それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 ルートは制御できても道中は難題。


081. RAIN

 二体の空母ヲ級を中心とする敵の機動部隊の空襲を受けた教導艦隊が、日南大尉の指揮の元必死の防空戦を繰り広げながら沖ノ島海域(2-4)最奥部を目指していた頃、宿毛湾泊地本隊に予期せぬ来訪者が現れる。

 

 

 「提督、伺ってもよろしいでしょうか?」

 いつも通りアッシュブロンドの長い髪をアップにし、かっちりとした白い礼装に似た制服を着た香取は、いつもより厚みのあるバインダーを胸に抱えながら、桜井中将に問いを投げる。一連の経緯は、もちろん教導課程の筆頭教官を長年務める香取にとって納得いくはずがない。言葉を選ばずに言えば、侮辱されたとも感じている。桜井中将が候補生を依怙贔屓し優遇しているとの風評(デマ)、戦績が候補生の将来を左右する頭越しに課された作戦、挙句に横須賀に設置されるという新課程…それは日南大尉がどうこうという以前に、教導課程で候補生の指導にあたる自分の否定でもある。

 

 執務机に広げた書類に視線を落としていた桜井中将は珍しくすぐに反応せず、香取がそっと眼鏡の位置を直す。

 

 香取はここ宿毛湾で建造され、以来桜井中将の経験を全て受け継ぐように育てられた。作戦、戦技、装備…全てを綿密に計算し敵と向き合い、時には目の前の相手とがっぷり四つに組んで殲滅し、時には意図的に敵の一部を逃がし後を付ける事で更なる敵に迫る、引いたと見せかけて有利な交戦地点に誘導し伏兵で叩く…最終目的から逆算し戦闘だけでなく戦場全体を管理するために桜井中将から学んだこと。ならば、と香取は考える。

 

 -この一件の最終目的はなんなのか?

 

 香取は例の胡散臭い新課程がキモだと睨んでいた。つまり裏にいると思われる技本-技術本部に何らかの目的がある、それは藤崎大将も指摘していた、と。反応のない桜井中将に内心焦れながら自分の考えを披露すると、初めて中将が書類から目を離して香取に視線を送った。そして中将の口から出た言葉が香取の驚愕を誘う。

 

 「恐らく、だけどね…技本は伊達元帥に利用されてるんじゃないかな」

 

 驚きのあまり抱えていたファイルを落とした香取に、ぎいっと椅子を鳴らして背もたれに寄りかかった桜井中将が満足そうな表情を見せる。

 

 「君ほど冷静で客観的な視点を持つ艦娘でさえそうなんだ、見事な後光効果(ハローエフェクト)だと思うよ、うん」

 

 元帥-伊達 雪成(だて ゆきなり)大将。艦娘開発の黎明期から今に至るまで軍務に当たる海軍の最長老の一人であり、それまで防戦一方の深海棲艦との戦争を攻勢へと向かわせた名将。一縷の希望を託し実戦投入された艦娘の運用方法を体系化し、積み重ねた輝かしい戦果は彼を、日本の象徴たる大君の軍事顧問として元帥の地位へと導いた。

 

 桜井中将が指揮官の育成制度や艦娘の権利確立に尽力した軍の改革者(リフォーマー)なら、伊達元帥は艦娘運用システムを体系化した黎明期の革新者(イノベーター)といえる。戦闘結果、艦娘の開発や装備、あるいは深海棲艦に関する情報は細大漏らさず海軍内で情報共有し戦術情報データベースの原形を作り上げ、数に勝る深海棲艦に対し殲滅戦ではなく封じ込め-試行錯誤しながら進行手順や編成など有効な戦術を探り当て、定期的に海域を清掃するプロトコルを導入するなど、戦争の継続に着目した現在でも生きる仕組みを整備し、稀代の戦略家との評価を不動のものとした。

 

 艦娘が個の戦力としてどれだけ強力でも、体系的に運用されなければ力を発揮できない。加えて人型、それも見目麗しい女性の姿で現界した()()は艦娘の登場直後から問題になっていた。過去の戦争の記憶を基礎人格のコアに持つ艦娘にとって、適切に用いられて戦いの海に臨み、しかも優れた指揮で勝利する…それは何にも替え難い達成感と喜びを齎した。そういった背景もあり、艦娘達にとって伊達元帥は半ば伝説と化していた。

 

 「いくら桜井中将のお言葉でも…そんな…伊達元帥が…」

 「色々と調べてみたんだよ。例の第三世代、誰の言葉だったかな…『欠陥強化』とは言い得て妙だが、あんな中途半端な改装を施された艦娘達が試験運用の名目で徐々にだが配備が進み始めている。そして『新課程』…技本主導での教導課程モドキのようだが、所属する艦娘は()()第三世代だそうだ。元帥ともあろう方が、第三世代の問題点に気付かないはずがない。にも拘らず、許可を与えている。問題はね、香取―――」

 

 いったん言葉を切った桜井中将は香取に視線を送り、ごくり、と喉を鳴らした香取が見つめ返す。

 

 「物事には必ず理由がある。『誰』が『何を』しているか、はそれほど重要ではない。『何故』そうなっているか、それを知る事だ。相手の名前や立場で思考停止になるのが最も危険な事だよ」

 

 

 「失礼します。あなた…お客様ですよ?」

 二人の会話は、ドアをノックする音で中断した。返事を受けてから執務室の重厚なドアが開くと、翔鶴が来客を伴って姿を見せた。桜井中将と香取の視線は翔鶴の背後に立つ人物に注がれ、香取は眉を顰め不審げな表情へと変わる。桜井中将も一瞬目を細め鋭く目を光らせたが、すぐに社交的な薄い笑顔の仮面を被り直す。現れたのは、威圧感のある筋肉質の体躯を白い第二種軍装に包み、微妙に身に付いていない敬礼を行う一人の佐官。

 

 「参謀本部より参りました橘川 眞利特務少佐であります。突然のお願いにも関わらずお時間を割いて頂いた事、お礼申し上げます」

 

 「ふむ…呉では日南君が世話になったようだね。教導課程の視察とのことだが、先に言っておくが、彼は今海域攻略の真っ最中でね」

 「大尉との面会は状況に合わせます。宿毛湾泊地が誇る教導課程を実地で勉強させて頂くよい機会になりそうですね」

 

 

 

 沖ノ島海域・Lポイント東―――。

 

 「古鷹ちゃん、まだ来るっぽい! しつこいっ!」

 「もういい加減に…!」

 「みんな、来るよっ!! とにかく…とにかくやるよっ!」

 

 間断なく現場からの情報が届く宿毛湾泊地第二司令部の執務室。スピーカーからは緊迫した部隊の声、スクリーンには各人が頭部に装備しているCMOSセンサーから届く映像が目まぐるしく場面を切り替えながら映し出される。映像はいずれも空、迫りくる黒い鋼色の深海棲艦爆 Mark.IIと、遠くから魚雷を抱えた深海棲艦攻 Mark.IIが突入の機会を窺っているのも見える。

 

 ぎりっと、唇を噛み締め緊張した表情で、それでも日南大尉はスクリーンから目を離さない。空母ヲ級のflagship型とelite型の攻撃力は教導艦隊にとって脅威以外の何物でもない。艦戦を含め約一八〇機に全力投射で襲い掛かられたら、教導艦隊は良くて敗北、悪ければ全滅。だが日南大尉には確信があった。戦術情報データベースにある膨大な数の交戦記録、自分が指揮を執った数々の作戦を振り返ると、深海棲艦は戦力を分散し均等に投入、そして深追いしてこない。艦隊に戦艦を含む場合で三波、通常なら二波。それは海域再編後でも変わっていない。だから―――。

 

 「開幕空襲は凌いだ。あと一回…ここを持ち堪えて全速で空襲圏外に離脱する。時雨、村雨…そして夕立、古鷹と連携して空を燃やせ。全員、走り抜けろっ!」

 

 知名度と実績が一致しないことは間々起きることで、それは古鷹の装備する三式弾にも当てはまる。拡散角一〇度で前方に向かい炸裂する対空弾の有効加害距離は約六〇〇m、信管調定も瞬発か時限式と限られるので、空を高速で立体的に機動する航空機を撃墜するには心許無い。だからこそ日南大尉はそれを利用する。三式弾の散弾破片効果を避けるため、敵機は左右に分散する。一度旋回に入った航空機は容易に方向を変えられず、そこを白露型三人が一〇cm連装高角砲で狙い撃つ。射撃管制は、教導艦隊でも貴重な装備となる高射装置付一〇cm連装砲を二基、さらに一三号対空電探改を備えた時雨が担う。

 

 「やっちゃうからね♪」

 「選り取りみどりっぽい?」

 

 空を睨み上げた村雨と夕立が砲を構え、発砲炎(ブラスト)が砲口から噴き上がる。甲高い連続した射撃音が艦隊を包み、初速秒速一〇〇〇mで打ち上げられる砲弾が空を疾ると、黒煙と炎でできた華がいくつも咲き乱れる。機械的な限界を補う猛訓練で射撃速度は毎分一〇発に達し、時雨の指示に従い的確な射撃で次々と深海棲艦爆が撃墜される。それでも対空砲火を突破して敵機が迫る。

 

 「…ここは譲れない」

 

 その先には時雨。すうっと目を細め砲身を空に向け呟くと、正確な射撃で敵機を火だるまにする。海面には撃墜された敵機や外れた爆弾が高々と水柱を作り、先を急ぐ教導艦隊に降り注ぐ。雨の中で踊るように複雑な軌跡を海面に描きながらも、最小限度の回避運動で速度を維持し、濃密で正確な対空砲火で敵機の接近を阻むのは教導艦隊水雷戦隊の十八番(オハコ)、着任した駆逐艦や軽巡洋艦は例外なくこの艦隊行動から叩き込まれる。

 

 だが敵の航空攻撃は急降下爆撃だけではない。むしろ爆撃隊が活発なら活発なほど艦隊防空の目は上に向けられ、海面スレスレを這うように近づいてくる雷撃隊に行動の自由を与える事になる。輪形陣は強力な防御陣形だが、各艦の距離が開きすぎると隙間だらけで意味をなさず、密集し過ぎると艦隊行動に制約が生じる。時雨や村雨、夕立が急降下爆撃隊を押さえ込んでいる間に、教導艦隊を左右から狙い雷撃隊が迫る。

 

 「させないよっ!! ぜったいに…ぜったいに勝つんだもん!」

 

 疾走を続けるのは教導艦隊だけではない。陣形を維持する必要のない島風の連装砲ちゃんたちは、じたじたと短い手でバランスを取りながら輪形陣の左右を自由自在に駆け回り、くりんとした黒い目にωの口の可愛い顔とは裏腹な凶悪な砲撃で、雷撃隊が射点につくのを妨害しながら迎え撃つ。

 

 「よく……狙って!」

 艦隊中央に陣取る神通が、数に勝る雷撃隊が連装砲ちゃんの砲撃に手を焼いて方向を変え突破を図る所を狙い撃つ。爆風で背中まである長い髪と大きなリボンを揺らしながら、冷静な目で敵編隊の動きを見逃さない砲撃で艦隊を守り続ける。

 

 「敵攻撃隊、第二波損耗率六割超! 今のうちに全艦最大戦速まで増速、突破せよっ!」

 

 敵攻撃隊の半数以上の撃墜に成功し、残存部隊が撤退の動きを見せたのを見逃さず、日南大尉が指示を出す。質問や復唱をする暇さえ惜しむように、一糸乱れぬ動きで教導艦隊は一気に速度を上げLポイントから遠ざかる。直掩隊の傘のない教導艦隊では全ての航空攻撃を阻止できず、全員が至近弾により何らかの損傷を追っていて、むしろ直撃弾を受けなかったのが幸運といえる。予想通り敵の航空攻撃に第三波はない。護衛役の駆逐艦が追撃に向かってきたとしても、彼我の距離なら振り切る事が十分可能だ。

 

 Lポイント:戦術的敗北。だが艦隊の被害を局限することに成功、一路海域最奥部に向かい進軍を続ける。

 

 日南大尉だけでなく、海戦の行方を見届けるため集まっていた艦娘達が肩を撫で下ろし、執務室に安堵の溜息が満ちる。戦闘それ自体は敗北となり、大尉の累積での戦績、勝敗数と勝率の計算に影響が出る。だがそんなことを気にするような大尉ではないし、何より気にしているような情勢ではない。

 

 大きく息を吐いて天井を仰ぎ見ると、遠い戦場に思いを馳せながら日南大尉は表情を引き締める。


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