それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 白露型は尊いですよね(確認。


064. ザ・ポジティブ

 「そ、そうでしたっ! 翔鶴さんから頼まれてました。ブイン基地の不破少佐が到着されたそうですっ」

 慌てる涼月が日南中尉に来訪者のことを伝える。話を総合すると、のんびり涼月特製のドリンクを味わっている間に結構待たせてしまったかも知れない。中尉は席から立ち上がるとラックに掛けてあった第二種軍装の上着を手に取り出かける準備を始める。涼月もお手伝いします、と背伸びしながら日南中尉に制帽を被せようと正面に立つが、男性に服を着せる事になど慣れないため、よろけて中尉の胸に飛び込むような格好になってしまった。ふわっと涼月の銀髪が揺れ、柔らかい香りが日南中尉の鼻腔をくすぐる。

 

 「きゃ…っ」

 「す、涼月…?」

 「スクープ(青葉砲)直撃じゃね? 海軍スポーツ(海スポ)一面いただきか?」

 「ここの中尉は少佐と違う意味で有名ですから、"報道しない自由"が発動されると思いますよー」

 

 支えようと涼月の両肩に手を載せていた日南中尉だが、そのまま涼月を横にスライドさせる。そして声の主の姿を確認すると、一瞬ゲ…という表情になったが、すぐに顔を引き締め敬礼で応じる。ノックもなしにドアを開けた不破少佐がブインから同行させた艦娘の一人の青葉を伴い、にやにや笑いながら立っている。

 「もともといた場所だしねー、案内とかいらないし。候補生のとき俺もこの部屋使ってたけどさ、こんなわけわかんないインテリアにはしてなかったけど」

 炬燵と玉座が混在する執務室の中を珍し気に眺めながら、青葉に昔のことを説明する不破少佐。日南中尉の前の司令部候補生として宿毛湾に着任し、優秀な成績で教導課程を修了したブイン基地の司令官である。

 

 軍礼に則ったかっちりした敬礼の姿勢を崩さない日南中尉に対し、ウインクしながらぺろっと舌を出すペコちゃんスマイルで、テイッ! とかっるーい敬礼風のポーズを決める不破少佐。金髪の無造作ヘアが白い第二種軍装にマッチした、むしろ王子様然とした出で立ちで、日南中尉とはタイプは違うが彼もイケメンである模様。制服の上着は胸元までがっちり見えるほど開け放ちその中は素肌、一見すればただのチャラいあんちゃんに見えるが、肌蹴た制服から覗く上半身は細身ながら見事に鍛えられた筋肉質の体で、彼の素性が軍人であることを物語る。

 

 チャラい敬礼に続いてサングラスも取らず拳を差し出す不破少佐は、怪訝な表情のまま敬礼を続ける中尉に向けて、ふりふりと拳を揺らす。仕方なく中尉が敬礼の手を下ろし握り拳を作り、差し出された拳に軽く当てる。

 

 「ウェーイッ! 何年ぶり? 日南も変わんないなー」

 「先輩も…変わっていないようですね」

 にやっと破顔した不破少佐は、がばっとヘッドロックでもかますように左腕を日南中尉の首に回しうりゃうりゃいいながら小突いている。不破少佐とは三年離れている日南中尉だが、何かと目を掛けられていた。イジられていた、という言い方でもいいかも知れない。こんな風に誰かとジャレあう日南中尉を初めて見た涼月は、呆然、というか唖然とした表情で目の前の光景をぽかーんと口を開けて眺めていた。

 

 人との距離感をあっという間にゼロにして入り込んでくるタイプの不破少佐。コミュ力が高いとも空気を読まないとも、どちらとも言えるタイプだが、絡まれている日南中尉の様子を見ると、前者なのだろうか。艦娘で言えば金剛さんとかと同じでぐいぐい来る感じの人なのかなぁ…と涼月がぼんやり考えていると、視線に気が付いた。いつの間にか日南中尉へのヘッドロックを解いた不破少佐は、サングラスを頭の上に掛け、じっと涼月を見ていた。そしてばちこーんとウインクをすると、パリピっぽい感じのポーズで話しかけてきた。

 

 「おおっ、ブイン(うち)にはいないけど、秋月型の子猫ちゃんじゃーん? かわいー♡」

 

 深々と溜息を付いて頭を抱える日南中尉のことなどお構いなしに、つかつかと涼月に近づいた不破少佐は、指先まで白インナーで覆われた涼月の手をにぎにぎ握ったと思うと、トレードマークの銀髪をさらさらと指で滑らせる。

 「髪の毛超綺麗だよね、一本一本毛を並べて暖簾つくりたくなった!」

 

 言ってる事はてきとーだが、あまりにもなれなれしい態度に、涼月は完全に固まってしまい、涙目で中尉に助けを求めるような視線を送っていた。流石にいい加減にしろよ、という表情で中尉が動き始め、青葉はまた始まったと零しながら手にしたカメラで不破少佐が涼月に絡んでるのを激写し続けている。HOTな情報を満載する、海軍内部の公式エンターテインメントニュースペーパーの海軍スポーツ、略して海スポ。その紙面のゴシップ欄を度々賑わせている不破少佐だが、その多くは青葉が押さえたネタを横流ししているという、案外笑えない背景があったりする。

 

 「たっだいまーっ! オリョール海から無事戻りましたーっ! 勝ったけど敵の本隊には着かなかったよ…ってお客さん? わ、イケメン増えてるじゃーん」

 ノックと同時にばーんとドアを開け放ち、元気いっぱいに帰投を報告する最上型重巡洋艦三番艦の鈴谷が、詳細の報告そっちのけで不破少佐を目ざとくチェック、少佐も〇.五秒で鈴谷と打ち解けた模様。

 

 「ん? 日南は今頃東部オリョール海進出中なわけ? 重巡的な連中メイン? …へえ、そうなんだ。いやー、俺なんかもうずいぶん前の事だから、編成とか忘れちゃったよ」

 

 口調は相変わらず適当だが、鈴谷から聞いた編成に少佐は何か思う所があったようで、興味深そうに日南中尉へと視線を送っていた。

 

 

 

 不破少佐もまた司令部候補生になるほどの逸材、海軍兵学校在学時は座学実習とも極めて優秀だが、唯一悪かったのは女癖である。全寮制となる海軍兵学校で単位認定を受けられる出席率は九五%以上と定められ、下回ると成績に関わらずその科目は落第となってしまう。ゆえに夜中抜け出して呉の繁華街で遊び倒して朝帰ってくる、という破天荒な生活を続けていた。基本的に心身ともに昼夜問わず必要以上にタフなタイプである。

 

 「虎や狼は訓練しなくても強いじゃん? 俺はオオカミだからねー、色んな意味で」

 

 と手をくるくる回してびしっとチャラい敬礼ポーズにウインク。ムカつくことに顔もいいからそういうポーズも様になる。そもそもこの不破少佐が、海軍を目指した理由は分かりやすいほどシンプルなもの。

 

 「や、だってモテるから。この時代第二種軍装(白い制服)着て街歩いてたらもう入れ食いよ? それにさ、艦娘(子猫)ちゃん達超かわいいじゃん! 俺さ、何ていうのかな、時代を超越してるところがあるから、ハーレムとかマジ作りたいわけ」

 

 そんな男だが、不思議と桜井中将は高く評価しており、その期待に応えるように抜群の戦績とスピードで教導課程を修了、外地でも重要拠点の一つに数えられるパラオ泊地司令官に中佐として着任しキャリアをスタートした。

 

 したのだが…パラオ着任後暫く経ってからの本土出張の際、民間人とトラブルを起こし、少佐に降格の上最前線のブイン基地に転属となった。早い話が左遷である。

 

 出張に伴った艦娘達を連れて夜の街を練り歩いていた彼がちょっと目を離した隙に、彼の艦娘はナンパ目当ての連中に絡まれていた。無論艦娘たちはついて行くはずもなくあっさりオコトワリした。

 

 -艦娘のくせにお高く止まりやがって。バーカ、バーカ。

 

 単なる捨て台詞、当の艦娘達さえも気にしない戯言だが、不破中佐(当時)には違ったようだ。見た目はチャラいが兵学校と教導課程で鍛え抜かれたバリバリの軍人である。あっという間にナンパ連中を叩きのめし、通報を受けて急行した警官、さらには海軍憲兵(特別警察)隊とも乱闘を繰り広げた。一連の顛末は、海スポだけでなく一般紙の紙面を飾り一躍有名人となった…言うまでもなく悪い意味で。

 

 -のくせに。

 

 艦娘を見下すようなこの言葉だけは許せなかった、と彼が暴れた理由が事情聴取で判明した。とは言っても民間人との乱闘は重罪である、海軍内では表立って彼を擁護する声は聞かれなかったが、心情的には好感を持った者も多かったようだ。その結果が、降格+左遷という、何となく好意的な処遇に落ち着かせたのかも知れない。

 

 

 「俺は世界で三番目くらいにポジティブだから、気にしないけどねー」

 「少しは気にしろよなっ!! おかげであたし達まで最前線送りじゃねーか!」

 

 間髪入れずにツッコミに回ったブインの摩耶に向かい、さらっと前髪を跳ね上げながら、ふっ…と唇の端だけを上げて微笑む不破少佐は、教導艦隊の艦娘にアピールを開始する。

 「見てた? さっきみたいに『ふっ…』って笑うのは、俺みたいなハンサムちゃんに許された特権だと思うんだ」

 

 舞台は変わって甘味処間宮。時雨と夕立の第二次改装のお祝いもそろそろお開きかな、という所で、宿毛湾&ブインの混成部隊の登場。日南中尉の執務室には、その後も教導艦隊の艦娘や、不破少佐を探していたブイン基地の艦娘が引っ切り無しに現れたため、取り敢えず間宮へと移動して、そこで懇親会を開くことになり、元々店にいた白露型の四人も加え、店内は大いに賑わっている

 

 「…ねーねー中尉ー。夕立の新しい制服、似合うっぽい? ぽいぽいぽい?」

 「うん、そうだね…というか、そんなにくっつかれると制服が全然見えないよ」

 

 間宮に現れた集団の中に日南中尉の姿を認めた時雨は、たたっと駆け寄る。駆け足に合わせて外はねの髪がぴょこぴょこ動き、帰ってきたご主人様に嬉しさを爆発させて駆け寄る忠犬のようである。そんな時雨を追い越して、どーんとタックルを敢行する夕立。一瞬むぅっとした表情になった時雨だが、夕立の振る舞いを見ていると、少しだけ肩を竦め、取り敢えず場を譲る事にした。身体全体をぶつけるようにして抱き付いてきた夕立の勢いに押されるように、日南中尉は手近にあった椅子に座っている。夕立は正面からその膝の上に乗るように抱き付くと、嬉しそうに頬擦りを繰り返している。

 

 手足が伸びきって大人っぽい姿形になったとはいえ、普段の言動と合わせ無邪気な犬がじゃれている微笑ましい光景―――のはずだった。ちらり、と振り返った夕立の赤い目は、勝者の色を帯びニヤッと笑っている。ん? と思った時雨は、嬉しそうな表情で中尉に抱きついている夕立の動きを注視する。

 

 「わわっ、夕立っ。犬じゃないんだからっ」

 「えへへ~♪ 中尉はおいしいっぽい。中尉は…夕立のご主人様っぽい?」

 

 よく見てみると、夕立は改二になり大きく成長した胸をぎゅうぎゅう押し当てつつ、頬擦りをしていたはずが、いつの間にか小さく舌を出してぺろぺろと中尉の頬を舐めている。やられた!

 「もーっ! 夕立、すぐに降りて、おすわり! そこは僕の場所なんだから!」

 

 「へぇ、日南はくちくかんスキーなんだ。いんじゃね、似合ってると思うよ」

 依然として日南中尉の膝の上を奪い合うように時雨と夕立がわやくちゃしているが、その頭上から声が掛かる。不破少佐が葛切りの小鉢を両手に持ち中尉の元にやってきた。それを潮目にすいっと立ち上がった日南中尉は小鉢を受け取ると、少し離れたテーブルに移動し、先輩と後輩であり新旧の候補生である二人の話が始まった。


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