それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 監査で時雨ヘコむ、進路調査で気難し屋さん見つかる。


055. 邂逅

 呉鎮守府大講堂―――。

 

 鎮守府の本部棟となる総監部庁舎の奥に聳えるのは、海軍兵学校のそれと同様に花崗岩で表面を飾られた白亜の殿堂が技術展示会の会場となる。左右に弧を描く車寄せの中央にある重厚なエントランスの前には衛兵が物々しく無表情で立ち、ボディチェックを受けてようやく受付へと向かう事が出来る。

 

 広々としたエントランスホールでは、社交界さながらに各拠点の拠点長や秘書艦、同行艦と、今回の企画を主催した参謀本部や技術本部の担当者が話し合い(ロビー活動をし)、楽し気な歓談から怪しげなヒソヒソ話まで、なんとも混然一体とした雰囲気。その先にある扉の向こうで開かれる展示会はどうやら入退室自由らしく、多くの来場者の往来が見える。

 

 日南中尉が受付に進み入場手続きを申し出ると、担当する技術本部の技術少佐は一瞬怪訝な、そして明らかに見下すような表情に変わった。各拠点の長またはそれに準じる者の参加が想定され、受付簿に記される階級は最低でも佐官、少佐以上と思い込んでいた所に現れた若い尉官。だが明石が桜井中将から託された委任状を提出して派遣元が宿毛湾泊地であることが分かると、ようやく納得した様子である。

 

 今回の『第三世代技術運用展示会-駆逐艦編』は、参謀本部と技術本部の提唱するエンジニアリング手法の導入の支持拡大のためのイベントであり、彼らにとって決定権や影響力のない参加者は願い下げなのである。だが宿毛湾の司令部候補生ということは、本人の実績次第では若くして将官の座を得る事も現実的に視野に入るエリートと見て差し支えない、と素早く計算を済ませた技術少佐は、態度を変えにこやかに応対を始めた。

 

 「ああ…司令部候補生でしたか。なるほど、それならば…失礼しました、こちらがIDカードになりますので」

 

 そうして手渡されたIDカードと首からかけるカードホルダーは一人分しかなかった。日南中尉が涼月と明石の分を求めると、技術少佐は再び何言ってるのコイツという表情を見せた。

 「艦娘は複数のバイオメトリクスの組み合わせで個体認証してますけど?」

 受付の技術少佐は、自分にとって既知の事実が他人にもそうであると思い込む、二流技術者に見られる口調で言い捨てると、次の来場者の対応のため中尉を残して立ち去った。

 

 「………」

 日南中尉はすっきりしない思いのまま、涼月と明石に視線を送ってしまう。明石は当然ですね、という表情を、涼月は()()()()()()を強調された…そんな切なそうな表情を、それぞれ見せている。

 「そんなことよりも中尉、最新鋭の装備です、新技術です、早く行きましょう!」

 待ちきれない、と言わんばかりに展示会場へと駆け込む明石を見送りながら、気持ちを切り替える様に中尉が涼月に声をかけ、手を差し出す。

 「行こうか」

 「え…その…これは…つなぐ…の…?」

 島風とは「ん」「ん」だけのやりとりで成立する一連の流れを、中尉は無意識かつ無自覚に涼月にもしてしまった。人もそこそこ多いしはぐれないように、という意味で中尉が差し出した手。涼月はみるみるうちに頬を真っ赤に染めたものの、降って湧いた機会を逃がさないかのように、思わず指と指を絡めて握ってしまった。

 

 

 

 鮮やかな照明が室内を照らし、展示される兵装の周りを彼女たちがまとわりつくように彩る。武骨で冷たさを感じさせる武器と、柔らかく丸みを帯びた女性の曲線の組み合わせは対照的であり、どこか煽情的である。普段とは違い、イベントガール的なアレと言うかピッチピチな装いで、彼女たちーぷにぷにと柔らかいほっぺに黒いくりくりした目、ふよふよと装備品の周囲を飛び回ったり、腰掛けてポーズを決めたりする妖精さん達ーなりに展示会(エキスポ)を盛り上げようと一肌も二肌も脱ごうとしている。

 

 改修を重ねる事でより強力なC型改二やD型改二へと発展する基本装備の一二.七cm連装砲や、駆逐艦娘最大の武器となる六一cm酸素魚雷系列など、すでに各地の拠点に詳しい改修方法が通知されている正面装備は、威力の向上が見込める特定の艦娘との組み合わせが紹介されている。別のブースに展示される電探系やソナー系の電子兵装を中心とした海外の艦娘の装備品はあくまでも参考展示、皆ふむふむと一通り見ると立ち去ってしまい妖精さん達も暇そうである。ただ、明石は違ったようで、食い入るように見入っていたかと思うと、妖精さん達と熱い技術談議に花を咲かせている。日南中尉の元に戻ってきた明石は、興奮冷めやらぬ様子で一気にまくしたてると、次のブースへ向かっていった。

 

 「いやーすごいですねー。悔しいけど、やっぱり電子兵装は舶来由来の装備品の方が性能も安定性も上回ってます。なんていうのかな、一つ一つの基礎工業技術に少しずつ差があって、最終的に大きな差を付けられてるような感じ…。でもやっぱりあちらが気になるので、ではっ!」

 

 明石の向かった先にあるのは、技術本部が開発に成功した最新鋭装備の試製一五cm九連装対潜噴進砲や集中配備式三式爆雷投射機。海外由来の電子兵装もそうだが、これら最新の装備品は現時点では一般拠点の開発が行えず、技術本部と実戦での動作検証を委託されたごく一部の拠点でしか運用されないため、明石だけでなく多くの来場者がかぶりつきで見入っている。

 

 階級章も飾緒も豪奢な将官が多数居並ぶ展示会場にあって、尉官に過ぎない日南中尉の装いはいたってシンプルに見え、かつ際立って若い。それだけでも目を引くのに、同行しているのは、今の所前々回の大規模侵攻(イベント)でのみ邂逅が確認された涼月(むろん明石も一緒だが)とくれば、注目を集めないはずがない。

 「噂には聞いていたよ。君が桜井君の処の秘蔵っ子か」

 「中尉風情と思えば、候補生か…ふん、若造が」

 「民間人救出作戦は見事だったね。詳しく聞かせてくれ」

 日南中尉と涼月はひっきりなしに来場者から話しかけられることになり、なかなか展示を見る事が出来ずに時間が過ぎていった。そしてアナウンスが流れる―――。

 

 『ご来場の皆様、五分後から特別企画展『第三世代技術の展望と実用化』に関する講演が始まります。ぜひこの機会に、艦娘の技術開発の進歩に触れていただきたく思います』

 

 

 

 照明の落ちた大講堂ホールの演壇の後ろ、普段は国旗が掲揚されるスペースを覆い隠すように設置された、二〇〇インチを超えるプロジェクタースクリーンを三面繋いだ巨大な画面に映し出される映像、それはこれまで人類が辿ってきた戦いの歴史であり、艦娘の戦いの歴史。

 

 古いモノクロの映像に艦娘達から声が上がる。太平洋戦争…艦娘達の記憶と魂の在処となる軍艦が戦い、そのほとんどが海へと還った未曽有の戦争の記録、帝国海軍の栄光と苦闘、そして敗北がダイジェストで流れる。

 

 「…私は…大和さんを…守れませんでした…。なのに、自分は佐世保に帰り着いて…」

 涼月が悔しそうにきゅっと唇を噛み締める。画面には米軍機の猛攻を受け必死に回避運動を続ける超弩級戦艦大和の姿が映し出されている。坊ノ岬沖海戦…帝国海軍の最後の水上作戦に参加した涼月は、九ノットでの後進しかできない、ほとんど沈没寸前の被害を受けながらも佐世保まで帰り着いた。彼女が守るべき相手だった大和が轟沈し巨大な黒煙が上がる光景に映像が至った時、ただ静かに、音を立てず涼月の頬を涙が伝い落ちる。

 

 次は軍人たちがうめき声をあげる番だった。深海棲艦と戦う現代の軍隊…炎上し沈みゆくイージス艦や撃墜されバラバラになる戦闘機が映し出され、静まり返ったホールに息を飲む音が広がる。深海棲艦との開戦当初の貴重な、そして悲惨な映像。画面はさらに切り替わり、軍艦大和の姿がモーフィングで艦娘の大和へと変容する。

 

 『人類は艦娘を生み出し、その進化は止まることなく、技術実証モデルの初期艦、量産化に漕ぎつけた第一世代、そして長らく主力を担う現在の第二世代と到達しました』

 

 ナレーションがカットインし、軍産官学に宗教までを加え日本の総力を挙げた天鳥船(あまのとりふね)プロジェクトにより誕生した艦娘が戦局を盛り返し、深海棲艦と互角以上に渡り合えるようになった現在の海軍の戦いの映像が続き、技術の発展に基づいた艦娘の歴史が語られる。やー、こんなお話知らなかったです、と明石が目を丸くするほどの話が続くが、話はやがて核心へと迫り始める。

 

 『海軍の使命は戦闘に勝つことではなく、戦争に勝つことです。そのため、艦娘の開発に当たる技術本部と、作戦指導を担う参謀本部は全面的に協力し、我々は何をすべきか、原点に立ち返りました。その成果が、これから皆様にご紹介する第三世代艦娘の試験運用型です。今後実証試験を繰り返し、開発でも改装でも対応できるよう技術的な熟成を進める予定です。今回の御披露目を通して第三世代艦娘の意義への理解を深め、今後の主力たるべく、皆様からの広い支持を頂けますようお願いいたします』

 

 ナレーションに合わせ映像も終了し、大講堂のホールが一瞬暗闇に包まれる。そしてスポットライトに照らされる演壇。居並ぶ来場者たちの目がホワイトアウトから視界を取り戻した時、壇上には陽炎型の駆逐艦娘が三名立っていた。

 

 ざわめきが細波のようにホールに広がってゆく。壇上の三名は、初めて見る艦娘ではない。進出海域の関係で教導艦隊には未着任だが、邂逅の方法論は発見されており配備済みの拠点も多い。ただ、日南中尉の隣に座っていた涼月は両手で口を押え、大きく目を見開いて思わず立ち上がってしまった。忘れるはずもない、坊ノ岬沖で共に戦った第一七駆逐隊の三名―――。

 

 

 『紹介いたしましょう、第三世代艦娘試験運用艦、陽炎型駆逐艦、八番艦雪風、十二番艦磯風、そして一三番艦浜風です』

 

 

 ホール中のざわめきがさらに広がる。衣装、艤装、身体的な特徴…どこをどう見ても第一次改装を済ませた普通の陽炎型である。思わず立ち上がってしまった涼月も着席したが、日南中尉に向かいおずおずと不安そうに手を伸ばしている。視線だけを優しく送り返し頷いた中尉は、差し出された涼月の小さなを手をきゅっと握り返し、そのままの姿勢で反対側の隣に座る明石に問いかける。

 

 「見た限り、一般的な陽炎型とどこが違うのか自分には分からないけど…どうなんでしょう、明石さん?」

 「私にも同じように見えますねー。事前配布資料では詳細が伏せられてましたし…身体機能に違いがあるのでしょうか? 詳しく確認してみないと何とも言えませんが…」

 

 『私達が今回目指したコンセプトは、原点回帰です。歓談の席をご用意しておりますので、ぜひ皆様にはお近くで三体をご確認いただきたいと思います。明日は希望される方への技術実証試験と演習を予定していますので、ふるってご参加ください』

 

 論より証拠、とでも言いたいのだろう。さながら握手会の要領で来場者一組当たり五分の時間が割り当てられ、直接第三世代艦娘を確かめることができるらしい。そしてそれは、戦闘と戦争、人と艦娘…様々な関係性を、日南中尉に改めて示すものとなった。


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