それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 赤城さん必殺技炸裂。


048. 凪のち嵐

 二正面作戦を成功させた教導艦隊だが、全体で見れば三分の一程度までの進捗に過ぎない。そもそもこの作戦は、Eポイントに取り残された民間人救助のため海域入りするUS-2の安全を確保し、救助作業の完遂まで護衛する事を最重要目標とし、その上で最奥部へ侵攻し海域解放を果たすものだ。

 

 海域の三か所に現れる深海棲艦の艦隊…南方のA群とG群、北方のD群を各個撃破し、Eポイントで民間人救助の護衛に当たる。この作戦で展開速度が最重要視されるのは、それだけが理由ではなく、あえて犠牲を作ることで民間への締め付けを狙う参謀本部の介入を防ぐため、一気呵成に決着を付けねばならない。民間人を救う、そのために戦う日南中尉と艦娘達のため、御子柴参謀は、本部の意向に逆らい自分の進退を賭して作戦指導に当たり、酷薄な()()に抗する新旧二人の教え子のため、桜井中将は自らの部隊の投入を決断した。

 

 対D群用に宿毛湾本隊から派遣されたのは、筑摩、阿賀野、矢矧、夕雲、長波、そして旗艦には強行に出撃を主張した翔鶴が配された。二人の指揮官と一人の参謀の会議に同席し、三人の思いを心に刻んだ翔鶴なりの意思表示である。待ち受けていたD群…戦艦ル級、軽巡ト級elite、駆逐ニ級二体、輸送ワ級二体は、奇しくも教導艦隊と交戦したG群と同じ編成だが、一方的に蹂躙されることになった。噴式景雲改の強襲から始まり、全力投射の猛烈な開幕空襲を経て、他の艦娘がやることは、辛うじて生き残り漂流する軽巡ト級と輸送ワ級の後片付けだけだった。

 

 これで広域同時殲滅戦は無事完了、Eポイントの民間人救助に当たる事ができる。翔鶴の報告を受けた桜井中将は、すぐさまバシー島沖近くまで進出し滞空していたUS-2に連絡し、本来の作戦がいよいよ始まる。

 

 

 

 本隊から派遣された部隊を翔鶴が率い、相手に抵抗さえ許さず完全勝利を収めたとの報はただちに教導艦隊にも共有され、圧倒的な実力差に感嘆するよりも呆れてしまった。特に同じ空母勢として自分たちが戦ったG群と同じ編成のD群を単艦でほぼ殲滅したと聞いて、千代田も千歳も笑うしかない、と引きつった表情を浮かべていた。

 

 「翔鶴さん、そこまで強くなっていたんですね。私や加賀さん亡き後も戦い続けた貴女にこそ、一航戦の名はふさわしいのでしょう…」

 

 赤城も空を見上げ、翔鶴について思いを馳せる。最精鋭の自分(一航戦)と追いかける翔鶴(五航戦)の関係だった往時。艦娘としては、この戦争の初期から今に至るまで戦い続ける最強の鶴と、比較的最近現界し、膝を抱え蹲っていた過去からようやく立ち上がったばかりの自分。今回の戦いも序盤は体が固く思うように動けず、敵の接近をむざむざと許してしまった。虚勢、羨望、諦念、称賛…言葉にすればどれも正しくどれも違う、様々な思いが赤城の心を乱してゆく。そんな物思いに深入りするのを止めるようなタイミングで日南中尉から通信が入った。

 

 「赤城、どうかしたのかい? 深く考えこんでいたようだったから…ひょっとして―――」

 赤城は思わず身を固くしてどきっとする。さすがにこんな心理状態までは知られたくない、と表情がこわばるが、日南中尉の問いは全く違うもので、赤城は加賀を内心恨んでしまった。

 「ひょっとして…お腹が空いたのかい? 加賀さんも気をつけるように言ってたし…」

 「なっ! ちがっ! 中尉は私のことを何だと思ってるのですか!? …まだ、そんなには空いてません」

 

 そして二人して笑い合う。中尉が自分の表情の変化に気づいたのは確かだろう。でも私の気持ちの行き先をくるっと変えてしまった。だから乗っかって気持ちを切り替える。その後も打ち合わせを続け、作戦方針について意思疎通を十分に図りながら、赤城は自分が自然に笑えていることに気付いた。

 

 -心というのは、これほどまでに複雑な模様を描くのですね。不思議だけど…心地いい。

 

 「US-2がそろそろ現場入りするそうだけど、そちらでも把握してるね。あとは風向きが変わったようだ、北東から結構な雲量の雲が急速に伸びてきている、天候の変化には注意を払うように」

 

 中尉の言葉に赤城は深く頷く。三方向の敵艦隊を同時に叩き制空権と制海権を確保したことを受け、全速でEポイントに向かっていたUS-2が、ついにその姿を現した。

 「わーっ!! おっきーっ!! すごいっぽいっ!」

 「やだ…こんなにおっきいのが…きちゃうんだ…」

 雲海を切り裂くように舞い降りるUS-2の巨体が大きな影を作りながら進入してくるのを見ながら、興奮する夕立と呆然とする村雨。二人は全く感想を言っているはずである。

 「二式大艇並み…。現在でもこんな飛行艇が運用されていたんですね」

 感心して頷く千歳と、その大きさに圧倒されごくりと唾を飲み込む千代田が遠くから見守る中、US-2は挙動に一切の乱れを見せず着水態勢に入ると徐々に海面に接触、ボディの左右に大きく波を逃がしながら僅か三一〇mの着水距離で水面に停止する。六翅のプロペラが徐々に回転を落とし完全に停止すると、救助員とメディックを兼ねる救護員が機体後部の搭乗口から二艇のゴムボートに分乗しプラントへと急行、救助作業がただちに開始された。

 

 三人の空母娘は互いに頷き合い、改めて直掩を務めるそれぞれの航空隊に指示を出す。この時間こそが一番無防備で危険な時間帯となる。敵は全て撃ち払ったはずだが、何事にも完璧はない。万が一にもUS-2は勿論民間人に傷一つ負わせる訳にはいかない、勝利に慢心せず索敵と直掩に当たる、それが旗艦としての赤城の信念だった。六人の艦娘が見守る中、救助作業は順調に進み、ゴムボートでUS-2に搬送される要救助者たち。赤城たちに手を振ったり大きな声で感謝を叫んだり、中には両手を合わせ拝む者までいる。

 

 そんな中、川内から日南中尉に報じられた不具合。C4ISTAR運用の鍵となる一cm四方程度のCMOSセンサーが映らなくなったという。センサーを各艦娘の艤装に組み込めれば一番いいのだが、現代の技術で製造された機材はどうやっても艦娘の艤装と同調できないため、やむを得ず頭部のどこかに外部搭載しているが、さきほどの交戦の衝撃で川内と村雨のものが故障したようだ。

 

 「ねえ中尉、村雨のこと見える? どう? あ、んもう…手が滑ったぁ」

 「うーん、信号が来たり来なかったりだね…。あ、映像が戻った―――ん? 肌色とレース? わぁっ!?」

 「えっちなのはいけないと思いまーす!」

 村雨の場合はツインテールを留める細い黒リボンの根元にセンサーを付けていたが、画像不良なので取り外し自分の顔を映そうとあれこれいじくり回していた。が、ぽろりと手から滑り落ちた超小型のセンサーは、するりと制服の胸元に入り込む神業的な挙動を見せた。作戦司令室のモニターに村雨の胸騒ぎの胸元が表示され、様々な意味のざわめきが起きたが、最速を超え神速で動いた島風が中尉の目を覆い隠し、非常事態は一瞬で過ぎ去った。そんな幕間ともいえる一コマの空気が一瞬で引き締まる。

 

 「日南中尉っ、失礼する! 陣中見舞という所だ、噂に違わぬ沈着冷静な指揮ぶりよっ! 」

 「これまでの所順調なようだが大詰めだね、しっかりやっていこう」

 

 桜井中将と御子柴参謀が揃って姿を現したのを見て、作戦司令室の全員が即座に立ち上がり背筋を伸ばし敬礼で出迎える。

 「よい、作戦中は作業に集中してくれ。それよりも日南君、システムはうまく稼働しているかい?」

 杖を突きゆっくりとした足取りで進む桜井中将に時雨はたたっと駆け寄り応接ソファまで案内し、モニターの映像を見逃さなかった御子柴参謀は、威礼に満ちた表情で鼻血をたらしながら傲然と室内を進みソファに腰掛ける。

 

 

 

 ここから先は本来の戦い、海域最奥部に侵攻し、敵の主力艦隊と戦って海域を解放する。航空戦力は保全できている、艦隊の損傷も村雨が小破しただけ、燃料弾薬も十分にある。何より、これ以上ないほど気合が入っている。行き掛かりはどうあれ海域に取り残された民間人を、自分たち戦船が守るべき命を守る事が出来た。それ以上誇りに思えることがあるだろうか。

 

 最後の要救助者を機内に収容し終えた機上救助員と救護員が後部搭乗口に並ぶと、びしっと音が出そうなほど奇麗に揃った敬礼を赤城たちに送る。答礼を返そうした時、北方に展開中の翔鶴率いる宿毛湾の本隊から緊急通信が入った。

 

 

 空母ヲ級elite二体、重巡リ級elite、軽巡ト級、駆逐ハ級二体から成る機動部隊が南西方面、つまりポイントEに第四戦速で進行中。

 

 

 D群を撃破した後も海域に留まった翔鶴は南方に濃密な索敵網を展開し、唯一残った敵艦隊-海域奥部に陣取る敵本隊の動向を探っていた。作戦開始から雲量が増え、敵の動きを掴むのが遅れてしまったと翔鶴は詫びているが、雲量六では空の多くが厚い雲に覆われ、隙間から空が覗く程度の視界、強力な哨戒能力を備える本隊であっても索敵は容易ではない。海域最奥部がもぬけの殻と分かった時点で、翔鶴は索敵範囲を大幅に拡大、分厚い雲の切れ間に航跡(ウェーキ)を発見したときには、すでに敵艦隊は海域最奥部とEポイントの中間ほどまで進出していると判明した。

 

 赤城がキッとした目で空を睨み上げるが、視線の先には厚い雲に覆われ閉ざされた空が広がるだけだった。

 

 

 

 風雲急を告げる。US-2はエンジンを始動させると、プロペラ後流が水面に渡る波を作りながら風を巻き起し、あっという間に五〇ノットまで増速し離水体勢に入る。

 「ええっ!? あんな距離でこんな大型の機体が離水できるの!? お姉っ、凄すぎだよっ!」

 千代田が驚いたのも無理はない。超大型機が僅か三〇〇mもせずにふわりと空に舞い上がり上昇すると西に向かい一気に速度を上げて遠ざかる。このタイミングで離脱すれば、零戦五二型よりも優速という桁外れの性能を誇るUS-2なら補足される心配はまずない。

 

 時間の経過とともに雲量はさらに増え、現在雲量七。自分たちの上空は、ほぼ全天が厚い雲に覆われている。だが翔鶴のお陰で敵艦隊の位置方角距離も判明している。しかも相手の上空は雲が抜けた快晴。

 「敵の位置は判明、私達の位置は雲が隠してくれる。これ楽勝?」

 「そうよね…さぁ千代田、おしゃべりしてないで発艦作業に集中しましょう」

 空母戦は先手を取って飛行甲板を潰した方が勝者となる。移動する航空基地とも呼べる強力な攻撃力を誇る航空母艦だが、被弾には脆い。飛行甲板が損傷すれば体が無事でも浮かぶ置物と化してしまう。一分でも早く発艦させ敵を叩く。

 

 「第一次攻撃隊、発艦してください!」

 

 右手を前に振り出し、決意を込め水平線の彼方を射る様な視線で見据える赤城の声に応えるように、千代田と千歳が寄木細工のような複雑さで甲板を模したカラクリ箱を開くと、絡繰り人形のように中に紐で繋がれた航空機が勢いよく飛び出し、紐をパージして空に翔け上がる。赤城も細い長弓に矢を番え、大きく引き絞ると空に鋭く放ち続ける。最初の二正面作戦で損害は受けているが、航空戦力はまだ十分にある。三人の空母娘が発艦させた一一〇機の攻撃隊と護衛二四機は、発動機の轟音を響かせながら見る間に小さくなり、曇天を切り裂き彼方の敵を追い求め翔けてゆく。

 


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