それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 テイッ!


065. アルター・エゴ

 桁の違う大規模攻勢を受けたブインの艦娘達は、腹を括った。不破少佐だけは守ろうと、寝ている彼を縛り上げラバウルまで無理矢理後退させた。これで安心して死んでゆける、と笑い合いながら頑強に抵抗を続け戦う彼女たちの前に、ラバウルで臨時編成した部隊を率いた少佐が疾風迅雷の勢いで取って返してきた。艦娘達が無理に作った笑顔はすぐ泣き顔に、それから鋼の意思に満ちた、本物の不敵な笑みへと変わった。

 

 座乗した母艦は沈められ不破少佐も内地送還を要する重傷を負うほどの激戦だったが、指揮官先頭の伝統が現代に甦ったような勇猛果敢な指揮ぶりで敵の重包囲を散々に打ち破り、艦娘を誰一人失うことなく基地の死守に成功した。そして内地での療養を終えた少佐は、ブインに戻る長旅の前に宿毛湾に立ち寄ったのだが―――。

 

 「ケガはもういいんですか? ブイン防衛戦で、先輩は深海棲艦…それも姫級と素手で戦ったって新聞で見ましたが?」

 「海スポの記事? んな訳ないじゃん、俺、ヒューマンだからね? でも、深海の連中を至近距離で見たのはマジ。港湾棲姫とかパないわ、あれ」

 「そんなに…」

 「も、すんごいの、ほんとに」

 

 真面目な顔で胸の下あたりに当てた両手を上下にゆさゆさ揺らす不破少佐は、どこの話をしてんだよ…と頬をヒクつかせる日南中尉に、相変わらずチャラくテイッと敬礼風のポーズでウインクを決める。

 

 本当に疲れる、と日南中尉は溜息を深々とつく。この人は昔から意味のない事はしない。チャラい口調と態度でカモフラージュしながら、相手に情報を与えず自分の知りたい情報を確実に引き出す頭の回転の速さは知ってるつもりだ。いやでも、知ってるつもりのだけで、本当にチャラいだけかも知れない…。テーブルに置かれたお茶を飲み一息ついた中尉は、少佐のペースに巻き込まれないよう警戒を強める。だがちょうどいい機会、と、以前から気になっていたことを聞いてみる。本当の事を答えてもらえるかは別としても。

 

 「…先輩、先輩は民間人に暴行を働いて降格になったんですよね? 自分の知ってる先輩はチャラくて女癖が悪くていっつも適当なことばっかり言ってましたが、とても優秀な方で、そんなことをする人ではなかった。いくら自分の艦娘に絡まれたからって…」

 「面と向かって褒められると…気分いいからもっと言ってよ」

 

 うぇーいと両手を前に緩く差し出しドヤ顔になる不破少佐。依然として甘味処間宮の店内は大勢の艦娘で賑わい笑顔と笑い声に満ちている。だが、静かだが通る声で淡々と、表情をあまり変えずに問う日南中尉と、オーバージェスチャーを交えながら顔芸すれすれに豊かな表情で明るく答える不破少佐のコントラストは徐々に注目を集め、いつしか間宮店内では二人の声に注目が集まり始めた。

 

 「あー、あれね…日南も自分の拠点を持って戦場と向き合えば分かると思うよ。俺ね、見て分かるだろうけど、礼儀とか結構拘るのよ」

 

 「どの口が言ってるんでしょう? 馬鹿め! と言って差し上げますわ」

 突っ込みながら、すっとブインの高雄が少佐の左隣に座る。

 「見てわかるのは貴方の頭がぱんぱかぱーんってことかなー」

 突っ込みながら、すっとブインの愛宕が少佐の右隣に座る。

 

 それぞれの腕を高雄と愛宕の背中にすっと回し二人の腰を抱きながら、顔芸を止め真面目な表情になった不破少佐が肩を竦め話しはじめる。

 「だいたいさ、『艦娘のくせに』なんて言う奴ら、何様なんだろうね? 艦娘のみんなは死に物狂いで戦って、痛い思いして帰ってきて、そんでまた高速修復材(バケツ)被って出撃してんだよ? 本土の連中、誰のおかげでチャラチャラ酒なんか飲めるようになったと思ってるのかな」

 

 「…だからと言って民間人への暴力を肯定する訳には―――」

 「ツイかっトシテヤッタ。今ハ反省シテマース。てかさ、深海棲艦と戦えるのは艦娘だけ。その艦娘を率いるのは俺ら選ばれた指揮官だけ。中でも俺みたいに優秀なのはさ、とびきりのスターだし。だから処分も軽かったしね。そんな俺に意見しようなんて、どうなのさ? 」

 「…み、みんな見てますから、あんまり―――」

 「あ、や、…声、でちゃ―――」

 

 棒読み口調で適当に言った言葉の前半、絶対に反省なんかしてないのがよく伝わってくる。そして言葉の後半は、戦時における事実だとしても、軍人が口にすべきではない傲慢な本音。少佐の強烈な本能的欲求に基づく確固たる自我(エゴ)、一方でエゴの暴走を抑制するはずの社会的規範が戦時下におけるそれでしかなく、むしろエゴを強化する方向に作用する皮相。

 

 高雄と愛宕を巧みな手作業で好い加減にいい感じにさせ、甘味処の一角を昼から別な感じの店に変えてしまった不破少佐。そんな光景を見せつけられた宿毛湾の艦娘達、ここ間宮に集っているのはくちくかんが中心ということもあり刺激が強すぎたのか皆顔を真っ赤にしながら、でも目は離せずにいる。

 「うー………っぽい…」

 上を向いて首の後ろを自分の手でとんとんしている夕立は鼻血をたらりと垂らし、村雨は手を胸の前で組んでクネクネし始める。時雨は時雨で真っ赤な顔をしながら上目遣いでちらちらと日南中尉に熱視線を送っている。いったい何を想像しているのか。

 

 「世間とか週刊誌とか色々言うけど、艦娘(子猫ちゃん)達に感謝の気持ちを忘れてるやつには、ちゃんと思い出させなきゃいけないんだよ。だからね、俺は俺にできる精一杯の感謝をするよ、毎晩ヘブンに連れてってるよ? だって全員俺のモノだからね」

 

 Fxxk you、ではなくて、きらりと鈍く光る指輪をした薬指を立てた紛らわしいポーズを見せた少佐が、ぐいっと身を乗り出して開け放した軍装の上着をさらにがばっと開け胸元をさらけ出す。その首元には、いくつもの指輪をペンダントヘッドにした、これまたチャラい感じの金のネックレスが輝いている。怪訝な表情を浮かべる日南中尉と、一斉に色めき立つ宿毛湾の艦娘達、この辺は男性と女性の感性の差というしかないだろう。

 

 「わぁ…カッコカリの指輪、あんなに…」

 「や、さすがに全部は指につけらんないっしょ。けど肌身離さず持ってたいからね」

 

 ジュウコン…それは痴力財力時の運、その全てを備えた司令官だけが成し得ると言われる男の浪漫丸出しのスタイル。不破少佐は若くしてその境地に辿り着いたようだ。練度の関係もあるが、誰一人指輪持ちのいない宿毛湾勢は、一斉に日南中尉に熱い視線を、高雄と愛宕には羨望の視線を送っている。そんなきゃいきゃいした様子を微笑ましそうに、同時に憐れむような目で見ていた不破少佐は日南中尉に話を振り始める。

 

 「それにしても日南は変わんないね。相変わらず真面目…てか真面目ぶってるけど、楽しーの、それ?」

 「真面目ぶってるって…別にそんなつもりでは」

 僅かだが、日南中尉の声に苛立ちが混じり、不破少佐も気付いたようだが一向に気に留めていない。

 「あれーそっかなー? 兵学校時代とか俺が一目置くくらい優秀なくせに、いっつも作り笑いを顔に貼り付けてさ。まるで自分じゃない別の何かになろうとしてるみたいで、見ててある意味面白かったよ。今でも変わってないみたいだし、無理してんねー」

 

 珍しく、本当に珍しく、日南中尉が露骨に嫌悪の色を顔に出し、不破少佐に鋭い視線を送っている。

 

 中尉が不破少佐を苦手としているのは、チャラさや適当さにではない。自分でも気付いていない、あるいは気付いていても蓋をしている心の奥に、あっさり気付いてしまう繊細さと、同時にそれを気にもとめない傲慢さの同居したエゴイズムに対するもの。反論しようと口を開きかけた日南中尉をにやにやしながら制し、不破少佐は畳みかけてくる。

 

 「東部オリョール海(2-3)で低練度の重巡と航巡メインに、軽巡とか駆逐艦組み合わせて部隊の底上げして、沖ノ島海域(その先)に備えてんでしょ? 俺はそんな面倒なことしなかったけどねー。教導なんてさっさとクリア優先で独り立ち、じゃね? だって俺、元帥になってやりたいことあるもん」

 

 日本を象徴する大君への軍務顧問となる地位、それが元帥。現在の海軍元帥は名将の誉れ高い伊達 雪成(だて ゆきなり)大将が長年その地位につき、全海軍だけでなく日本国民全体から信頼を集めている。このチャラい司令官がその地位を狙うのか、と皆唖然としながら、想像の翼を広げてみた。

 

 

 大君も臨席する御前会議。陸海空三軍の長が揃う重苦しい空気の会議室に―――。

 「テイテイテイテイ、テイッ!」

 右手を顔の前でくるくる回してかっるーい挨拶をしながら現れる金髪のチャラい元帥。白い第二種軍装の上着は胸元が大きく開き、中から覗く素肌、首には太い金のネックレスがジャらついている。

 

 

 ブインの摩耶が呆れたように首を振りながら不破少佐を窘めようとしたが、少佐は猛然と反論する。

 「だめだよ、俺は元帥になって、ジュウコンガチ制度を成立させるって。これ一番大事だよ、いやまじで」

 

 は?

 

 その場の全員が固まるが、少佐は一向に気にしない。

 

 「いつも言ってるじゃん、だいたい全員とアレをソレしてるんだから、俺はちゃんと責任取るって」

 「だぁーーーっ! そ、そういう恥ずかしいことをよく人前でっ! お前もうこれ以上喋るなっ! あたしらまで変な連中だと思われるっ! まだ用事残ってんだろ、もう行くぞ、オラッ!」

 

 呆気に取られている教導艦隊の艦娘と日南中尉に見送られながら、顔を真っ赤にした摩耶が不破少佐を無理矢理立たせ、高雄と愛宕を連れて間宮を逃げるように出ていこうとする。横開きの戸を半分ほど開けた所で立ち止まった不破少佐が振り返り、ウインクしながら日南中尉に言葉を残し、甘味処間宮を後にしようとする。

 

 「気持ちいーよ、曝け出すのって。YOUも、やっちゃいなよ。じゃあね日南、次はもっと高いステージで会おう、お前には俺の片腕として活躍してもらうからさ。さて、と…まずは明石だね。横須賀から押し付けられた(もらった)第三世代とかゆー困った艦娘、どうするか相談しなきゃ。ったく、面倒だわ」

 

 空気が一瞬で凍ったのが、全員に伝わった。呉出張での顛末は既に教導艦隊内で知れ渡っている。桜井中将からの特命を受けている明石は、指示を守りほとんど情報を漏らしていないが、磯風・浜風・雪風(当の本人たち)がぺらぺらと喋っているのだ。日南中尉や教導艦隊の艦娘は、第三世代艦娘はこの三人しかいない、と思い込んでいた。だが実態は、先行試験配備の名目で、想像よりも広く薄く配属がすでに進んでいたようだ。ただいずれにせよ呉での不祥事で露見した第三世代の問題点に、各拠点とも扱いに困っているのが実情らしい。

 

 「先輩、どうするか相談、って、どうするつもりなんですか?」

 「ん? どうするつもりって、それを日南が知ってどうするの?」

 

 やば、という顔で慌てて引き留めようとする摩耶を押しのけ、間宮店内に戻る不破少佐に対し、張り詰めた表情で張り合うように前に出る日南中尉。

 

 -ほんと、この先輩は苦手だ…。張り合うには、自分の心の底からの言葉じゃないと届かないから。

 


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