それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 ラン&ガンで勝つんだ!


Intermission 7
084. ウェスト・エンド・ガールズ -1


 沖ノ島海域(2-4)を攻略した教導艦隊だが、戦闘が終わるとへなへなと海面にへたり込んでしまった。ここで負けると全てが終わるという緊張感、戦艦三体を擁する強大な敵を相手に挑む高揚感…過剰なまでに脳内で分泌されたアドレナリンは多少の傷や痛みをマヒさせ、体を前へ前へと推し進めていた。

 

 そしていざ戦闘が終わると―――戦艦ル級の砲撃による損傷…戦闘序盤に艦隊の盾となり中破した古鷹、至近弾を受けながら何とか中破で持ち堪えた村雨、集中砲撃を受け大破寸前まで追い込まれた神通、無理な加速を繰り返した二人…戦場を縦横に駆けまわった代償に両脚のあちこちに筋断裂を起こした夕立と、同じくタービン回りに異常をきたした島風。時雨は身体的には小破未満の損傷だが、砲身の耐用限度を超えて一〇cm連装高角砲を撃ち続けたため艤装損壊、戦闘力としては半減。誰もがその場から動けなくなっていた。

 

 かくして第一戦速も精一杯でノロノロと帰投、唯一元気だったのは、海域奥部で邂逅を果たした陽炎型駆逐艦一一番艦の浦風だけという状態。続く沖ノ島沖(2-5)を考えると作戦上の収穫と課題の両方がある。2-5は沖ノ島海域(2-4)の海域奥部をさらに進んだ最奥部で、待ち構える敵主力の構成には大きな差がないらしい。ただ攻略可能な航路が2-4と異なり、編成にも手を加えなければならない。

 

 それでも今は2-4の勝利を実感し、教導艦隊にはひと時の凪ともいえる日々が帰ってきた。ただ海域攻略の終盤から何故か居座っている来客がいるので、一概に平穏な日々とも言えなかったりする―――。

 

 

 

 あれだけ暑かった夏の日は過ぎ去り、港を吹き抜ける潮風も以前に比べ涼しさを増し、季節はすっかり秋。潮風が爽やかに吹き抜ける宿毛湾の港湾部には多くの艦娘が集まり、ざわざわとした雰囲気となっている。つい先日まで行われていた大規模侵攻(イベント)も無事終了、入れ替わるように始まった漁場支援作戦(秋刀魚祭り)のため、宿毛湾泊地の本隊の艦娘達は探信儀や探照灯を加えた装備に換装し続々と北方海域へと出撃している。教導艦隊も、来るべき2-5進出に先立ち、鎮守府近海海域での()()に勤しんでいたりする。

 

 「こういう特殊な作戦も含め、全て参謀本部管轄なんですか?」

 「本来的な意味での大規模侵攻作戦は、作戦毎に主管部門は違うけどそうだね。こないだのイベントは第三部英欧情報八課(サンパチ)の連中だな。秋刀魚祭りは特務班(オレら)の仕事…っていうかこれは引継ぎ+αだからラクなもんだよ。てか、お前もこれ着ろよ、ほれ」

 

 ぞんざいな口調で、ずいっと差し出された法被を、ははは…と乾いた笑いを浮かべ日南大尉は受け取るが、さり気なく斜め後ろに立つ時雨へとスルーパスする。ノリが悪いねぇ…と肩を竦めながら手にした双眼鏡で水平線に視線を送る大柄の男。

 

 背中にでかでかと『大量DEATH(デース)』と白抜きされ、無駄にリアルな筆致の秋刀魚を食いちぎる駆逐イ級、さらにそれを力ずくで引き裂いている艦娘の姿が描かれた、デスメタルのアルバムジャケットのような派手な法被を着こんで、制帽の代わりに捩じり鉢巻きをした筋肉質で浅黒い肌…参謀本部から派遣された橘川(きっかわ) 眞利(しんり)特務少佐。日南大尉とは以前呉で開催された技術展示会以来の知り合いとなる。

 

 「こういうのはな、仕切る側が変に照れたりしたら上手くいかないんだよ」

 係留柱(ピット)に片足を掛け、ぐっとサムズアップで振り返る橘川特佐がばちこんとウインクを決め、白い歯を煌めかせると、おぉーっと睦月型を中心にくちくかん娘達から拍手が起きる。

 「ほらな日南よ、艦娘のお嬢ちゃん達だって楽しんでるだろ?」

 「ダサかっこいいにゃしっ! 一周回って面白いってゆーか」

 

 たはは、と頬をぽりぽりしながら橘川特佐が苦笑いを浮かべているが、日南大尉は一連の仕草が、巧みなまでに演出されたものだと見ていた。大尉の視線に気が付いた橘川特佐は、にやりと意味ありげに唇を歪めると大尉に大股で近寄りがばっと肩を組む。そして耳元でぼそっと言葉を刺す。

 

 「鋭いねぇ日南よ。でもな、舞台裏は気付いても知らない振りしとくのがマナーってもんだ」

 

 舞台裏-海軍がなぜ秋刀魚漁支援に精を出すのか?

 

 数年前に始まったこのイベントのキッカケは、余剰の備蓄糧食の秋刀魚の缶詰を放出した事だった。深海棲艦との戦争が始まって以来、民間の漁船が気軽に海に出られるはずもなく、市場に出回る新鮮な魚介類は激減した。需給バランスから言えば値段の高騰を招く状況だが、そこは責任追及を免れたい海軍が市場介入して価格統制を敷き、庶民にも手の届く価格での流通を維持している。とはいえ、いくら安くともモノがなければ同じこと。

 

 放出した秋刀魚缶が好評だった事に目を付けた参謀本部は、以来毎年季節になると秋刀魚漁を支援し、旬の食材を流通させることで国民の不満のガス抜きを図っている。そして今年は、民間企業から出向中のマーケティングのスペシャリスト-橘川特佐がいるので企画はさらに大掛かりとなり、民間の飲食企業大手と提携、加工食品としてではなく新鮮な秋刀魚が味わえる予約制のオンサイトイベントを実施し、これが大好評となった。予約受付の告知を経て、開始から僅か二〇数分で予定していた全席が埋まり、慌てて追加の席を用意するほどだった。

 

 なので艦娘の皆には秋刀魚漁を全力で支援してもらわないと困るのだ。なのでダサかっこいいでも何でも構わないので、行く先々でイベを盛り上げるのが大切な役目になる。

 

 日南大尉が2-4攻略の真っ最中に参謀本部から派遣された橘川特佐が、そのまま宿毛湾泊地に居座っているのには理由がある。一つは述べたように秋刀魚祭りの後援。運営を担当する参謀本部特務班は、全国の各拠点に足を運び企画趣旨の徹底と盛り上げに余念がない。だがこれ自体は過去何年かに実施されノウハウも確立されているので大きな心配はない。それよりも重要なのが―――。

 

 

 「翔鶴の偵察機から連絡が入ったよ。お客様は豊後水道を順調に南下中、もうすぐ鹿島(しかしま)と鶴御崎の第一哨戒線を通過するようだ。速度は第二戦速、あと三〇分もすれば港湾管理線内に到達するだろう」

 

 杖を突きながらゆっくりとした足取りで姿を現した桜井中将を、その場の全員がざっと音を立て敬礼の姿勢で出迎える。オラつき気味の橘川特佐も、絡まれて振り回され気味の日南大尉も、慌てて背筋を伸ばし敬礼。宿毛湾泊地を治める将官にして、教導課程の責任者。その彼が秋刀魚漁に直々に立ち合う…という訳ではない。

 

 中将の言うお客様―――欧州連合艦隊の親善航海。日本海軍が辿った航路をなぞる様に、欧州諸国の艦娘たちにより編成された連合艦隊が東征、佐世保、呉に続く三番目の寄港地として宿毛湾泊地が選ばれた。その後は横須賀、大湊と北上し、津軽海峡を経て舞鶴を最終寄港地とし、再び欧州へと帰路に就く。

 

 今回の大規模侵攻(イベント)により北大西洋と北海までを打通した日本海軍への答礼という表向きの理由、一方で欧州諸国の海軍力の誇示という政治的思惑が表裏一体となったこの親善航海、受け入れの窓口から各拠点との交渉調整、軍官民にまたがる複雑な諸手続きを一手に担ったのが橘川特佐を中心とする特務班である。

 

 秋刀魚漁、欧州親善艦隊、そしてもう一つの理由があるからこそ、橘川特佐はわざわざ宿毛湾にやってきたのだが、最後の理由について彼はまだ誰にも話していない。

 

 「これはこれは桜井中将、わざわざご足労いただきまして…この橘川、光栄の至りでございます」

 「ふむ…親善友好の証か砲艦外交か…いずれにせよ遠く欧州からやってくるのだ、礼は尽くさねばなるまいよ。それにしても、欧州諸国がここまでまとまった数の艦娘を揃えられるようになったのか…感慨深いな」

 

 深海棲艦との戦争初期から戦ってきた将官たちも時の流れには逆らえず、一人また一人と現役を退き、あるいは鬼籍に入る者も出始めた。老け込むにはまだ早い桜井中将だが、お世辞にも若いとは言えない年齢である。昔を懐かしむように目を細め、遥か先の水平線に視線を送っている。

 

 その視線の先の空にぽつりぽつりと黒点が増え始め、やがてそれらは六機編成で見事な傘型編隊を二組作り上げると、宿毛湾港で出迎える艦娘達のざわめきがひと際大きくなる。宿毛湾の港湾管理線のはるか向こうの水平線に、徐々に姿を見せ始めた艦娘達の姿。

 

 「あれは…Swordfish…」

 

 ウォースパイトが懐かしそうに、空を優雅に舞う複葉機の名を口にする。一方で日本の艦娘の一部からは失笑に近い笑いがこぼれる。あんな旧式の機体をまだ使ってるんだね、と。そしてその失笑は誤りだったとすぐに思い知らされる。

 

 傘型に広がっていたソードフィッシュは次々と海面へと降下を続ける。低空での安定性に優れる九七艦攻よりもさらに低く、胴体に直接つながる固定脚が海面に付きそうなほどの高度で低く、一二機の複葉機は一糸乱れず一直線に並び、港で出迎える宿毛湾の艦娘達目掛け進んでくる。

 

 「え…わわわっ! 近い、近すぎるって!!」

 

 慌てた宿毛湾の艦娘達が突堤から逃げ出すように走り出し、中には転んだりしているのを笑うように、岸壁ぎりぎりで急上昇に転じると、上空で六機編隊に分かれて見事な宙返りを決め、再び艦隊上空に戻ってゆく。

 

 「複葉機、か…乗ったことはないが、かなり面白そうな機体だな」

 きらきらと子供のように目を輝かせてソードフィッシュの動きを目で追いかける桜井中将だが、すっとその横に並ぶ影が幾分つまらなさそうな声を上げる。

 

 「あのくらいの動き…私の艦載機の子達も余裕ですけれど?」

 桜井中将の秘書艦、そして宿毛湾泊地の総旗艦の翔鶴が頬を僅かに膨らませ、自分の艦載機の技量をアピールしていたが、やや抑揚は強いが比較的奇麗な日本語での挨拶が中継され、その声に全員の注目が集まる。

 

 

 「こちらは欧州連合艦隊旗艦代理を務めるネルソンである。余以下全一一名、宿毛湾泊地に余達の寄港地となる栄誉を与えてやろう。なぁに、これもビッグセブンの務めだ、気にすることはないぞ!」

 

 今回のイベントで邂逅が初めて確認されたネルソン級戦艦ネームシップのネルソンを旗艦に、正規空母アークロイヤル、J型駆逐艦ジャービスの英国勢を中心とし、その護衛を務めるのはこちらも初邂逅となるスウェーデンの艦娘ゴトランドとフランスの艦娘コマンダン・テスト、さらに第一艦隊の外縁を務める第二艦隊はビスマルク、プリンツオイゲン、レーベレヒト・マース(Z1)マックス・シュルツ(Z3 )のドイツ勢と、イタリアとローマのイタリア勢。

 

 第二次大戦では砲火を交え合った艦娘達が織り成す連合艦隊、しかも戦艦を中心とした強大な水上打撃部隊の威容に、宿毛湾の艦娘達も息を飲むしかなかった。けれど…日南大尉が訝しそうな表情になる。

 

 「他にも欧州生まれの艦娘はいるのに、なぜ一一名? 親善艦隊なら儀礼に則って完全編成…今回なら一二名編成となるのが常道じゃないのか…?」


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