それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 六分の一。


080. 勝つ事と負けない事と

 沖ノ島海域 (2-4)―――。

 

 出撃地点から見ると、北東方面は複雑な海流が生む渦潮が障害となり、南東方面には岩礁が広がるため、艦隊は必ず東進することになる。なのでその先にあるポイントBではこの海域で最初の交戦となる敵艦隊が待ち構えていて、進出を図る艦隊を荒っぽく出迎えてくれる。

 

 東進を続け進行方向右側にある岩礁を過ぎたあたりで、古鷹の零式水上観測機が複縦陣で展開する重巡リ級エリート三体を中核とする巡洋艦戦隊の西進を発見した。水観の妖精さんの索敵結果を裏付けるように、水平線に僅かに姿を見せ始めた小さな黒点が慌ただしく動いている。雲量一の快晴では索敵にあたるこちらの水上機が丸見えになる。零観の位置から教導艦隊の進行方向を特定したのだろう、どうやら敵艦隊は陣形を単縦陣に変更しようとしているようだ。

 

 

 「ぽーい! チャンスっぽーい! 総員突撃っぽーい!」

 「ゆ、夕立っ!?」

 副旗艦を務める時雨が止める間もなく、向い風に白いマフラーを靡かせて夕立が先陣を切って突撃を始めた。同じ主機とタービンのはずなのに、夕立のダッシュ力は目を見張るものがあり、あっという間に時雨は置いて行かれる。『単縦陣でいくっぽいーっ』と叫ぶ夕立の声が風に乗って届いた。みるみる小さくなる背中をぽかーんと見つめていた時雨だが、視界を切り裂くように神通と島風が疾走する水しぶきを顔に浴びて我に返った。

 「時雨ちゃん、行こっ! …てか夕立ちゃんと神通さん(あの二人)の加速、島風ちゃんより速いの? ありえなくない?」

 「う、うん、そうだね、僕たちも行こう。…まったく夕立は…」

 村雨がツインテールを揺らしながら時雨を早く行こうと急かし、時雨も腰を僅かに落とし加速態勢に入る。風に逆らい波を切り裂き疾走を続けながら、時雨は夕立の行動に不満を覚えていた。

 

 -いきなり反航戦だなんて…日南大尉の作戦の中でも優先度低だったじゃないか。しかも旗艦が先頭に立って突撃するなんて…。

 

 正面火力に勝る重巡を主力とする敵艦隊相手に渡り合うには、昼戦をやり過ごし夜戦で勝負をかけるか、日南大尉の策に沿ってセットアップする(ひっかける)か。もちろん作戦通りに相手が動くか、あるいは動かせるかは保証できない。なので掛け値なしの反航戦、双方最大戦速に近い速度で正面から突き進み、すれ違いざまに斬って落とす戦法もオプションに入っている。でも敵の姿を捉えた瞬間に駆けだすなんて…まるで…。

 

 「連装砲ちゃん、いっけぇーっ!!」

 すでに敵艦隊からの砲撃は始まり、先頭を疾走する夕立に向け遠弾だが次々と水柱が上がり始める。手数に勝る敵艦隊に対し、教導艦隊側の砲戦火力を担うのは古鷹。味方の砲撃を支援し、さらに敵の砲撃を妨害し進路を強制するため、島風は連装砲ちゃん達を左右から戦場を走らせる。

 「さすがは沖ノ島って所かな。一歩も引いてこない。でも、僕達も引くわけにいかないんだ」

 敵の統制の取れた動きに感心しつつ、時雨は唇をきゅっと噛み締めて砲撃態勢に入る。反航戦では先に引いた方が不利になる。圧力に負け転舵した時点で、相手の射界に速度を落としながら自らの側面を先に晒すことになる。その一瞬を先に捕まえ火力を一気に叩き込んだ方が勝利に近づくチキンレース。

 

 だが勝利条件は反航戦に付き合って打ち合う事ではない。

 

 「古鷹、頼んだよ。ここで敵艦隊の足を止められるのは君だけだ」

 「はい、大尉! 教導艦隊は本当にいい部隊ですね、だから重巡の…いえ、私達のいい所、全力でお見せします!!」

 

 やや距離を空けて最後尾を進んでいた古鷹は、日南大尉の指示に大きく頷いて微笑む。両脚を大きく開き前後にややスライドさせ態勢を安定させると、左手は腰のあたりでガッツポーズを作り、右手を前に振り出す。古鷹の肩と腕部分に装備された連装砲が仰角を取り、五〇口径二〇.三cm連装砲二基四門が轟音とともに一斉に火を噴く。初速八三五m/sの砲弾は敵艦隊の上空に到達すると、炎の散弾となって炸裂し襲い掛かる。

 

 通常弾頭ではなく三式弾による一斉射撃は、装甲貫通力が不足するものの敵の艤装や生体部分を破壊し炎上させるには十分な効果を発揮する。比較的装甲の厚い重巡は持ち堪えられても、ランダムに調定された時限信管により上空と至近距離の両方から爆風と弾頭の破片、そして焼夷散弾をまともに浴びた軽巡ヘ級と駆逐ロ級は、回避もままならず被害を受け炎上した。先頭を進む水雷戦隊が急停止し、衝突を避けるため回避運動を余儀なくされた敵の重巡部隊の足も止まりかける。

 

 反航戦を成立させず、敵を足止めして優位な態勢に持ち込む-入念にシミュレートした日南大尉の作戦の一つが形となった瞬間である。

 

 この機を逃さず教導艦隊は一斉に面舵で大転舵を開始、舵を切り始めた瞬間に現在位置と速度からすると狭い射角しか得られないが左舷から一斉雷撃を加える。六人合計二五射線、水面下の酸素魚雷(ロングランス)は混乱した敵に殺到し、次々と水柱と黒煙、そして三式弾で起きた火災を上回る激しい炎で敵艦隊を包み込む。次発装填を済ませながら旋回する艦隊は、今度は右舷から広角での一斉雷撃を敢行し、さらに残敵を砲撃で仕留めるため艦隊はさらなる攻勢に出ようとしたが、こちらも一旦停滞する。

 

 「突き進むっぽい! みんな、パーティーの時間っぽい!!」

 「だめだよ、夕立っ!! ここはこれで十分だから、先を急ごうっ!!」

 夕立の出した突撃の指示をかき消す時雨の鋭い叫び声。亜麻色の髪がくりると揺れ、先頭を進みながら器用にその場でターンした夕立が鋭い視線で時雨を睨みつけるが、時雨もぎゅっと拳を握りしめ強い視線を返し、一歩も引こうとしない。夕立(旗艦)時雨(副旗艦)のにらみ合いで艦隊に不穏な空気が走る。言い争いもよくないが、なによりまだ戦闘は継続中、こんなことで艦隊行動を停滞させるわけにはいかない。

 

 「何で止めるっぽいっ!? 全部()っちゃえばいいっ! そうすれば誰にもひなみんを邪魔できないっぽい!」

 「夕立、今がリスクを負うべき時とは思えない。パーティーには敵主力艦隊(ふさわしいお客さん)を招待しよう、ね?」

 「……時雨の喋り方、ひなみんに似てきたっぽい…」

 

 必死に訴える時雨に対し、夕立は怪訝な表情に変わっていた。はぁっとわざとらしいため息をつくと、再びくるりと前を向く。夕立の様子が変わったのに気が付いた村雨は、今が戦線を縮小するチャンスと呼びかける。

 「そうだよ、夕立ちゃん、きっとひなみんもそう言うよ。だから先を急ご?」

 

 部隊内の交信状況は遠く離れた宿毛湾の作戦司令室でも把握されている。一連の流れを聞いていた日南大尉は、表現は多少違うが時雨に概ね言おうとしていた事を言われてしまい、バツが悪そうな、それでいて秘書艦としての時雨の成長に少し嬉しそうな表情を浮かべていた。それでも指示がやや足りないので、日南大尉は軍装の詰襟を直しながら万全を期す。

 

 「夕立、今は戦力保全を優先してくれないか。Gポイントへ向け艦隊転進、古鷹と神通は後衛に回ってくれ、多分大丈夫だろうけど、敵の追撃に備えてほしい」

 

 

 教導艦隊2-4初戦勝利。戦果:敵艦隊、大破二、中破二、小破二。

 

 

 

 Gポイント―――。

 

 懸念した敵の追撃はなく、教導艦隊は日が落ちる前に、海上に聳え立つ巨大な円柱に支えられた正方形の広大な平面と複数の工廠区画を持つ海底資源採掘施設(プラント)に無事到着した。沖ノ島海域 (2-4)には比較的多くのプラントが遺棄され、その多くは海底資源の採掘精錬用だが、中には採掘した鉱物を一次加工し輸送後の手間を省く、Gポイントのような文字通りの工場(プラント)跡もある。教導艦隊はここで投錨し整備休息、翌日払暁から進軍を再開することになる。

 

 各人の損傷や弾薬燃料の消費状況の確認が行われ、最新の天気図と偵察情報が共有された。進軍の支障となる情報はなく、明日は東南のHポイントを経由、そこから東進してLポイントを目指すことになる。明日の作戦に備えたブリーフィング、少し早めの夕食を済ませた後は思い思いに時間を過ごし、消灯時間を迎えた。

 

 「………何だろう、神経が高ぶってるの、かな…。よく眠れないや…」

 暗がりに動く一つの影、時雨がベッドの上でむくりと上体を起こす。

 

 -そうすれば誰にもひなみんを邪魔できないっぽい!!

 

 夕立の言うのもよく分かる。目の前に現れる敵を全て倒せば勝てる。でも、例えどれだけ理不尽でも命令は命令、達成するために自分たちは負けられない。勝つ事と負けない事、似ていて異なる命題に日南大尉と、自分たちの将来が掛かっている。答のない問いを振り払うようにぶんぶんと頭を振った時雨は、枕元においたケータイに目を止める。現在午前一時、目が覚めてしまった時雨は、興味深いなぁと思いながらきょろきょろと周囲を見渡してみる。

 

 遺棄されたプラントとはいえ、自分たち同様に艦娘の部隊が高頻度で訪れるため居住区画は清掃が行き届き、最大一二名までが寝起きできるよう簡易ベッドが用意されている。部隊は各人毎に割り当てられたベッドで眠りに落ちている。

 

 古鷹はすやすやと健やかな寝息を立て天使のような寝顔で眠っている。自分の腕を枕にして丸まって眠っているのは夕立。まるで犬みたいだね、と思わず時雨はクスリと小さく笑う。島風は抱き枕のように連装砲ちゃんを抱きしめながら眠っている。ごつごつしてる感じだけど、痛くないのかな…? ただ村雨、キミは…その…いつもそんな恰好で寝てるの!? 音を立てないようにそっとベッドから降りた時雨は、はだけた布団を直してあげようして、寝ぼけた村雨にムギュられる。大尉の名前を呼びながらどんな夢見てんだか、とぶつぶつ言いながら村雨を振りほどいた時雨は、視線の先に違和感を覚えた。

 

 立ったまま壁に寄りかかり、腕を組み俯いた神通の姿。規則正しく微かな呼吸音が聞こえる所を見ると、どうやら寝ているらしい。てかそんな姿勢で!? そっと神通の脇を通り抜け、皆を起こさないよう静かにドアを開け、時雨は居住区画を後にする。すぅっと神通は薄く目を開け、目だけで足音を追ったが、方角を確認すると再び目を閉じる。

 

 -戦地で最も無防備な時間…万が一敵襲があれば、この神通が皆を守ります。大尉の夢…叶うものかどうか、私には…分かりません。でも、理不尽に終わらせられていい夢ではないと、思います…。

 

 

 

 時雨が向かったのは、ヘリポートを兼ねた広大な平面が広がるプラントの屋上部。回転する赤い保安灯や通路を示す発光塗料で描かれた白緑の標示が夜を照らす中、広大な鋼鉄製の平面の端に腰掛けてぼんやりと暗い海を眺め続けていた時雨は、ころんと後転すると立ち上がる。ぱんぱんとスカートの埃を払い、視線の先に広がる真っ黒な海にくるりと背を向けて居住区画へ戻るため歩き始めた。

 

 「僕は、日南大尉がどこまで行くのか、戦い続けて、最後まで隣で見届ける、そう言ったんだ。こんな所で止まるなんて…できない。偵察情報によれば、海域最奥部に到達するには、敵の機動部隊を突破しなきゃ、だね。次は…僕がみんなを守らきゃ」


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