それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 第三者視点での状況整理 (建前)。


079. 明日、また

 早朝・宿毛湾泊地第二司令部作戦司令室―――。

 

 「…………」

 

 この部屋にいるのはただ一人、教導艦隊の指揮を執る日南大尉のみ。彼にしては珍しく行儀が悪い振る舞いで深く考え込んでいる。椅子にごく浅く腰掛けて執務机に長い脚を投げ出し、椅子の背凭れに上体を預け天井を見上げている。明けきらない夜と朝の間の、未だ薄暗い執務室で灯りもつけず思い詰めた表情で、日南大尉は無言のまま天井をぼんやりと見つけ続けている。与えられた六回の出撃で沖ノ島海域(2-4)沖ノ島戦闘哨戒(2-5)を解放しなければならない。だがこの二海域を解放するのに最短で五回、しかも2-5は解放に最短でも四回を要する。

 

 「…………」

 

 ぎいっと椅子を鳴らし、大尉は上体を起し投げ出していた脚を体の方に引き寄せる。BLOCK1による海域再編後にアップデートの続く戦術情報データベースは、再編後の2-4の姿を明らかにし始めた。航路は再編前に比べればある程度制御が利きやすく、軽量編成であれば海域北部を通過して最奥部に到達できそうだ。ただ、そこで待ち受ける敵主力は戦艦ル級flagshipが最大三体、陣形も最大火力の単縦陣で勝負を挑んでくる。重量編成の敵と互角に戦うにはこちらも戦艦や空母を加えた編成で臨むのが常道だが、この場合妖精さんによる航路探知が上手く機能せず航路はランダムになり、海域最奥部に到達できるかどうは文字通り運任せ。

 

「………」

 

 三体の戦艦ル級だけでも手ごわいが、随伴艦も回避力が高い敵の新型が揃い、こちらの砲撃がかわされると手痛い反撃を貰うことになるだろう。とはいえ、そもそも教導艦隊が発足して以来、この海域の攻略を念頭に置いて艦隊を育成し装備を整えてきた。確かに航路制御や敵の編成は想定していたものとは変わったが、それで右往左往することもない。ただ今回完全に置き去りにされたものが一つだけある。それは時間。海域の性質上、航路制御もそうだが、損傷による撤退もありえるだろうと、最初から2-4の攻略は複数回出撃する事を前提としていた。その前提が覆された戦いに、自分の部隊を送り込まねばならない。

 

 前述の通り、出撃回数に制限を課せられた今回の戦い、教導艦隊の中心を成す艦娘達に宿毛湾本隊から教官の香取、鹿島、大淀を加え出撃に至るまで相当な議論が重ねられた。今回の条件では2-4を出撃二回以内でクリアしなければ、全てがお終いになる。

 

 比較的確実な航路での軽量編成(水雷戦隊)と不確実な航路での重量編成(打撃部隊)ー昼戦では機動力と回避力を活かし敵の攻撃を躱しつつ、夜戦の砲雷同時(カットイン)攻撃で勝負を挑む水雷戦隊と、開幕空襲とそれに続く大口径砲のアウトレンジ砲撃により昼戦で大勢を決め夜戦で残敵掃討に当たる打撃部隊。

 

 目的地に辿り着けるまで持ちこたえられるか不安な前者か、攻防とも十分な能力だが目的地に辿り着けるかが不安な後者か。どちらにもPros & Cons(プロコン)があり、取るべきリスクの種類が違うだけ。そして下された判断は―――。

 

 ぎりっと唇を噛み締め顔を歪める日南大尉は、椅子から立ち上がる。今日払暁宿毛湾を抜錨した、()()()()2-4進出部隊。第一回目の出撃で選択したのは、旗艦ウォースパイトが率いる、摩耶、鳥海、北上、祥鳳、瑞鳳から成る打撃部隊。そして彼女達は海域最奥部まで到達できなかった。今回の場合は敵主力艦隊の撃滅のみが目標となる以上、戦果はゼロともいえる。

 

 「ウォースがあんな風に泣くなんて…本当に堪えたな…」

 

 第一回目の出撃から帰投した艦隊を出迎えた時のことを日南大尉は振り返り、肩を小さく揺らし溜息を零した。

 

 

 

 出撃した艦隊は、Bポイントで敵の前衛を務める巡洋艦戦隊を寄せ付けずほぼ無傷で進撃を続けた。その後航路はGポイントからHポイントを経由し、Iポイントで襲い掛かってきた敵水雷戦隊を祥鳳と瑞鳳の航空隊が撃ち払い、いよいよ海域奥部へ向けて進軍となり、艦隊も気合を入れなおした。進路が東なら海域最奥部に向かい進む。だが、西に進路を取る事になれば、この出撃はその時点で失敗となる。結果は…西。

 

 航路が確定した時点で、普段と変わらない冷静な声でウォースパイトから報告が入った。ただ僅かに震える語尾だけが彼女の感情を伝えている。教導艦隊の執務室には溜息と悲鳴が広がり、秘書艦の時雨が不安そうな表情で隣に立つ日南大尉を見上げていた。

 

 -え、見間違い、かな…?

 

 そう時雨が思うほど、柔らかい笑みを一瞬だけ浮かべた大尉は、淡々とマイクに向かい指示を出した。

 

 「了解。ウォース、道中にはまだ敵艦隊が遊弋している。警戒厳として無事に帰投してくれ」

 

 艦隊は高速軽快部隊と呼ばれる水雷戦隊とEポイントで遭遇、戦闘に突入した。上がらないモチベーションと八つ当たりにも似た怒りが綯交ぜとなった複雑な感情に支配されつつ、敵に反撃を許さず一方的な勝利を収めたが、誰一人喜ぶものはいなかった。最後の経由地となったDポイントの石油プラントで資材を補給し、艦隊は帰投を果たした。

 

 

 「艦隊、母港に無事帰投したね、だけど…」

 宿毛湾泊地片島地区の港で艦隊を出迎えながら、日南大尉の横に立つ時雨は明らかに言葉を言い澱んでいた。人間より遥かに優れた艦娘の目は宿毛湾の港湾管理線のはるか向こう、水平線近くに姿を見せた艦隊を捉えていた。重苦しさに包まれた単縦陣の葬列にも似た艦隊の帰投。鳥海と北上は項垂れ、中央では泣き続ける祥鳳を目を真っ赤にした瑞鳳が慰め続け、摩耶は乱暴に拳で目を拭っている。唯一、先頭を行く旗艦ウォースパイトだけは、伏し目勝ちだが真っ直ぐに前を見ている。

 

 「夕立に任せるっぽい…じゃなくて、任せて」

 すっと大尉を挟んだ反対側に夕立が寄り添い、まっすぐ前を向いたまま言葉を潮風に載せる。いつもの『ぽい』口調ではなく真面目な口調。ウォースパイト達重量編成の部隊が海域最奥部に到達できなかった今、次に出撃するのは水雷戦隊、しかも戦艦ル級三体と戦い、()()()勝たねばならない。だから日南大尉の顔は見ない、顔を見られたくないから。こんな時ににやり、と凄絶に笑っている自分の顔を見られたくない。

 

 「大尉…艦隊、接岸します。みんな…上陸を始め、ます…」

 後ろから涼月が、目の端をそっと指で拭いながら大尉に声をかける。少し涙声になっているようだ。涼月にはとにかく納得がいかない。海域最奥部まで行けなかったのは確かだが、こんな理不尽な攻略回数の制限がなければ、『残念でしたね』で終わる話だ。この結果で、次は必ず水雷戦隊で勝たなければならず、続く2-5では一切の敗退が許されなくなった。その責任を全て負うようにこの世の終わりのような顔をする仲間の姿を見ていられない。そしてそれを見守るしかできない大尉の姿も。

 

 

 続々と上陸を果たす第一艦隊だが、日南大尉の顔を見た時点で泣き崩れてしまった。摩耶が泣き腫らした目のまま気丈に敬礼の姿勢を取る横を、ついっと北上が近づいてきた。

 「いやー、何て言うの、こんな時も…あるよね。せっかく…第二次改装までしてもらって、いい装備積んでくれたのに、さ…」

 明るく振舞おうとしていたが言葉にならず、えぐえぐと北上まで泣き始める。

 

 「ヒナミ…」

 ゆっくりと静かな足取りで旗艦のウォースパイトが姿を見せる。固い表情で大尉の目の前に立つと敬礼を送り、静かに手を下ろす。ドレスローブとセーラー服を合わせたようなアイボリーの制服には、ほとんど汚れも破れも見られず、戦いそれ自体は三戦とも優位に進めたのは間違いない。

 「報告した内容と大差はありません。ポイントはBからG、H、Iを経由、そして…E。出撃前に危惧した通り、この編成では航路制御が…。ヒナミ…ごめんなさい…ごめんな、さ…」

 そのまましゃがみ込むと、ウォースパイトは両手で顔を覆い、激しく肩を震わせて泣き出してしまった。教導艦隊の置かれている状況は痛いほど理解していた。その上で自分は重要な第一回目の出撃の旗艦に選ばれた。不安定な航路と引き換えに選んだ敵を確実に打ち倒すための重編成。自分の力だけでどうにもできないのは分っていたが、目的地に辿り着けさえすれば、例え大破進軍…大尉の願いに反しても(何が起きようとも必ず)勝つ、部隊の総意として決めていたのに…。

 

 全六回の出撃は始まったばかりで、この結果だけで全てを判断するのは早計にすぎる。それでも誰もが同じ気持ちだった。この挑戦に勝てなければ、日南大尉は自分たちを残して宿毛湾を後にしなければならない。そんなことは、認められない―――。

 

 「大丈夫だよ…。私達がやるから、絶対に勝つから見てて」

 

 ウォースパイトの長い金髪に長い金髪がかかる。いつになく小さく見える女王陛下の背中を、小さな駆逐艦娘が守るように抱きしめている。頬を紅潮させた島風が、訥々とした口調で、それでもはっきりと戦う意思を前に出す。同じように、ウォースパイトを横抱きに抱きしめた時雨は何も言わず、ただぎゅっと腕に力を籠める。立ち上がると大尉に向き合い、まっすぐに見つめる。無言のまま見つめ合っていた二人の周りに、いつの間にか駆逐艦娘と軽巡洋艦娘が輪を作る。そして時雨が意を決した表情で、高らかに宣言する。

 

 

 「日南大尉、教導艦隊水雷戦隊は、キミの言葉を待っているんだ。行けと…それだけ言ってくれればいいんだ」

 

 

 

 そして時間は戻る―――。

 

 こんこん。

 

 執務室のドアがノックされ、一人の艦娘が入室を求めてきた。日南大尉の返事を待って入ってきたのは、朝食を携えた鳳翔だった。お礼を言う日南大尉に微笑みだけで返事をしながら、かちゃかちゃと軽い音を立てながら鳳翔は持参した皿を執務机に用意する。

 

 「ありがとうございます、鳳翔さん」

 「島風ちゃんなしでは、大尉は朝ご飯も召し上がらないのでしょう? だめですよ、こんな時は特に」

 

 苦笑いで応えた大尉は鳳翔の微笑みに促され椅子に座る。食事に向かい手を合わせて食事を始めると、鳳翔が何気なく言葉をかけてきた。

 

 「『焦らず、慌てず、諦めず』…言い古された言葉ですが、今の大尉にこそ、大事だと思いますよ」

 

 ぴたり、と動きを止め箸を置いた大尉は、ゆっくりと鳳翔の方を振り返り、敵わないなぁという表情を浮かべる。

 「そんなつもりは…いえ、そう見せないようにしていたんですが、ダメでしたか?」

 「大尉と同じ状況に置かれれば、誰だって…。それでも大尉は立派に振舞ってらっしゃると思います」

 

 しばらくの沈黙の後、ぽん、と手を打って鳳翔がくるりと話題を変える。

 「そういえば、二回目の出撃ですが…人選はやはり…? 涼月ちゃんは大分しょげてましたけど?」

 「鳳翔さん、自分は諦めるつもりはありません。彼女には2-5で活躍してもらうつもりなので…。けれど、万が一の事を考えるなら、納得のいく形にしたかったんです。教導艦隊の創設から自分を支え続けてくれてきたメンバーに、2-4は託します」

 

 2-4攻略に向けた第二回目の出撃、古鷹、神通、時雨、村雨、島風、そして旗艦の夕立からなる水雷戦隊が海域最奥部に向け疾走を続ける。




 ごぶさたしております、はい。リアルがめちゃ忙しくて結構間が開いてしまいました。そうこうしているうちにイベントも始まり、現在E4ラスダンで沼り中だったります…。

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