それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 新章突入、出張ですって。


053. 不完全に理想的な力

 「日南君の出張は、翔鶴もかなり気になっているようだね?」

 「だって…おそらく同行する艦娘にとっては大きな…すごく意味のある時間になりますから」

 「そもそも用務外出…出張なんだよ? 何をそんなに―――」

 そこまで言い、桜井中将は翔鶴の気配が変わったのに気付いたが手遅れだった。

 

 「…これだけ長く一緒にいると、やっぱり最初の頃の思い出なんて忘れちゃうのかしら…」

 

 それは遠い昔話。若き日の桜井少佐(当時)と翔鶴の関係が明確に変わり始めたのは、やはり出張への同行がきっかけで、翔鶴はその点を指摘している。やっちゃったなぁ、と気まずそうに頬を掻く中将だが、彼にとっても忘れ得ぬ時間であり、思い出は今も色褪せない。

 

 「………艦娘(私達)は、心の全てを預けられる方と一緒なら、どんな死地でも笑って赴きますし、どんな敵でも怖れず、どこまでも強くなります。そんな相手に思いが募れば、身も心も一つになりたい、自然にそう思います。人間(ヒト)が思うよりも…私達はずっと生々しいですよ? 」

 

 大切な何かを思い出すように、胸の前で手を組んで目を閉じうっとりとした表情を浮かべていた翔鶴だが、目を開くと一転ジト目で中将に視線を送る。

 

 「だからといって…私たちの方からホイホイ誘ったりできないのに。ほんと、男の人って鈍感…」

 

 ははは、と乾いた笑いを浮かべる桜井中将だが、翔鶴の言葉に改めて艦娘という存在に思いを馳せていた。

 

 一途に濃やかに、重ねた想いを力に変える、ヒトの理想(あこがれ)ともいえる姿。

 

 鋼鉄の暴風と咆哮で全てを破壊し焼き払う、力の象徴。

 

 心を預けられなければ強くなれない、兵器として安定性を欠く不完全さ。

 

 それが艦娘という、女性の柔らかさに鋼鉄の暴力と豊かな感情を持つ、人の現身にして人と異なる存在―――。

 

 

 

 呉への出張に一名随伴する旨は教導艦隊にも告知され、宿毛湾本隊にも通知があったが、艦娘たちの反応はあまり関心がないようにも見えた。一名だけ同行者を選ぶ、という行為を合理的に考えすぎていた日南中尉は、艦娘たちの反応が冷静さではなく、自分以外の他の艦娘に対する静かな牽制であることに気づけなかった。

 

 呉で開催される『第三世代技術運用展示会-駆逐艦編』。だが、案内をよく読んだ中尉は思わず眉を顰めた。同行可能な艦娘の種別が指定または制限されていない。となると、駆逐艦向けの技術運用展示会に超弩級戦艦や正規空母が参加してもよいことになる。大型艦が参加してはいけない訳ではないが、内容を考えると自ずと駆逐艦、せいぜい水雷戦隊を指揮する関係で軽巡だろう、というのが中尉の理解。

 

 けれども、そんなロジックは艦娘達にはあまり意味がなかった模様で、桜井中将との打ち合わせを終え本部棟から第二司令部へ戻る道すがら、日南中尉は自分の考えが甘かったことを身を以て理解した。

 

 「いい加減にしなさい、鹿島。貴女は宿毛湾の教官であって教導艦隊の所属ではないのですよ? そもそも…」

 訪れた宿毛湾の本部棟では、呆れ顔の香取に説教を受け、大きなスーツケースを持った鹿島が涙目でしゅんとしているのを見かけたり。

 

 「こうやって改まって話すのは初めてだな。この長門…最新技術というものにいささか興味があってだな、しかも噂によればくちくかんが呉に集結するのだろう? あ、おい、どこに行く? まだ話は終わってないぞっ」

 宿毛湾本隊の長門が珍しく話しかけてきたと思えばナガモンだったり。

 

 「展示会(エキスポ)といえばライブッ! 那珂ちゃん、張り切って歌うよぉー! えー、なんでプロデューサー補、那珂ちゃんのコト無視するのー? ひっどーいっ!!」

 (目を逸らしながら無言で通り過ぎる日南中尉)

 

 

 

 「………疲れた。やはり主旨に沿って駆逐艦娘から一人選ぶべきかなぁ」

 「中尉………お話が…あるの。呉の出張………」

 

 朝から気ままなアピールに振り回され、やや疲れた日南中尉は廊下を歩いていた。そこを初雪が真剣な表情で呼び止める。その眼差しに中尉も真剣に答えようと言葉の続きを待つ。

 「おみやげ、よろ。広島れもん鍋のもと…ご所望。炬燵とお鍋、最高…」

 夏に鍋…? と首を傾げた中尉だが、初雪の炬燵が通年仕様の冷暖機能完備だったことを思い出し、自分は行かない前提の初雪に、取り敢えずお土産を買う約束をしてその場を離れた。

 

 「おとまり、なんだよね…? …中尉とだったら…村雨は…いいよ…」

 少し恥ずかしそうに制服のスカートの裾を摘みながらふりふりしていた村雨は、ツインテールをふわりと揺らしてくるりと振り返り、意味ありげにウインクして立ち去った。一泊二日の出張への意思表示にも色んな表現があるんだなぁと、村雨の言葉に中尉はむしろ感心していた。

 

 「つまんなさそうだから、島風は行かなくてもいいかなー」

 長い金髪をポニーテールにして首筋を手でぱたぱたと仰ぎながら島風が現れた。訓練上がりで上気した顔に汗を光らせ、細い顎に指を当て一瞬だけ考えたが、展示会に全く興味がない様子。そんなこと言われても業務なんだが…と中尉が一歩近づくと、島風が一歩下がる。ん? と不思議に思った中尉を置き去りにして、島風は困ったような表情で頬を染めながら、両手を広げてぴゅーっと走り去る。

 「ち、近づかないでっ。あ…汗くさかったら…やだもんっ」

 

 

 時雨のいない執務室で一人きり、背中を大きく椅子に預け、うーんと背伸びをしていた日南中尉は、いよいよ困惑してしまった。同行させる予定のない中型艦や大型艦が積極的に参加を希望し、同行を念頭に置いている駆逐艦娘の反応は千差万別だが、いずれにしても主旨が正しく理解されていないようである。中尉もノーアイデアだった訳ではなく、時雨を除けば、実は島風を候補と考えていたが『つまんなさそう』を理由に参加しないと言う始末。

 

 -彼女達を過度に縛るつもりはないけど、規律というか、もう少し統制が利いていた方がいいのかな…?

 

 こんこん。

 

 こんこん。

 

 こんこん。

 

 かちゃり。

 

 「済みません…お返事が無かったので…。あの…お腹すいてませんか。もしよかったら、ふかし芋がありますので、どうですか。ちょうど一五〇〇(ヒトゴーマルマル)、おやつの時間ですし…」

 

 声を聞くまでドアがノックされている事に気付かなかった日南中尉は、セミロングの銀髪を揺らしながら、躊躇いがちに小さく開けたドアの隙間から不安そうな顔を覗かせる涼月を見て、我に返った。

 

 「…いや…ちょうどいい、休憩にしようか。入っていいよ」

 

 執務机を離れ応接セットに日南中尉が向かうのを確認してから涼月も執務室に入り、テーブルにふかし芋の載ったお皿を置くと、お茶を用意しますね、と執務室備え付けのミニキッチンに向かい準備を始める。

 

 「お待たせしました。どうぞ」

 お盆に湯呑が二つ、一方を日南中尉の前に、もう一方をテーブルを挟んだ向かい側に置き、涼月もソファに腰掛ける。

 「ああ、ありがとう」

 これ以上ない生返事で、ぼんやりとしたまま中尉は涼月に返事をし湯呑を手に取り、ずずっとお茶を飲む。休憩と言いながら、手には展示会の案内を持ったままで、視線はそこに集中している。

 

 「中尉、お芋も召し上がってくださいね」

 「ああ、ありがとう」

 相変わらずの生返事を聞いた涼月は、すっと手を伸ばすと、ふかし芋の載った皿の位置を静かにずらす。中尉は書類から目を離さず手だけを伸ばすが、指先がかつん、とテーブルに当りハッとして顔を上げる。目の前には悪戯っぽく微笑む涼月の顔。

 

 「…済まない。自分で思っていた以上に煮詰まっているみたいで…」

 

 気まずそうな表情を浮かべる中尉に、涼月は訥々と、穏やかな口調で話し始める。

 

 「駆逐艦の技術展示会、ですよね…? 私にも守れるものが増える、新しい何かがあれば…それは…嬉しい事…。もし中尉が…私を連れて行ってくれるなら…」

 

 涼月の空色の瞳が日南中尉を捉えて離さず、中尉も吸い込まれる様に目を逸らせずにいる。無言のまましばらくそうしていた二人だが、涼月は照れくさそうに目を逸らし、お茶を淹れ直しますと立ち上がる。

 

 -希望者は技術実証試験に参加できるのか…。その場合の推奨条件は、練度でいえば中程度の方が効果を体感しやすい、と…。これからの艦隊運営での駆逐艦の役割を考えると、対空対潜が中心になるんだよ、な…。

 

 目の前で揺れる銀髪は、全ての条件を満たしている…と中尉がぼんやりと眺めていると、視線に気づいた涼月が、少し戸惑ったような表情で、小首を傾げていた。

 

 

 

 日南中尉が、宿毛湾本隊から明石を、教導艦隊から涼月を伴い呉鎮守府へ向かう船に揺られていた頃、桜井中将の執務室に呼び出された時雨は姿勢を正し立っていた。凛とした指揮官としての表情を見せる中将を前にして、時雨にも自然と緊張感が走る。

 

 「さて時雨、今回君を日南君に帯同させなかった理由が分かるかい?」

 「…………」

 

 時雨は無言で首を横に振り仕草で答える。お行儀のいい答え方ではないが、むしろ中将の雰囲気に圧倒されて声が出なかった、という方が正解かも知れない。

 

 「これは定例の監査なんだけれど…。艦娘の発言の公平性や自発性を担保するために、指揮官と秘書艦を物理的に離して実施する手順(プロトコル)なものでね、このタイミングを利用させてもらったんだ、悪く思わないでほしい。秘書艦の君には、監査担当艦娘からのヒアリングへの回答、書類提出、質疑応答などを対応してもらう。同時に、君を含め教導艦隊所属の艦娘には第一次進路調査を行う。日南君が教導課程を修了したと仮定し、新たな任地に共に赴任したいかどうか、現時点での意思を確認するものだ」

 

 「…そっか、だから日南中尉と僕が一緒にいてもいなくてもダメなんだね」

 「理解が早くて助かるよ。そういうことだね」

 

 執務机に両肘をついて手を組み口元を隠す、いわゆるゲンドウのポーズを取りながら、桜井中将は今日初めて、眩しそうに目を細めながら時雨に微笑みかけた。その微笑みに時雨の緊張が解けた分、別な疑問も浮かんできた。

 

 「あの…中将、質問してもいい、かな? 進路調査は…その、中尉と同行した子はどうするの?」

 「出発前にヒアリングは済ませたよ。回答は個人情報なので言えないが…」

 

 聞かなくても分かるけどね、と時雨はぽつりと呟く。本人も強く希望し、日南中尉も望み、教導艦隊に配属された涼月。艦隊が強力になり戦力が厚くなるのは喜ばしいけれど、同じように僕も必要とされているのかな…くるくると変わる時雨の表情を見ていた桜井中将が、冷静な表情で語り掛ける。

 

 「指揮官と秘書艦は拠点及び艦隊を一体的に運用する存在で、指揮官と意思疎通を図りながら、その指揮言動を客観的に判断し、必要な意見具申により補佐、時には是正する…のだが、時雨、君と日南君の関係は―――」

 

 「いきなりそんな事を答えるの? …うん、ちょっぴり僕も、恥ずかしい…かな…」

 

 照れ照れと身をよじらせる時雨が何を言い出すのかと、むしろ桜井中将の方が身構えてしまった所から、教導艦隊への監査は始まった。

 


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