それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ。
 イベントの余波で開店休業。


008. モノより思い出

 「日南君には着任早々迷惑を掛ける形になってしまい申し訳ない」

 「いえそんな…中将、本当に大丈夫ですので」

 呼び出された本部棟の会議室で、大きなテーブルを挟み向かい合う日南少尉と桜井中将。頭を下げる中将に、日南少尉は心底戸惑っている。教導と大規模作戦の開始が重なったのは桜井中将の責任ではなく、たまたまタイミングが悪かっただけのこと。きっと翔鶴さんや鹿島さんの律義さは、中将の影響なんだろうな…などと考えながら、日南少尉は頭を上げてくれるよう桜井中将に改めて頼み、話を変えようと試みる。

 

 「それはそうと、今回の大規模進攻(イベント)の進捗はいかがですか?」

 「取り敢えず前段作戦までは完了した。スエズ運河までの補給網は確立したし、一旦小休止で艦隊整備に入ることになっている。後段作戦に参加する部隊の入れ替えのため、現地派遣していた最後の部隊がそろそろ帰投したよ」

 

 作戦拠点として宿毛湾泊地は、自衛に足る戦力があれば十分、との艦隊本部の判断もあり、総数で一〇〇名を切る規模である。構成としては、総旗艦翔鶴、そして瑞鶴、大鳳の装甲空母部隊を中核戦力とし、二航戦、加賀、雲龍型からなる機動部隊、両輪を成す水上打撃部隊は大和が戦艦重巡、雷巡を率いる。主だった水雷部隊は、天龍龍田が率いる睦月型と暁型、 神通と阿武隈が率いる綾波型・白露型、阿賀野と矢矧が率いる朝潮型に夕雲型で、他にも軽巡・駆逐艦が在籍。これら部隊に、作戦に応じて艦隊防空を担う軽空母部隊と防空駆逐艦の秋月型が組み合わせられる。その他にも、潜水艦隊や各種特務艦も所属している。規模ゆえに、連続した作戦継続が難しく、スエズ運河出口に造られた拠点を維持するため先行部隊を派遣、入れ替わりに前段作戦に参加した部隊を段階的に引き上げ整備休息、完了し次第バックアップ部隊として待機にあたり、後段作戦が開始される。

 

 -いずれ自分がイベントに参加する時は来る。今回の宿毛湾泊地の運用…資材確保、戦力配分、事前のレべリング等、これほどの活きた教材はない。

 

 そこまで考え、日南少尉は何かに気が付いたようにハッとした表情で桜井中将をまじまじと見つめる。それに対し桜井中将は薄く微笑むだけで何も言わなかったが、満足そうな表情で頷いていた。

 

 

 

 「ところで、着任からしばらくたったが感想はどうかな。今の所満足に出撃していないから、何とも言えないかもしれないが」

 日南少尉は顎に手を当てむうっと考え込む。一見何気なく抽象的な質問から、質問者の意図を掴み適切に回答できるかを試されるオープンクェスチョン法なのか、と。

 「ああ、これは純粋な雑談だから、『SMART』とか考えなくていいからね」

 苦笑いを浮かべる中将に苦笑いで返す少尉。オープンクエスチョンに対応するロジカルな応答法の一つがSMARTである。

 

 命令を忠実に遂行するのは軍人にとって階級の上下を問わず当然だが、有事ともなれば整然と分かりやすい命令系統が常に機能するとは限らず、短く抽象的な指示でも過たず意図を掴み遅滞なく実行、過程と結果をどんな相手にも状況が把握できるよう体系的に共有する必要がある。SMARTは相手の話を的確に理解し、Specific(具体的)Measurable(測定可能)Achievable(達成可能)Realistic(現実的)Time-bound(期限)のポイントを押さえ回答する話法で、かつて桜井中将が兵学校に導入した。だが今はそういう時間ではない、と中将は言外に伝えている。

 

 年齢の割に淡々とした所のある日南少尉だが、それでも艦娘達との距離感の取り方に未だに戸惑っているのが目下の悩み。いずれも容姿端麗で一途な彼女達から積極的に距離を詰められれば、男なら喜ぶことはあっても困ることはない…はず、学校やサークルや会社ならば。だがここは軍事拠点であり教導拠点である。しかも艦娘と言う存在の定義は、その登場から長い年月を経た今でも定まっていない。人工的に開発された素体に宿る在りし日の船魂…人と呼ぶには成り立ちが違い、兵器と呼ぶには生々しすぎる。

 

 「君の部隊は、確かA4『6隻編成の艦隊を編成せよ!』、A5『軽巡2隻を擁する隊を編成せよ!』までクリアして第二艦隊まで解放したと聞いたよ。新たに着任した軽巡は五十鈴だったかな?」

 「はい、お陰様で。デイリールーティーンのプランは確立しており、あとは艦娘の数が揃えば順調に回ってゆくものと思います」

 

 今日の任務が遠征と聞き、頷いた桜井中将は昔を懐かしむ様な表情を見せ、ゆったりとした口調で日南少尉に語りかける。

 「そろそろ君の艦娘達が戻ってくる頃だろう、出迎えてあげたらどうかな? 年寄りの昔話で申し訳ないが、私の場合もそれがきっかけで艦娘達との距離が縮まり始めたように思うよ」

 「そう…ですね、既に縮まり過ぎというか…色々大変ですね」

 「どうした? 色々にも色々な意味がありそうだが…」

 

 歯切れ悪く答える日南少尉に、桜井中将は怪訝な表情を見せる。根が素直な日南少尉は、ややばつが悪そうな表情で、それでも正直に午後の予定を中将にも打ち明けると―――。

 

 「はははっ! なるほど、そうなら早く行ってあげなさい。どうした、不思議そうな顔をして? 君がどのように君の艦娘と接しようと、海軍刑法に抵触しない限り君の自由だ」

 

 

 

 日南少尉のいる第二司令部施設は、司令部施設のある池島地区を経て、そこから奥まった場所、大発で五、六分の距離の片島地区にある。湾の最奥部を挟んだ対岸の白浜地区や小筑紫地区も今後の開発が予定されているが、現状は依然として風光明媚な自然が豊かに残る。

 

 「そろそろだと思うけど…」

 

 鏡のように陽光をきらきらと反射する海面、波静かな湾内に浮かぶ大発の艇首あたりに立つ日南少尉。湾内四地区全ての中間地点に位置取る大発の上から、双眼鏡をのぞき込み港湾管理区域線を注視している。ほどなく、単縦陣で五人の艦隊-旗艦の由良を先頭に、時雨、綾波、荒潮、島風からなる部隊が、海上護衛任務を無事成功させ帰投する姿が視界に入ってきた。そして五人の艦隊があっという間に4人に変わる。大発を視界に捉えた瞬間、島風が両舷全速で一気にトップスピードで由良を追い越し猛進してくる。

 

 「たっだいま~♪ ねえねえ凄い? 一番先に帰って来たよっ」

 

 大発の艇首が水面に向かって倒れるように開く。文字通りあっという間に管理区域線から大発までの距離を潰した島風は、歩板を駆け上がったと思うと日南少尉にぴょーんと抱き付く。遅れて大発に到着した遠征艦隊の残りの四名も続々と乗艇し、日南少尉の周りに輪ができる。ざわめきに誘われるように、操舵把の周囲に設けられた防盾の陰から、直近の建造で新たに部隊に加わった二名の頭が見える。ツインテールが特徴的な勝気な瞳の艦娘と、背中まで長く伸ばした亜麻色のストレートヘアの艦娘、五十鈴と夕立である。

 

 「何だか楽しそうっぽいっ。夕立もまぜてまぜて~」

 ぱあっと笑顔を浮かべて五十鈴の脇を駆け抜けると、島風に負けない勢いで日南少尉にタックルを敢行する夕立。

 

 「暑~い…溶けちゃいそうだよ、初雪だけに。…誰も聞いてないからセーフ」

 防盾を日よけ代わりに背中を預け、身体もダジャレもキレを失いぐったりしているのは初雪。その脇には大型のクーラーボックスが二つ三つ置かれ、よく見れば防盾の前には折りたたんだビーチパラソルやテーブルなどのアイテムが積まれている。

 

 「さあ少尉、午後の任務の発令をお願いしてもいいかな?」

 

 言いながらさりげなく日南少尉の右腕に自分の左腕を絡める時雨。緩く羽織ったラッシュガードの前は開け放たれ、いつものセーラー服のデザインを踏襲したビキニトップがいい感じに自己主張をしている。その格好で海上護衛してきたのか、という日南少尉の疑問は声にならなかった。夏になると艦娘達の制服の自由度が期間限定で高くなる。そのため、通常の制服を着ている由良と荒潮を尻目に、自由気ままな格好の艦娘も目立つ。

 「この時期はこの格好で、って艦隊本部から―――」

 慌てて日南少尉が時雨の口を塞ぐ。いやそういう話は、ね?

 

 「まったく…任務が終わったからって気を抜きすぎじゃないの? 先が思いやられるわね」

 やれやれ、という表情で首を横に振る五十鈴。花柄があしらわれたブルーのビキニとロングパレオが鮮やかだが、何よりブルーのワンショルダービキニの胸元が強烈な存在感を主張する。誰よりもやる気満々に見えるのは気のせいか、と皆思ったが、誰も突っ込むことはしなかった。何故なら、口に出すかどうかは別として、全員が楽しみにしていたからだ。

 

 「あー…こほん。遠征艦隊の五名は、よく無事に帰ってきてくれた。午前の遠征任務成功を受け、これより部隊は特別任務として、午後は白浜地区へ移動、大発を利用した砂浜への強襲揚陸、および拠点設営訓練を行う」

 

 おーっ!! と全員が元気よく声を上げ応える。遠征成功のご褒美として、要するに白浜地区にあるビーチに大発で乗り付けてバーベキュー(拠点設営)を行う。それが午後のお楽しみ(任務)

 

 『この暑い中頑張ってるんだから何かご褒美が欲しい』

 

 それは冷暖炬燵に身を預ける初雪の何気ない一言から始まった。いや君コタツムリだよね、と突っ込む間もなく、全員が賛成しきらきらした視線が向けられ、日南少尉は顎に手を当て考え込んだ。大規模作戦(イベント)のあおりでこれまで十分な作戦展開ができておらず、自分も含め部隊全体がやや消化不良気味になっているのは確かだ。モノで釣るようなやり方は好きではないが、気分転換にはいいかも知れない―――日南少尉は初雪の提案に合意し、次回の遠征任務を成功させたら、という条件を付した。ご褒美は皆で考えて決めるように、と言う事にした結果が、半日オフでみんなでビーチ、という事だった。

 

 移動中の大発で、ふと日南少尉は綾波に目を止めた。彼女もまた、この夏限定という藍色に花柄が鮮やかな浴衣姿である。海上護衛で裾は邪魔にならないのかな、という日南少尉は心の中で思っていた。

 

 「大丈夫ですよぉ~。いざという時はすぐに裾を上げますし、これで牽制できますから〜」

 これとは綾波が右手に持つ機関銃であるが、何故心の声と会話されてしまうのだろう、少尉は疑問に思いつつ、それでも綾波の笑顔に釣られる様に微笑み返す。

 「そ、そうなんだ…。でもご褒美が午後オフにして皆で遊ぶ、なんてので良かったのかな。間宮券とかそういうのをみんな欲しがるかと思っていたよ」

 少尉の言葉に一瞬だけ表情を変えた綾波は真面目に答え、すぐにまた柔らかな笑顔に戻り、仲間の輪に加わってゆく。

 

 「分かってませんね~少尉。いつ戦場で散っても悔いを残さないように、けれどそれ以上に必ず帰って来たい、そう思わせてくれるのは、モノより思い出ですよ~」




 夏イベに没頭していたもので、しばらくぶりでございます。クリア優先で進めてるのに、ようやくe5突破という有様。あと二つ、でも、かつてない速さで溶けゆく資材がが。この調子で掘り周回に入れるのだろうか…。

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