それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 BLOCK1対応開始。


078. ライトニング・ダイアリー

 「電~、まだ起きてるの~?」

 「ごめんなさい暁ちゃん、もうちょっとなのです」

 

 振り返るとそこには、パジャマにナイトキャップ姿、両手でマグカップを持ってふーふーしながらホットミルクを飲んでいる暁ちゃん。六駆の四人で一部屋の艦娘寮、雷ちゃんと響ちゃんはもう寝てるのです。

 

 消灯時間を過ぎてますが、電はデスクライトを頼りに日記を書いているのです。PCやタブレットじゃなく、頭の中を整理し、自分の中の自分と対話するように考えをまとめ、自分の手で文字を書く。普段は言い出せないような思いや感情を、少しだけ解き放つ。それが電の一日の締めくくり―――。

 

 

 

 

〇月△日 日焼け止めを経費で買いたいほどの晴れ

 

 

 「君たちの誰一人であっても欠けている光景が自分には想像できないんだ」

 

 大尉の言葉に私達全員は感情を爆発させ、教導艦隊最大の挑戦を後押しするように、叫びが講堂を揺らしたのです。でも、早速沖ノ島海域に向けて艦隊抜錨………というほど世の中は甘くないのです。

 

 海域再編で六つの海域が七つになった結果、ほぼ全海域で深海棲艦の出現予想ポイントの増加や敵編成の変化、何より今まで通りの私達の編成では航路制御が不安定になることがあるなど、各海域に進出済の艦隊から寄せられた報告が、私達を含む全艦娘部隊が利用している軍用基幹システム(MRP)に次々と公表されたのです。

 

 大海営も対策として、MRPの中核となる海域攻略に重要な役割を果たす戦術情報データベース(通称Wi●i)の大規模アップデートを宣言、各拠点に向けて再編後の各海域に出撃した際には、敵情報はもちろん試行した編成や装備、航路などの情報を艦隊本部に継続的に提出するよう命令を出しましたが…。

 

 失敗の許されない私達教導艦隊にとって、蓄積された情報が使えない中で2-4と2-5に進出するのは、イチかバチかにも程があるのです。

 

 

〇月☆日 アロマキャンドルが折れ曲がるほどの晴れ

 

 

 「雨はいつ止むのかな…誰か僕をお手伝いしてくれたらいいのに」

 「元気を出してください、時雨さん! 頑張って!私も頑張りますから!」

 

 秘書艦に秘書艦がつく修羅場、時雨ちゃんと涼月ちゃんがハイライトオフの目で続々と集まる情報をデータ処理してるのです。この二人、大尉を巡ってはライバルですが仕事ではよくサポートしあってるのです。でも揃ってIT系はいまいちの模様。これ系の作業は初雪ちゃんが…あ、冷暖炬燵で寝てる…。

 

 「頑張ってるねー。大尉は…いないんだ。…じゃぁ二人とも腹ごしらえしなよ! 川内お手製の夜御飯、食べていいから!」

 

 よいしょ、っとお尻で時雨ちゃんをオペレータ席からどかしたのは川内さん。画面に表示されたデータの羅列をザーッと見て、ふんふんと頷いてます。え? すごっ! 大尉ほどじゃないけど、なかなかの速さでデータ処理を始めたのです!

 

 「ん! おいし…って川内さんスゴっ」

 川内さんが持参したのはイワシの揚げ団子定食。口にした時雨ちゃんが目を真ん丸にして味に驚き、自分が手こずっていたデータ処理をさくさくこなす姿にさらに驚いてるのです。

 

 「ん~、ほら、私目がいいからさ。こういうの苦にならないんだ」

 にひひ、とツーサイドアップにしたセミロングの茶髪を揺らして笑う川内さん。…電は知ってるのです。川内さんさえその気になれば、実はひっじょーに強力な存在なのを。

 

 マイペースだけど明るい性格、バランスの取れたスタイルの良さ、その昔海軍料理コンペで上位に入賞したほどのお料理上手、掛け軸や短冊で披露した書道の腕前も達筆、そして今見せたITスキル、そして戦闘になれば分身の術!? ってくらいの回避能力…夜戦夜戦騒がなきゃ完璧超人系のハイスペック彼女、それが川内さん。

 

 

 …と、大騒ぎしてるのですが、海域再進出と情報収集に当たってるのは、桜井中将の直卒で出撃中の宿毛湾の本隊。教導艦隊が担当しているのはデータ処理だけなのです。

 

 

 「これは()()に対し発令されているからね、宿毛湾泊地を預かる私が指揮を執るのは当然だろう? 日南君、君は過去と最新の情報を対比分析、2-4と2-5を最短解放する作戦立案に集中しなさい。教導艦隊は艦隊本部に提出するデータ処理に協力してあたること。情報は力だ、心して頼むよ」

 

 さすが中将、カッコいいのです。電はどうしてもシブいオッサンに目がいっちゃう系なのです。現在宿毛湾の本隊は、カムラン半島から南西諸島近海に改称された2-1に、艦隊総旗艦の翔鶴さん率いる装甲空母三人からなる空母機動部隊で進出中…これでは深海棲艦の方が可哀想になってくるのです。

 

 沈んだ敵も、出来れば助けたいのです。せめて形くらい残っていれば、ですが…。

 

 

〇月◆日 降り始めたら加減知らずの雨

 

 

 早朝の着信音。あまりいい気分がしない目覚めなのです。

 

 ケータイを見ると、秘書艦の時雨ちゃんからL●NEのグループメッセ。

 

 台風の接近で今日は全ての出撃任務が中止…了解なのです。

 

 勢力を落とさず接近を続ける大型の台風は、何と豊後水道のど真ん中を突っ切って北北西に直進、進路の東西に位置する宿毛湾泊地と九州の佐伯湾泊地が暴風雨圏に入ってしまったのです。昨夜から続く激しい雷を伴う暴風雨、この天気で無理は禁物と日南大尉は判断したみたいなのです。

 

 「…………」

 暁ちゃんがベッドの上にぺたんと座って呆然としてるのです。雷様怖い、おへそ取られる…ってずっと毛布を被ってガクブルしてたから、夜一人でおトイレに行けなかったみたいなのです。でも、むしろこんな天気だから、さっさとシーツとパジャマを洗濯して乾燥機に放り込めば何も無かったことにできると思うのです。

 

 「暁ちゃん」

 ぽん、と肩に手を載せると、暁ちゃんがぷるぷるしながら電を見上げてくるのです。

 

 「………それ、どこの海図なのです?」

 小粋なジョークのつもりでしたが、涙目の暁ちゃんにぽかすかとぱんちをお見舞いされたのです。

 

 

□月◎日 フェーン現象殺す、ってくらいの晴れ

 

 

 今年何度目かの台風が過ぎ去った今日は、台風一過のフェーン現象で気温は急上昇、ちょっと動くだけで汗だくになったのです。台風一()だと思ってた時期が電にもあって、あばし●一家みたいのを想像してたのですが、台風が過ぎ去るだけ。単なる語感詐欺。

 

 詐欺といえば、浜風ちゃんはやっぱりくちくかん詐欺でいいと思うのです。艦種でいえばより大型艦のはずの龍驤(RJ)さんや瑞鳳(たべりゅ)さんを遥かに上回るサイズで、私服のチョイスが無いのが悩みって言ってたのです。ぴったりなデザインの服だと目立ち過ぎ、ゆったりなデザインの服だと太って見える………電には無縁な悩みですが、それが何か?

 

 「きゃあっ!」

 「ごごごめんなさいなのですっ!」

 

 慌てて頭を思いっきり下げます。あまりの暑さに、気休めに打ち水をしていたら、通りかかった浜風ちゃんにばっしゃーんと水をかけてしまいました。悪い事をしちゃったのです。

 

 最初は第三世代っていう、何だかよく分からない括りだったので、ちょっと???って感じでしたが、お話をすれば普通の艦娘でとてもいい子なのです。びしょ濡れになりながら、自分もぼんやり歩いてたので気にしないで、と電を慰めてくれた浜風ちゃん。あ、口元を押さえ上体を屈めながらくしゃみしてる。

 

 「へくちっ」

 

 すごい揺れっぷりなのです。じゃなくて、早く着替えた方がいいのです。ぺこり、と頭を下げて艦娘寮に向かう浜風ちゃんの後姿を見送りながら、つくづく思うのです。

 

 「銀髪にあのサイズ、大尉が呉鎮守府から引き受けたのがよく分かるのです」

 

 涼月ちゃんは今更ですが、大尉は響ちゃんとも仲がいいのです。思い余った時雨ちゃんが銀髪にしたこともありましたが、『海風っ!?』と呼びかけたみたいですし。

 

 あ、浜風ちゃんが戻ってきたのです。………その恰好はちょっとマズいのではないでしょうか?

 

 制服のプリーツミニはそのままで、上着は五ボタンのポロシャツ。割と細身のデザインなので、強調しまくりなのです。上二つのボタンを開けてますが、留めてるはずの残り三つのボタンは内側から押されて浮いちゃって、隙間からチラリしまくりなのです。

 

 「あ…日南大尉」

 

 浜風ちゃんは、通りかかった大尉に自分の恰好を考えず敬礼の姿勢を取っちゃいました。礼法に沿って右手を上げて胸を張った拍子に、ボタンは弾け飛んで自由になったのです。胸の中ほどまである、ポロシャツの五つボタン全開…。慌てて両手で隠す浜風ちゃんと、慌ててくるりと背を向ける大尉。

 

 「も、申し訳ありませんっ! その…お見苦しい所を…」

 「い、いや、そんな事は…ご、ごめん。暑いかも知れないけど、これを…」

 

 自然な動きで大尉は第二種軍装の上着を素早く浜風ちゃんの肩に掛けてあげてます。女の子は男子が思うより視線に敏感なので、どこを見てるのかすぐに分かっちゃいます。その点、大尉の視線が不快だって話は、誰からも聞いたことが無いのです。

 

 今みたいな時も、ガン見は論外ですが、変に目を逸らすのも意識してるのがモロ分かりなのでNG。速やかに流れるように隠してあげる、うん、合格なのです。余計な事を言わずに柔らかい笑顔だけ残して去ってゆくのも、スマートな立ち居振る舞いでポイントアップ。

 

 でも、いいのでしょうか? ほら…浜風ちゃんがぽーっと赤い頬で大尉の背中を見送ってるのです。

 

 

□月▼日 今の気持ちみたいな曇り

 

 

 やっぱり宿毛湾の本隊は強いのです。私達教導艦隊が何度も挑戦してようやく漕ぎつけた2-3まで、敵の反撃を許さず全航路調査完了、さらに2-4や2-5も縦深偵察を何度も敢行して、貴重な海域情報を入手してくれたのです。

 

 いよいよここから先は、日南大尉率いる教導艦隊にバトンが渡されます。

 

 

 こうやって戦い続けてる私達ですが、深海棲艦との戦争はいつまで続くのでしょう? 私達が命懸けで解放した海域でも、時間が経つと深海棲艦は水底から甦るように姿を現し、放っておくとまた海を制圧されます。なので私達は何度でも定期的に海域を清掃し、深海棲艦を海域毎に一定数未満で抑え込むために戦っている、とも言えます。つまり、圧倒的に数で勝る深海棲艦側が本気で殲滅戦を仕掛けてきたら、私達に勝ち目は…。電は…正直に言って怖いのです。

 

 けれど、どうして深海棲艦は殲滅戦をしないのでしょう?

 

 電の単なる想像でしかありませんけど、それでも思う時があるのです。深海棲艦は、もしかしたら『戦争には勝ちたいけど、命は助けたい』って、電とおんなじ事を考えているのかな、って。だとしたら、大尉の言う『深海棲艦との和平』は、ひょっとしたら可能性があるんじゃないか、って。少なくとも、教導艦隊内で大尉を巡る争いに決着がつくよりは、可能性が高いかも知れないのです。

 

 

 

 ふぁ…電も眠くなってきたのです。今日の日記はここでおしまい。明日からはいよいよ2-4進出、後に続く2-5と合わせて六回しかないチャンス…絶対にモノにするのですっ! なるべくなら、戦いたくはないです、でも…このまま教導艦隊のみんなと、日南大尉とお別れするのは…もっと嫌なのです。

 

 おやすみなさい。あ…寝る前に暁ちゃんをトイレに連れて行ってあげるのです。


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