それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 ごほうびにバーベキュー


009. それぞれの存在理由-1

 「…君には失望したよ。そんな風に考えていたんだね」

 執務机を挟んで視線を逸らさずに向かい合う日南少尉と時雨の間に走る緊張感。すうっと目を細めた少尉はこわばった表情を隠せず、おろおろしながら手を取り合う夕立と綾波は、くるりと踵を返す時雨の姿を見守るしかできずにいる。そんな不穏な様子を、初雪は冷暖炬燵に浸かったまま不快そうに顔を上げ見守っている。

 

 「なっ、何でそんな事言うの、時雨っ!?」

 不満を露わにした島風が黒いウサミミを揺らしながら詰め寄ろうとするが、時雨はするりと身をかわし足早に執務室から立ち去ろうとし、ドアノブに手を伸ばす。

 

 「ふぎゃっ!!」

 

 手がかかる前にドアノブが独りでに回り出し、遠慮なく開いたドアで時雨は顔面を強打し思わず妙な声を上げてしまった。赤くなった鼻を涙目で押さえる時雨は、開いたドアから入室してきた二つの影をぼんやりと見ていた。

 

 「…あら? 時雨さん、そんな所で何をしてるんですか? あ、そうそう、日南少尉、お客様ですよ」

 

 現れたのは鹿島。何かと用事を見つけてはやって来る彼女は、時雨を不思議そうな表情で見ていたがすぐに日南少尉へ視線を送り、満面の笑みを浮かべながら小さく手を振る。もう艦隊の一員でいいんじゃない、という頻度でやってくる鹿島には誰も驚かなくなっているが、もう一名は完全に新顔、というよりも宿毛湾で見ること自体が初めての存在。自然と全員の視線が集まる。

 

 「It's been a long time..., Admiralへの道を進んだということは、迷いは吹っ切れたのかしら」

 

 耳慣れない流暢な英語での挨拶に、さらに皆の驚きが増す。さらさらとしたストレートの金髪に、アイボリーのドレス風のローブをまとった艦娘。艤装さえなければどこか外国のお姫様、いやそれよりも女王然とした威厳のある堂々とした佇まい。そして日南少尉の反応は皆の予想を裏切るものだった。

 

 「……Warspite(ウォースパイト)…。なぜ君がここに…?」

 

 敢えて言うならロイヤルスマイル、威厳と優しさが同居した美しい微笑みを湛えたまま、静かに進み出るウォースパイトと、出迎えるように執務机の前に出てきた日南少尉。お互い手を伸ばせば届くほどの距離まで来ると、ウォースパイトは片膝をつきしゃがむと僅かに頭を垂れる。

 

「貴方が王たる道を進まれたと聞き、貴方の剣となる約束を果たすため、このウォースパイト、馳せ参じました。どうぞ着任をお認め頂きますよう」

 「まさか、留学時代(キール)での話を…?」

 

 ばたんっ!!

 

 激しい音を立てドアが閉まり、時雨が駆け出して行った。はっとした表情で手を伸ばしかけた日南少尉と、きょとんとした顔で周囲を見渡すウォースパイト、それを胡乱な表情で見つめる艦隊の艦娘達、ウォースパイトを案内してきた鹿島は、少尉のすぐそばまで近づいてくる。身長差があるため下から少尉の顔を覗き込む様な姿勢から、静かに、それでいて有無を言わせない口調で発せられた鹿島の言葉は―――。

 

 「日南少尉、ウォースパイト(この方)とはどういう…? もちろん納得のいく説明をみんなにしてもらえますよね?」

 

 花が咲くような笑顔と背中に背負った赤いオーラ…鹿島の柔らかい圧力に、日南少尉は無意識に冷や汗が流れるのを感じていた。

 

 

 

 

 遠くを飛ぶ海鳥のみゃあみゃあという鳴き声が風に乗って聞こえてくる。薄く靡くように空に広がっていた雲は、夕方も近づきどんどんと厚みを増し、その色も濃い灰色に変わってきた。天気の変化は天気予報通りだが、推移は予報より早いようだ。強く吹き抜ける風は、第二司令部の港湾施設からやや離れた小さな砂浜に立つ時雨の髪を大きくかき乱す。風は長い黒髪を躍らせ続け、押さえようとする時雨の儚い抵抗はいずれ止んだ。

 

 「はあ…言いすぎちゃったかなあ…。でも、僕は悪くない、と思うんだ…。それに、何だよあの金髪の艦娘…」

 

 日南少尉の着任以来、時雨には納得がいかないことが積み重なっていて、ついに今日爆発してしまった。教導拠点の母体となる宿毛湾泊地の大規模進攻(イベント)も無事終了し、派遣艦隊は現地で邂逅した多くの欧州生まれの艦娘を引き連れ、凱旋と呼べる戦果を挙げ帰投した。泊地の特性上、邂逅した艦娘の多くは艦隊本部に即時転籍となるが、泊地ひいては桜井中将の名声は高まった。

 

 ただ唯一違うのはウォースパイト。英国初の艦娘であり、少数だが精鋭揃いと名高い欧州連合艦隊の旗艦を務めた彼女は、嵐のような反対を押し切り、桜井中将に同行して日本へとやってきた。

 

 一方で日南少尉の教導艦隊運営も、少しずつだが着実に軌道に乗ってきた。建造も順調に進み、訓練と出撃の第一艦隊と遠征の第二艦隊でのローテーションを三交代で回せるほどに艦娘も増えてきた。第三艦隊解放のためのトリガーとなる川内型軽巡洋艦三姉妹の着任も、あとはネームシップの川内の着任を残すのみ…こう言えば色々順調に回っていると思える。実務面では間違いなくそうだろう。問題は時雨の気持ちだった。

 

 「君を分かっているのは、僕だけだと思っていたんだけど、ね…」

 

 砂浜に体育座りで背中を少し丸めながら膝を抱える時雨は、顔を伏せる。

 

 

 何かを約束した訳ではない、けれども確かに通じ合う何かがあると思えたあの日―――。

 

 

 

 時雨と日南少尉の出会いは、二年半前、ある日下された海上警備任務に時雨が参加した時まで遡る。

 

 その年の日本は、局地的な豪雨や季節外れの長雨などとても不順な天候だった。ある日、台風の影響で活発化した前線が齎した集中豪雨。緩んでいた地盤は大規模な土石流を発生させ、続いた大量の雨が被害に拍車を掛け、ある小さな町はほとんど壊滅といえる惨状となった。政府もすぐさま激甚災害に指定し、救援のため軍の派遣を決定した。だが、複数個所で発生した土石流により交通を遮断され孤立した、背後の山と前面の海に挟まれた山がちの小さな町には、陸と空からは近づけず、海からのアクセスより方法がなく、大規模部隊を即時投入、という訳にはいかなかった。

 

 国内の治安維持や深海棲艦との戦闘を考慮し、比較的手すきの軍関係者から組織された国内災害復旧支援派遣部隊、その先遣隊に、兵学校から派遣された日南少尉を含む学生の部隊と、海上警備のため派遣された時雨を含む宿毛湾からの部隊が含まれていた。

 

 市内を流れる幾筋の川から運ばれた大量の土砂や瓦礫で汚く濁った海に立ち、万が一の深海棲艦の襲撃に備える日々。そんな中、とある川の河口付近で軍人が作業をしているのが目に留まった。一人きりで、延々と何かを探している姿。

 

 「だいぶん水位は低下したけど、まだまだ危ないのに…」

 

 無謀ともえいるその行動を見ているうちに、時雨はだんだんといらいらしてきた。いつ終わるとも知れない海上警備行動を限られた人数でこなし、自分自身も疲弊している。万が一その人まで川に落ちて流されるような事になったら…これ以上手間を増やさないでほしい、軍人を退避させようと時雨は近くの砂浜から上陸し、河口に近づいて行った。念のため艦娘だと分からないように、お下げをほどいて髪型を変え伊達眼鏡をかける。

 

 

 

 「ここは危ないと思うんだ、軍人さん」

 

 振り返ったのは、軍人と呼ぶにはあどけない表情。顔と言わず服と言わず泥に汚れた彼は、じろりと僕を見るとすぐに元の姿勢に戻り、不機嫌そうな声を放つ。

 「君こそ早く戻りなさい。だいぶん水位は低下したけど、ここはまだまだ危ない」

 「そんな危ない場所で、君は何をしてるんだい? 万が一の時には誰かが君を助けるために危険な目に合うんだよ」

 

 僕のその言葉に、反応があった。

 

 「………君の言う通りかも知れない。けどね、自分はどうしても探したいんだ。妹が行方不明だっていう男の子に頼まれてね。あれからもう一週間、この場合の行方不明っていうのは恐らく…。けれど、例えそうだとしても、最期に一目会えるかどうかは、その後に大きく関わってくる。…どうしても他人事とは思えなくて」

 

 「………僕も手伝うよ、うん」

 

 他人事とは思えない―――おそらく、この人もきっとそういう経験が…そう思うと、どうしても放っておけなかった。彼は最後まで反対していたけど、折れない僕に諦めたようで、自分に結んでいた命綱を渡し、これで体をしっかりと縛るようにと言い、また作業に戻った。こんなの無くても僕は平気なんだけどな…そう思ったけど言い争っても仕方ないので言う通りにした。

 

 二人で作業をしながらぽつりぽつりと交わす会話で分かったのは、軍人じゃなくて兵学校からの派遣された学生さん、名前は日南さん、そして幼い頃住んでいた街が深海棲艦に襲われ、ご両親と妹さんと生き別れになっている…。

 

 「避難用の輸送船まで襲撃され、自分と妹は海に投げ出された。絶対に手を離さない、そう思っていたんだけどね。でも波にのまれ無我夢中で海面に顔を出した時、気付けば自分の手は何も握っていなかったんだ…」

 

 いつしか日南さんも僕も作業の手を止めていた。僕に向ける背中が小さく震えている。泣いてる、のかな…。

 

 「誰かの願いを叶えた所で、自分自身は何も変わらない。けれど、けれど…」

 

 気付けば背中から日南さんを抱きしめていた。僕にとっても他人事じゃなかったから。深海棲艦の攻撃での犠牲、それは僕を含む艦娘達が守れなかったから生まれてしまった。全てを守れると思うほど、僕は思いあがっていない。けれど、目の前で僕たちが守れずに大切な何かを失った人が悲しんでいる。

 

 「…兵学校の学生さんっていうことは、君はいつか提督になるんだよね? その時は、僕も一緒に戦うからね」

 「一緒にって、まるで艦娘みたいな事を言うんだな。でも、ありがとう。その気持ちだけでも嬉しいよ」

 

 

 

 「なのに…何であんなことを言ったんだい、君は…?」

 冷たくなり始めた海風に、時雨はぶるっと身を震わせ、回想から現実へと引き戻される。艦娘の数も増えたが、依然として出撃のペースは上がらず、出撃した場合でも殲滅戦は行わず、判定勝ちや優勢勝ち、評価基準でいえばA勝利どまり。資源の節約や艦娘側の被害局限、最初はそう思っていた。けれど、絶対に負けない代わりに大破や轟沈寸前の相手まで逃す。繰り返すA勝利に、艦隊全体に納得のいかない空気が広がっていた。このままじゃよくない、みんなが騒ぎ出す前に秘書艦として日南少尉の方針を改めて確認しなきゃ、きっと何か理由があるはず。そして返ってきた答は―――。

 

 「戦わずして勝つならそれが一番、艦隊の育成もあるし、当面は攻勢防御に徹しようと思うんだ。戦闘での勝利だけが、戦争での勝利ではないからね」

 

 まるで僕たち艦娘の存在意義を否定されたようで、思わずキツい事を言ってしまった…。




 先日ようやくe7クリア、三期ぶりのイベント完走を果たしました。作戦中のドロで、実装済みで自分艦隊に未着任の娘さんとそこそこ邂逅できました。ここからの残り期間、今回の新規実装艦との邂逅のため、堀りに臨もうとか思っています。ただ資源をかなり消費しているので、どこまでやれるか未知数ですが…。俺達の掘り(戦い)はこれからだ的な感じです。

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