それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回までのあらすじ
 『はじめての編成』クリア。


006. 艦隊発足…?

 「あら、まだ終わってなかったの? 次は私の時間なんだけど?」

 

 鹿島の姉の香取が入室してきたため、鹿島に抗議しようとした時雨と島風の気勢を削がれてしまった。そんな二人を置き去りに、姉と妹の会話が始まる。

 

 「うふふ♪ まだ日南少尉に本当のご褒美を上げてませんから。島風ちゃんの着任により、任務A1『はじめての編成!』の達成です。達成報酬として燃料弾薬各二〇の追加支給と、特型駆逐艦の中から一人貸与を受ける事が出来ますよ」

 

 日南少尉は興味深く眺めている間にも、鹿島がいそいそとタブレットを操作し画面を表示する。

 

 「えっと、こちらがA1任務報酬として貸与艦に選ばれた子たちです。この中から一人だけ指定してくださいね」

 鹿島が示すタブレットの画面には、何人かの駆逐艦娘が表示されていた。

 「おお~っ!!」

 「こういう仕組みなんだね」

 タブレットを見ようとした日南少尉だが、島風と時雨が左右から画面を覗き込んだため、見えるのは黒髪と金髪の頭二つ。鹿島の後を受けるように香取が補足説明を加える。

 「特別の希望が無ければ、特Ⅰ型駆逐艦の中から白雪をお勧めします。バランスの取れた性能、何より素直でいい子ですよ」

 「天津風はいないのー? 私の次に速いからいいと思うなー」

 「僕は海風がいいと思うな、うん。レア艦は先にゲットしておく方が後々楽だし」

 同時に全く違う要望を口にした島風と時雨が、希望の艦娘を探そうと、タブレットを奪い合い、二人で画面をスワイプする。その拍子に画面のどこかをタッチしたようだ。

 

 ぴろりーんという音が聞こえ、達成という文字が浮かんだような気がした。

 

 「あ…」

 「おう゛!?」

 

 任務報酬の貸与艦として選ばれたのは、特Ⅰ型あるいは吹雪型駆逐艦三番艦の初雪だった。

 

 

 

 「最後は香取が担当しますね。心配しないで…色々と優しく、指導させて頂きますから」

 にっこりとほほ笑む、アッシュブロンドの髪をアップに束ねた香取。白い軍服がいかにも教官という雰囲気だが、同種の制服を着ている鹿島よりも、よりクールで大人な感じを与えている。

 

 「組織、任務群、財務会計について、それぞれオリエンテーションがありましたね。私からはそれ以外の部分について説明したいと思います。教導拠点とはいえ、実際に出撃を行いますので、艦娘のメンテナンスが最重要になります。そう、私からは入渠を中心に、開発、建造等の工廠業務についてご説明します」

 

 日南少尉の指揮する教導拠点は、いわばミニ宿毛湾泊地というものだが、艦娘運用の中核施設とも言える工廠施設がない。同じ宿毛湾内に位置するとはいえ、施設設備の二重化は有事の際のバックアップとして機能するはずだ。その点を指摘した日南少尉の対し、満足そうに頷きながら香取が答える。

 

 

 「それは、艦娘の保護のためです」

 

 

 話は桜井中将が現役の頃、艦娘を海軍というシステムに組み込んだ黎明期まで遡る。組織的にも戦略的にも戦術的にも軍自体がひどく迷走し、艦娘への暴行や過度の酷使、資材の横領、倫理なき生体実験など今では考えられない問題行動が頻出、『ブラック鎮守府』という不名誉極まりない言葉が生まれるほどだった。さらには軍内部での主導権を巡る人間の権力争いに艦娘が巻き込まれ、反乱部隊による内乱が起きるなど、用兵側がブレにブレていた。その不幸な黒い歴史の反省に立ち、提督の育成と艦娘の保護を両立するこのシステムは、教導の中核と位置づけられる。

 

 「工廠での資材使用状況を通して、無理な出撃や虐待、補給不足などで艦娘が傷つくことのないよう未然に管理し事態の悪化を防ぐためです。これは桜井中将の極めて強い要望なので、十分に理解してくださいね」

 

 

 

 オリエンテーションが終了した後の軽い雑談の時間。話が駆逐隊の編成に及んだ時、香取は気の毒そうな表情を浮かべると、手元のバインダーから一枚の書類を取り出し説明を始める。話を聞いて日南少尉も頭を抱えてしまった。

 

 「初雪ですか…確かに貸与候補艦としてリストには載っていますが、あの子、異動届にサインをまだしていません。その書類がないと正式に着任が認められませんから、少尉の部隊はまだ二人、ということに。でもあの子、容易に部屋から出てきませんから…」

 

 「ならこっちから行くよっ! 連装砲ちゃん、ついて来てっ!」

 「僕も行くよ、このままだと建造貧乏になりかねないからね」

 島風が風を巻いて会議室を飛び出してゆき、香取から書類を受け取った時雨もそれを追い走り出す。ぽかーんとした顔で二人の後ろ姿を見送った日南少尉に、香取はくすくす笑いながらある提案をする。

 

 「日南少尉がご自分の言葉で初雪に説明した方がいいと思います。本来は男子禁制ですが、香取も同行しますので、特別に艦娘寮に行きましょうか」

 

 

 

 やってきた駆逐艦寮、そして初雪の部屋―――。

 

 目に飛び込んできた光景を、日南少尉はどう理解すればいいか分からずに固まってしまった。どう見ても万年床の布団、季節感のない炬燵、床を埋めるように積まれたゲームにマンガ。その中を押し入れに逃げ込もうとしているえんじ色の芋ジャージを着た艦娘と、左右から足を掴んでそうはさせないと頑張っている時雨と島風。

 

 「おそいーっ!! ひなみんも手伝ってっ!! ほらここっ!」

 「ここは譲れない。あ、日南少尉、手伝ってくれる、かな?」

 「ほらここって、ええっ!?」

 

 それぞれが外側に足を引っ張っているため、空いている場所とは真ん中。仕方なく脚と脚の間に入り、躊躇いがちに初雪のジャージの上着の裾を掴み引っ張り始める日南少尉。

 

そんな騒ぎの最中、やや遅れて香取が現れた。一瞬固まったが、すぐに眼鏡をきらーんと光らせると、教鞭を折れる寸前までしならせ、騒ぎを収拾する。

 

 「あら…ほほう…? なるほど。これは少し、厳しい躾が必要みたいですね」

 

 

  正座で目茶目茶怒られた後、香取は部屋を後にした。このくそ熱い季節、残った四人は通年仕様となっている初雪の炬燵に皆で入る奇妙な光景の中、微妙な雰囲気の時間が流れる。

 

 白い第二種軍装を纏い、脱いだ制帽を横に置いた日南少尉が口を開き、会話が始まる。

 「これは何と言うか…逆転の発想なのかな」

 「ん…夕張さん、言ってたの。『ハッキリ言って自信作です』って…」

 

 冷暖機能付き掘り炬燵-ありそうで無さそうな一品である。天板の裏には冷暖切り替え機能の付いた小型ファンが取り付けられ、炬燵の掛け布団の中に、冬は温風&夏は冷風を送り込む。夏に掛布団は不要に思えるが、体の冷え過ぎを防止するのに必要だとか何とか。工廠で明石とともに装備の開発や改修に携わる、兵装実験軽巡洋艦の夕張の手によるものらしい。炬燵に入ったものの体が冷えてしまった島風と時雨はがたがたと震えている。

 

 「寒すぎたら…こうやって…」

 初雪は炬燵と並行して敷かれている布団に素早く潜りこむ。そして掛布団を頭まで被ったと思うと、右手だけを出してひらひら振っている。

 

 

 「じゃ…おやすみ…」

 

 

 流れるような初雪の動きに呆気にとられていた三人だが、やや間があって我に返る。

 

 「いや、『おやすみ』じゃなーいっ!!」

 

 炬燵布団を跳ね除けて島風が初雪の布団に潜りこむ。しばらく布団の中でどたばたしていた二人だが、やがて静かになったかと思うと、ひょこっと黒髪と金髪の二つの頭が出てきた。

 

 「ひなみん、ここ、あったかいよ」

 「教導拠点…ここにすれば…。なら…働く…夢の中で…」

 

 ミイラ取りがミイラになる、というのを目の当たりにした日南少尉と時雨は唖然として顔を見合わせる。ただ、時雨は初雪の言葉を聞き逃さなかった。教導拠点、って自分から言ったよね―――。

 

 「初雪、そのままでいいから聞いて欲しいんだ。知ってると思うけど、ここにいる日南少尉は二年ぶりに着任した司令部候補生だよ。日南少尉は、僕の…」

 

 そこまで言うと一旦言葉を切り、時雨はちらっと日南少尉に視線を送る。

 

 「僕たちの希望の星になってくれる、そういう人だと信じてるんだ。だから、初雪にもちゃんと話をしてほしいんだ。ダメ、かな? あと島風は今すぐそこから出てくること」

 

 しばらくして、島風より先に初雪がもぞもぞと布団から出てくる。敷布団の上にぺたんと座り掛布団で体を包むようにしてじっと日南少尉の方を見ている、黒髪ロングで前髪ぱっつんの艦娘。一方で島風は本格的に寝落ちし始め、掛布団を追うように自分の位置を変え、布団の裾に包まるように寝ている。

 

 「時雨…どうして、いなくなっちゃう人のために…置いて行かれちゃうかも、知れないのに…頑張る、の?」

 

 眠たげな表情と気だるげな口調はいつも通り。でもよく見れば、時雨を憐れむような、僅かに悲しげな色が瞳に宿っている。

 

 

 

 「そうだったんだ…」

 

 初雪より後に着任した時雨の知らない過去。司令部候補生が教導を修了した際、候補生は司令官として与えられた任地に自分が開発した艦娘と貸与艦を伴い着任することができるが、一つ条件がある。それは双方の合意が必要と言う事。元々は意に染まぬ形で艦娘が司令官に従うのを防ぐ制度だが、一方で艦娘側が希望しても司令官がそれを拒否できる面もある。二年前に着任した候補生は、初雪を建造し、教導期間を共に過ごし、無事修了した。そして初雪を置いて任地へと旅立った。

 

 日南少尉はふむ、と頷き、納得したような表情で初雪に問いかける。

 「そうか、だから部屋に閉じこもりがちになってしまったのか…」

 「え…や、なんていうか…元々……」

 「初雪は昔からこうらしいんだ、うん」

 

 流石に少し気まずそうに頬をぽりぽり掻く初雪。以前の候補生の件があってもなくても、元々ヒッキー気質。ただその件以来、ヒッキーが加速したのは確かかもしれない。引きこもりと過去との関連性に肩透かしを喰いながら、日南少尉は炬燵を出ると初雪に近づき、真正面から彼女を見据える位置に座る。

 

 -香取教官の言ってた、『自分の言葉で説明する』っていうのはこういう意味だったのか。

 

 「初雪、自分は君の力を必要としているが、無理強いはしたくない。それでも今は、自分の拠点立ち上げに参加してほしいと思っている。これからの教導期間を通して、君にとって自分が相応しいか、よく考えてくれていい。答はその時に聞くから」

 

 真っ直ぐに自分を見つめてくる強く、そして優しい目。視線を受け止めきれなくなった初雪は、目をそらしながら訥々と内心を吐き出す。

 「貸与に応じるのは…任意っていうけど、実際は命令だし……香取教官(かとりーぬ)怖いし…。でも…ほんとは…、そんなことして、何になるの、かなって…。頑張っても………また…置いてきぼり、とか…嫌だし…」

 

 途切れ途切れの言葉の続きを、日南少尉は辛抱強く待つ。その姿勢に、初雪はあることに気が付き、薄く微笑み始める。

 「初雪の話…最後まで、聞いてくれるんだね…。前は…『こういう事だな』って…いつも話を途中で切られちゃった、けど…違うんだ…」

 

 一方の日南少尉は、ああ、なるほど、という表情に変わる。以前の候補生は、相当地頭の良い者だったのだろう。そういうタイプとは、常に結論を先に提示しその成立条件として過程を端的に話さないと衝突が起きる。結論を先読みし、順を追った話し方にイライラしやすいタイプといえば想像しやすいだろう。日南少尉も無論聡明な頭脳を持つが、以前の候補生とは違い、話をじっくり聞くタイプである。

 

 自分を必要だと言う日南少尉。そして、選ぶのは日南少尉ではなく自分だと、全てを委ねられた-掛布団を被った座敷童は急にもじもじとし始め、うっすらと頬に赤みが差し始める。

 

 「………私だって本気を出せばやれるし……。明日から本気だす…から見てて…多分」

 

 ぱあっと満面の笑みを浮かべ小さなガッツポーズをする時雨と、それを見守る日南少尉。そして明日頑張るから、今日はもう寝る、と布団に戻る初雪。布団の裾に包まっていた島風が、ちらっと薄目を開け、ふふんとドヤ顔のまま誰にも聞こえないように呟く。

 

 「だってひなみんだもん、当たり前だよ」

 

 

 

 「〇七〇〇(マルナナマルマル)。朝は僕も好きだな」

 

 こんこん。

 

 ドアがノックされ、その音に全員の視線が集まる。

 

 日南少尉の返事を待って静かにドアが開き、セーラー服姿の艦娘が入室してくる。

 

 「特型駆逐艦…三番艦…初雪…です。よろしく。まずお布団、コレがあれば安心。次に食べものと飲みもの。あと読むものとか、ゲームとか…。まぁ、それがあれば、なんとか…」

 

 

 拠点と呼ぶにはあまりにも何もない教導用の施設。そこに集った、一人の司令部候補生と、三人の艦娘。小さな、それでも確かな一歩が今日から始まる。


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