それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 姉様、おかえりなさい。


Intermission 6
074. ギラギラサマー


 「出世キタコレ!まだ早いって? いいのいいの!早いぐらいがいいんだって!」

 

 工廠内に併設されるアイテム屋さんと酒保で買い出しを済ませ港へ向かいながら、えへっと肩をすくめテヘペロの表情を見せる漣。毎年恒例だが、この季節は艦隊本部の指示で水着や浴衣(軽量装甲)着用強化期間となり、宿毛湾泊地内は露出の多い艦娘達が闊歩している。

 

 漣も例外ではなく、セパレートの水着姿でぺたぺたビーサンで歩きながらピンクのツインテを揺らしている。手にしたクリアバッグを探り取り出したのは、お気に入りの紙パック飲料『どろり濃厚ピーチ』。一〇〇%ピーチドリンクから水分を程よく抜いて加糖した、すっきりさの欠片もないねっとりこってりとしたフルーツドリンクで、ごん太いストローをぶっ差してパックを潰すように押して吸い出すのが飲み方となる。

 

 「きっと日南中尉…じゃなくて大尉はさらなる高みへ上る方です」

 

 漣の言葉にこくりと頷きつつ、もはや食べ物という方が正解のドリンクを勧められたが、あははー、と苦笑いで断ったのは祥鳳で、この二人案外仲が良い。この季節、というより梅雨時以外は片肌脱ぎの出で立ちで、左肩から腰にかけて丸出し、さらに軽空母にしてはなかなかのサイズの何かが飛行甲板柄のチューブトップで強調されている。胸の前で手を組んだ祥鳳が夢見るような表情で言葉を零し、そして叫ぶ。

 

 「遠くない未来に名提督と呼ばれる方でしょうね。その日を一緒に迎えられたら……私…きゃぁぁぁっ!」

 「うっくぅ~、相変わらず祥ちゃんのピーチ、ピッチピチッ! これならご主人様見習いも大満足なりっ」

 あまりもひどい出来のダジャレとともに、祥鳳のチューブトップに手を突っ込んでタテタテヨコヨコとピーチをイジり倒す漣。

 

 

 そんな二人の会話だが、さらっと重要な情報が混じっている。

 

 教導艦隊を率いる日南中尉は、東部オリョール海(2-3)海域解放の戦果をもって大尉への昇進が決定した。尉官の間は教導艦隊を監督する桜井中将の判断で昇進の可否が決まるが、現状での出世はここが頂点で、この先は次の戦いに掛かっている。

 

 教導課程の最終目標、あ号艦隊決戦とも呼ばれる沖ノ島海域(2-4)攻略戦。これまでとは一線を画す有力な敵機動部隊を迎撃するため総力を挙げて臨むこの海域に照準を合わせ、教導艦隊は計画的に部隊を編成し訓練を重ねてきた。そして2-4攻略を成功させ教導課程を修了した暁には、桜井中将が艦隊本部に佐官への昇進を申請、裁可を受けた後いずれかの拠点の拠点長として赴任する。二〇代半ばで佐官というのは、今が戦時であることを考えても相当なスピード出世であり、この点でも宿毛湾泊地教導課程の位置づけが伺える。

 

 だが2-4よりも重要な最終関門、それは大尉が一緒に赴任先へ伴いたい艦娘の同意を得ること。これまで積み重ねてきた関係性の全てがその一点に凝縮される訳で、平たく言えば告ってOKをもらうようなものである。

 

 

 

 色々と問題はあったがともかく2-3突破、大尉への昇進、そして何より、夏本番である。何やかや考えあわせた結果、勝利と昇進のお祝いと、次戦に向けた決起大会が必要ということで艦娘達の意見は一致した。

 

 「という訳ですので大尉、お返事はハイかYESでお願いします」

 

 にっこりと有無を言わせない笑顔で日南大尉に微笑みかけながら申請書への決裁を求める赤城の姿は、周囲で見ていた艦娘によれば、一航戦の誇りを賭けた全力出撃並みの圧力だったという。

 

 意外と大掛かりにする気なんだな…と、任務外集合申請書、機材使用申請書、物品購入申請書、参加者名簿、各種添付書類や証憑…大量の書類をぺらぺらとめくり、必要な個所にぽんぽんとハンコを押してゆく日南大尉。

 

 「これで全てか、な……? え? あ、赤城、よくよく見ると隅っこにちーっちゃな字で一泊二日、って書いてあるんだが、これは?」

 「はい、読んで字の如くですが、すでに決済はいただいたので。それでは準備がありますので失礼します。ふふっ、楽しみですね」

 

 長い黒髪を揺らしながら、赤城は着任前からは想像がつかないいたずらな笑みを浮かべ執務室を後にした。虚を突かれたようにぽかんとしていた大尉は、やれやれ、という表情を浮かべ椅子の背もたれに体を預ける。

 

 「やられた、な…。まぁネーバルホリデーだし、場所は宿毛湾内の一角、よしとするか…」

 

 ネーバルホリデー…急遽発表があった海軍の休日で、ごく一部の警戒部隊を除き、艦娘部隊を運用する全拠点に一斉かつ強制的に与えられた。全作戦行動を停止するこの期間に、大海営は基幹システムのMilitary Resourse Planning(MRP)を全面更新するらしい。

 

 この休暇が終わればまた戦いの日々に戻り、いよいよ沖ノ島海域攻略戦、戦いはいよいよ激しさを増してゆく。

 

 『必ず帰ってきたい、そう思わせてくれるのは、モノより思い出ですよ~』

 

 それは以前綾波の言った言葉。だからこそ、日南大尉は今回の一泊二日のビーチキャンプにGoサインを出した。そしてお泊りOKで決裁が出た、という話は光の速さで部隊内を駆け抜け、全員で準備に取り掛かり始めた。

 

 

 

 ネーバルホリデー初日はいろいろ準備に追われた。そしていよいよお出かけの日。

 

 日南中尉は所用があって本部棟を訪れ、そのまま港で出発時間までに合流することになった。教導艦隊の艦娘達は大量の食べ物飲み物や荷物を大発へ積み込んだり、工廠の妖精さんたちとの最終打ち合わせなど忙しく動き回っている。教導艦隊全体が慌ただしくそわそわした空気に包まれた中、ウォースパイトの涼やかな声がする。

 

 「みなさん、必要なことは全て先に済ませましょう。そうすれば心置きなく楽しめます」

 

 地味に重要なのが、司令部と艦娘寮の片づけ。だらしなく施設を散らかして出かけてしまえば、浮かれたガールズとの悪印象になり、ひいては日南大尉の評価を下げかねない-女王陛下のこれ以上ない正論に従い、全員出発前に自室と共用部の掃除、一部の艦娘が執務室の掃除に取り掛かることになった。

 

 

 

 涼月は銀髪を揺らして日南中尉の机を拭き掃除している。手にした雑巾で机面を拭くのに手が左右に動くたび、黒のビキニに包まれたお尻がふりふりと揺れる。抜けるような色白の肌を際立たせる黒のホルターネックビキニ+同色のシースルーのミニスカの組み合わせは破壊力抜群である。

 

 ぶぃーんと間の抜けた音を立てる掃除機は動こうとしない。掃除機をほったらかしにした時雨は、机を拭く涼月の前に回り込む。ふきふきゆっさゆっさ…ふーん、かなり、かな…。みょいんと伸びたセンサー(アホ毛)を動かし、ジト目のまま時雨の心の中で警戒警報が鳴り響く。

 

 -君のその恰好…カレンダーだけ(七月限定)じゃないの?

 

 艦隊のキャンペーンガールと呼ばれるほど艦隊本部からあれこれ多種多様な制服を支給される時雨だが、さすがに秋月型の水着姿の強力なインパクトには驚かされた。確か粗食(マクロビ)派で、しかもくちくかんだったよね…。自分も決して小さい方ではないが、それにしても…と胸囲に脅威を覚えつつ思い出す。そういや妹たちもアレだったね…と、くるり、と振り返った先では―――。

 

 応接に陣取る、制服をモチーフにした黒を基調としたビキニに、黒のショートパレオ+マフラーの夕立と、白のショートパレオの村雨。執務室の掃除をする時雨についてわざわざ執務室にやってきたが、目当てはエアコンと日南大尉。だが大尉がいないと分かると、すっかりだらけ切ってしまった。

 

 「もーっ、手伝ってくれるんじゃないの? お掃除を終わらせなきゃ出かけられないじゃないかっ」

 両手を腰に当ててぷんすかしている時雨に向かい、なんとも適当な返事が返ってくる。

 

 「今練習中だからぁ~(ひみゃひふぇんひゅうひゅうひゃきゃらぁ~)

 ソファーの背もたれに体をぐてんと預けているのは村雨。ミルクアイスキャンデーを手を使わずに口だけでもごもごぺろぺろ、少しずつ飲み込んでゆき、時雨に返事をした拍子に溶けた白い滴が唇の端をつつーっと伝っている。お行儀は良くないが、それ以上でもそれ以下でもない食べ方だ。

 

 「ちょっと静かにしてほしいっぽい。集中してるから」

 その隣では、手の中の少し溶け始めたポッキンアイスをじいっと見ている夕立。地域によってチューペットとか棒アイスと呼ばれるアレである。すぅーっと息を吐きポッキンをぱくりとした瞬間、ずっ! と音を立て一瞬で中身を吸いきる荒業を見せる。えへへ~と満足そうな夕立は、様子を見にきた白露に「姉さんおかわりー」とパシらせている。

 

 大きく肩を落としマイペース過ぎる姉妹に溜息をついた時雨だが、聞き逃せない言葉を耳にする。

 

 「要さん…奇麗好きですから…これで大丈夫、だと…思います…」

 

 ふうっと手の甲で汗をぬぐい満足そうに呟いた涼月の言葉。

 

 -か、かなめさんっ!?

 

 日南大尉の下の名前である。階級か職名で呼ぶ艦娘がほとんどだが、島風が始めた『ひなみん』呼びする子も結構いる。けれど、ど直球で下の名前!? てか…そ、そんな関係にいつの間に…!? と時雨が口をぱくぱくさせて震える指で自分を指さしているのに気づいた涼月は、?を頭の上に浮かべちょっとだけ考え込んでいたが、すぐに自分が何を言ったか気付いたようだ。ぼんっと音を立てるように顔を真っ赤にしてあうあうし始めた。

 

 「あ、あの…き、聞こえちゃいました、か…?」

 「う、うん…き、聞こえちゃった、かな……」

 

 てれてれと胸の前で指をくねくねさせながら、涼月が言い訳するように言葉を零す。

 「そ、その…いつそういうことになっても…いいように…れ、練習、というか…。次戦を勝てば…大尉はご自分の拠点を…お持ちに…。やっと…本当の意味で涼月の帰る場所が…」

 

 よかった…練習、ってことは、実際にそういうコトじゃないんだね…よかった、と再び時雨が大きく肩を落として溜息を吐く。だが安心してばかりはいられない、とすぐに理解した。目の前で小さく首を傾げる銀髪の美少女を、自分は明確にライバル視し、めっちゃ強敵だと思ってる。けれど、涼月は誰のことも眼中になく、あくまでも日南大尉と彼女自身の関係性だけを問題にしているようだ。とても真っ直ぐな気持ちのあり方で、ある意味で空気を読まない、敵に回すとかなり厄介なタイプ。

 

 

 -ていうか…一番一緒にいる僕が…一番固い呼び方をしてる!?

 

 

 その事実に今更気づいて時雨がショックを受けた所に、執務室に飛び込んできた島風がぷりぷりと怒っている。

 

 「もーーーーっ!! みんなおっそーいっ! 他のみんなは準備して港で待ってるよっ! 早く早くっ」

 

 涼月が掃除道具を片付け、島風が村雨と夕立をソファから追い立てて外に連れ出す間に、時雨もいろいろ準備をする。重要書類を収納したキャビネットと日南大尉の寝室の施錠確認、照明を消して各種家電のスイッチをオフにして指さし確認。

 

 「よし、これでいいかな。あとは…忘れ物が無いようにしなきゃ、ね」

 

 トートバックを肩に掛け、折り畳んだパラソルを持ち、よいしょ、と少し重たそうに初雪を冷暖炬燵から引っ張り出して小脇に抱え、ふっと懐かしそうに部屋の中を見渡した時雨は、執務室を後にする。

 

 -泣いても笑っても、次の沖ノ島海域が正念場、だね。きっと忘れられない、夏になる…かな。


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