それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 敵は宿毛湾にあり…っぽい?


083. ドッグファイト-後編

 速度では劣るが先に行動を開始し、砲撃を繰り返しながら進路を塞ぎ丁字戦に持ち込もうとする敵主力艦隊と、回避を続けながら敵の最後尾を突こうとをする教導艦隊。二つの艦隊が幾重にも描く白い軌跡に彩られた海面が双方の艦隊運動の激しさを物語る。

 

 教導艦隊が敵主力艦隊と対峙するのに、日南大尉が選んだのは超近接戦闘。敵に勝るスピードを活かし一気に敵の懐に入り乱戦に持ち込んで大口径砲の砲撃に制約を加えながら、昼戦では随伴艦を倒し敵戦艦を可能な限り削る。そして勝負は夜戦。戦力差を考慮すれば、S勝利を目指した結果としての現実的な落し処がA勝利かB勝利だろうと、大尉は予想している。

 

 トリッキーな作戦に見えるが、艦娘達には焦りや不安の色はない。選択と集中-日南大尉の方針は一貫し、それは教導艦隊に浸透している。どれだけ複雑な作戦でも、構成要素を分解してゆけば一つ一つの行動はシンプルな物へと帰結する。単純な行動を積み重ねるだけ、だから迷わない。単純な行動をハイスピードで連結して精緻な動きに導く訓練を常に続けた、だから揺るがない。

 

 そうやって積み重ねた時間の集大成はまさに今、敵に撃たれ続け必死に躱しながら前進を続け、ついに二〇.三cm砲の最大射程に敵を収め、教導艦隊の反撃が始まる。

 

 艦隊の火力を支える古鷹も第二次改装を経て、新調された艤装は以前の物に比べ大型化している。艦隊の最後尾を最大戦速で疾走しながら右腕を前に伸ばす。右腕全体を覆う銀の装甲にマウントされる二基の二〇.三cm連装砲、さらに左肩からはフレキシブルアームで繋がるもう一基の黒い連装砲が前方に向かい仰角を取る。轟音が響き渡り黒煙と炎が古鷹を包み、残り五人がそれをきっかけに速度を上げて突入を開始した。

 

 古鷹が装備している三式弾を対艦攻撃に応用した場合、装甲を貫けないため重要区画(バイタルパート)に打撃を与えられないが、艤装や生体部分を炎上させ攻撃力を奪う事ができる。敵艦隊の後尾に付けていた二体の駆逐ロ級後期型は、予期せぬ炎の雨に包まれ、うち一体が激しく炎上し艦隊から落伍する。

 

 「撃たれたって…撃ち続けますっ! …って、きゃぁぁぁぁっ!」

 スピードが最重要視されるこの戦い、古鷹は速度を維持するために、砲撃態勢を取らず最大戦速で疾走しながら流し撃ちでの全門斉射を続けている。だが、無理な姿勢での砲撃の反動に耐え切れなくなり、後ろから右腕を引っ張られたように大きく態勢を崩し、水飛沫を上げながらものすごい勢いで転がってゆく。

 

 「あいたたた…やっちゃった」

 起き上がった古鷹は海面に膝立ちになる。敵の砲撃による損傷もあるが、顔を顰めて右肩を押さえている。ごきっ、と鈍い音をさせながら脱臼した肩を填め直すと立ち上がり、二度三度肩を回し戦闘に支障がないのを確かめると前進を再開する。

 

 

 

 猛進する水雷戦隊の中で、一番槍を務めるのはやはり彼女だった。

 

 亜麻色の髪を激しく風に靡かせ、口元を隠していた白いマフラーを右手で後ろに送った夕立は、すぅっと大きく息を吸い込む。両脚を肩幅程度に開き膝を屈め、上体も海面近くまで倒す。

 

 「いくっぽいっ!!」

 

 短距離走(スプリント)の選手のように低い姿勢からスタートダッシュを決めた夕立は、文字通り身体ごと()()()

 

 「なっ!?」

 「はっやーいっ!?」

 時雨と島風が顔を見合わせて驚くのも無理はない。夕立はロケットのような爆発的な加速で海面すれすれを跳んでいる。そして着水点に足が触れた瞬間、後ろに激しく水飛沫を撒きながら再び跳んでゆく。『艦』娘というくらいなので、その機動の特性はフネとしての性能が反映される。だが夕立のように、ごく少数だがフネの動きとは異質な三次元的機動を取る者がいる。

 

 高速で物体が水面に衝突した際、その反力は水自身の弾性係数に等しい状態にまで達する可能性がある。簡単に言えば高い所から水に衝突するとコンクリ並みの硬さになるアレである。夕立は瞬間的に最大出力を叩き込むことで、水の反力を陸上競技のスターティングブロック代わりにして圧倒的な速度で飛び跳ねる。出力をそのまま加速度に置き換えているようなものである。

 

 ちなみに日南大尉が、加速方法について流体力学的な視点を交え夕立に確認した日の事。「…ぽ、ぽい?」とキョドりながら目に涙を浮かべ頭から煙をしゅーっと出していたらしい。夕立、本能のみで高みに至る。

 

 

 航行ではなく跳躍、あっという間に距離を潰した夕立は、古鷹の砲撃で炎上中の駆逐ロ級後期型に狙いを定め吶喊する。

 「パーティにはクラッカーが付き物っぽい」

 夕立は一二.七cm連装砲B型改の砲身をロ級(後)の口に突き刺し、そのままトリガーを引き続ける。内側から爆ぜたロ級、ここで沈黙。接触を受けた敵艦隊は散開しながら方向転換、教導艦隊を迎え撃とうと接近してきた。

 

 「あんなことできるの夕立ちゃんくらいだし」

 「すごいけど、ね…。僕らは僕ららしく行こうか、村雨」

 

 時雨と村雨のコンビが、黒いセーラー服のスカートの裾を翻しながら最大戦速で疾走し、黒いお下げと亜麻色のツインテールが風に踊る度、二人の航路は繰り返し交わり螺旋状の航跡が海面に描かれる。攻守や進行方向が目まぐるしく入れ替わる乱戦で、正面から向かってくる軽巡へ級エリートを間に挟み込む。相手に直進を強要しつつ、すれ違いざまに時雨と村雨の一〇cm連装高角砲が左右から火を噴き続ける。接敵から航過までの僅かな間に、四基八門の高角砲で滅多撃ちにされた軽巡へ級は大破炎上し漂流後、静かに沈んでいった。

 

 時雨がウインクしながらサムズアップ、村雨も同じように応えようとして、巨弾の着水による水柱で姿が見えなくなった。三体いる戦艦ル級の一体が、移動中の時雨達を目標に砲撃を加え、村雨が挟叉され至近弾により中破。

 

 「ちょ、まっ…主機がヤバッ!!」

 破れた制服でへなへなと海面にしゃがみこみかけた村雨だが、救援に向かって来ようとする時雨を押しとどめ、拳で震える膝を叩き足に力を入れようとする。遠くに光る発砲炎(ブラスト)、すでに敵の次の砲撃が開始されている。主機の出力が上がらず焦る村雨にごうっと突風が迫り、姿がかき消える。

 

 「村雨は少しダイエットした方がいいっぽい」

 「なっ! 失礼ねっ!? …お、重い…?」

 

 戦艦ル級に向かって突進していた夕立が鋭角的な機動で村雨の元に駆け付け、セーラー服の上着を捕まえると間髪入れずにダッシュでその場を離れた。僅かに遅れて、先ほどより密度を増した集中砲撃が、村雨のいた近辺に降り注いだ。

 

 

 

 神通が目標とするのは、村雨を狙うため他の二体と距離を取っていた戦艦ル級。距離は縮まるほどに相手の砲撃は激しさと正確さを増し、神通の左右に大きな水柱が断続的に立ち上がる。流石に全ての砲撃は躱せず、損傷を負うが神通は前進を止めない。水柱が海に戻る雨を抜けながら、左腰にマウントした魚雷格納筐が回転を始め雷撃開始。疾走する酸素魚雷を追いかけるように神通はル級に向かい突進する。

 

 目元に黄色いオーラを立ち昇らせ、全身黒づくめのスレンダーな姿、両前腕に装備した巨大な艤装を前面に押し出し、無表情のままル級は副砲で迎撃を開始した。副砲の連射で迫る魚雷を薙ぎ払い、次々と立ち上がった水柱が収まった時、ル級は青ざめる。目の前にいたはずの艦娘が姿を消し、代わりに背後から声がする。

 

 「少し、痛いですよ…でも、一瞬ですから」

 

 夕立が爆発的な加速を生む土台として水の反力を使うのに対し、神通はCQC(近接格闘)の足場とする。ル級の背中を眺めながら、大きなリボンを揺らしふわっと軽くジャンプする。緩やかな動きと裏腹に、着水する左足が最大出力で震脚のように一瞬だけ踏み込まれ海面に波紋を広げる。

 

 瞬間的に大出力の加速度を送られた海面は弾粘性を変化させる時間がなく、硬度を保持したまま神通の右内回し蹴りの強固な足場となる。閃光の蹴りがル級の左肩甲骨を叩き割り、肩を半ば裂断する。痛みと衝撃でル級が仰け反り、反射的に右腕で左肩を庇おうとした所に、今度は左の蹴り足が迫るのが見えた。避けられないと判断し、人体(と呼んでいいかは不明だが)で最も堅い頭蓋骨(おでこ)をずいっと前に出す。インパクトの瞬間を強引にずらし神通の蹴りの威力を乱暴に削いだ結果、ル級は脳震盪を起こしその場で昏倒。だが神通も左足を骨折、両者の動きが止まる。

 

 遠くに聞こえた砲声に神通は無言で強引にル級を海面から引き起こし盾にする。残る二体のル級による中間距離での集中砲撃ですぐさま挟叉され、至近弾多数により盾にしたル級は完全に沈黙したが、神通の被害も猶予を許さない状況。これ以上の損傷では大破になってしまう、と動かなくなったル級で体を必死に庇う。

 

 -もし私が…いえ、誰かが大破したと知れば…大尉は勝敗に関わらず撤退を命じる…。それだけは…絶対にしてはいけない…!

 

 島風がもう一体の駆逐ロ級を追い詰めるため海域を走り回り、村雨はこれ以上の損傷を避け夜戦に備えるため後方に一旦下がる中、神通に引導を渡そうと前進を始めた二体の戦艦ル級が異変に気付き、それぞれ別方向に視線を送る。

 

 一つは海面すれすれの低い姿勢で連装砲を斉射しながら突入してきた時雨。もう一つは海面を水切りの石のように右に左に跳躍しながら強烈な加速で迫る夕立。二人の高速機動に砲撃が追従できず、何より、主砲の散布界密度を上げるためにル級が二体一組で行動していたことが仇となり、二組の敵を撃ち払おうとすると、必ずお互いがお互いの射線に入ってしまう。もちろん、時雨も夕立もそれを意図して戦闘機動を取っている。そして―――。

 

 「ひなみんが一番最初に教えてくれたの、これだったよね」

 

 島風と連装砲ちゃんの巧みな連携攻撃で逃げ道を失った駆逐ロ級が、少しでも有利な交戦地点(エンゲージポイント)を得るのにル級二体が態勢を立て直そうと回頭中の所に突っ込んできた。装甲同士がぶつかり拉げる甲高い金属音と、獣じみた悲鳴が上がり、三体の動きが止まる。

 

 「さあ、ステキなパーティしましょ!」

 「五連装酸素魚雷! いっちゃってー!」

 「まだ…まだ……この神通は沈みません! もう一撃っ!」

 

 三方向から放射線状に放たれた、水雷戦隊最大の武器・酸素魚雷(ロングランス)。さらに時雨と連装砲ちゃんが砲身が真っ赤になるまで斉射を続け、猛烈な勢いで加速する酸素魚雷が動きの取れない敵艦隊に迫る。夕立と島風はさらなる攻撃のため転舵しながら用心深く敵の反撃に備えている。聞こえてきた連続する衝突音、そして衝撃波、立ち昇る水柱と炎と黒煙が敵艦隊を包み込む。敵艦隊からの反撃はなく、夕立や時雨、島風は勝利を確信した。

 

 「わわっ、急に出てこないでくださいっ! …こういうの苦手なんだけど…えいっ!」

 

 黒々とした煙と炎に紛れて逃走を開始していた駆逐ロ級は、開幕の砲撃戦で中破し遅れて最前線に駆け付けた古鷹と鉢合わせした。お互い攻撃態勢に入るのが間に合わず、このままだと衝突してしまう。古鷹が選択したのは…ラリアット。装甲で覆われた右腕に力を込め、渾身のカウンターで最後の敵を殴り倒した。

 

 

 教導艦隊、沖ノ島海域を昼戦のみでS勝利、海域解放。それは日南大尉の戦前の予想を超える戦果であり、彼の艦娘達の成長を証明する勝利となった。


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