する。彼我の速度と距離を考慮すれば、攻撃態勢に入るまでの約一二分、二人は敵艦隊の攻撃を躱しながら疾走せざるを得ないが、その間に赤城は後方退避しつつ航空隊で敵を牽制し攻撃を妨害する。

 

 安全策で言えば、距離を取り時間をかけて航空攻撃に徹していても確実に勝てる。だが、今回の作戦の主眼は海域全体の広域同時殲滅戦。日南中尉は、航空戦力の保全と速戦即決を両立するために、C4ISTARを最大限活用して作戦に臨んでいた。

 

 

 

 第四戦速を超え最大戦速に迫る三三ノットの風に乗って、村雨の亜麻色の長いツインテールが激しく揺れる。突入時間は二二分。ただそれは三三ノットを海面状況や自分の機動に関わらず出し続けた場合の理論値であり、トップスピードを保ったまま敵の砲撃を躱して前に進むには、主機を全開に上げながら最少限度の回避行動で速度を維持するしかない。一瞬の油断も許されず、緊張と疲労で膝はがくがくし足も震えてるが、ここで気を抜くわけにいかない。敵艦隊があっという間にその輪郭を鮮明なものに変え、疾走を続けていた村雨の赤い目がきらりと輝く。

 

 「さぁーて、と…村雨の、ちょーっといい所、本気で見せちゃおうかな」

 

 交戦開始地点(エンゲージポイント)到達―――村雨は腰溜めの姿勢で脚を左右にやや広げ態勢を安定させる。両方の太ももに装備した魚雷格納筐ががこんと音を立て九〇度回転し四連装酸素魚雷が次々と海に放たれると、村雨は横転すれすれの急角度で回頭し一気に離脱する。さすがに至近弾を受け小破程度の損傷は負ってしまったが、次の戦いでの戦闘行動に支障はない。敵の射程外に出ると、ほうっと一息ついて空を見上げた村雨は、左右の主機の出力を変えその場でくるりとターンする。

 

 「ばーんっ! なーんちゃって…………あれ? おぉ~、グッド~!」

 構えた右手を、ウインクとともに銃を撃つような仕草で跳ね上げると、偶然そのタイミングで魚雷が命中し、巨大な水柱が複数立ち上がった。戦艦ル級に直撃、さらに駆逐艦一体を轟沈させる戦果を挙げ、村雨は満足げな表情で赤城たちとの合流に向かう。

 

 

 

 一方の川内は、中間地点をやや過ぎたあたりまで進出、敵艦隊から狙われ激しい砲撃を受けたが、その全てを躱しきっていた。

 

 「夜戦じゃないから気が乗らないけど、さあ、仕掛けるよ! よーい、てー!」

 

 にやりと笑みを浮かべた川内が左腕を伸ばし砲撃体勢に入る。一五.五cm三連装砲が火を噴くと、初速九二〇mで放たれた砲弾は約三〇秒で着弾。川内は位置を細かく調整しながら一二秒間隔での射撃を続けると、敵の軽巡を滅多撃ちにして沈黙させ、続いてル級に間断なく砲撃を浴びせる。中口径砲ではル級の装甲を穿突できないが、艤装や生体部分なら話は別、あっという間にル級の行動の自由を奪い去った。

 

 「ま、こんなもんかな、っと。あとは、ね?」

 

 ちらりと空を一瞬だけ見上げる川内。ツーサイドアップにしたセミロングの茶髪が風に揺れ、同じ色の瞳がにんまりと微笑む。参加した往時の海戦全てで無被弾という回避能力に極めて長けた軍艦川内の戦歴と記憶は、艦娘として現界した今、攻守全てを支える『眼』に宿っている。川内は、敵の砲撃を見切って躱しながら、回避だけでなく狙撃にも似た高水準の射撃精度で敵を沈黙させた。航空攻撃を別とすれば、川内が守勢に徹したら容易に捕捉できない、それが教導艦隊内の一致した認識である。

 

 

 そして村雨と川内が見上げた空から―――。

 

 

 「敵とはいえその粘りに敬意を。ですが…ここまで、です」

 

 後方で赤城が静かに目を閉じる。全ての護衛を失い、村雨の雷撃と川内の砲撃で完全に足を止められ沈黙した戦艦ル級に、止めの航空攻撃が加えられる。低空を侵攻し雷撃を加えた九七式艦攻の部隊がスロットル全開でル級を飛び越えるのと入れ替わるように、黒い影が落下してくる。投弾を済ませた九九式艦爆が艦攻隊とは反対の方向に一気に飛び去ってゆく。一拍の間が空き、これまでで一番激しい轟音と爆炎、水柱が巻き上がり、それらが収まった後水面には何も残されていなかった。

 

 爆雷同時攻撃、通常は艦攻隊と艦爆隊が共同して行う攻撃を指す。だが赤城の場合、雷撃と急降下爆撃を同時に着弾させる攻撃を意味する。水面下を一定距離疾走する魚雷と至近距離で投下される爆弾、時間差のある二つの攻撃の着弾時間差を計算して航空隊同士を連携させる極めて高度な攻撃で、赤城と言えども条件が揃わなければ容易に成功させられない。だが、その攻撃力はけた違いで、いくら頑丈な戦艦といえども跡形もなく吹き飛ばしてしまう。

 

 ―――南東方面G群、全艦撃沈。

 

 

 

 「すごいや…。ほんとに両面作戦をやっちゃった…」

 沈黙が支配していた作戦司令室に、秘書官の時雨の小さな呟きが通る。それをきっかけに作戦司令室は大歓声に包まれた。残る敵は北方に陣取るD群だが、こちらは宿毛湾の本隊から派遣された部隊が攻撃に当たっている。勝利の知らせが届くのは時間の問題だろう。

 

 「…ここまで上手くいくとは思わなかった。本当に良かった…」

 椅子を引いて立ち上がると、日南中尉は緊張を逃がすように制服の詰襟と第一ボタンまでを開けると、目を閉じて深く息を吐く。前回カムラン半島沖でも活用したC4ISTARだが、本格活用した今回の戦いで手ごたえを感じたと言ってもいい。

 

 -これなら、みんなに余計なリスクを負わすことなく戦闘を有利に進められるか…?

 

 むぎゅう。

 

 柔らかいが弾力のある感触が背中に圧し掛かってきて、中尉は驚いて振り返ろうとしたが果たせなかった。背中から覆いかぶさるように蒼龍が抱き付いている。

 

 「すごいっ! 前から興味はあったけど、さっすが司令部候補生だね~。え、離れろ? どの娘の視線が気になるの〜?」

 中尉に頬をすりすりする蒼龍に、時雨や神通がごごご…と不穏な擬音を背負いながら引きつった表情に変わる。あーあ、やっちゃった、というように苦笑いする飛龍だが、止める気も無いようで、それどころか煽りに回り始める始末。ここまで奔放に振舞われると、いくら先輩相手でも教導艦隊の艦娘達も黙っていられず空気がわやくちゃになり始めたが、ここで白い礼装の艦娘が前に進み出て場を引き取った。

 「二航戦のお二人、度が過ぎますよ。それとも、翔鶴さん(総旗艦)に報告しようかしら? うふふ♪」

 

 頬をヒクつかせながら氷の微笑を貼り付けた教官の鹿島から、翔鶴の名前が出てさすがにまずいと思ったのか、蒼龍は中尉からぱっと体を離すと口笛を吹き下手な誤魔化しを始める。一方で騒ぎの輪から外れた加賀は、オペレータデスクに浅く腰掛けながら赤城と通信を繋いでいた。

 

 「はい、旗艦赤城です。中尉ですか?」

 「………多少危なっかしいですが、良い戦いぶりでした…」

 「その声は加賀さん、ですね。…ありがとうございます」

 「最後の爆雷同時攻撃…最初から計算していたのですか?」

 「ちょっと出来過ぎな気もしますが、中尉の作戦どおりです」

 「そう…。いつか…一緒に出撃したいものです」

 

 沈黙が流れる。二人にしか分からない思いが短い時間の間に交錯していたが、今度は赤城が思いを打ち明ける。

 

 「ごめんなさい。私は教導艦隊の一員で、日南中尉に全てを預けていますから…。加賀さんが転属しない限りは一緒に出撃はできないと思います」

 「そう…赤城さんは中尉のことを信頼してるのね…」

 「はい、こんなに自信をもって、揺るぎない気持ちで戦えたのは、本当にいつ以来でしょう…」

 「そう…なのね。分かったわ…」

 

 ひょいっと軽く反動をつけデスクから降りた加賀は、きゃきゃい騒がしく日南中尉を取り囲む艦娘達を押しのけ、中尉の正面に立つと深々と頭を下げた。

 

 「赤城さんのこと…よろしく。それなりに…期待はしているわ」

 「彼女は…教導艦隊の一員で、かけがえのない仲間です」

 「そうね。赤城さんもそう言ってたわ。なので私から言えるのは―――」

 

 ふっと間を空け、相変わらず淡々とした口調のまま、加賀が一気にしゃべり倒す。

 

 「赤城さんはとにかくよく食べますので、資材資源の備蓄には十分な注意を払う事。お腹が空くとすぐに元気がなくなります。あとは、寝相はあまりよくありません。意外と寂しがり屋なので、ちゃんと見てあげる事。もし赤城さんを泣かせるような真似をしたら…私が全力で相手しますので―――」

 

 「わーーーーーっ!! 加賀さん、何を言ってるんですかっ!? 私は別にお腹が空いてもしょんぼりは…そんなにはしないはずで…。というか、中尉に何を吹き込んでるんですかっ、プライバシーの侵害ですっ!!」

 スピーカー越しに慌てに慌てた赤城の声が飛び込み、加賀の話を必死に否定しようとしているが、気にすることなく加賀は話をまとめ始める。

 

 「赤城さんが自然に喜怒哀楽を出せるようになった事…こう見えても、私…本当に貴方に感謝してるのよ」


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