それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 海域突破、辛うじて勝利。

 ※今回のIntermissionは、犬魚様『不健全鎮守府』の世界観の一部をお借りしてお送りします。


Intermission 4
050. ロミオとジュリエッツ-前編


 バシー島沖の作戦は、終始圧倒しながら窮地に追い込まれた終盤、結果として辛うじて勝利、というものだった。しかし、日南中尉が作戦終盤で部隊を鼓舞し士気を保った点は一皮むけた印象を周囲に与えていた。ただ、結果と過程のどちらに重きを置くか、その点では中尉は後者だった。作戦終了から二日が経ち、ほんとうにボロボロになって帰投した艦隊の入渠整備も終わったが、中尉は桜井中将に降格を申し出るほど思い詰めていた。さすがに中将も唖然とし、どこの世界に作戦に勝利した指揮官を降格させる軍隊があるのかと滾々(こんこん)と説いて聞かせたとのこと。

 

 確かに薄氷の勝利だったことは間違いないが勝ったのだ。戦いに損傷は避けられない、とむしろ艦娘達の方が割り切っている部分もある。戦闘は理屈通りにはいかないし、艦娘の損傷をそこまで気にかけるのも繊細すぎる、と思わなくもないが、一方で必ず帰ってきてほしい、とまで思いの丈を明かされれば、艦娘達としてそんな上官に悪い感情を持つはずもない。

 

 気持ちを切り替えて中尉に元気になってほしい、というのが皆の共通した思いだった。祝勝会を開いて気分転換、といっても今の日南中尉の心理状態では乗ってこないだろうし、なら、なぜか知らないが依然として御子柴参謀も居座ってることだし、慰労会ならどうだろう、との声が誰からともなく上がった。酒と肴は鳳翔さんに頼めば間違いはない、後はどう場を演出するのか…。皆がうーんと首を傾げる中、一人の艦娘が自信満々の表情で大きく見得を見る。

 

 「ここは金剛に任せてくだサーイ! 男の人を癒すのはお酒といいオンナに限るって榛名の持ってるthin book(薄い本)に書いてありマシタ。Big shipに乗ったつもりでOKデース!」

 「こ、金剛お姉さまっ!? 榛名、そんな本持ってませんからっ」

 

 まっかせてくだサーイと胸を張る金剛と、風評被害で半泣きの榛名に、周囲の艦娘達もなんとなく不安を感じたり感じなかったりしていたが、何はともあれ金剛の仕切りの元あれこれ準備を進めていた。そして赤城の一言が、事態を大きく動かしてゆく。

 

 「決して諦めるな、必ず帰って来てくれ…あの言葉で、どれだけ勇気が湧いたでしょう…」

 

 皆その言葉を聞き、何となく頷き合う。国のため民のために体を張り、目の前の深海棲艦相手には血が滾る。でも、死の恐怖を押し殺しながら戦いの海から帰還し、その先で待つ若き指揮官の笑顔にほっとしてしまう。それは女性の心性と肉体を持って現界した艦娘の宿命かも知れない。

 

 作られた体に宿る、仮初めの記憶と鋼鉄の暴力、それが艦娘。それでも心だけは自分の物、奇麗事だけではない、女性としての想いは確かに息づいている。

 

 かくして慰労会の準備は赤城の言葉をきっかけに、宿毛湾本隊の艦娘まで巻き込んで一気に盛り上がりを見せ始めた。

 

 

 

 「…いつもと雰囲気が違うような…」

 

 あまり気は進まないが、教導艦隊総出で慰労会への出席を頼まれればイヤとは言えない。御子柴中佐を伴って居酒屋鳳翔を訪れた日南中尉が、カラカラと軽い音を立て横開きの外扉を開く。いつもなら正面に白木のカウンターとテーブル席が見えるが、今日は内扉が閉め切られている。

 

 ダウンライトだけが足元を照らす通路を進み、大広間へと続くドアを開けるとそこは…煌びやかな光を放つ夜の店…。鳳翔が女将を務めるこの店は、キャバレーナイトクラブ、略してキャバクラではない。和の装いに飾られ、繊細な料理と芳醇な酒を心穏やかに楽しむ店…のはず。

 

 「「ナイトクラブHO-SHOW宿毛湾店へようこそ、ロミオー!」」

 

 入り口の両側には、満面の笑みを浮かべて両手を広げて来客を迎え入れる二人の艦娘。一人は村雨で、ミニプリーツスカート+ブラウスにオーバーサイズのキャメルカラーのカーディガンのJKスタイル。ただ、ブラウスを第二ボタンまで開ける必要あるの? という着こなし。もう一人は綾波、白を基調とした、全身にぴったりと張り付く汎用人型決戦兵器に乗り込むような半装甲のボディスーツである。

 

 誰がロミオだよ…と唖然とした表情の日南中尉と特に興味無さそうな御子柴中佐が対照的である。露出度はゼロだが体のラインが丸分かりのコスに綾波が恥じらい動けずにいるうちに、村雨はニコッと微笑むと中尉に近づいてゆく。

 「お店もいいけどー…村雨のもっといい所、見たくない? 村雨は…見せたいよ? このまま…店外デートに行っちゃう?」

 村雨は意味深な目で見上げると、中尉の小指だけを握り手をふりふりと振る。気が進まない彼氏にお出かけをねだるような、甘カワ演出。ただ、二人が二人して同じお客に向かってはお店として失格である。鳳翔が村雨と綾波をたしなめつつ、静かに御子柴中佐へと近づいてゆく。

 

 「はいはい、お二人とも、その辺にしてくださいね。これは御子柴中佐…ようこそおいでくださいました。居酒屋…じゃなかった、今日はナ…ナ、ナイトクラブHO-SHOW宿毛湾店へようこそ、ロ、ロミ…ああっ、ダメです、恥ずかしすぎますっ」

 両手で真っ赤になった頬を押さえ顔を背ける鳳翔。いつもの和装ではなく髪を下ろした洋装のドレス姿で、村雨と同じように両手を広げて御子柴中佐を出迎えようとしたが…挫折した。日南中尉は、依然として照れまくっている鳳翔に向かい、当然の疑問をぶつけてみる。

 

 「あ…あの…鳳翔さん? こ、これは一体…何があったのですか?」

 「そ、そのですね…金剛さんの発案で『大人の慰労会』をやろう、ということで、私は会場をお貸ししたのですが…。お恥ずかしい話ですがそういうノウハウが無かったので…以前中尉と演習を行った九州の鎮守府を、覚えてらっしゃいますか? そちらの鳳翔さんはBig Mamaと呼ばれるほど、こういう方面には造詣が深い方のようでして、色々とアドバイスを頂いた結果といいますか…」

 

 日南中尉の脳裏に浮かんだのは、九州から乗り込んできたかつての演習相手。激しい演習となり、半ば相手の自滅に助けられ辛うじて勝ちを拾ったようなものだった。

 

 「何をしているのか、日南中尉っ!! 金剛ちゃんが招待してくれた慰労会(イベント)ではないかっ!! こんなところでモタモタしている暇があろうか、いや無いっ」

 

 鳳翔の口から出た金剛の言葉に、制服を破くような勢いで筋肉を隆起させ、鼻息も荒く目を輝かせる御子柴中佐は、村雨の手から日南中尉を奪い去り店内へ突入を開始した。

 

 

 

 「フリーのお客様一名、本指名のお客様一名、ご案内~♪」

 

 適度な暗さは、リラックスできて心を開きやすくなり、軽い不安感が距離を縮める。計算された照明の照らす店内に入る手前、煌びやかに彩られたアプローチにずらっと並ぶ、普段の制服とは違う、思い思いに選んだ衣装を身にまとった艦娘たち。一斉にロミオコールで出迎え、我先にと群がってくる…日南中尉に集中して。基本的に感情に素直過ぎて接客業には向いていない娘が多いのかも知れない。ちなみに出勤している艦娘は、全員一八歳以上(自己申告)である。

 

 「ご指名はぁ~…私? それともわ・た・し? うふふふふ~♪」

 選択肢があるようで全くない荒潮。

 

 「…えっと、そうだ!お茶を淹れてきますね」

 ドリンクは緑茶一択の由良。

 

 「那珂ちゃんのライブにようこそ♪ 張り切って歌うよぉー!」

 カラオケは自分が歌うと言い切る那珂。

 

 気ままな艦娘達に歓迎されつつ、日南中尉はゆったりと広い通路を取ってレイアウトされた薄暗い店内を進み、奥まった一角のブースに案内された。上質な仕立てで、少しだけ柔らかさを強調したソファに座る中尉は、フリーの客って自分のこと? というか客って何? いやそれより御子柴中佐は? …と思わずきょろきょろしてしまうが高い背もたれのおかげで他のブースの様子が伺えない。さすがに困惑してしまったが、さらっという衣擦れの音とともにソファが軽く沈みこんだ隣に気付いて振り返ると、一人の艦娘が座っていた。

 

 鮮やかな青色の着物、飛行甲板のような柄の入った帯には片仮名で小さく『カ』と一文字、サイドテールの根元には花をあしらった和装が涼やかに似合う加賀が、右手にマイクを握りしめ席に着いた。

 「え…あの…加賀さん?」

 「そう、カラオケ? チケットは一〇枚一〇〇〇円、キャッシュよ」

 いや、歌わないけど…と唖然とする日南中尉に、加賀はいつも通りのクールな表情で支払い待ちの左手をふりふりする。

 

 「やっほー、中尉ー。元気ないって聞いたけどー?」

 「最近暑かったり寒かったりで、お洋服選ぶのたいへーん」

 

 前を開け放ったチェックのシャツの裾を胸の下で結び谷間とお腹はまる見せ、ホットパンツに生脚+ウェスタンブーツ、さらにカウボーイハット…要するにコヨーテスタイルで美脚を強調する飛龍は元気いっぱいに中尉の斜め前で加賀の正面に座る。その隣には熱いねー、と風を送ろうと指で襟元を引っ張りながらぱたぱた手で胸元を扇ぐ蒼龍が座る。白いノースリーブのリブセーターは体に密着しかなりのサイズの持ち物を強調しつつ、黒で統一したボトムスは、フレアミニスカートから伸びる黒タイツで包んだ細い脚をショートブーツで引き締める。

 

 出だしから何となく気が付いていたが、これはいわゆる夜のお店的なスタイルなのかと、自分の知識にはない世界を無理やり理解しようとし始めた日南中尉の隣に、おずおずと躊躇いながら座ったのは―――。

 

 「あ、あの…失礼します。いらっしゃいませ、日南中尉―――」

 自分で言いながら困惑したような表情の赤城。ファッションのコーデには色んな方向性があるが、今日の赤城の場合、白ニーソに合わせた逆算なのだろう、薄いローズレッドのミニワンピ…にフリルのついたエプロン、頭にはホワイトブリムが加わり完全にメイド服である。

 「え、あの…あ、赤城…?」

 「は、はい…。その、この服は蒼龍が…。そ、それよりも…先般の戦い、不甲斐ない内容で申し訳ありません」

 「いや、君がそんな風にいう事は何もなくて…。不甲斐なかったのは自分の指揮だった」

 

 そのまま俯いてしまう、第二種軍装の男とメイド服の女のバックでは、先ほどからスラッシュメタルっぽい曲に乗せ那珂の美声がカラオケで響き渡る。九州のナイトクラブHO-SHOW本店で人気という、歌詞も曲調も激しい縦ノリ系の曲だが、歌ってる本人は気持ちよさそうである。日南中尉も何気に音楽の好みには偏りがあるので、これDLしようかなと思っている間に歌が終了した。

 

 ♪デデン

 

 続いて唐突に響く印象的なイントロに加賀が腰を浮かせる。が、すぐに『那珂ちゃんこの歌入れてないー。えいっ』っとキャンセルされてしまった。

 

 「…頭に来ました」

 そのまま席を立った加賀は何やら那珂とあーでもないこーでもないとやっていて、目の前では二航戦(ダブルドラゴン)が飲み食いに興じている。訳が分からない、という表情の日南中尉だが、全くその通りである。それでも赤城が意を決したように話しかけようとした時、名前の由来通り黒い細身のスーツに身を包んだ神通(黒服)が空気を切り裂くようにすっと割り込み、膝を付く。

 

 「みなさん、ローテーション(入れ替え)の時間ですので。…中尉、場内指名は…しませんよね?」

 笑顔に圧力があるというなら、神通が纏っているのはそれだろう、妙に『しませんよね』を強調している。というか、システムが全然分からないんだが…と困り果てている中尉に、一セット六〇分、二〇分入れ替え制ですので、と神通が耳打ちする。やだやだやだーとゴネる蒼龍を飛龍が連れてゆき、赤城も立ち去ろうとして、ふと立ち止まる。

 

 「中尉、その…どんな戦いでも、必ず帰って来ます…あなたの元へ、って、頭の中…いえ、心の中で何かが…」

 思わず口にしてしまったが、自分の気持ちの変化に戸惑い、耳まで真っ赤にして小走りに立ち去る赤城を見送りながら、中尉は次の艦娘が出待ちで背後に控えている気配を感じていた。


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